<吉祥寺残日録>自然災害と老人介護は、平穏な日常をぶち壊す「今そこにある危機」 #210704

7月に入り、記録的な雨が降り続いている。

熱海では住宅街で激しい土石流が発生、少なくとも10軒の民家を飲み込んだ。

これまでに2人の死亡が確認され、まだ20人ほどが行方不明となっている。

日中に発生した災害だったこともあり、偶然土石流の瞬間を撮影しSNSにアップした人がいたため、その圧倒的な破壊力に恐怖を覚える。

地形から判断するといかにも土石流が発生しそうな谷間の急斜面にたくさんの家が建っていて、「こんな所に家を建ててはいけない」というような場所に見えた。

リゾート開発というものは、往々にして安全性を無視し、景色がいい傾斜地に無理やり家を作ったりする。

開発業者は儲け優先で、売ってしまえばそれまでという体質がある。

私も若い頃、リゾート地に別荘を持ちたくて、伊豆や山中湖の急斜面に建てられた格安の別荘を買いたいと妻に言ったことがあった。

しかし、何事も慎重な妻はことごとく反対し、私はその都度あきらめてきたのだが、今になって多少物の道理がわかってくると、若き日の自分がいかにアホであったかがよく理解できる。

もしあんな別荘を買っていたら・・・危機は常に私たちの身近にあるのだ。

こんな激しい豪雨の日に、私の弟は家族を車に乗せて東京から岡山まで高速道路をひた走った。

岡山で一人暮らしをする私たちの伯母の様子がヤバいと伝えたからだ。

昼過ぎに岡山に着いた弟はまっすぐ伯母の家に行ったらしいが、出てきた伯母はすぐに弟家族を認識できなかったという。

そして伯母の姿を観察し、家の中をひと通り見て回った結果、弟家族の下した結論は極めて深刻な事態ということだった。

久しぶりに伯母と対面した弟は、昨日の夕方私に電話をかけてきて、LINE電話をつないで今後のことを話そうと言ってきた。

こちらは私と妻、先方は弟と弟の妻と長男と次女、さらに弟が滞在している実母も参加して家族会議が始まった。

弟がまず発した言葉は「状況は予想していた以上だった」ということだ。

満足な食事や入浴ができておらず、家の掃除もできていないので、あのまま一人暮らしを続けるのは危険だと感じたらしい。

私の妻は我が意を得たりとばかりに、自分が抱いてきた危機感を弟たちにもぶつけ、私だけが悠長に構えていると糾弾した。

もちろん私も伯母が施設に入ることに反対しているわけではないのだが、このまま自宅で静かに死にたいという伯母の変わらぬ信念は私にはとてもよくわかるし、そもそも頑固な伯母をどうしたら施設に連れて行けるのかさっぱりイメージができなかったのだ。

だが、多勢に無勢、伯母はなるべく早く施設に入れて食事や入浴をできる環境を整えるということで家族会議はまとまった。

一歩前進ではあるが、伯母が頑なに拒否することは全員が予想するところであり、それを覆すだけの具体策はまだ見つかっていない。

そんな家族会議の方針を踏まえて、私と妻は今朝、岡山に飛んだ。

ところが、今回の規制は波乱の連続だった。

まずは飛行機。

梅雨前線の影響で全国的に天気が最悪で、私たちが乗った7時25分発の全日空機は、岡山空港視界不良のため「条件付きの運航」となった。

つまり、天気の状況によっては着陸を断念して大阪空港に着陸、または羽田に引き返すことがあり得るというのだ。

東京上空も厚い雲に覆われて、途中富士山も見えない状況。

ところどころ雲の合間から地上が見える場所もあったが、岡山に近づくと再び厚い雲がびっしりと覆っている。

飛行機は、なかなか雲の中に入ろうとしない。

「これはヤバいかもしれない」

嫌な予感がよぎる。

しかし、上空をしばらく旋回した後、意を決したように飛行機は雲の中に突っ込んでいった。

窓の外が真っ白の状態がしばらく続き、そこからスポッと抜けると、すぐ下は山だった。

雲が異常に低く垂れ込めている。

岡山空港は山の上に作られているので、雲を抜けるとすぐに着陸だ。

ドーンという大きな振動とともに全日空機は岡山空港に無事降り立った。

「良かった・・・大阪や羽田では洒落にならない」

しかし、次のトラブルは妻の身に起こった。

下降中の揺れが大きかったので飛行機に酔ったという。

妻は出発前から何度もトイレに通い調子が悪そうだった。

昨日の午後に三男夫婦が来宅しいろいろ頑張って食事をもてなした後に、弟家族との会議で興奮したため、妻は昨夜はほとんど眠れなかった。

夜中の2時ごろ起き出して、冷蔵庫の残り物を調理して片付けようとしている。

来る介護の苦労を思うだけでストレスを感じているのだろう。

空港でレンタカーを借り伯母の家に直行する予定だったが、途中で気分が悪くなり、岡山市内の妻の実家に立ち寄ることになった。

ここで妻を休ませて、私一人でレンタカーに積んだスーツケース2個を伯母の家に運んだ。

私が荷物を運び込む物音を聞いた伯母が奥から出てきた。

様子は先週とさほど変わっていないようだ。

私は定期的に伯母と会っているので、他の人に比べて伯母の変貌ぶりに慣れてしまっているのだろう。

スーツケースを伯母の家に運び込むと、とんぼ返りで妻を迎えに行く。

妻は白い顔をしてベッドに寝ていた。

単なる乗り物酔いではなさそうだ。

しばらく妻の高齢の両親とお喋りしながら、妻の回復を待つ。

妻の父親は92歳、母親は88歳で、ともに介護認定を受け毎日ヘルパーさんのサポートを受けている。

しかし、伯母に比べるとお二人は元気そうに見えた。

やはり一人と二人はかなり違う。

妻の状態が少し改善し、妻の家に置いていたマットレスを2組車に積み込み、再び伯母の家に向かう。

これまで私たち夫婦は岡山に帰省すると、お互い別々に実家に泊まるのが常だったが、今回は伯母の世話が主目的ということで初めて2人で伯母の家に泊まってみることにしたのだ。

ところが、伯母の家につくと、妻は完全にダウンし運んできた荷物を片付ける元気もないままにマットレスの上に倒れ込んでしまった。

「昨日の寝不足が原因だから、少し寝て休んだ方がいいだろう」

伯母は来るなり寝込んでしまった妻の様子を心配そうに見つめ、介護しにきたはずが伯母に心配をかけることになってしまった。

妻は伯母の家に着いたら、掃除をし伯母の食事を作り、できれば伯母をお風呂に入れてあげたいといろいろ構想を巡らしていたのだが、すべての思惑は自らの体調不良で吹っ飛んでしまった。

結局、妻の体調は夜になっても治らず、伯母を世話するどころではなく、嘔吐しながらただひたすら寝て1日を過ごした。

仕方なく、私がスーパーに買い物に行き、調理せずに食べられる食料を買ってきたが、妻は豆腐を少し食べただけ、伯母はバナナを1本食べただけで寝てしまった。

天候の悪化も妻の体調不良も、施設には入りたくないという伯母の「呪い」かもしれない。

そんな不吉なことを感じた。

自然災害と老人介護は、平穏な日常をぶち壊す「今そこにある危機」なのである。

【おことわり】伯母の家はどうも電波の状態が悪く撮影した写真をアップロードができないため、写真はネット環境が改善した段階で追加することにします。

<吉祥寺残日録>豪雨被害をもたらした「大気の川」と「分家の災害」 #200716

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