<吉祥寺残日録>ウィルスとネアンデルタール人 #210118

ひょんなことから、去年10月に書かれた面白い記事を見つけた。

日本経済新聞の特集記事「世界はウイルスでできている」シリーズの1回目で、『現代人に絶滅人類の遺伝子 ウイルス攻略へ敵か味方か』という見出しがつけられていた。

今から4万年前、こつぜんと姿を消した古代人類がいた。ネアンデルタール人だ。40万~20万年前から進化を遂げ、筋肉質で今の人類よりも脳が大きかった。早い時期にアフリカを旅立ち欧州や中東に進出したが、10万年前に遅れて来た私たち人類(ホモ・サピエンス)の祖先に先を越されて絶滅した。そのネアンデルタール人の遺伝子が突如、現代によみがえった。

「現代人にネアンデルタール人の遺伝子が伝わり、新型コロナウイルス感染症で人工呼吸器を必要とするリスクを最大で3倍に高めている」。ドイツのマックス・プランク進化人類学研究所のスバンテ・ペーボ教授らは9月末、最新の解析結果を英科学誌「ネイチャー」で明らかにした。

引用:日本経済新聞『現代人に絶滅人類の遺伝子 ウイルス攻略へ敵か味方か』

ネアンデルタール人の遺伝子を受け継いだ人たちは、新型コロナウィルスによって重症化するリスクが3倍高くなるというのである。

ネアンデルタール人の分布範囲は、ヨーロッパ大陸から西アジア、中央アジアに広がっていたとされる。

新型コロナの感染者や死者の数が、欧州や中近東、南北アメリカ大陸で多く、東アジアやアフリカで少ないことを考えれば、確かにネアンデルタール人の分布範囲と奇妙に一致する。

コロナ患者が欧米に多く、東アジアで少ない理由はひょっとすると遺伝上の問題なのかもしれない。

実に面白い。

しかし、ネアンデルタール人は今から4万年も前に絶滅した古代人類ではないか・・・?

ところが、近年急速に発展したDNA解析技術によって、ネアンデルタール人のDNAの一部が現代人にも受け継がれていることがわかってきた。

NHKが制作した大型番組「人類誕生」。

2018年に放送されたシリーズだが、去年の暮れに再放送しているのを見た。

3回シリーズの2回目にネアンデルタール人が登場する。

ネアンデルタール人は、私たちホモ・サピエンスに最も近い人類の仲間。40万年前頃に私たちと別れ、ユーラシア大陸で独自の進化を遂げた。最大の特徴は、強じんな体。レスラーのように筋肉隆々で、マンモスやバイソンなど大型動物を狩る屈強なハンターだった。さらに近年、新発見が相次ぎ、言語を操り、高度な文化を持っていた可能性が高いことも明らかに。しかし、体力と知性を兼ね備えながら、およそ4万年前に絶滅した。

出典:NHK「人類誕生」公式サイト

我々ホモ・サピエンスよりも大きな脳を持ち、体力でも優っていたネアンデルタール人だが、大きな集団を作る能力を持たなかったために絶滅したと考えられている。

ただ、アフリカ大陸で遅れて誕生したホモ・サピエンスが中東に進出した頃、ネアンデルタール人と出会い共存した時期があったという。

およそ20万年前に誕生した、私たちホモ・サピエンス。祖先たちがアフリカを出て、中東に進出したときに出会ったのが、別種の人類ネアンデルタール人だ。近年、ゲノム研究が進み、私たちの祖先とネアンデルタール人は交わりを持ち混血していたことが判明。さらに、受け継いだ遺伝子が、私たちの進化に貢献してきたことが分かってきた。かつては、両者は対立していたと考えられていたが、実は共存していた可能性も浮かび上がっている。

出典:NHK「人類誕生」公式サイト

先ほどの日経の特集記事に戻ると、ネアンデルタール人の遺伝子を受け継ぐ人は『南アジア全体では50%、欧州では16%にもなる。東アジアとアフリカにはほとんどいない』という。

ネアンデルタール人の遺伝子が現代人の中に初めて発見されたのは、わずか10年前、2010年のこと。

これが、古い人骨からDNAを取り出す「古代DNA分析」の初めての成功例となって、古代史の常識が次々に塗り替えられようとしているのだ。

私が今、それに関連した本を読んでいる。

国立科学博物館の人類研究部長を務める篠田謙一さんが書いた『新版 日本人になった先祖たち DNAが解明する多元的構造』という本だ。

日本人の起源について興味深い研究成果が記されているがそれは改めて別の記事にまとめるとして、今日は古代人に関するゲノム研究の進捗状況についてこの本の中から引用させてもらおうと思う。

日本人の成り立ちをDNAから調べようと思えば、今の私たちが持っている遺伝子が、いつの時代に日本に入ってきたかを明らかにする必要があります。古代人のDNAが分析できなかった時代には、いろいろな状況証拠をもとに過去を復元する試みがなされてきました。たとえば、アイヌの人たちは縄文人の直系の子孫と考えられていたので、彼らが持つDNAを縄文人と同じだと仮定して、考察を進めた研究もあります。しかし、アイヌの人たちも独自のポピュラーションヒストリーを持っており、彼らのDNAを縄文人と同じだと考えることは、結論を誤ったものに導くことになります。やはり正確な過去の復元のためには、現代人データを用いるのではなく、過去のDNA情報に直接アクセスする必要があるのです。それは30年前には人類学者の夢でした。20年前に古代人のミトコンドリアDNAの分析が可能になって、夢の一部が実現し、2010年以降は核のゲノム解析も可能になることで、夢は完全に実現することになりました。

引用:『新版 日本人になった先祖たち DNAが解明する多元的構造』

この「人類学者の夢」を2010年に実現した人物こそ、冒頭の記事に登場したスバンテ・ペーボ教授だった。

そういう事実を知れば、ネアンデルタール人の遺伝子がコロナの重症化に影響しているという説はますます信憑性をもって感じられるではないか。

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篠田さんの本に戻ると、解析技術も近年格段に進化したという。

分子生物学の解析では、基本的には大量のDNAを用意しなければなりません。初期のミトコンドリアDNAの研究では、そのために胎盤を材料に使っていました。胎盤は比較的大きな組織ですから大量のDNAを含んでおり、入手も他の組織に比べれば容易ですから研究材料としては最適だったのです。世界中の研究者は、産婦人科を回って試料を集めていました。研究者の間には、DNA解析もさることながら、このサンプルの収集がたいへんだったという話が伝わっています。

この状況を一変させたのは、1985年にキャリー・マリスによって発見されたPCR法でした。PCR法は極めて微表なDNAの溶液の中から、自分の望んだ特定のDNA断片だけを選択的に増幅させることができる技術です。この方法を用いれば、試料に大量のDNAが残存している必要はなく、ごく少量のDNAを、通常の分子生物学の解析に必要な量まで増幅させることが可能なのです。もはやミトコンドリアDNAの分析のために大量の組織や血液を集める必要もなくなりましたし、現在では綿棒で口の中をひとかきするだけで、たいていの解析に必要なDNAが用意できてしまいます。

引用:『新版 日本人になった先祖たち DNAが解明する多元的構造』

コロナ禍ですっかり一般人にも有名になった「PCR検査」は、画期的な技術革新だったことを知った。

そしてPCRが人類の起源を解き明かす分野でも大活躍していたのだ。

進化はさらに続く。

1988年にはPCR法の反応過程が自動化され、さらに簡便に利用できるようになりました。PCR法がブレイクスルーとなって、これまで形態に頼っていた古人類学の研究も、従来踏み込めなかった遺伝子の直接解析という領域に進出したのです。そしてその一定の成功によって、90年代の前半には、PCR法を用いれば古人骨から抽出したDNAでも解析の対象となり得る、というコンセンサスが形成されていったのです。

人骨を使用する方法については、その後いくつもの改良が積み重ねられて、1990年代半ばには、ほぼその解析技法が確立されました。最も、古人骨は経年的な変性によってDNAが短い断片に寸断されており、現代人を対象とした研究ほど簡単にはできません。次世代シークエンサが実用化された2006年まで、古人骨もDNA分析で対象となったのは、ひとつの細胞中に多数のコピーがあるミトコンドリアのDNAだけでした。

引用:『新版 日本人になった先祖たち DNAが解明する多元的構造』

「次世代シークエンサ」は、大量のDNA配列を一度に読み取ることのできるマシンだそうだ。

さて、冒頭で紹介した日本経済新聞のシリーズ「世界はウイルスでできている」には、ほかにも興味深い事例が紹介されていた。

たとえば、現代人に多いとされる「うつ病」だが、この心の病をもたらすウィルスというのもあるらしい。

原因とされるのは、ほとんどの人が子どもの頃に感染する「ヒトヘルペスウイルス6」。

このウィルスが作り出す「シス」と呼ばれるタンパク質がうつ病を引き起こすというのだ。

東京慈恵会医科大学の近藤一博教授は、このたんぱく質がうつ病の引き金になる証拠を突き止め、6月に論文を発表した。

たんぱく質はマウスの実験で脳細胞を壊した。血液検査で判明した人は、うつ病の発症リスクが12倍に上る。

仮説はこうだ。体内に潜むウイルスは疲労などで本人が弱ると唾液中に現れ、脳の「嗅球」に再感染する。「全員がうつ病にならないのは、個人の免疫力が左右するのだろう」(近藤氏)

引用:日本経済新聞「うつ病と依存症はウイルスが引き金 人類の脳にも革命」

ほかにも、温暖化に影響するウィルスも発見されている。

さらには、先日テレビで恐ろしいウィルスの話も知った。

NHKスペシャル「2030 未来への分岐点」。

NHKが今年取り組むSDGs関連の大型番組のようだ。

年始に放送された第1回「暴走する温暖化 脱炭素の挑戦」を見たのだが、番組の内容はまったく面白くなかったものの、シベリアのウィルスの話だけは興味深かった。

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去年、38度という過去最高の異常な高温を記録したシベリアで、溶け始めた永久凍土の中から新種のウィルスが見つかった。

その名は「モリウィルス」

生物の細胞に入ると12時間で1000倍に増殖して細胞を破壊するという。

研究者たちは直ちにWHOに意見書を報告書を送った。

「古代の病原体が新たな感染症の流行をもたらす可能性は高い。永久凍土はまさにパンドラの箱である」

人類とウィルスの本格的な戦いは、これから始まるのかもしれない。

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