マクロン

投稿日:

第25代フランス大統領は、39歳のエマニュエル・マクロン氏に決まった。

Embed from Getty Images

国民戦線のルペン氏の敗北は、ヨーロッパをひとまず安堵させた。

Embed from Getty Images

私がパリ特派員となった1992年、大統領は社会党のミッテラン氏だった。2期14年にわたってフランスのトップに君臨したミッテラン大統領は、とてもフランスらしい大統領だった。

Embed from Getty Images

彫りの深い彫刻のような顔立ち。ドイツのコール首相と組んでヨーロッパの統合を力強く進めた。1985年には加盟国間の国境審査をなくすシェンゲン協定を採択、1993年には現在のEU=欧州連合を築き上げた。大戦の惨禍を二度と繰り返さないために、戦後フランスとドイツが中心となって人間の理性によって一歩一歩積み上げてきたのがEUという国家共同体だ。

パリに赴任した私の目に、それは人類の偉大な挑戦に映った。いつまでたってもお互いに敵対している東アジアの関係に比べ、ヨーロッパの成熟が羨ましく思えた。

フランス大統領の任期が7年だったことも、他の先進国のリーダーに比べて長く、アメリカに物が言える独特の重みを持たせていた気がする。

Embed from Getty Images

そして1995年、ミッテラン氏に代わって大統領に選出されたのが、シラク氏だった。親日家としても知られたシラク大統領は、ミッテラン氏と対照的な庶民派で、こちらもフランス人らしい人間味のある洒落者だった。シラク大統領も12年にわたりフランスを率い、EUの中核を担ったが、欧州憲法をめぐる2005年の国民投票で国民からNOを突きつけられた。

この頃から移民問題はフランス社会で大きな問題となり、ヨーロッパの統合という壮大な夢は現実の壁にぶつかった。そして国民戦線が徐々に支持を広げていったのだ。

私がフランスで取材していた頃の国民戦線は一種のキワモノで、今のルペン女史の父親ジャン=マリー・ルペン氏が党首だった。人種差別発言で度々物議を呼んでいた。

Embed from Getty Images

そんな国民戦線が本当に大統領の座に手が届くかもしれない時代が来るとは思ってもみなかった。私が知るフランスはアメリカや日本と比べ、個人の価値観を尊重する大人の社会で、非常に理知的な国という印象だったからだ。

Embed from Getty Images

今回の大統領選で、当初ダークホースだったマクロン氏を一躍フランスのトップに押し上げた最大の功労者は、アメリカのトランプ大統領だと私は考えている。

ポピュリズムがもたらす混乱が何をもたらすのか、世界中の人が目の当たりにした影響はとても大きい。トランプ後に行われたオーストリア、オランダ、フランスの選挙で、有力視されていた極右政党はことごとく伸び悩んだ。ドイツでもメルケル首相が勢いを盛り返しているという。各国民のバランス感覚が働いた結果だと思う。

トランプ以前に投票が行われたイギリスのみが、先の見えないEU離脱の道を進んでいる。総選挙に打って出るメイ首相。果たして思い通りの支持を受けることができるか予断は許せないと思う。

Embed from Getty Images

24歳年上の妻ブリジットさんは高校時代の先生だという。いかにもフランスらしい。日本では考えられないほど、男女の関係や家族の形には多様性がある。

そんなフランス憲政史上最も若い指導者の政治力は未知数だ。他の有力候補が自滅する中でその間隙を縫って勝利を手にした。

戦後のフランス政治を牽引してきた2大政党、共和党と社会党に属さず、1年前に新政党「アン・マルシェ!(前進!)」を自ら立ち上げ大統領選に打って出た。すなわち議会には頼るべき与党を持っていないのだ。まずは6月の国民議会選挙で勝利することが、新大統領の大きな課題となる。

マクロン氏が安定した政治基盤を築くことができなければ、フランス政治はまた混乱の中に沈んでいくだろう。今日の東京市場はマクロン勝利を受けて大幅高となったが、私はそれほど先行きを安心していない。

極右政党の台頭の背景にある移民問題やテロ問題は何も解決の糸口が見つかっていない。反EUの動きの背景には、ブリュッセルでの官僚主義がある。自分たちの意見が政治に反映されないもどかしさが各国に広がっているのだ。

それでも若いマクロン氏に期待したい。少なくとも彼の主張は一番まともに聞こえるからだ。権力を握ってもその姿勢を変えず、さらに公約を実現する実力を身につけてもらいたい。

 

 

コメントを残す