物議を醸す「GO TO トラベルキャンペーン」が始まった昨日、私は帰省先の岡山から空路で東京に戻った。

東京はこの日も、雲が低く垂れ込めていた。
ところどころ雲の切れ間があって、何気なく機窓からの眺めを見ていると、どうもいつもの光景とは違う気がした。
千葉ニュータウンと思われる団地、外環道と思しき高速道路・・・。
ピンと来た。
「ひょっとすると、これが都心ルートなのか?」
と思った次の瞬間、眼下に「中野サンプラザ」の三角形が見えた。

すぐに隣に座っていた妻に、「都心ルートだ」と教える。
その時にはもう、代々木公園の上空だった。
公園の脇には、丹下健三さん設計の国立代々木競技場の建物も確認できる。

さらに、再開発が進む渋谷駅周辺。
次から次へと、東京のランドマークが視界に入っては消えていく。
新しくできた高層ビルが話題を集めるが、こうして上空から眺めると、東京はやはり「面の街」だということがよくわかる。

目黒、白金・・・。
その向こうにどこまでも続く家並み。
その切れ間のない密集した民家の広がりこそが東京なのだ。

品川・大崎エリア。
このあたりまで来ると、飛行機の高度はかなり低い。
真下にある品川のビル群が間近に見える。

「嵐」主演映画のロケ地ともなったURの品川八潮パークタウン。
運河と高速道路に挟まれ、羽田に向かうモノレールからよく見えるこの団地のすぐ脇を飛行機はどんどん降りていく。
「この団地の人たちは結構うるさいだろうな」
そんなことを考えているうちに、羽田空港に着陸した。
都心ルートは一定の高度を保たないといけないため、着陸が難しいと言われているが、そのためかいつもよりもドスンと着地した。

都心上空を飛行するこの新ルート。東京五輪を軸とした観光立国という安倍政権の強い意思によって実現したものだ。
確かに、東京にやってくる外国人観光客には喜ばれるだろう。
そして、羽田空港の発着キャパシティーを最大限に利用することもできる。
しかし、そんな安倍政権が描いてきた成長戦略は、コロナによって根底から見直しを迫られている。
延期された東京オリンピックの開幕まで、今日はちょうど1年前になるという。
新型コロナの感染者は今も世界中で増え続けていて、ついに1500万人を突破した。1ヶ月弱で500万人増えたことになり、そのペースは加速している。
日本でも第二波とみられる感染が全国に広がり、昨日の新規感染者は全国で791人。4月ごろの第一派を超えて過去最多を記録したそうだ。
果たして1年後に本当にオリンピックが開けるかどうか、雲行きは怪しくなるばかりだ。最近では、日本人の間でもオリンピックの「中止」を求める人が増えているという。

それでも、安倍政権は観光立国への歩みを必死に押し進めようとしている。
「GO TO キャンペーン」もそうした気持ちの表れなのだろう。
実際に、日本各地ではここ数年で莫大な額のインバウンド投資が行われた。それが今、コロナ危機で瀕死の状態に陥っているのだ。
インバウンドブームを煽りに煽った政府としては、何としても観光業界を守り、V字回復させる必要がある。
そうした政権中枢の意思が、政府全体の政策判断を曇らせている。

そんな中、日経電子版の一つの記事が目に止まった。
『「景気後退」認定へ、戦後最長ならず 回復は18年10月まで 』というその記事。中身は、こんな内容でだった。
内閣府は2012年12月から始まった景気回復局面が18年10月に終わり、景気後退に入ったと認定する方針だ。拡大期間は71カ月にとどまり、08年2月まで73カ月続いた「いざなみ景気」の戦後最長記録を更新しなかった。
出典:日本経済新聞
記事を読みながら、ある疑問が浮かんだ。
「あれっ? 政府は最長記録を更新したと言ってなかったっけ?」
2018年10月と言えば、1年半以上前。もちろん、コロナ禍などまったく関係がない。
景気はとっくの昔に天井を打っていたのに、政府はずっとごまかして来たのだろうか? 経済統計がまとまるまでには時差があるとはいえ、ちょっと時差がありすぎるのではないか?
そう思って、毎月政府が発表する「月例経済報告」を確認してみることにした。
2018年10月の景気判断は、「景気は、緩やかに回復している」。実にシンプルだ。
11月も、12月も同じ表現が続き、この表現が変わったのは2019年3月。
「景気は、このところ輸出や生産の一部に弱さもみられるが、緩やかに回復している」と但書がついた。でも、「回復」という表現は維持している。
平成から令和に変わった2019年5月からは、「景気は、輸出や生産の弱さが続いているものの、緩やかに回復している」と表現を微修正。7月からは「輸出や生産の弱さ」が「輸出を中心に弱さ」という表現に変わり、10月には「輸出を中心に弱さが長引いているものの」とまた少し変化しているが、一貫して「回復」という表現を変えることはなかった。
そして昨年12月の月例経済報告では・・・
「景気は、輸出が引き続き弱含むなかで、製造業を中心に弱さが一段と増しているものの、緩やかに回復している」
う〜ん、実にわかりにくい表現である。
「緩やかに回復している」という部分を絶対に変えないという政治家が意思のもとで、官僚が無理やり捻り出した苦肉の表現という印象を受ける。
そしてついに、月例経済報告から「回復」の文字が消えたのは今年3月。
「景気は、新型コロナウィルス感染症の影響により、足下で大幅に下押しされており、厳しい状況にある」
コロナの影響で、無理やり掲げ続けた「回復」という表現をようやく下ろすことができたというのも皮肉な話だ。。
その後は・・・
2020年4月。「景気は、新型コロナウイルス感染症の影響により、急速に悪化しており、極めて厳しい状況にある」
5月。「景気は、新型コロナウイルス感染症の影響により、急速な悪化が続いており、極めて厳しい状況にある」
6月。「景気は、新型コロナウイルス感染症の影響により、極めて厳しい状況にあるが、下げ止まりつつある」
7月。「景気は、新型コロナウイルス感染症の影響により、依然として厳しい状況にあるが、このところ持ち直しの動きがみられる」へと推移してきた。
とりあえず経済を売りにしてきた安倍政権としては、アベノミクスの成果で順調に拡大してきた日本経済が、残念ながら新型コロナによって悪化したというストーリーにしたいのだろうと私は勝手に理解していたのだ。

ところが、日本経済新聞の記事によれば、景気拡大は2018年10月で終わっていたことを政府が認めるという。
2019年1月には当時の茂木敏充経済財政・再生相が「戦後最長となったとみられる」と言及しており、安倍総理も景気はまだ強いと判断して消費税をあげた。
しかし、安倍総理がことあるごとに成果として強調してきたアベノミクス景気も、結局は2002年から08年にかけての「いざなみ景気」には及ばず、戦後2番目だったことを正直に認めることを決めた。
これは誰のどういう判断なのだろう?
日経の記事を読んでも、そのあたりの背景については何も書かれていない。
ただし、好景気の実態についてはこんなことが書いてあった。
今回の景気回復の長さは戦後2番目となる。この間の経済成長率は平均で年率1.1%程度で、景気動向指数の上昇幅は12.7ポイントだった。いざなみ景気の約1.6%、21.0ポイントをそれぞれ下回る。
回復実感が乏しいのは家計部門への波及が鈍かったことが大きい。企業の内部留保は業績拡大で増えたものの、賃金の伸びは鈍い状態が続いた。家計の社会保険料や税負担も増加傾向だった。
出典:日本経済新聞
実感なき経済成長。
結局、好調だったのは株価と大企業の内部留保だけ。それでも人手不足が続き、大学生の就職がずっと好調だったことで、安倍政権を支持する若者たちは増えていった。
何事にも、いい面と悪い面がある。

経済最優先。
個人の投資を推奨し、巨額の年金資金も投入して、株価が上がりそうなことは何でもやる。
東京都心を横断する新ルートも、ある意味、そんなアベノミクスの一貫だ。
後世の人たちは果たして、このアベノミクス景気をどのように評価するのだろう?
日本だけでなく、世界中で大量の資金を市場にばらまき、コロナ禍にも関わらず株価は今も堅調に推移している。
株価が低いよりも高い方が世の中の気分はいいが、膨大な借金は現実問題としてどんどん積み上がっていく。株高を自らの政権浮揚に利用してきた安倍政権やトランプ政権が残したツケは、いつか私たち全員に降りかかってくるのだ。
10万円もらって喜び、「GO TO」を使って旅行に行くのも結構だが、気が遠くなりそうな国の借金のことだけは、みんな覚悟しておかなければならない。