昨日の新型コロナウイルス新規感染者は、東京都で過去最高の3865人、全国ではついに1万人を突破した。

予想されていたこととは言いながら、ここにきての感染急拡大は多くの人にインパクトがあるようで、首都圏の知事たちが緊急事態宣言を要請し、政府も神奈川・埼玉・千葉・大阪の4府県に緊急事態宣言を出す方針を固めた。
とはいえ、宣言が出てもかつてのように人出が減るわけではなく、果たしてどれほどの効果があるのか疑わしい限りだ。
「私権の制限」を嫌い、欧米のようなロックダウンを可能にする法整備を行わなかったのだから、今更ジタバタしてみても良いアイデアなど出るはずもない。
本気でコロナを抑え込みたければ中国のように厳しく私権を制限する以外に方法はないのだから・・・。
さて、東京オリンピックも昨日で大会7日目。
この日は、「スポーツ大国」中国の大いなる壁を感じる1日となった。
まず、私が注目したのは卓球。
先日の混合ダブルスで打倒中国を果たした伊藤美誠選手が、女子シングル初のメダルを目指して中国勢に挑んだ。
準決勝の相手は世界ランキング3位の孫穎莎(そんえいさ)。
伊藤と同じ2000年生まれの中国新世代のエースである。
伊藤と孫、この2人のライバル関係については、先日放送されたNHKスペシャルで詳しく紹介されていた。

NHKスペシャル「伊藤美誠 再生の旅」。
いつも明るく自信たっぷりに見える伊藤美誠でさえ、コロナ禍で目標を失い苦悩する姿を追った番組だった。
東京五輪で金メダルを目指す卓球の伊藤美誠。五輪延期で目標を見失うなか、自らを取り戻す為に行ったコロナ禍での異例の中国への長期遠征。そこにいたのは東京五輪で金メダルを争うライバルの孫選手だった。1000キロのバス移動やホテルでの過酷な隔離など、38日間の旅の全貌を家族のカメラは記録した。そして旅のクライマックスで起きた、驚きの出来事とは…。
引用:NHK

コロナによってほとんどの大会が中止され、練習さえままならない不安の中で、二人三脚で伊藤を支えてきた母親が中国遠征を決めた。
厳しい入国制限が取られる中国で行われる大会に出場することが目的の旅だ。
日本のような「なんちゃって水際対策」とは違い、中国への入国の際には防護服の係官が複数で対応にあたり、空港から隔離用のホテルに直行する。
上海のホテルに1週間、もちろん部屋から一歩も外に出ることはできないし、家族でも別々の部屋に入れられ会うことも許されない。
1週間経ったところで、専用の大型バスに乗せられ試合会場のある街に移動した。
バスの乗客は伊藤とその同行者のみ、上海から陸路で1000キロ以上の大移動である。

移動先の街で再び隔離生活に入り、試合の直前、ようやく他人と接触しないという条件の下で練習が認められた。
日本から持参した炊飯器でご飯を炊くことも許され、ようやく中国のお弁当から解放される。
最初の大会で準決勝に勝ち進んだ伊藤の対戦相手は孫穎莎。
しかし、呆気なく敗れる。
コロナ禍の日本で伊藤が悶々としている間にも、中国の卓球チームは進歩を続けていた。

敗戦後、練習している伊藤のところに孫穎莎が近づいてきた。
一緒に練習をしようと言う。
最大のライバルとして強く意識する2人だが、二十歳の女の子同士、和やかな雰囲気が漂う。
2時間に渡って球を打ち合った後、孫穎莎から「試合をしよう」との提案があった。
2人が本気で勝負を始めると、中国チームのコーチはその様子をスマホで撮影し、その場で他の中国選手たちにその動画を送った。
単身中国に乗り込んだ伊藤は、中国にとっては最も警戒すべき相手なのだ。
そんな因縁のライバルと東京オリンピックでメダルをめぐって激突した伊藤。
しかし、結果は中国遠征の時以上に完敗だった。
ゲームカウント4−0、伊藤は1ゲームも奪うことなく負けた。
試合後「惜しくもなかったので、すごく悔しい」と語った伊藤は、昨夜シンガポール選手との3位決定戦に勝利。
女子シングル初のメダルを日本にもたらしたが、ここでも「正直悔しい気持ちの方が大きい」と述べた。
そうして伊藤美誠を心底悔しがらせた中国の孫穎莎だが、決勝でもう一人の中国人選手・陳夢に敗れた。
陳夢は現在世界ランキング1位。
孫穎莎が放つ強烈なスマッシュをことごとく打ち返した。
分厚い中国の選手層の中で代表の椅子を勝ち取ることは容易ではない。
その証拠にリオ五輪のメダリストは一人も東京でのシングル代表にはなれなかった。
中国の壁は限りなく高い。
たとえ伊藤美誠一人が強くなっても、日本は中国に追いつくことはできない。
中国には、陳夢や孫穎莎と同レベルの選手たちがゴロゴロいて、常に激しい代表争いを行っているのだ。
中国にやられたのは、卓球だけではない。
金メダルの期待が非常に高かったバドミントン。
女子ダブルスの世界ランキング1位、福島由紀・広田彩花組(通称フクヒロペア)も準々決勝で中国のペアの前に敗れ去った。
広田が今年6月、右膝前十字じん帯を負傷しサポーターを巻いて試合に出場した影響もあるかもしれない。

しかし、やはり東京オリンピックを前に放送されたNHKスペシャル「逆境その先へ ”最強”日本バドミントン」を見ると、敗戦の理由はそれだけではなさそうなのだ。
去年3月、コロナが世界に広がり始めていた頃に開かれた全英オープン。
世界ランキング1位で臨んだこの大会でフクヒロペアは中国のペアを破り優勝した。
この年の夏に開かれる予定だった東京オリンピックでの金メダルは完全に射程に入っていた。
ところがその後コロナの拡大により出場する予定だった大会は全て中止となり実戦を積む場が奪われ、やむなく緊急帰国した1週間後、東京オリンピックの延期が決定した。

「仕方がない」と頭では延期を受け入れながらも、久しぶりに再開した練習では考えられないようなミスが続いた。
競技人生のピーク27歳で臨む東京オリンピックに賭けてきた勝気な福島の心に変化が生じていた。
人気スポーツではないバドミントンの場合、選手への手厚いサポートなどない。
世界ランキング1位のフクヒロペアでさえ、専用の練習場はなく、岐阜県の体育館を転々としてきた。
1年間のオリンピック延期は、すでにピークを迎えていた選手たちには大きなダメージとなった。

今年1月、エース桃田がコロナに感染したことも日本チームの調整を難しくした。
無症状ながら空港でコロナ感染が判明した桃田。
日本代表チームは出発直前にタイ遠征を中止し、貴重な実践の場を失った。
一昨年までは世界最強だった日本バドミントンチームは、コロナ禍で最も大きなダメージを受けた選手たちだったかもしれない。
世界ランキング1位のフクヒロペアはランキング3位の中国ペアに、ランキング2位だったナガマツペアは5位の韓国ペアに負けた。
「日本の敵は日本」と言われ激しい国内の代表争いが話題となったのが嘘のように、最強日本は脆くも崩れ去った。
「オリンピックには魔物が棲む」というが、最大の魔物はコロナではなく大会の1年延期だった気もする。
1年違うとアスリートの勢力図は塗り替えられる。
若い無名の選手が台頭し、メディアが期待する実績のある選手たちはピークを過ぎていく。
残酷だが、それが真剣勝負であるスポーツの世界なのだ。

そんな中で、日本柔道陣はこの日も頑張った。
男子100キロ級では、ウルフ・アロンが韓国の選手を破って優勝、苦戦が続いた重量級に金メダルをもたらした。
ウルフ・アロンは父親がアメリカ人、母親が日本人で、東京葛飾区の出身だ。
パワーがなくては勝てないこのクラスになると、彼のようなハーフの選手が活躍するのは頼もしい。

女子78キロ級でも、濱田尚里が世界ランキング1位のフランス選手を抑え込み一本勝ち、30歳の初出場で金メダルを獲得した。
この階級での金メダルは2004年のアテネ大会以来だという。
今大会、金メダルラッシュに沸く日本柔道チームだが、実は今回の金メダリストの中で世界ランキングでトップに立つ選手はほとんどいない。
コロナ禍で国際大会を開くのが難しくなっている中で、今の世界ランキングはあてにならないのだ。
柔道では1年延期に惑わされず、2020年に決めた代表選手を変更しなかった。
コロナ禍で選手が不安になる状況下で、無用なプレッシャーをかけずにじっくり育成する方針を取ったのかもしれない。
そうした各競技、各選手が置かれたちょっとした環境の違いが、今大会の結果にも影響しているように見える。

最後に、昨日行われた競技の中で、私がとても印象深く思ったことを書いておきたい。
それは競泳の女子800メートルリレーの決勝だった。
日本は予選で敗退していたが、前評判ではオーストラリアの実力が抜きん出ていて世界新記録は間違いないというので注目して見ていた。
しかし、勝ったのは中国。
オーストラリアチームも世界新記録をマークしたが、中国チームはそれを上回る圧倒的なタイムを叩き出したのだ。
しかもアメリカも最後猛追して2位に入り、表彰台に立った3チームがすべて世界記録を塗り替えるというすごいレースだった。
米中対立が激しくなる中で、このレースは中国の人たちを熱狂させたに違いない。
中国選手は、国家のために戦う。
伊藤美誠のドキュメンタリーの中にも、中国卓球チームのトップ選手たちが軍事教練に参加しているシーンが流された。
アスリートは国家の威信を高めるための道具であり、そのために国中から有力選手が集められて毎日猛特訓が行われる。
そんな中国選手とどう戦うのか?
自分は何のために戦うのか?
おそらく東京オリンピックでは、中国とアメリカのメダル競走がさらに熾烈になるだろう。
これからのアスリートはますますメンタルが重要になってくる、そんなことを感じた。