習近平の中国③

宮本雄二著「習近平の中国」からの引用、第3弾だ。

『習近平は、早くから注目されていた政治家ではない。07年に平の中央委員から二階級特進で政治局常務委員となり中央に戻ったが、82年に北京を離れてから25年も経っていた。しかも中央には3年弱しかいたことはない。08年国家副首席に就任し、10年に中央軍事委員会副首席に就任した。この5年間、特に目立った動きはしていない。 だが12年に総書記に就任するや、わずか2年の間に習近平の権威は増し、権力は彼に集中し始めている。』

『12年11月に党のナンバーワンに就任するや、習近平は直ちに党内の引き締めと反腐敗に動いた。彼らの言い方では「党の建設」になる。それを達成するための重要な手段として反腐敗闘争を前面に押し出したのだ。 国民党が共産党に倒されたのも腐敗のせいだし、天安門事件も腐敗を憤る気持ちが人々をデモに駆り立てた。腐敗とそれがもたらす貧富の格差の拡大は、共産党に対して国民が最も不満を募らせていた事柄であり、反腐敗はある意味で国民対策でもある。現に国民は習近平のイニシアチブを大歓迎している。国民の支持を背景に党内の大掃除をするという側面もある。』

徹底した反腐敗闘争を進めるうえで重要な役割を果たしたのが、政治局常務委員で中央紀律検査委員会書記である王岐山である。

『習近平と王岐山の狙う“トラ”が、徐才厚と周永康の二人であることが、徐々に判明してきた。

徐才厚は、江沢民時代の99年に陸軍大将へ昇進し、中央軍事委員会委員となっている。江沢民から胡錦濤に中央軍事委員会主席が替わる04年に中央軍事委員会の副主席に昇進した。まさに江沢民派の人民解放軍の超大物軍人である。12年2月、徐才厚の部下の谷俊山中将が腐敗がらみの紀律違反で罷免された。この時から、いつ徐才厚に司直の手が伸びるかが注目されてきた。14年3月、ついに谷俊山は軍事法廷にかけられることが決まった。つまり紀律検査委員会が所管する党内処分のプロセスから、軍の場合は軍事法廷が所管する司法プロセスに移されたのだ。その後の動きは早い。同月徐才厚に対しても党組織による調査が決定され、同年6月、政治局は徐才厚の透析を剥奪することを決定し、刑事責任を問うため、収賄容疑で軍事検察機関に送るとした。谷と徐の両案件は間違いなく連動していたのだ。

次が周永康だ。周永康は石油関係の仕事に長く従事した。江沢民時代の98年、中国石油天然ガス総公司の総経理から国土資源部部長に抜擢された。そして99年には四川省の党委員会書記に昇進した。胡錦濤時代となった02年には政治局委員となり、中央書記処書記をつとめるとともに公安部長も兼任した。大抜擢されたのだ。そして07年に政治局常務委員となり、中央政法委員会書記となった。習近平と王岐山は、周永康のかつての部下たちから手を付け、証拠固めを進め、部下たちは次々に司直の手に落ちた。このことは、周永康が自分の部下を守る力がないことを見せつけるものであり、周永康に捜査の手が及ぶのは時間の問題だと見られていた。しかし、政治局常務委員という地位にあった人物が、紀律検査委員会の審査を受けたような例はこれまでない。しかも公安部長をやり、政法委員会の書記も務め、警察・司法の分野に隠然たる影響力を持っている。さらに江沢民ら大物長老との関係も深い。このような背景を持つ“トラ”を叩けば、対立は抜き差しならないことになり、場合によっては習近平が返り討ちにあうことさえありうる。勝ったとしても巨大な敵対グループを抱え込むことになる。したがって周永康の事案は、習近平の力量を計るテストケースと見られていた。14年7月、党中央は周永康に対し、「重大な紀律違反の疑いにより、中央紀律検査委員会が立件審査を行うことを決定」した。同年12月、政治局は周永康の党籍剥奪を決定し、法に基づいて立件・調査し、逮捕することを決定した。司法プロセスに乗せ、罪人として処断することにしたのだ。』

こうして党や軍での権力を掌握した習近平だが、「国民の不満」という新たな課題に直面している。

宮本氏はジョンズ・ホプキンス大学のランプトン教授の「軋みだした中国の統治システム」の分析を評価する。ランプトン教授は、鄧小平の時代と現在がいかに違うかを三点でまとめている。

『彼はまず、「中国の個々の指導者は、お互い同士及び社会との関係において次第に弱くなってきている」と言う。確かに毛沢東や鄧小平は、中国革命をまさに身を以て実行し、完成させた人々であった。その後に続いた政治家とは重みが違う。江沢民の世代はどうにか江沢民が中心に座ったが、胡錦濤はそれさえできなかった。時代が下がるごとに、党および国民社会との関係において、ここの指導者の力は確実に弱まっている。習近平はここに挑戦しようとしている。

ランプトンは2番目に「中国の社会、経済および官僚機構は細分化され、中国の指導者が対応し、少なくとも管理しなければならない関係者・部門の数が急激に増えている」と主張する。経済も社会も、急速に多様化し多元化しており、それを管理する党・政府機構も拡大し多様化し細分化していく。中国の急激な経済成長は、古い制度を無意味にし、新たな制度を求める。一昔前のように、一つの課題に一つの政策という単純な手法は使えない。複数の課題を同時に解決する複合的な政策しかない。共産党のように上からの命令や指示で動かす仕組みになっている組織にとっては難しい。それが現在の中国指導部の直面している現実なのだ。

ランプトンは三番目に、「中国指導部は、資金、能力および情報といった資源をより多く持つ国民と対峙しなければならなくなっている」と指摘する。“賢い”国民が登場してきたのだ。93年に5%出会った大学進学率は、10年には25%を超え、年間700万人を超える大学卒業生が送り出されている。12年に海外に向かった中国人留学生は約40万人に達し、同年27万人強の中国人が終えて帰国している。14年の海外旅行者数は1億人を突破し、インターネット利用人口は6億人に迫る。中国の“政治的に敏感な問題”に関する情報管理は有名だが、それでもイタチごっこは続く。“敏感な問題”でなければネット空間は原則自由だ。国民は間違いなく賢くなっている。

これに世代交代が加わる。中国社会の世代間の断絶は、日本よりもさらに大きい。このような国民社会を相手に、政治の民主化、とりわけ国民が直接政治に関与していると感じさせる形で政治改革を行うことが、今はできずにいる。だとすれば、それ以外の方法で、“統治の正当性”を説明しなければならないが、それも難しい。だから“統治の正当性”への強迫観念は、消えるどころかますます強まっているのだ。』

『共産党の統治が今日まで持ちこたえたのは、何といっても経済を伸ばしてきたからだ。経済が発展しないと中国の抱える多くの問題は暴発する。

経済は発展したが、中国の貧富の格差はむしろ拡大している。ある中国の友人から、「中国人ほど嫉妬深い民族はなく、他人が良い暮らしをしているのを見せつけられると不満は募る」と言われた。今の中国人がしばしば毛沢東の時代を懐かしむのは「貧しかったが皆平等だった」という気持ちからなのだ。だから金持ちから税金を取り貧乏人に所得移転をする必要がある。それには反対も根強く、相続税や固定資産税は、まだ実現していない。

環境の悪化は、今や経済問題以上の大問題になってしまった。中国の人たちは、環境の悪化と食の安全の悪化に本当に怒っている。高度成長を続ければ、環境はさらに悪化し続ける。すでに悪化した環境は政府が処理するしかない。国民の目に見える形で改善するには、膨大な政府支出が必要になる。

そして「強い軍隊」である。そんなものを作って何をするのかは知らないが、この軍事費の増大も、税収が増え続けないと不可能だ。このように税収は急速に伸ばさなければならないが、それを可能とするのも結局は経済成長である。だから党中央は、何が何でも経済の発展を続けていくしかない。』

『習近平が「社会主義」にこだわり、「共産党の指導」にこだわるのは、鄧小平に言われたからだけではない。中国が中心を失い分散していくことへの強い危機意識があるからである。 共産党は、すでに国民に対する公約として「二つの百年」の宏大な目標を確定している。「一つの百年」は、中国共産党建党百年の2021年に、「全面的な“小康社会”」を建設することだ。「もう一つの百年」が、建国百年の2049年に、「豊かで強い、民主的で、文明的で、調和のとれた“社会主義現代国家”」を作り上げることだ。』

「小康社会」とは「衣食が足りる状態は超えるが、十分に豊かな状態にまでは至らない社会」だと鄧小平が規定した。具体的には、2010年に比べGDPと国民一人当たりの収入を倍増させることが公約だ。

これらは、江沢民時代に登場し、胡錦濤もことあるごとに強調した目標だと言う。

そして習近平が新たに打ち出したのが「中国の夢」と言う言葉だ。

『12年11月、習近平は「すべての人は、みな理想や追求すべき目標を持っており、みな自らの夢を持っている」と語った。「中華民族の偉大な復興を実現することこそが、中華民族が近代以来抱き続けてきた最も偉大な夢である」とも述べた。「中国の夢」の登場である。

習近平自身、様々な「夢」を語っている。例えば、

・「二つの百年」の目標の達成が、「中華民族の偉大な復興の夢」の実現であるし、その夢は「強国の夢」であり、「強軍」の夢である。

・「宇宙旅行の夢」は「強国の夢」の重要な構成要素であるし、「エコ文明の新しい時代に向かって邁進し、美しい中国の建設に取り組むこと」は、中華民族の偉大な復興の実現という「中国の夢」の重要な内容である。

そして最近は「中華民族の偉大な復興」は、どうやら「国家の富強、民族の興隆、人民の幸福の実現」に集約されたようだ。』

そして「国家の富強」=軍事力の問題にも触れている。

『山田辰雄は、20世紀中国には一貫して存在していた国民的なアイデンティティがあると言う。一つは強い中国を作り出す、つまり「富強」。もう一つが中国の伝統的アイデンティティ、つまり中国を中心とする世界秩序なるものを取り戻したいということだ。私は長い間、中国人と付き合ってきて、とにかく中国は強くなければならず、大国にふさわしい軍事力を持つべきだと多くの人が自然に考えていることに気づいた。それは、近代中国の屈辱の歴史が、彼らの心にトラウマとして残っていることの証しでもある。

これまで中国は、長い間、強大な軍事力を持つことはできなかった。持ちたくても持てなかったのだ。それを可能とする経済力がなかったからだ。だから毛沢東は侵略者を内陸に引き込み、人民の海の中で溺れさせる「人民戦争論」を打ち出した。そして米ソの核兵器は「張子の虎」だとも言い放った。しかし、全てを犠牲にしてでも核兵器の開発に突き進んだのも毛沢東であった。少量を保有するだけでも超大国に対抗できる核兵器の持つ意味を正確に罹患していたからである。

90年以降、中国の国防費は大幅に増額されていった。90年に290億元出会った国防予算は、00年には1205億元へ、そして10年には5190億元へと急増している。ただGDPに対する国防費の比率に大きな変化は見られない。90年に対GDP比2.5%であったものが、00年は1.9%、10年は2.1%とほぼ2%の線を維持している。つまり中国経済の急速な成長が、国防費を増大させ、軍の近代化を推進することを可能としていたのである。

中国の軍事予算はそれでもまだアメリカの4分の1にすぎない。中国の軍事的な実力はアメリカにはるかに及ばない。だが着実に増強はされており、アメリカのアジア太平洋戦略にも大きな影響を及ぼし始めている。それは人民解放軍の次の二つの変化によってもたらされた。

一つは、中国の対台湾軍事戦略の中身が変化したことによる。中国の進行を阻止できるいかなるシナリオも台湾側に持たせないと言うのが、人民解放軍の一貫した基本戦略であった。そう言うシナリオを一つでも持つと台湾が独立しかねないことを恐れたのだ。いかなる状況でも必ず台湾を解放できるようにするためには、米軍の台湾への接近を許さないようにしなければならなくなったのである。これが中国による接近阻止(A2)戦略と領域拒否(AD)作戦と呼ばれるものである。米軍を台湾に近づけないということは、米軍の西太平洋、とりわけ東シナ海や南シナ海の作戦に大きな影響を与える。当然、日本も影響を受ける。

そして人民解放軍のもう一つの変化は、人民解放軍の任務の拡大であった。04年に胡錦濤は「新しい歴史的使命」を提起し、次の4点を人民解放軍の任務の柱とした。

①共産党の統治を強固なものとするための重要な力による保証を提供、②国家の発展の戦略的好機を確保するための強固な安全保障を提供、③国家利益の擁護のために有力な戦略的支柱を提供、④世界の平和を擁護し、共同発展を促進するために重要な役割を果たすこと。

ちゅごくの国内政治の観点からは、軍が①の党の統治を支える任務を明記されたことは、甚だ重要な意味を持つ。人民解放軍が国家の軍隊ではなく、共産党の軍隊であることが確定したからだ。安全保障面からは②と③が重要になる。これまでの主権や領土の保全および海洋権益の確保に加え、もっと広い概念である「発展の利益」の確保が付け加えられたのだ。中国経済が世界的に展開するようになると、「発展の利益」もどんどん広がり地球的なものとなる。人民解放軍は間違いなく「外に出る軍隊」となったのである。

習近平による軍の大改革の基本方針が、13年秋の「改革の全面的深化に関する決定」の「国防および軍隊改革の深化」の項に書かれている。「現代戦に勝つための能力を向上させ、戦闘力の向上を阻む矛盾や問題を解消するためのもの」という軍人たちに反対できない大義名分を前面に押し出しながら、実はとてつもない大改革を試みているのだ。その対象は、人民解放軍の組織と編制、戦略と戦術、人材養成などすべての面に及ぶ。

それは「情報化時代の現代戦」を戦うことのできる軍隊を作ることに集約される。具体的には陸軍を削って海、空、第二砲兵(ミサイル)を強化するものであり、各軍が共同して戦う連合作戦をやれる指揮体制を作るものであり、そういうことのできる人材を養成するものである。』

国内基盤を固める習近平でも、直面する課題は難題ばかりだ。

隣国の安定は日本の利益であるとの観点から、中国の今後を見守っていきたい。

 

<後日追記>

この本を読み終わった翌日23日の日経新聞に王岐山氏に関する記事が出ていた。

『中国の習近平国家主席が「盟友」である王岐山・共産党中央規律検査委員会書記の親族の資産状況を調べるよう、公安幹部に指示していたとする中国人富豪の発言が波紋を広げている。この発言を打ち消す狙いとみられる謎の動画も中国国内で出回る。最高指導部が入れ替わる5年に1度の党大会を秋に控え、中国で権力闘争の影が広がる。

(中略)

習氏はこれまで王氏と二人三脚で党内の大物幹部を次々と摘発し、昨秋には別格の指導者を意味する「核心」の地位を手に入れるほど、自身への権力集中を進めてきた。

習氏は次期党大会で自らに近い幹部らの登用をめざしているとされるほか、王氏について慣例の「68歳定年」の例外とし、最高指導部メンバーに残すとの見方もある。今回の騒動の背後では、「習・王」の強権を嫌う党内勢力が王氏の追い落としを狙って動き始めているとの観測もある。』

反腐敗闘争は、権力闘争そのものだ。今秋の党大会を注目したい。

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