<吉祥寺残日録>高知「四万十ドラマ」にヒント!コロナ禍の吉祥寺で「農村振興」について考える #220126

オミクロン株の感染急拡大で、私がかつて働いていたテレビ業界も大変なことになっているらしい。

毎日のようにたくさんの芸能人がコロナ感染を告白し、アナウンサーの間でも感染者が次々に出ている。

一人が感染すると一緒に出演していた人たちも「濃厚接触者」となり出演できなくなるため、突然代役を立てたり、メインキャスターが自宅からのリモート出演になるなど、これまで以上に現場が大混乱しているであろうことが画面からも伝わってくる。

私はといえば、ここ2日ほど一歩も家から出ずに、録画した番組を見たり本を読んだりしながら過ごしている。

デルタ株に比べて、オミクロン株にはさほど恐怖を感じないが、どうしても外出しなければならない用事がない日には自宅にこもっている方が世の中のためだろう。

アマゾンミュージックで「R&B for リラックス」というプレイリストを聞きながら、今日のブログを書くことにする。

さて、岡山への帰省に合わせて図書館で借りていた本をそろそろ返さなければならない。

今年は少し岡山での滞在期間を長くして、腰を据えて野菜作りなどをしてみようと考えているので、冬の農閑期の間にイメージトレーニングを始めている。

1月に耕した小さな畑でどんな作物を育てるか、妻と話し合った。

基本的には、冬に北風が強く吹くお墓近くの畑にはハーブ、風がそれほど当たらない桃の畑で野菜を育ててみようという大枠ではすぐに一致した。

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ハーブについては昔から妻が好きなので、何をどう育てるかのプランは妻に一任することにした。

派手ではないハーブの花々がお墓の周りを彩るのは悪くない。

ハーブは乾燥を好むものが多いので、こまめに水やりができない我が家の畑には向いているだろう。

収穫したハーブを乾燥させお茶にしたり料理に使ったり、女性誌によく登場する理想のスローライフだ。

一方、野菜の方はいろいろな選択肢がある。

図書館で借りてきた「農家直伝おいしい野菜づくり」という本の中に、初心者向けの「おすすめプラン」というのが示されていた。

野菜づくりで気をつけなければならないのは「連作障害」である。

前の年と同じ場所に同じ作物を育てる「連作」をすると、その植物が好む養分ばかり減り、土中の養分や微生物が偏って、作物が病気になったり収穫量が減ったりする、これが「連作障害」だ。

これを防ぐためには、畑をいくつかの区画に分け、1年ごとに区画をずらして育てていく「輪作」を行わなければならない。

本に紹介されていた「おすすめプラン」では、畑を8つの区画に分けて、トマト、キュウリ、ダイコン、トウモロコシ、ジャガイモ、カボチャ、コカブ&コマツナ、エダマメを育てることを推奨している。

どれも我が家でもよく食べる基本的な野菜なので、もしもこれらの作物が収穫できれば家計の足しになるだろう。

桃の畑で野菜づくりに使えそうなスペースは変形なので、今年は畑を8つではなく6つに分割して、トマト、キュウリ、トウモロコシ、ジャガイモ、エダマメ、ラディッシュ+αを育ててみようと考えた。

トウモロコシなど背の高い作物は畑の北側に置き、ラディッシュのような背の低いものを南側に置く、これが基本だ。

こうして野菜について調べていくと、自分がいかに野菜について知らないかということがわかってくる。

たとえば、野菜の分類である。

トマトはナス科の植物、南アメリカのアンデス山脈の高原地帯が原産地だという。

葉物野菜でも、レタスはキク科で、ハクサイはアブラナ科。

同じアブラナ科にはダイコンやラディッシュがあり、同じ根菜でもニンジンはセリ科、ゴボウはレタスと同じキク科なんだそうだ。

こうした分類を知らないとうまく「輪作」ができない。

別の作物を植えたつもりで、実は同じ仲間だったということが起きるのだ。

育てる作物が大まかに決まったら、作物ごとの作業スケジュールを知らなければならない。

同じ本に、「タネまき&苗の植えつけカレンダー」というスケジュール表が出ていた。

それによると、ジャガイモの植えつけは2月から4月上旬、タネイモを購入してそれを2〜4個に切って植えていく。

ラディッシュは3〜4月、エダマメは3月後半〜4月に、トウモロコシは4月〜5月上旬にタネをまく。

そしてトマトやキュウリはゴールデンウィークの前後に苗を買ってきて植えつけるのがいいらしい。

タネをまいたり苗を植える前には、肥料を施したり畝を立てたりという準備も必要なので、今年の春はどうやら岡山中心の生活になりそうだ。

春にはさらに、果樹関連の仕事も待っている。

やはり図書館で借りてきた「はじめての果樹の育て方」という本にはこんな作業スケジュールが記載されていた。

ブドウは、4〜5月に整房、6月に摘粒、袋がけ、同時に蔓の誘引や不要な枝や房の除去なども行う。

モモは、3〜4月に人工授粉、5月に摘果と袋がけ、さらに6月にかけて摘心という作業があるらしい。

本来ならばモモも冬の間に剪定を行わなければならないようだが、今年は2月には行けそうにないため、来冬の宿題である。

カキも、冬の間に剪定を済ませ、5月に人工授粉、7〜8月に摘果、袋がけと書かれている。

ただ我が家のカキの木については、毎年放ったらかしのままできた果実をいただくというスタイルなので、今年もきっと放置プレイとなるだろう。

こうして春から初夏にかけての作業スケジュールを調べていると、農家の仕事が「のんびり」とはほど遠いことがよくわかる。

さらにこの時期、どんどん雑草が成長してくるのだ。

こうして我が家の畑を維持管理するだけでも手一杯になることはわかっていながら、何か地域になることができないかと考えてしまうのが私の性分でもある。

図書館で偶然「農村起業家になる」という本が目に止まった。

著者の曽根原久司さんは、コンサルティング会社などを経て山梨に移住し、NPO法人を設立して農業を中心とした都市農村交流事業を展開している方のようだ。

「農村はビジネスチャンスの宝庫」だという。

  1. 6次産業化による農業
  2. 農村における観光交流
  3. 森林資源の建築や不動産への活用
  4. 農村にある自然エネルギーの活用
  5. ソフト産業としてのIT・メディア・健康・福祉

この5つのジャンルで農村に眠る資源をしっかり活用していけば10兆円の産業が作れるというのが著者の主張である。

そして「農村で求められているのは、単なる働き手ではなく起業家」だという。

従来のように農村で働き手として働くだけでは食べていけない、新しい担い手に期待されているのは、農村部で新しい事業を起こすことなのだと曽根原氏は訴えているのだ。

これはかなり私の考えに近い。

私が応援している山梨の農家も、自ら販路を開拓して「儲かる農業」を模索している。

ただ良い作物を作って農協に出荷するだけでは、天候や乱高下する作物の価格に左右されて安定した生活を送れないのが日本の農業の現実である。

でも、農業には大きなビジネスチャンスがある、と私も感じている。

この本の中で紹介されている具体例の中に、高知県の「株式会社 四万十ドラマ」の事例があった。

四万十ドラマは、高知県四万十地域で6次産業化商品を企画・販売する会社で、その売り上げは今や3億円(2012年段階)を超すに至っている。同社がブレイクしたきっかけは、1997年に『水』と題する本を出版したことだった。四万十ドラマは活動コンセプトを表現する媒体として、本を出したのである。「水を語ることによって、人の豊かさを語る」というテーマで、時代をとらえていると思う人たちに原稿を依頼した結果、糸井重里さん、櫻井よしこさん、筑紫哲也さん、浅井慎平さんら18人が応じてくれた。その原稿料は、四万十川の天然アユ3年分、1キロだった。

本書は自費出版で8000部を作ったが、新聞や雑誌に大きく取り上げられ、一般書店でも取り扱いが決まった。出版を契機に、四万十ドラマの知名度は高まっていった。四万十ドラマの社長である畦地履正さんは、地元の農業に勤務していたが、地域を元気にする仕事がしたいと、農協を退職、旧・大正町、旧・十和村、旧・西土佐村の3つの四万十川中流域町村が出資して設立した第3セクター「四万十ドラマ」の創業期に入社した。現在20人いる社員も畦地さんが入社した当時は2人にすぎなかった。

引用:曽根原久司著「農村起業家になる」より

これは面白いと思った。

活動を知ってもらうためにホームページを作ったり自費出版したりというのはよく聞くが、こうした著名人を利用するという手法はこれまで考えたことがなかった。

地元の人が慣れない文章を書くよりも、知名度の高い人たちに協力を依頼するというのは、黒澤明監督の「七人の侍」的でとても良いアイデアだと感じる。

地域のネタが乏しい地方では、間違いなくマスコミが食いつく。

しかも原稿料が四万十川の鮎というのが秀逸だ。

安い原稿料をもらうよりも、都会の文化人たちの心に刺さる対価である。

ただし、四万十川というのは日本最後の清流として文化人たちの琴線に触れる場所であり、他の地域でも同じようにうまくいくかどうかはわからない。

しかしこうした著名人を利用したアプローチは、テレビ局で働いてきた私の得意分野でもある。

もう一冊、図書館で借りてきた「凡人のための地域再生入門」という本の中にも、ちょっと気になる一文が書かれていた。

著者の木下斉さんは、国内外の事業による地域活性化を目指す企業・団体を束ねた一般社団法人エリア・イノベーション・アライアンスの代表理事で、商店街の活性化などに取り組んでいる方のようだ。

よく言われることですが、成功のあり方は様々でも、失敗には共通する「落とし穴」があります。今回は、ふだん伝えきれない「落とし穴」についてかなり細かく描写したので、ぜひ他山の石として参考にしてもらえることを願っています。

先に示すのは野暮かもしれませんが、この本から感じ取ってもらいたいことはふたつあります。

ひとつは「いつまで待っても地元にスーパーマンは来ない」ということです。

成功しているように見える地域のリーダーは、ときにスーパーマンのように見えます。「うちのまちにもああいうすごいリーダーがいればなぁ」なんて言う声もよく聞きますが、それは単なる勘違いです。

成功している事業のリーダー像はあくまで表の姿。裏では事業や私生活で様々なトラブルに巻き込まれ、ときに事業なんて放り出して逃げ出したいと思うことさえある、ちっぽけな生身の弱い人間です。今ではたくましく見える人であっても、若い頃に様々な失敗をしていたり、普通の人なら立ち直れないような経験をしています。なんでもできるスーパーマンが一人で成果を挙げてまちを変えてくれるなんてことは、あなたのまちでも、そして他のまちでも起こりえません。

何より、そもそもスーパーマンは必要ないのです。それぞれの役割を果たす「よき仲間」を見つけ、地味であっても事業を継続していけば、成果は着実に積み上がっていきます。最初は二、三人のチームで十分です。その中核となる仲間と共に取り組みを続けていけば、気づかぬうちに地元を超え、全国、海外に仲間ができるようになり、人生は豊かになり、そしてその地域も新たな活力を持つようになっていきます。

「うちのまちにも、観光資源があったらなぁ」「うちのまちも、もっと交通の便がよかったらなぁ」などの声も、他力本願という点では同じです。あなたのまちにはスーパーマンは来ないし、突然名湯が湧いて出ることもなければ、埋蔵金が見つかることもない。ヒトなし・モノなし・カネなし、という困難な状況でもめげずに足を一歩前に出し進んできた「凡人」がいるかどうかが、各地域の明暗を分けるだけなのです。さらに言えば、いまは衰退しているまちも、長い歴史の中で誰かが栄えさせてきたはずです。自分たちで何もせずに文句だけ言う人ばかりがいる地域が栄えた例は、歴史上ありません。

引用:木下斉著「凡人のための地域再生入門」より

なるほど、と思う。

地域再生にスーパーマンは必要ない、二、三人の仲間と地道に事業を継続すること。

こうした提言は、先日テレビで見た湯布院の物語を思い出す。

今でこそ全国有数の観光地となった湯布院は、田んぼの真ん中にお湯が出るだけの小さな村だったが、一人の旅館の主人が地元に豊富にあったクヌギの木を道路脇に植え始めたことから今日の隆盛が始まったというのだ。

人気の高い桜やモミジを植えるのではなく、クヌギをメインの樹木にしたことによって、湯布院は落ち着いた大人の温泉街となった。

活動を始めた人も想像していなかった未来が待っていたのだ。

本の引用を続けよう。

もうひとつは「どの地域だって“始めること”はすぐにできる」ということです。

成功ばかり積み重ねてきた地域なんてありません。というよりは幾重にも失敗しつつ、諦めずに取り組みそのものが破綻しない程度になんとか失敗を食い止め、ダイナミックにやり方を変えながら取り組むことこそが事業の成功なのです。メディアは、わかりやすいところを切り出すので、外からは一貫してうまくいっているように見えるだけです。

だからこそ大切なのは、「失敗せずに成功できるか」という発想そのものを捨てること。まずは一歩を踏み出してみることです。

どこかの組織から予算をもらうのではなく、自分たちの出せる手持ちの資金を出し合い、自分たちがこれが正しいと思うことに挑戦していく。自分たちの責任だからこそ、間違っていたらすぐに修正をかけながら、とにもかくにも前に進んでいくのです。

最悪なのは、人の予算を活用して、いつまでも勉強会をやるだけ、ワークショップをやるだけで、自ら事業にまったく取り組まない人たちです。何をやったら成功するか、どうやったら成功するか、誰がやったら成功するかなんて、いつまで議論していても、わかるはずはありません。自転車に乗らない人は永遠に自転車に乗れないのです。

まずは、自分たちがやりたいと思うことを、自分たちの手でやり始めること。始めることは、どんなに追い詰められた地域だってできます。多少の失敗も勉強と捉え、まずは始めた地域だけが、最終的な成功を手にすることができます。

引用:木下斉著「凡人のための地域再生入門」より

これも大いに共感する。

テレビマン時代の私も、あまり深く考えずに駆け出し、走りながら考える方だったので、やりたいことをまず始めるという木下さんのアドバイスはとても強く心に響いた。

私が最終的にやりたいのは旅行であって地方再生ではないので、どこまで役に立つかはわからないが、私が応援する若者たちは少なからず地域起こしに関わっている。

彼らの力になろうとする時には、きっとこうした言葉が支えになってくれそうな予感がする。

「のんびり村」という屋号で第二の人生を歩き始めた以上、高齢化が進む「農村振興」はこれからの私の主要命題の一つとなるだろう。

どこまでやるかは別にして、できるところから一歩前に踏み出してみたいと思っている。

地方消滅

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