最初にお断りしておくが、私はこれ以上人間の寿命が伸びることは百害あって一利なしだと考えている。
ただ、健康寿命が伸びることは大いに歓迎だ。
私が死ぬ時に、世に言う「ピンピンコロリ」が実現していれば最高だと思う。

そんな私にとって、BSプレミアムの番組「ヒューマニエンス 40億年のたくらみ」で放送された老いに関する最新研究は興味深かった。
『“老化” その宿命にあらがうか 従うか』
「老化」を治療する夢に研究者たちが挑んでいる。寿命を迎えるまで老化せず、元気な状態でいるための研究キーワード、それが「サバイバル・システム」、「老化細胞」、「百寿者の健康長寿遺伝子」、「iPSでの細胞若返り治療」だ。だが、それらの最新研究が進む中で明らかになったのは、なんと生命が老化を積極的に利用してきたということだった。老化は本当に悪いことなのか?「老化とは何か」を90分にわたって探究していく。
引用:NHK
私はもともと健康番組を全く見ない人間なので、「老化」を治療しようといういわゆる「抗老化医療」の研究が急ピッチで進められているという番組の内容はかなり新鮮に感じた。
その中から、私が特に面白いと感じた部分を書き残すことにする。
まずは現状の確認。
日本人の、平均寿命と健康寿命には10歳ほどの開きがあり、今世紀に入ってその差はほとんど縮まっていないという。
2020年時点での男性の平均寿命は80.98歳であるのに対し、健康寿命は72.14歳。
不健康なまま生きる期間が8.84年あるということだ。
人生の10分の1、ちょっと長すぎるのではないか。
女性の場合だと、この差がさらに開いて12.35年となる。
寝たきりでも認知症でもとにかく施設に入れて生かしておくという日本の長生き信仰が、この不幸な期間を作っていると私は考える。
では、健康寿命を伸ばしてその差を小さくするにはどうすればいいのか?
いくつかの有望な研究を見ていこう。
生きる力を目覚めさせる「サーチュイン」
米ミズーリ州にあるワシントン大学で老化を研究する今井眞一郎教授。
今井教授の研究チームは、10年以上前に老化を遅らせるある酵素を発見した。
キーワードは「サーチュイン」、誰もが持っているこの酵素の働きを活発にすることにより老化を遅らせることができるのだという。
サルを使って実験では、餌の量を70%に減らすことにより「サーチュイン」の活性化に成功した。
種の生き残りのために備わっている「サーチュイン」は、命の危機に瀕した時に強まるいわば「サバイバルシステム」を持っていて、それが老化を遅らせると考えられている。
昔から言われる「腹八分目」という健康法は理にかなっているということだ。
「サーチュイン」を高める酵素「eNAMPT」
カロリー制限以外にも、「サーチュイン」を高める方法があるという。
「eNAMPT」という酵素をマウスに注射すると、元気に動き回る期間も寿命も大幅に伸びたというのだ。
この老化を遅らせる「eNAMPT」を作り出しているのは脂肪。
カロリー制限を受け命の危険にさらされたマウスは、体内にある脂肪で「eNAMPT」が作られ、その「eNAMPT」が脳の視床下部に送られ最終的に「NAD」という物質を作るのではないかと今井教授は考えている。
この「NAD」こそが「サーチュイン」の働きを強め、脳から全身に老化を遅らせる指令が発せられるというのだ。
鍵を握る「NAD」と「NMN」
今井教授らは、より効率よく脳内で「NAD」を作り出すために、その材料となる物質「NMN(ニコチンアミド・モノヌクレオチド)」を人工的に作り体内に投与することにより脳の視床下部で「NAD」が作り老化を遅らせることができると考えた。
マウスを使った実験では、すでにその効果が実証されている。
「少なくとも動物実験のレベルではNMNに顕著な抗老化作用があり、糖尿病・アルツハイマー病・心不全・動脈硬化といった多様な老化関連疾患に顕著な効果がある」と今井教授は断言した。
この結果を受けて、ワシントン大学ではヒトでの臨床試験も始まっている。
臨床試験の責任者サミュエル・クライン教授はこれまでの成果を次のように述べた。
「人間では筋肉の再生能力にプラスの効果がありました。これはヒトへの投与で初めて確認されたことで、NMNがヒトでも効果があることを示しています。ただしマウスほど病気を防ぐ効果は確認されていません。投与する量や頻度を変えることで、いい結果が出るのではと探っています」
臨床試験の成果は今年中にわかるということで、日本でも「NMN」を使った臨床試験がまもなく始まるという。
さらに年齢とともに減少する体内の「NAD」を測定することで老化の進み具合を測ることもできるらしい。
すでに日本国内でも「NMN」を配合したサプリが販売されているが、効果や安全性が実証されるにはもう少し研究の進展を待つ必要がありそうだ。
いずれにしても、老いを人工的に遅らせる治療は、もうすぐ私たちの手の届くところまでやってきているのは間違いなさそうである。
老化はガンを防ぐ?
大阪大学の原英二教授は、細胞が老化するメカニズムを研究している。
若い時の細胞は活発に細胞分裂を繰り返して増殖するが、年を取ると細胞分裂が行われなくなる。
この分裂しなくなった細胞は「老化細胞」または「ゾンビ細胞」と呼ばれるが、実はこれによってガンを防いでいるのではないかと考えられているという。
細胞分裂の際にコピーミスをした細胞をそれ以上増えなくすることで、ガンにならないようにしているというのだ。
原教授はこう語る。
「老化は、生物が作った非常に重要な非常にクレバーな賢いシステムだと思います。細胞老化という現象は、私たちを少なくともガンから守ってくれている非常にいいことだったのかもしれません」
「老化細胞」と「SASP因子」
しかし「老化細胞」は年齢とともにどんどん増えていき、これが別の病気を引き起こすようになる。
キーワードは炎症を引き起こす「SASP因子」。
「老化細胞」が発するSOS信号ともいえる「SASP因子」は、免疫細胞を呼び寄せる役目を果たし、ウイルスなどの感染から体を守っていると原教授は考えているが、いいことばかりではない。
「増えすぎた老化細胞がいっぱいSASP因子を出すと、出しすぎることによって炎症が加速され、慢性炎症の状態が繰り広げられてしまう。進化の過程では細胞老化の副作用はあまり計算に入れずに僕たちは獲得していってしまった。しかし進化のスピードを飛び越えて急激に寿命が延びてしまっていますから、細胞老化の副作用がかなり目立つようになってきているんじゃないか」
要するに、ガンを防いで命を守るはずの老化細胞が逆に健康を損なうというパラドックスが「老い」の正体なのだ。
この老化細胞を取り除く研究も世界中で行われているが、良い結果も出る一方で悪い結果も出ているのが現状で、研究はまだ継続中である。
今後は「シングルセルRNA発現解析」という最先端の手法を使うことによって、1細胞レベルで調べることができるので、取り除いていい老化細胞と除去してはいけない老化細胞の選別も進められるという。

センチナリアンが持つ特殊性
慶應義塾大学百寿総合研究センターの岡野栄之教授は、100歳以上の人の生体材料を使って分子生物学的な解析を行なっている。
「110歳以上生きられる方は、100歳以降ほとんど認知能力が低下しない。これは本当に凄いことだ」と、センチナリアンは特殊な性質を持っていると岡野教授はいう。
脳にも萎縮が見られない。
488例のセンチナリアンのDNAを解析した結果、「APOE」という共通の遺伝子にたどり着いた。
日本人では「APOE」が作り出す3種類のタンパク質が確認されているが、多くの人が持っているのは「APOE3型」、一方「APOE4型」は認知症を発症させる危険因子とされるがセンチナリアンは「4型」を持っていない。
そして109歳を超えるセンチナリアンが持っていたのは「APOE2型」で、「3型」と比較すると遺伝子の2か所にだけ違いがある。
他にも、センチナリアンが持つ特殊性として、次のようなものが指摘される。
- 認知症・動脈硬化・糖尿病になりにくい
- 加齢に伴う炎症が穏やか
- 特定の腸内細菌を持っている
- 特殊な白血球を持っている
センチナリアンの研究はまだまだ発展途上。
ただ私は100歳まで生きたいとはちっとも思わないので、これは単なる知識として頭の片隅に置いておくだけで十分だろう。
iPS細胞で若返り
ハーバード大学のデビッド・シンクレア教授は、「60歳を30歳に戻すこともできるかもしれない」と言っている。
シンクレア教授は、老化したマウスの目の神経細胞にiPS細胞を作るのに必要な3つの遺伝子を送り込む実験を行い、その結果マウスの視力が若い頃以上に良くなったという。
つまり部分的とはいえ、「老化を治療する」ことができるようになったというわけだ。
大金を積めば若返りが可能になるという技術が目の前に現れたわけで、おそらく近い将来、貧富の格差が命の長さにも影響する時代がやってくるだろう。
その時、どんな問題が派生してくるのか、そろそろ真剣に考える必要があるのかもしれない。
最初に登場した「NMN」を使った抗老化医療は5年ほどで実現する可能性が高いというし、iPS細胞の技術を使った若返りも10年以内には実用化される可能性が高そうだ。
そうなると、私の老後にも直接的な影響が出てくるかもしれない。
不必要に寿命が伸びることは望まないが、できることなら死ぬまで元気で旅行ができると嬉しいと思ってしまった。
無駄な延命治療をやめ、安楽死も認め、そのうえで老化の治療が実現したら、きっと「ピンピンコロリ」の時代がやってくるのだろう。