<吉祥寺残日録>豪雨被害をもたらした「大気の川」と「分家の災害」 #200716

「大気の川」という言葉を初めて知った。

日本各地を襲った今年の7月豪雨。その原因がこの「大気の川」だったというのである。

まずは、私が見たテレビ朝日のニュースのニュースから。

ユーチューブ動画はいずれ消えてしまうので、その内容を引用させてもらう。

豪雨の要因が日本上空に長期間、居座った「大気の川」と呼ばれる大量の水蒸気の流れだったことが分かりました。  

1日からの水蒸気の動きです。赤い所ほど水蒸気の量が多くなっています。上空に横たわる帯は大気の川と呼ばれ、平年よりも海水温が高いインド洋や東シナ海から水蒸気が供給されています。  筑波大学・釜江陽一助教:「今回、“大気の川”が流れ込んでいたことによって熊本のような局地的な線状降水帯が強く、その状態を維持されたと」  4日の熊本上空には、アマゾン川河口の2倍にあたる1秒あたり40万立法メートル分の水蒸気が流れ込んでいました。大気の川は通常、数時間で抜けますが、今回は10日以上も停滞しました。別の専門家は温暖化の影響で頻発する恐れを指摘しています。  気象庁異常気象分析検討会委員・高薮縁東大教授:「温暖化が進むと水蒸気量が全体に多くなることが予測される。そうしますと非常に強い“大気の川”というのが増えてくる。

出典:テレビ朝日

私もテレビ屋なので大体の事情はわかるが、テレビ朝日の記者や編集長は、「大気の川」という聞きなれない言葉と、釜江助教が制作したCG画面に魅力を感じたんだと思う。

正直な話、アマゾンの2倍の水蒸気と言われてもよくわからない。

私の想像だが、伝えているテレビ朝日の記者もちゃんとは理解していないのだと思う。

そこで、ちょっと興味が湧いて「大気の川」という言葉を検索してみると、7月11日に読売新聞が記事を書いていることがわかった。

読売新聞の記事を一部引用すると・・・

熊本県の球磨くま川が氾濫した4日、日本上空には大量の水蒸気が帯状に流れ込む「大気の川」と呼ばれる現象が発生していたとする解析結果を、筑波大の釜江陽一助教(気象学)がまとめた。水蒸気を水に換算した推定流量は、日本最大の流量を誇る信濃川の約800倍にも相当し、広域での降雨につながったとみられる。

大気の川は、長さ1500キロ以上の水蒸気帯を指し、雨のもとになる水蒸気を次々と送り込む。2018年の西日本豪雨などでも発生したとされる。

出典:読売新聞

読売新聞によれば、大気の川とは「長さ1500キロ以上の水蒸気帯を指す」と定義されているらしい。

読売新聞は今回の推定流量を「信濃川の800倍」としたのを受けて、テレビ朝日は「アマゾンの2倍」と比較対象を世界に求めた。どちらが「すごい」と感じるのかにわかには判断できないが、私もやっぱり「アマゾンの2倍」を採用しただろう。

「アマゾンの2倍」と聞くと、ものすごい量の雨が降るイメージが湧いてくる。

さらに、情報源である釜江助教が2018年の西日本豪雨の時に書いた文章も見つかった。

「平成 30 年 7 月豪雨をもたらした大気の川の特徴」と題されたこの文章の中で、釜江助教は「大気の川」を次のように紹介していた。

欧州、北米を中心に、東進する温帯低気圧に伴う寒冷前線の前面に強い水蒸気フラ ックスの帯が発達し、これが上陸して豪雨災 害をもたらす事象が注目を集めている。この 中緯度の細長い水蒸気の流れは「大気の川」 (atmospheric river)と呼ばれる。2018 年 7 月 3 日 から 7 日にかけて、西日本を中心に広い範囲 で豪雨が発生した要因の一つに、「大気の川」 によって大量の水蒸気が流れ込んだことが 挙げられる

出典:

「水蒸気フラックス」というのは、「水蒸気の流束=単位時間単位面積あたりに流れる量」だという。

2018年の西日本豪雨でも、この「大気の川」が大量の雨を日本列島に降らせたということのようだ。

今後は毎年、メディアで「大気の川」という言葉を聞く機会が増えるだろう。

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お天気キャスターの森田正光さんは、今年日本列島に降った雨の総量は、比較が可能な1982年以降で最も多かったようだと投稿した。

気象庁が発表したらしい。

確かに、今年の梅雨は例年以上に雨の日が多く、豪雨被害も全国各地で報告された。

報道番組はどこも同じような話題ばかり繰り返す中で、少し前にNHK-BSで放送された「英雄たちの選択」がとても面白かった。

タイトルは、「水害と闘った男たち〜治水三傑・現代に活かす叡智〜」。

番組では、大治水事業に挑戦した3人の歴史上の人物を選び、彼らの業績を紹介した。

この3人とは、信玄堤で知られる武田信玄、「利水」の発想で岡山を救った岡山藩士・津田永忠、天竜川の治水に生涯を捧げた金原明善である。

私はほとんど知らない話だったので興味深く見ていると、岡山藩士・津田永忠の業績として紹介されたのは岡山市内を流れる「百間川」の話だった。この川は本流である旭川が氾濫しそうな時に水を逃がす役目を担っていて、普段はほとんど水量がない。

妻の実家のすぐ近くを流れていて、雨の少ない岡山でこんな河川は必要なんだろうかと昔から思っていた。しかし、この百間川は岡山が誇るべき一大治水事業だったことを知った。河川の流れを2つに分ける「分流」というのは、実は非常に難しい技術であり、旭川と百間川は日本でも珍しい成功例なのだ。しかも、単に新しい川を作るだけでなく、その河口部分を埋め立てて広大な農地を作ったのだ。

岡山市では、「このあたりは昔は海だった」という話をよく聞くが、それも津田永忠が手がけた業績だった。

こうした大事業は話し合いでは実現せず、一人の人間の熱意と豪腕が必要となる。番組では、そう結論づけていた。

そんな番組の中で、私にはとても印象深い言葉を一人の出演者が口にしたのだ。

治水の専門家である河川工学者の大熊孝さんがこんなことを言った。

なかなか難しい時代になっていると思います。「本家の災害」と「分家の災害」という言葉がある。本家はだいたい明治末期ぐらいまでに立地した家を本家というんですが、あまり災害にあわない場所に立地している。その後、分家として出て行った場所は災害に弱い所にみんな住んでいる構造がある。今の災害は「分家の災害」で、みんな被害を受けている状況。

「分家の災害」という言葉は初めて聞いたが、これは私が感じているポイントをまさに示している言葉だと思った。

日本列島で災害を100%防ぐことは不可能という大前提に立って物事を考える必要があると、私は常々思ったいる。一時メディアで「スーパー堤防」というものが注目されたことがあったが、こうした自然と人間が100%コントロールしようという発想は、お金ばかりかかって実現しないだろうと思うのだ。

信玄堤が紹介された武田信玄でも、川の勢いを殺ぐために利用したのは人工の堤防ではなく、天然の崖だった。そこに川の流れをぶつけることによって、大雨の際にも水流の勢いを弱めることに成功したのだ。

自然をねじ伏せるのではなく、自然とうまく付き合いながら災害を防ぐ、そういう柔軟な思考回路が日本人には求められている。

「分家の災害」という言葉を教えてくれた大熊教授は、「少々「越流」しても、「破堤」しない堤防を造る必要がある」と述べていた。水量が増えた時、一滴の水も漏らさないことを目標とすると、全国の河川に巨大な堤防を作る必要がある。しかし、大雨の際には堤防を川の水が越えるのは仕方がないと考えて「越流」を許容すれば、被害は床下浸水程度ですむ。大事なのは、堤防の決壊「破堤」を防ぐことだと大熊教授は言った。今の技術を使えば、「破堤しない堤防」はさほどお金をかけずに簡単にできるはずだと言うのである。

水害のニュースを聞いていると、メディアが100%災害を防ぐことを求めている印象を受ける。

しかし、限られた予算で日本全土をすべての災害を防ぐことは不可能だ。

まず最初にやるべきことは、災害が起きそうな危険な場所には家を建てないと決めることではないだろうか?

私有財産に絡むことなのですぐには実現できないだろうが、危険地域では家の新築はできないと決めるだけで、長い年月ののちには、危険な家屋は確実に減っていく。

昔と違って、今ではマンション暮らしの人も増えている。

水害や地震から身を守るためには、私たち日本人の住居に対する考え方を根本から考え直すことが近道だと思えてならない。

「分家の災害」をなくすためには、明治以前の日本人のように「本家」が建っている安全な土地にまとまって暮らす街づくりを進めることが、人口減少時代に入った日本の生きる道なのだと番組を見ながら改めて感じた。

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