南スーダン

国会で議論になっていた南スーダンでのPKO活動について、政府は突然自衛隊の撤退を決めた。唐突な判断に対し、野党は「治安悪化が撤退の理由」だと批判を強める。

政府の説明はこうだ。首相官邸のHPから引用する。

『 平成29年3月10日、安倍総理は、総理大臣官邸で南スーダンPKOへ派遣中の自衛隊施設部隊の活動終了について会見を行いました。

総理は、会見で次のように述べました。

「先ほど国家安全保障会議を開催し、南スーダンに派遣中の自衛隊施設部隊は、現在従事している道路整備が終わる5月末を目途にその活動を終了することを決定いたしました。
南スーダンPKOへの自衛隊部隊の派遣は今年1月に5年を迎え、自衛隊の施設部隊の派遣としては過去最長となります。
その間、首都ジュバと各地を結ぶ幹線道路の整備など、独立間もない南スーダンの国創りに大きな貢献を果たしてまいりました。
南スーダンの国創りが新たな段階を迎える中、自衛隊が担当しているジュバにおける施設整備は一定の区切りをつけることができると判断いたしました。この5年にわたる自衛隊の活動は、過去最大規模の実績を積み重ねてまいりました。
この日本政府の方針は、事前に南スーダンそして国連にお伝えをしております。キール大統領は、これまでの自衛隊の活動を高く評価し、感謝すると言葉を伝えてくれました。
我々は、これからも南スーダンPKO司令部への自衛隊要員の派遣は継続いたします。そして、人道支援を充実するなど、『積極的平和主義』の旗の下、国際社会と手を携えて南スーダンの平和と、そして発展のためにできる限りの貢献を行っていく考えであります。
第一次隊から第十一次隊まで合わせると、南スーダンに派遣された施設部隊の隊員は延べ3854名を数えます。
日本から遠く離れた灼熱の地にあって立派にその任務を果たしてくれている隊員たち一人一人に、そして隊員たちを送り出してくれた家族の皆様に、自衛隊の最高指揮官として心から感謝申し上げたいと思います。」』

ただ私は、この国会の論点に違和感を感じるのだ。

平和国家・日本の国際貢献はPKOこそふさわしいと思うからだ。日本は、平和のために貢献する国であってほしいと思う。ただ、PKOには常に危険が伴う。だから自衛隊が出動するのだ。危険がなければ、自衛隊がわざわざ海外に行く必要はない。NPOなどに予算を回しその力を育成すれば、より機動的な支援が行える。

日本の中でしか通用しないような法律論議を聞いていると本当にうんざりする。現地の人々を助けるためにPKOに参加するのでなければ最初からやめればいいのだ。政府側か反政府側かではなく、紛争の巻き添えになる住民を守るためのPKOであってほしい。そこに参加する以上、自衛隊に危険は避けられない。それを前提に議論をすべきなのだ。

そんなことを思っているところに、一つの記事を見つけた。東京外国語大学の伊勢崎賢治教授が書いたものだ。まずはPKOのそもそもの意味を説明してくれる。

『本来、国連憲章の中にPKOの定義はない。それは「運用」でなされてきた。

実務家の間では「6.5章」、すなわち紛争の当事者の同意の下の平和的解決を謳う国連憲章第6章と、武力介入を含む強制措置としての7章の中間に位置すると。つまりPKOは「紛争の当事者の同意の下の軍事的介入」なのだ。

国連ができる前から、いわゆる「権利としての戦争」は国際法上違法化されている。

第一次湾岸戦争でクウェートに侵攻したイラクのサダム・フセインのような「侵略者」が現れれば別だが、国連は本来、主体として、武力行使をするものではない。PKOの現場である「内戦」は、侵略ではない。

しかし第二次大戦後、植民地支配から解き放たれて数々の独立国が生まれるようになると内戦の時代が始まる。そして国家間の戦争と同等、それ以上の被害を出し始めた。

さらにそれらは、周辺国を巻き込む一種の国際紛争の様相を呈してくる。今の南スーダンがまさにこれだ。

同時に、国際法、後述する「紛争当事者が守る交戦のルール」である「国際人道法」の運用も変貌する。紛争の当事者として想定されていたのは「国家」だったが、それ“以下”のものにも、同法を守らせなければならない、という考えになってくる。それが1977年ジュネーブ諸条約追加議定書だ。

さて、この内戦の時代を国連として、どうにかしなければならない。

「6.5章」で国連が紛争当事者の同意の下で武力介入をしても、その同意が破れ武力を「行使」したら、その主体としての国連は、国際人道法上、どう位置付ければいいのか。

国際人道法を批准するのは各国連加盟国だ。国連は、批准しない。じゃあ、どうする?

国際人道法は、同法で定義する「紛争の当事者」同士で合法的に交戦するルールを国連ができるずっと前から積み重ねてきた慣習法だから、合法的な「紛争の当事者」同士は平等とみなす。

では、国連が交戦した場合、はたして、その「紛争の当事者」になるのか否か。この辺が、あやふやだったのだ。あやふやのまま、PKO活動は内戦の時代を奔走する。

ところが1994年、内戦の紛争の当事者——当時の政権と反政府ゲリラ——この両者の同意の下に停戦を見守るというマンデートで入ったルワンダで停戦が崩壊してしまう。政権多数派の部族住民が少数派の部族住民を虐殺する事態になったのだ。

この場合、虐殺を止めるために武力を行使すると、必然的にPKOが政権側の勢力と交戦になる。だからPKOは何もできなかった。結果、100日間で100万人という信じられない数の住民が犠牲になった。

PKOが住民を見殺しにした。これが国連の組織的なトラウマになる。同時に、同じような人道的危機がルワンダの周辺で進行する。隣のコンゴ民主共和国や、南スーダンが誕生する前のスーダン内戦だ。

そして、ついに1999年。アナン国連事務総長(当時)は、ある告示を宣布するのだ。PKOのような国連部隊に「国際人道法を遵守せよ」と。

繰り返すが、国際人道法とは「紛争の当事者」に、戦闘(衝突でも構わん)つまり交戦をする際に課すルールだ。同法を遵守するということは、当たり前だが、「紛争の当事者」になることを意味する。この告示の意味はここなのだ。

「国連が紛争の当事者」であると、国連が、国連史上初めて宣言したのだ。』

ルワンダでのPKO。これは茶番だった。無力な国連部隊。そして自衛隊は自分たちの基地を安全に整備することにほぼ全精力を傾けているように見えた。

一体、PKOとは誰のためにあるのか。それが現場で取材した一番の感想だった。

『筆者は国連PKO最高司令官/副官レベルの幹部(そのうち一人はハイチで自衛隊を指揮した人物)と仕事をしてきたので、これははっきり言える。自衛隊はずっと「お客様」だった。

これは、現場で、それなりのリスクの中で、誠心誠意任務をこなしてきた自衛隊員諸君を揶揄するものでは絶対にない。寡黙な彼らを送る日本の政治意思を揶揄しているのだ。

だって、PKO部隊派遣は、発展途上国、もしくは周辺国が主力になることが、すでに慣習になっているのに、それをやってくれる希な先進国なのだ、日本は。日本でさえ出してくれる……という喧伝ができる。兵力を集めるのにいつも苦心する国連事務局にとって嬉しくないわけがない。

国連最大の拠出国アメリカが分担金を出し渋り、ただでさえ緊縮、リストラの嵐が吹き荒れている国連。自衛隊が来れば、日本のODAも一緒に付いてくる。細かいことは知らないけど何か特別な事情を抱えているらしい、とにかく怪我をさせないように、最も安全な時期に、最も安全なところで、最も安全な任務をやらせる。

今までは、これで、やってこられた。

ところが昨年7月の南スーダンでは、一番安全なはずの首都ジュバで大規模な戦闘が起き、政府軍と国連PKO部隊が合いまみえる異常事態が発生し、自衛隊のための「仮想空間」が、1992年のカンボジア派遣以来はじめて、吹っ飛んでしまった。

ただ、それだけなのだ。』

『1999年の時点で国連PKOは「紛争の当事者」となることが前提になったのだ。

それも個別的自衛権のためでなく他国の紛争の当事者になるのだから、この時点で自衛隊の参加の違憲性は改めて問われるべきだった。

2011年に自衛隊の南スーダン派遣を決めたのは民主党政権だった。停戦が破れたら撤退を可能とする、1992年から変わっていない「PKO派遣5原則」を根拠にして。

その後、内戦の激化に伴いPKOは東ティモールの時のような国づくりの手助けではなく、「住民の保護」が筆頭マンデートになってゆく。PKOはとうの昔に住民を見捨てない時代になっていた。民主党政権はこれを見通して派遣するべきだった。

今必要な政局は、PKO派遣5原則の違反で安倍政権を糾弾することじゃない。「PKO派遣5原則の違反」が問題ではなく、「PKO派遣5原則そのもの」が問題なのだ。

これを政局にする限り、自衛隊は戻ってこない。なぜなら、自衛隊を押し留めているのは、PKO派遣5原則違反か否かの葛藤ではなく、単純に、自衛隊だけが足抜けし、住民を見殺しにすることを国際社会が許さないからだ。

でも、このままだと与野党双方が現場で事故が起こるのを待っているようなものだ。

どうするか。一つしかない。

南スーダンから自衛隊を撤退させるには、「これを政局にしない」と、民主党政権時にこの問題のそもそもをつくった民進党が自民党に歩み寄り、それを共産党は黙認し、自衛隊撤退の代案を皆で考え、国際社会に提示する。これ以外にはない。

そして、今こそ、1999年の告示を真正面に捉え、PKO派遣5原則の抜本的な見直しと、国際人道法と自衛隊の法的な地位の問題の決着を国民に委ねるのだ。』

しかし伊勢崎さんの心配をよそに、政府は野党との合意もなくさっさと自衛隊の撤退を決めた。決断の早さ、言い換えれば逃げ足の速さには驚く。

しかし、こんなPKO派遣を繰り返していても、日本の国際貢献は決して評価されるようにはならないだろう。言葉遊びではなく本腰になって、日本の国際貢献の形をきちんと考える時期に来ている。

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