珍しいトラブルだった。
度重なる延期の後、昨日打ち上げられる予定だった新型国産ロケット「H3」は、メインエンジンに点火して白煙が上がったにもかかわらず離陸しなかった。

JAXAの説明によると、メインエンジンに点火した直後に本体の1段目で何らかの異常を検知し、補助ロケットに点火しないよう「フェールセーフ」が作動したということらしい。
JAXAはプログラムが正常に働いた結果だとして「失敗」ではなくあくまで「中止」だったとの見解を示しているが、去年10月にも小型ロケット「イプシロン」の打ち上げに失敗しており、多額の公費を注ぎ込んで進められてきた日本のロケット開発は本格的な宇宙の商業利用が始まった段階で大きく出遅れる可能性も出てきた。
会見に臨んだプロジェクトの責任者は「我々も悔しい」と言葉を詰まらせたが、3月はじめに予定する再打ち上げまでに原因が特定できるのか、日本の技術力が問われている。

そもそも今回の「H3」ロケットの目的は、打ち上げ経費を従来の半分に抑えることにあった。
ここにきて世界的に商業衛星の打ち上げニーズが高まる一方で、スペースXなどアメリカの民間企業や中国が宇宙分野での存在感を高めている。
ウクライナへの軍事侵攻によってロシアのロケットへの依存が低下する中で、高まる需要を誰が取り込むのか受注競争が激化している。
今回の“失敗”が開発初期によくあるトラブルに過ぎなければいいのだが、開発の中核を担う三菱重工がこのところ失敗続きなのがどうしても気になってしまう。

三菱重工と聞いて思い起こされるのは、2020年に撤退した民間ジェット旅客機の開発プロジェクト「MRJ」の失敗である。
もともと経産省が音頭をとって立ち上がった小型ジェット機の国産化、日本航空や全日空の購入も決まっていたが、結局開発は計画通りには進まず度重なる延期の後、ついに撤退に追い込まれた。
どこに原因があったのか?
『三菱の国産ジェット機が撤退に追い込まれた必然』という記事を書いた軍事ジャーナリストの清谷信一さんによれば、日本の航空宇宙産業の規模と防衛省依存の業界体質に最大の問題があるという。
そもそもMRJの計画自体に無理があった。まず三菱重工の航空宇宙部門の規模が過小だった。当初MRJの場合、開発費が約1200億円、事業化に7000億円ほどかかると見られていた。だが三菱重工の売り上げは2006年度で3兆0600億円、経常利益は830億円ほどだった。事業規模は当時世界の防衛産業メーカーのランキングで第4位のノースロップグラマンに近かった。
一方、三菱重工の航空宇宙部門の売り上げは5000億円弱、経常利益は約144億円にすぎなかった。MRJの開発費のうち400億円は国が負担するとしても、残りは800億円。この金額は同社の航空宇宙部門の経常利益の5.5年分であり、事業化の経費7000億円は実に同社の経常利益の半世紀分に相当した。
三菱重工だけではなく、国や経産省、防衛省といった関連省庁の責任も重い。わが国では機体メーカーとして三菱重工、川崎重工、スバル、新明和工業の4社があり、エンジンメーカーとしてはIHI、三菱重工、川崎重工の3社が存在するが、いずれも世界的にみれば弱小メーカーであり、自ら世界の軍民市場で戦った経験はほとんどなく、防衛省向けの売り上げに依存して国内の競争ですらロクにしてこなかった。
わが国は武器輸出を是としてこなかったので、航空産業の育成という意味では世界の民間市場を相手にする民間機の開発を優先するのが望ましかった。1970年代には747の巨額の開発費とセールスの苦戦で日本に737の生産権を売り込んできたが、YS-11で苦い経験をした通産省(現経産省)も業界を断った。
航空産業の育成には何十年単位で時間がかかり、その間政府の強い関与と支援が必要だ。いまやボーイングと並んで旅客機業界の雄となったエアバスにしても黒字化まで30年かかっている。そのような挙国一致体制で何が何でも航空機産業を軌道に乗せるという強い意志が政府や経産省にあったのだろうか。
MRJに関して防衛省は全くコミットしてこなかった。仮に途中からでも例えば政府専用機、海自のP-3Cを流用した電子戦機などの後継、空自がC-2の機体を流用した電子戦機RC-2などの機体にMRJを採用するなどして、防衛費でMRJを支えるつもりがあればMRJの延命は可能だっただろう。これらだけでも10機以上の需要はあったはずだ。
自衛隊機であれば型式証明を取る必要はない。型式証明が取れるまでの期間、自衛隊機として生産を続ければ三菱航空機はキャッシュが入り、工場も遊ばせずに済む。自衛隊が採用したという事実もセールスに利用できる。
空自では早期警戒機、E-2Cの後継としてE-2Dを採用したが、元来空母の艦載機でありその制約から居住性が悪く、長時間の任務に適さない。E-2DのシステムをMRJに移植すれば、長時間の哨戒飛行が可能となる。またそれが輸出できる可能性もあっただろう。機体だけならば武器輸出の規制にはかからない。実際にわが国が生産に参加しているボーイング767は多くの軍用型が生産されている。
だがMRJの開発が暗礁に乗り上げても挙国一致体制は取れずに、自衛隊がMRJを採用することもなかった。
このような政府と業界の体制は今後も当事者意識と能力の欠如のために変わらないだろうと筆者は見る。将来的に航空産業が安定して成長するということは考えにくい。厳しい言い方になるが、わが国には航空産業で食っていく能力を見いだせないということだ。
引用:東洋経済オンライン
要するに、日本には自前でジェット機を開発する能力も体制もないということのようである。

こんな日本のお寒い状況を尻目に、着々と実力をつけているのが中国の航空機産業だ。
先月28日、中国の航空機メーカー「中国商用飛機有限責任公司(COMAC)」が開発したナローボディの大型旅客機「C919」が、中国東方航空の定期便として運用するための検証飛行が行われた。
この春にも本格的に実用化される予定だという。
「C919」には中国の航空会社からすでに1000機の受注が入っているとされ、ボーイングとエアバスが独占してきた民間航空機の市場に中国が割り込むことが確実視されている。
このナローボディと呼ばれる158~168席サイズの旅客機は、今世界で最もニーズの高い航空機で、今後中国お得意の大量生産、低価格化によって途上国の需要を欧米から奪い取っていくことになるだろう。

その背景としてあるのは、エアライン業界の勢力図が大きく変化していることである。
今も世界のトップ3は、アメリカン、デルタ、ユナイテッドというアメリカの航空3社が占めているものの、中国国際航空、中国南方航空、中国東方航空という中国のエアラインも世界のトップ11までに入り存在感を高めているのだ。
トップ200を見てみると、日本が4社しかランクインしていないのに対し、中国は実に38社。
輸送量の総量で比較すると中国の航空業界はすでに日本の13倍にも成長しているというのだ。
当然米中と日本では国土の広さの違いという要素があるが、こうした潜在的な需要の差が航空機産業でも決定的な差となっていることがわかる。
国内需要が十分でなければ、海外の需要を取り込む必要があるが、これこそが日本の弱点となっているということなのだろう。
需要がなければ生産力も身につかない。
さらに円高の時代に日本企業はこぞって中国をはじめとした海外に生産拠点を移し、日本国内にあった技術や熟練労働者もそれに従って海外へと流出してしまったのだ。

それなのに、日本人の中にはいまだに「日本は世界に冠たるものづくり大国である」という神話が生き続けているのは不思議で仕方がない。
これは一体なぜなのだろう?
確かに、素材産業など今も世界のトップシェアを維持している産業も日本には残っているが、家電や半導体を代表としてすでに国際競争に敗れ、存在感を失ってしまった産業も多い。
日本のものづくりを支えてきた下町の中小企業も人材不足と高齢化により、かつての競争力はもはやない。
だが、そんな現実を見て見ぬふりをして、メディアもあまり触れたがらないように見える。
一時期、「日本はスゴい」的なテレビ番組が大量生産されたが、これは自信を失いかけている日本人が幻想を追い求めていた裏返しなのだろうか。
日本はもはや「ものづくり大国」ではない。
この現実を受け入れたうえで、今後の日本の進路を決めて行ったほうがいい。

防衛費の大幅増額を目指す岸田政権は、宇宙関連予算も900億円を増額する方針だ。
果たしてそれは日本のものづくりの実力を正しく見据えた数字なのか?
まずは日本のものづくり、特に新たなものを生み出す能力が衰えていることを認めたうえで、新たな戦略を練ることが重要だろう。
そうすることで、限られた予算の中で日本に本当に必要なものがはっきりと見えてきて、そのために取るべき戦略も自ずと明らかになってくると、「H3」の“失敗”を見ながら私は考えるのだが、果たして日本政府や多くの日本人にそれを認める勇気があるのだろうか?