<吉祥寺残日録>「民主主義サミット」のまやかし!世界は専制主義国であふれている #211210

アメリカのバイデン大統領が提唱して109の国と地域が参加する「民主主義サミット」がオンラインで行われた。

就任以来、中国を最大の競争相手国と意識し、ことあるごとに「民主主義」vs「専制主義」という対立軸で危機感を訴えているバイデン大統領が、民主主義陣営の結束を呼びかけるために開かれた首脳会議だ。

バイデン氏は民主主義の現状について「データをみるとおおむね誤った方向に向いている」と指摘し、世界で民主主義が後退していると懸念を示した。中ロを念頭に「いまの課題に対処するうえで抑圧的な政策が(民主主義よりも)効率的だと正当化している」と批判した。

米ホワイトハウスは9日、「民主主義復活に向けた大統領イニシアチブ」を発表。独立系メディアや汚職撲滅を訴える市民団体などの支援に最大4億2440万ドル(約480億円)を投じる。監視技術などが人権侵害に使われることを防ぐため多国間の輸出管理の枠組みも創設する。

引用:日本経済新聞

バイデン大統領の認識は概ね間違ってはいないとはいえ、この会議に何か意味があるのだろうか?

特に、アメリカがどのような基準で参加国を選んだのかという点が最も引っかかる点だ。

世界の民主主義国家といえば、自ずからヨーロッパ諸国が中心となる。

ヨーロッパでは多くの国で日米よりも健全な民主主義が根づいているから当然だろう。

しかし、アジアを見てみると甚だ怪しくなってくる。

今回のサミットは中国に対抗する目的で意図的に台湾を招待したことは理解できる。

しかし、アジア・太平洋地域の参加国の顔ぶれを見てみると・・・

  •  オーストラリア
  •  フィジー
  •  インドネシア
  •  日本
  •  キリバス
  •  マレーシア
  •  マーシャル諸島
  •  ミクロネシア連邦
  •  モンゴル
  •  ナウル
  •  ニュージーランド
  •  パラオ
  •  パプアニューギニア
  •  フィリピン
  •  サモア
  •  韓国
  •  ソロモン諸島
  •  東ティモール
  •  中華民国(台湾)
  •  トンガ
  •  バヌアツ
  • インド
  • モルディブ
  • ネパール
  • パキスタン
  • イラク
  • イスラエル

この顔ぶれを眺めて、本当に民主主義が根づいている国がどれほどあるのか、とても暗澹たる気持ちになる。

インドやパキスタンは果たして民主主義国家なのか?

イラクに至っては果たして今後国家として存続できるかどうかも定かではない。

アセアン諸国を巡ってもいろいろ疑問が湧いてくる。

ミャンマーが招かれないのはわかるとして、タイやシンガポールも招かれていない。

その代わり、ドゥテルテ大統領率いるフィリピンは民主主義国として招待されているのだ。

フィリピンに関しては、昨夜放送されたBS1スペシャル「ニュースルームの闘い 〜フィリピン 電波が消えた放送局の18か月〜」という番組に強い衝撃を受けた。

私はまったく知らなかったが、フィリピンでは去年、最大の民間テレビ局が政府から放送免許を取り消され放送中止に追い込まれているのだという。

去年5月、ドゥテルテ政権に批判的な報道を続けてきたフィリピン最大の放送局ABS-CBNが放送停止に追い込まれた。大混乱の中、報道の要ニュースルームに所属する女性シアラは自分や仲間の撮影をはじめた。停波後、彼女たちはSNSを通じてコロナ最新情報を発信。またニュース部門のトップ・ジンは放送再開を求め公聴会に臨む。当事者が記録する放送停止から18か月の姿を通して“放送”の価値とは何かを浮き彫りにする。

引用:NHK

「報道の自由」はまさに民主主義の根幹をなす。

しかしそれは社会全体の約束事であり、権力がいざ牙をむくと、ジャーナリストは実に無力である。

長年テレビ報道の現場に身を置いてきた人間として、「ABS-CBN」で働くスタッフたちの絶望感が痛いほど伝わってきた。

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就任以来、麻薬撲滅などを進めてきたトゥテルテ大統領は、目的のためには手段を選ばない異色のリーダーである。

フィリピン最大の民放で高い視聴率を誇っていた「ABS-CBN」は、そんなドゥテルテ政権に批判的な報道も続けていた。

権力のチェックはいつの時代もメディアの役割であり、それを放棄したメディアは単なる広報機関になってしまう。

大統領と与党はそんな「ABS-CBN」に対し、民主主義国家ではあるまじき措置を発動した。

放送免許の更新を認めない、すなわち放送を遮断してしまうのだ。

免許を更新しない理由とされたのは、前の大統領選挙の際にドゥテルテ陣営の選挙広告の一部が放送されなかったということだった。

お金を払ったのに放送されなかった。

テレビ局側には広告枠が一杯だったという事情があったようで、ドゥテルテ陣営だけを不利に扱ったことはないと反論したがおそらく「ABS-CBN」の方にもミスがあったのだろう。

これほど酷くはないが、私にも似たような経験がある。

情報番組に責任者をしていた時、技術スタッフのミスで痴漢のニュースの放送中に誤って別のニュースでスタンバイしていた安倍総理の映像が一瞬流れたのだ。

私はその放送を見ておらず、官邸からの電話でその事実を知った。

現場に確認すると単純なミスだというので、その事情を説明して謝罪した。

しかしその時の官邸スタッフは納得せず、「印象操作」ではないかと執拗に追及され、私では埒が明かないので社長と話をすると言い出した。

いわゆる安倍一強と言われた時代、日本のメディアはそれまで経験したことのない圧力を感じたのではないか。

安倍総理に批判的な放送をすると、すぐにネットで攻撃され、視聴者センターがパンクするほどの抗議電話がかかってきた。

テレビ局を監督する総務大臣の口からたびたび放送免許の話が出たのもこの頃である。

安倍総理が退陣してからは、ネット上での右翼言論人の跋扈も減り状況は改善しつつあるように感じるが、あの時代に育った若いテレビマンたちは私たちの世代ほど自由に政権批判ができなくなったように見える。

当たり障りのないネタで時間を埋めても視聴率には影響がない。

権力に睨まれて面倒に巻き込まれるぐらいなら、他にやりようはいくらでもある。

フィリピンの状況は決して他人事ではないのかもしれない。

地上波の放送免許を失った「ABS-CBN」は仕方なくYouTubeチャンネルを立ち上げて、ネット上でニュースを放送しながらなんとかして放送免許を再交付してもらえるよう働きかけた。

しかし2ヶ月にわたる公聴会の結果、与党議員たちの反対によりスタッフたちが期待した放送免許は得られなかった。

テレビ局の経営はジリ貧となり、止むを得ず大量解雇に踏み切ることになった。

スタッフたちが掲げた「報道の自由を守る」とのメッセージは、強い権力の前には虚しく響く。

彼らにとってのかすかな希望は来年5月に行われる次の大統領選挙。

トゥテルテ大統領の退任後、誰が大統領になるかで「ABS-CBN」の運命は左右されるのだ。

果たしてフィリピンのような国が民主主義国家と呼べるのか?

一党独裁でなければ民主主義なのか?

そんなことを考えさせられるドキュメンタリーだった。

私は1986年のフィリピン革命を駆け出しのカメラマンとして取材した。

「ABS-CBN」はマルコス独裁政権下でも放送免許を剥奪され、当時のフィリピンには国営放送しか存在しなかった。

それでも、私はフィリピンの記者たちがメディアの垣根を超えて情報を交換しあい、刻々と変化するマニラ市内の状況を伝えようとしていたのを目撃した。

今から思えば、ジャーナリストたちにとってやっと本来の仕事ができるチャンスが革命によってもたらされたのだろう。

特に女性記者たちの活躍は目を引いた。

得意のコミュニケーション能力を活かして市民たちから情報を吸い上げ、顔見知りの記者たちと協力しながら的確にニュースの現場を探り当てた。

まだ若かった私はそんな彼女たちから情報を教えてもらい、マニラ市内を駆け回ったものだ。

そうして集めた情報や映像が検閲によって放送できないとしたら、ジャーナリストの存在意義は失われる。

ジャーナリストも一人の人間であり、知らないことも多ければミスもする。

それでも自分なりの公平公正の姿勢は最後まで貫こうと「情報のプロ」として日夜努力しているのだ。

少なくとも私はそう信じている。

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今、世界には専制主義国があふれている。

権力というのは本来そういうものなのだ。

民主主義という非常に危うい政治システムは、多くの戦争や圧政を経て人類が手にしたユートピアなのだ。

多くの国民がそれを守ろうと努力しなければ、あっという間に消え去っていく。

インターネットの登場により、誰でも自由に情報を発信することが可能となったが、それは民主主義を強める方向ではなく権力による言論チェックや世論操作に悪用されようとしている。

フェイクニュースが大手を振ってまかり通るネットの住民たちから「マスゴミ」などと呼ばれないように、世界中でニュースに携わるジャーナリストたちには自らの使命を全うしてもらいたい。

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