軍事侵攻開始から11ヶ月が経ったウクライナでは冬に入り膠着戦が続いているが、春になればロシア側による大規模な作戦開始が予想されている。
ジリジリとロシア側が押し込む状況になる中で、西側指導者たちは相次いで大きな決断を下した。
陸上戦の要である主力戦車をウクライナに供与することを決定したのだ。

焦点はドイツだった。
ウクライナはドイツの主力戦車である「レオパルト2」の供与をずっと求めてきた。
しかし日本同様、第二次大戦の反省から対外的な軍事作戦には慎重な姿勢をとってきたドイツにとっては、同盟国以外に戦車を供与するというのは大きな心理的ハードルがあったに違いない。
国内世論も二分されていて、ジョルツ政権はなかなか決断ができなかった。
これを促すようにまず動いたのはイギリスだった。
イギリスのスナク首相は14日、主力戦車の「チャレンジャー2」14両を提供すると表明した。
さらにポーランド政府も、自国が保有する「レオパルト2」をウクライナに供与する許可をドイツに求めた。

ドイツ製の「レオパルト2」はNATO軍の主力戦車として加盟国に広く配備されていて、ヨーロッパ全体ではその数は2000台にものぼるとされる。
ウクライナが特に「レオパルト2」に執着する理由もそこにある。
ドイツの許可が得られれば、NATO各国から相当数の「レオパルト2」がウクライナに渡される可能性があるのだ。
何度かの決定先延ばしを経て、今週25日、ついにドイツ政府はウクライナに「レオパルト2」を提供し、各国にある同戦車の供与も認める決定をくだした。
水面下では、ドイツとアメリカの間で戦車をめぐるやりとりがあったとされる。

そして、ドイツの発表を受け、今度はアメリカが動いた。
会見に臨んだバイデン大統領は、アメリカの主力戦車「エイブラムス」31両をウクライナに供与することを発表した。
「米国と欧州は完全に団結している」「ロシアに対抗できるようになる必要がある。機動力を向上させ、長期的にロシアの侵略を抑止し、防衛する能力が必要だ」とバイデン大統領は語った。
「エイブラムス」は燃料補給などが特殊で扱いが難しいとして、アメリカ政府は当初ウクライナへの供与には慎重だったが、ドイツ側が「レオパルト2」の提供の条件としてアメリカも戦車を支援することを求めたという。

こうして、アメリカ、イギリス、ドイツの主力戦車がウクライナの戦場に登場することになる。
供与される時期や台数についてはまだ不確定だが、春以降にはウクライナの平原で、ロシアの主力戦車「T-90」などを相手にした本格的な戦車戦が始まることになるだろう。
私はベルリンの壁崩壊の翌年、東西ドイツで「レオパルト2」と「T-90」を取材したことがある。
もう30年以上も前の話だ。
冷戦が終わり、東西両陣営とも新型の戦車を開発してこなかったので、30年前の主力戦車が今も主力のままなのだなあと今回の報道を見ながら感じている。
湾岸戦争やイラク戦争では戦車戦が行われたが、イラクの保有するソ連製戦車は旧型だったので、もしもウクライナで本格的な戦車戦が始まれば、世界中の軍事オタクたちは興味津々でその展開を見つめるのだろう。

アメリカは、「エイブラムス」の供与にあたって訓練と運用のためにアメリカ軍の軍事顧問を秘密裏にウクライナに常駐させる可能性が高い。
ロシアにとってはこれまでとはレベルの違う重大な敵対行為となり、ロシアvs NATOの対立構図がより鮮明になるだろう。
それを見越したように、会見の中でバイデン大統領はわざわざ「ウクライナが自国の領土を防衛するのを支援するものだ。ロシアを攻撃する脅威ではない」と強調した。
しかし、戦車の供与によってロシアが不利になるようであれば、核兵器使用のリスクも確実に高まってくるはずだ。
過去の戦争においても、ちょっとしたきっかけで戦争が拡大し、誰も望まなかったような展開になることが多かった。
今回の戦車供与の決定は、そうした引き金になる可能性がある。

来月には、ウクライナでの戦争も丸1年を迎える。
この間ずっと耐えてきたウクライナの人々のことを考え、私は今回の戦車供与の決定を支持する。
他国のことはすぐに忘れてしまう国際社会が、1年経ってもウクライナを支援し続けていることは予想外でもあるからだ。
この戦争はまだまだ終わらない。
西側の戦車が戦場に登場しても、一気にウクライナが勝利を掴むことはできないだろう。
次には航空機が必要になるかもしれない。
過去多くの戦争が、指導者たちの思惑をよそに無意味に長期化したように、一度始まった戦争を終わらせるのは容易ではないのだ。
プーチンさんもきっと苦悩していることだろう。
西側のリーダーたちも誰一人、戦争を終わらせる特効薬は持っていない。
西側が決めた戦車の供与は戦争を長引かせることになるかもしれないが、それでも私たちの正義、戦後守ってきた国際秩序を維持するためにはやぬを得ない決断だったと思うしかないだろう。