<吉祥寺残日録>住宅地で陥没!吉祥寺近くを走る外環道工事ルートを辿ってみた #201019

自分の家の前で突然道路が陥没したら、それは驚くだろう。

昨日の午後、調布市東つつじヶ丘の住宅地で、突然道路が陥没した。

穴の大きさは、幅5メートル、長さ2メートル、深さ5メートル。

結構な大きさの穴である。

実は、この地区の地下深くで今トンネル工事が行われているため、その関連が取り沙汰された。

その工事とは、NEXCO東日本が進める「東京外かく環状道路」、通称「外環道」の工事である。

このトンネル工事が完了すれば、東名、中央、関越の3つの高速道路が結ばれ、その利便性は飛躍的に高まるはずだが、周辺の反対運動などで工事は大きく遅れてきた。

しかし、この陥没のニュースを見ながら、私はふと思った。

確か、外環道って吉祥寺の近くも走る予定になっていたのではないか?

そこでネットで調べてみると、関東地方整備局の「Tokyo Ring Step」というサイトに外環道の詳細なルートマップが掲載されていた。

それを見ると、やはり外環道は吉祥寺駅と西荻窪駅の間を通過していることが分かった。

私はすでに自家用車を手放したので直接はあまり利害はないが、サイクリング がてら、武蔵野・三鷹エリアを通る外環道工事ルートを確認してみようと思い立った。

東京女子大学

スタート地点として選んだのは、地図にはっきりと名前が出ていた「東京女子大学」。

いつ見てもセンスのいいキャンパスだが、まずはここから今日の調査をスタートすることにする。

この辺りは、武蔵野市ではなく、もう杉並区善福寺になる。

ルートマップによると、外環道は東京女子大学の少し東側を通っているはずだ。

「地蔵坂上」というバス停があるあたりだろうか?

女子大通りを横切るように、南北に走っているものと思われる。

とはいえ、地下40メートルの話。

地上からは、どこを外環道が走っているのか、まったくわからない。

善福寺公園

ついでに、東京女子大学の北側に広がる善福寺公園にも行ってみた。

久しぶりに訪れた善福寺池は、井の頭池より密やかで、東京とは思えないほど落ち着いた風情だ。

外環道は、善福寺公園の「下の池」の少し東側を通っているらしい。

この辺りは、住宅地を縫うように善福寺川が流れていて、その川のはるか下で外環道が掘られているのだ。

JR中央線

東京女子大学から南に進むと、すぐに武蔵野市に入る。

武蔵野市の東の外れを走る「稲荷通り」の下あたりを外環道は通っているようだ。

ルートマップによれば、外環道は稲荷通り沿いにある「吉祥女子中学・高等学校」と・・・

「武蔵野市立本宿小学校」の間を南北に走っているようだ。

そして、本宿小学校の東側でJR中央線と交わる。

吉祥寺駅と西荻窪駅のちょうど真ん中あたりを横切る格好だ。

五日市通り

稲荷通りをそのまままっすぐ南下すると、「五日市街道」にぶつかる。

この辺りの住所は、吉祥寺南町5丁目だ。

「南町5丁目」のバス停あたりの地下深くを外環道は通り抜けている。

それにしても、通気口のようなものは作らないのだろうか?

ルートマップを頼りに自転車を走らせていたら、知っている場所に出たのでちょっと驚いた。

ここは、吉祥寺に引っ越した頃、一時的に借りていた駐車場。

この駐車場も、まさに外環道トンネルの真上にあったのだ。

井ノ頭通り

駐車場を過ぎるとすぐに「井ノ頭通り」に出る。

「武蔵野警察署南町交番」の真下あたりで、外環道は井ノ頭通りと交差するようだ。

交番の向かいには、人気ラーメン店の「Tonbo」。

吉祥寺での私の行動範囲の東端、我が家からわずか1キロちょっとの場所を外環道は走っていたわけだ。

この近さには、ちょっと驚かされる。

井ノ頭通りを南に抜けると、立教女学院の素敵なキャンパスが・・・。

外環道は、この美しいキャンパスの西側をかすめるように南に伸びていた。

井の頭線三鷹台駅

立教女学院の南側には、井の頭線の三鷹台駅がある。

立教女学院は杉並区、その北側は武蔵野市で、三鷹台駅から南はその名の通り三鷹市となる。

久しぶりに来たが、三鷹台駅の駅舎はリニューアルし、周辺の道路も拡張されて、全体的にお洒落なエリアに変わっていた。

地図によれば、外環道が通っているのは、三鷹台駅の西側、少しだけ吉祥寺よりの地点のらしい。

井の頭線に沿って流れているのは井の頭公園を水源とする神田川だ。

その時、頭上をヘリコプターが飛んでいった。

間違いなく、調布の陥没現場を取材している報道機関のヘリのだろう。

玉川上水

三鷹台駅前通りから住宅街の中を通って進むと、玉川上水にぶつかる。

いつも通る井の頭公園の中に架かる「ほたる橋」から数えて7つ目、「東橋」のあたりが外環道のルートとなっているようだ。

こちらがその「東橋」。

この地下を車が行き交うようになるとは思えない、とても静かな住宅街である。

人見街道

「東橋」を渡ってさらに進むと、昔ながらの「人見街道」にぶつかる。

ここで、初めて外環道の明確な痕跡と遭遇した。

人見街道沿いの空き地。

「東京外かく環状道路用地 立入禁止」というプレートが貼られているのを見つけたのだ。

フェンスで囲まれた空き地には、国土交通大臣名の「お知らせ」も設置されている。

外環道建設用地の収用に関することのようで、指定されたエリアでは無断で建物を建てたりすることができなくなるようだ。

この周辺には、ポツリポツリと外環道関連の用地を見かける。

地下に外環道が走っている目に見える証拠なのだ。

東八道路

さらに南に進むと、「UR三鷹台団地」があった。

この団地を避けるように、外環道は団地のすぐ東側を抜け「東八道路」と交差する。

東京と八王子を結ぶ計画の「東八道路」は、その広さから「30m道路」とも呼ばれる。

私は吉祥寺に引っ越す前、この東八道路を西に進んだ三鷹市の西部に住んでいたのでこの通りには愛着がある。

この辺りは三鷹市の東の端、境界線を越えれば世田谷区だ。

東八道路には、外環道のインターチェンジが建設される予定だったので、三鷹に住んでいた頃は「早くできないか」と心待ちにしていたが、反対運動でなかなか工事は進まなかった。

東八道路インターチェンジは、外環道への出入りだけではなく、中央高速にも接続する特殊な構造のインターチェンジになるという。

そのためだろう、東八道路の南側では大規模な土地収用が行われていて、杭やフェンスに囲まれた土地が、南北に連なっていた。

フェンス沿いに進んでいくと、「この先行き止まり」と書かれた看板が立っていた。

フェンスの先には大型クレーンの姿も。

私は東八道路に引き返しクレーンの方向を目指すことにした。

中川遊歩道

東八道路の三鷹台団地南口交差点の脇に、「中川遊歩道」という細い小径の入り口があった。

タモリさん的に言えば、この曲がり方は明らかに川の跡だろうと思って調べてみると、やはりかつては「水無川」と呼ばれた小川がここを流れていたらしい。

今は世田谷区まで続く遊歩道として地元の人に愛されているらしく、両脇には瀟洒な住宅が立ち並んでいるのだが、コーナーを曲がると風景が一変した。

遊歩道の両側がフェンスで塞がれて、実に物々しい雰囲気である。

かつて取材したことがある成田空港反対派の拠点に通じる道路のようだ。

塀の内側には、工事で使う資材なども置かれていた。

南北に連なる収用された土地に沿って南に進んでいくと、突然、いかめしい構築物が目の前に現れた。

見渡す限り、ずっと先の方まで高い塀がつながっているのだ。

中央ジャンクション

東八道路から見えた大型クレーンは、広大な建設現場の中に立っていた。

ここでは、外環道と中央高速を繋ぐ「中央ジャンクション」の工事が行われているのだ。

もともとこの辺りには、広い畑が残っていた。

三鷹市北野地区を貫く「北野中央通り」を跨ぐように建設現場の高いフェンスが延々と続く。

こんな大規模な工事が行われていることを、最近車に乗らなくなった私は全然知らなかった。

フェンスには所々、窓が設置されていて、工事現場の様子を通りから見ることができる。

道路を跨ぐ形で設置されている太いパイプ。

工事現場というよりも、巨大工場といった様相だ。

さらにフェンス沿いに進むと、工事車両の出入口があって、そこから中の様子がはっきりと見えた。

大型クレーンの向こうには、トンネル工事には欠かせない「加泥プラント」「裏込プラント」の文字も。

真っ直ぐに伸びる工事用道路の長さに、ただただ圧倒される。

それでも、工事現場から一歩入れば、昔ながらの畑が広がる。

住宅街が広がる東京で、三鷹市東部のこのエリアにはこれまで広大な農地が残されていたが、それこそが、ここに「中央ジャンクション」が作られた要因だったのかもしれない。

工事現場のすぐ隣にはビニールハウスも残る。

しかし、ビニールハウスの向こうでは、集合住宅の新築工事も始まっていて、土地を売って莫大な金を手にした農家たちは、アパート経営で新たな人生を生きることになるのだろう。

中央高速道路

「新しい道路をつくっています」

こんな軽い言葉とはかけ離れた広大な工事現場。

中央高速と交わるエリアに近づくと、工事車両の数も目に見えて多くなる。

工事に励む人々の向こうに、中央道の高架橋が見える。

ここに「中央ジャンクション」ができるのだ。

ちょうど高井戸ICと調布ICの中間地点、少しだけ高井戸の方が近い。

工事現場のすぐ脇では、おばちゃんたちが畑仕事をしていた。

その畑では様々な作物が栽培されていたが、その中にはパパイヤもあった。

三鷹で、南国フルーツのパパイヤが育つとはまったく知らなかった。

外環道の工事現場を見た後だと、なんだかちょっとホッとする景色だ。

中央高速の下を通る一般道は「吉祥寺通り」、真っ直ぐ北上すれば、我が家に着く。

昔は都心に車で行く時必ず通った場所だが、当時とは景色がずいぶん変わっていた。

現場に貼られた中央ジャンクションの工事見取り図を見ると、複数のゼネコンが役割分担して進める大規模工事だということがよくわかる。

白百合女子大学

「中央ジャンクション」の工事現場を見たので今日はこの辺でやめようかと思ったが、せっかくなので調布の陥没現場まで足を伸ばしてみることにした。

吉祥寺通り沿いの北野地区公会堂の角を右に曲がり、静かな住宅街へと入る。

すると、小さな児童公園にこんな看板が立っていた。

東京都からの「お知らせ」に書かれていたのは、指定された道路用地に住む住民に対し東京都に土地を売却するよう求める内容だった。

指定されたエリアは、ほぼ外環道のルート上に当たる。

どうやら東京都は、外環道の地上部分に幹線道路を建設する計画のようだ。

完成すれば、東八道路インターチェンジと甲州街道をつなぐ重要な道路となるだろう。

さらに進むと住所は調布市に入り、「白百合学園通り」に突き当たった。

有名な白百合って、こんな所にあったのか・・・。

初めて見る「白百合女子大学」の正門。

外環道は、この白百合学園の敷地を避けるようにキャンパスの西側を通ってつつじヶ丘方面に方向を変えるのだ。

東京女子大学から始まり、吉祥女子、立教女学院を経て、白百合女子大学へ。

外環道はなぜか、有名女子校を巡るようなコースを通っていた。

甲州街道

白百合を過ぎると、急な下り坂となり仙川を渡る。

調布は、武蔵野や三鷹に比べて、一段土地が低くなっている。

仙川を過ぎればすぐに、国道20号線、いわゆる甲州街道だ。

中央高速に並行して走る幹線道路だが、交通渋滞を考慮して、甲州街道には外環道とのインターチェンジは設けられないことになっている。

道路の中央で行われていたこちらの工事は、甲州街道の地下に様々なライフラインを埋設する共同溝の工事らしいが、外環道はまさに工事現場の真下を通っていて、ひょっとするとそちらの工事にも関係しているのかもしれない。

京王線つつじヶ丘駅

京王線のつつじヶ丘駅。

甲州街道からちょっとだけ入った所にある立派な駅だ。

外環道工事との関連が疑われる陥没事故は、この駅の近く、線路の南側の住宅街で起きたのだが、線路の北側、甲州街道近くで少し気になるものを見つけた。

この小さな用水路だ。

つつじヶ丘駅の東を流れるこの用水路には、「いりまがわ 上流端」と書いてあった。

「上流端」という言葉を初めて知ったが、河川管理上の最上流地点のことをそう呼ぶらしい。

そして、ただの用水路にしか見えないこの「入間川」も、驚いたことに「一級河川」なんだという。

入間川は、多摩川につながる多摩川水系の河川。

そのため、わずか1.8kmしかなくても国が管理する「一級河川」という扱いになるのだが、東京の河川は過去に人間の都合で流れが変えられたり、埋められたり、蓋をして暗渠になったりしていて、今では河川の体をなしていないものが多い。

この入間川も、甲州街道より上流はすべて暗渠となっているので、「上流端」より上流は、もはや河川として管理する義務を負わないという宣言が、この標識には込められていると私は理解した。

この入間川は、京王線を潜って南側の住宅街に流れこんでいて、それを辿っていくと偶然「武者小路実篤記念館」を見つけた。

この近くの「実篤公園」は、武者小路実篤が晩年を過ごした邸宅跡なんだそうだ。

とその時、突然雨が降り出した。

陥没地点の住所もわからないので、仕方なくここで調査を切り上げて家に帰ることに決めた。

陥没現場

ところがである。

武者小路実篤記念館から帰りかけた途端、路地の向こうの方にテレビカメラの姿を見つけた。

長年の取材経験から、私はすぐにピンときて、そのカメラマンが出てきた方向に自転車を走らせた。

すると案の定、多くの取材陣が狭い路地の奥にいるではないか。

子供づれのお母さんを捕まえてインタビューするテレビクルー。

間違いなく、ここが陥没の現場なのだ。

路地の反対側に回ってみると、ガードマンが立っているのが見えた。

すぐ脇を用水路が流れている。

あの「入間川」だ。

陥没現場のすぐ脇を入間川が流れていたのだ。

取材陣が一軒の家のガレージの前に集まり取材をしていた。

この家の前の道路、黒くなっている部分が陥没したのだ。

陥没箇所は昨夜のうちに埋め戻され応急処置は終わっていた。

しかし、現場の地下40メートルで、最近トンネル工事が行われたことは間違いない。

果たして、その外環道の工事と住宅街の陥没事故は関係があるのだろうか?

今日は長くなったので、ここでおしまい。

陥没現場周辺を見た私の感想は、明日のこのブログで改めて書くことにしたいと思う。

外環道ルートを辿る小旅行、思いのほか、驚きの多い面白いサイクリングだった。

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