<吉祥寺残日録>カタールW杯2022🇶🇦 初の中東開催に巻き起こる人権批判に対しFIFA会長が投げ返した根源的な問い #221122

いよいよサッカーのワールドカップが開幕した。

今年の開催国はアラビア半島の小国カタール、中東で開かれる初めてのワールドカップである。

アラブの民族衣装に身を包み、ラクダに乗った警備兵。

いつもとは違う光景が目をひく。

通常は欧州のサッカーリーグがオフシーズンとなる6〜7月に開催されるが、猛暑を避けるため特別に11〜12月開催となった異例の大会だ。

カタールはこのワールドカップのために7つものスタジアムを新設し、無人運転の地下鉄も作った。

そのため、開催費用は通常の20倍ともなる2290億ドル(約32兆円)以上とも言われる。

最大の懸案である暑さ対策のために、スタジアムを冷やすための冷房システムが用意され、ピッチや観客席を20度程度に冷やすためAIによって管理されるという。

さらに、ワールドカップ開催中は世界の一流選手がカタールに集まるため、ヨーロッパの各リーグはお休みとなるため、その期間をできるだけ短くする狙いから通常の大会に比べて試合の間隔が短く設定されている。

選手たちにとっては過酷な大会となることは間違いない。

世界中から集まるサポーターたちにとっては、ホテルの確保も大変だ。

全ての会場が首都ドーハ周辺に集まっているため、ホテルの数が絶対的に足りない。

そのためカタール政府は、砂漠にテントを張った宿泊施設を造ったり、巨大なクルーズ船を港に停泊させて大会期間中のホテルに利用するなどの努力を重ねた。

しかし、現地に詰めかける熱狂的なサポーターたちとは別に、大会前に欧米のメディアを騒がせたのは、カタールの人権問題だった。

カタールの人口の大半は外国からの出稼ぎ労働者で占められているが、炎天下でのスタジアム建設などで多くの労働者が命を落としたとして問題になったのだ。

英ガーディアン紙の調査によると、移住労働者の死亡者数は6500人を超え、賃金の未払いも後を絶たないという。

さらに、宗教上の問題から同性愛が禁止されていることも欧米のカタール批判をエスカレートさせている。

今やLGBTQの問題は、欧米では極めて重要な人権問題であり、性的マイノリティの人たちの権利保護を進める運動に私もまったく異論はない。

しかし、今回のワールドカップにおいて、殊更にカタールの人権問題がクローズアップされたことにはちょっと気持ち悪い違和感のようなものを感じたのも事実である。

そんな時、私の心に響いたのが、FIFA=国際サッカー連盟のジャンニ・インファンティーノ会長の言葉だった。

ワールドカップの開幕直前、19日に行われた記者会見でスイスの弁護士出身であるインファンティーノ会長は次のように語った。

「私は今日、強い思いを抱いている。カタール人、アラブ人、アフリカ人、ゲイの人、障害者、移民労働者の気持ちを感じている」

「私は欧州人だ。我々は道徳について説教をする前に、世界中で3000年間やってきたことに対し、今後3000年間、謝罪し続けるべきだ」

「この一方的な道徳教育は、ただの偽善に過ぎない。2016年以降のここ(カタール)での進歩を、なぜ誰も認めようとしないのか」

「もし欧州が本当にこの人たち(移民労働者)の運命を案じているのなら、カタールのように合法的なルートを作り、多くの労働者が欧州に来て働くことができるようにすればいい。彼らに未来と希望を与えるために」

「もちろん私はカタール人でもアラブ人でもアフリカ人でもゲイでも障害者でも移民労働者でもない。しかし、彼らの気持ちを感じている。外国で外国人として差別され、いじめられることの意味を知っているので」

私はFIFA会長がどのような人物なのかまったく知らない。

しかし自ら欧州人であることを示したうえで、他国に説教をする前に過去3000年にヨーロッパが世界で行なったことを謝罪すべきだときっぱりと主張したことには驚いた。

中東の近代史は、イギリスによる二枚舌によってアラブ対ユダヤの深刻な民族対立を生み、石油をめぐるアメリカの横暴によってイラクという国が破壊された。

さらに遡れば、キリスト教の名の下に数世紀にわたって十字軍が中東に攻め込んだ。

キリスト教的な正義を盾として異国の文化を否定し破壊する行為はかつての植民地時代を思い起こさせる。

当時と今では欧米人の意識は変わっていると反論されるかもしれないが、どんな正義であろうとも、それを他国に押し付ければ時として多様性を否定する側面があり危険だということを歴史から学ぶ必要がある。

FIFAの会長はそのことを指摘したんだと思う。

日本人は明治維新でアジアの国としてはいち早く西洋化に舵を切り、太平洋戦争後は手のひらを返したようにアメリカ追従の民主主義国家へと変貌を遂げた。

しかし日本のような変わり身の早い国はむしろ例外であろう。

中東はキリスト教と同じ根を持つイスラム教の牙城である。

欧米諸国によるカタール批判の根底には、どこかキリスト教徒によるイスラム教批判的な側面が感じられてならないのだ。

もともとユダヤ教、キリスト教、イスラム教は同じ神を崇める三兄弟であり、キリスト教でもつい最近まで同性愛は禁じられていたはずである。

中東諸国は今も男性中心の社会だが、欧米諸国でも女性の権利が認められるようになったのはたかだか半世紀ほど前のことに過ぎないのだ。

だから、他国の文化を全面否定して自分たちの価値観を一方的に押し付けることは避けなければならない。

中東でもいずれ、内部から少しずつ変化が起きてくるだろう。

今、イランで起きている女性の服装をめぐる抗議運動などは、中東が未来永劫変わらないわけではないことを示している。

20日に行われた開会式では、カタール批判を続ける欧米に向けたメッセージとも受け取れる印象的なシーンがあった。

ハリウッド俳優のモーガン・フリーマンさんと下半身が欠損している尾退行症候群のカタール人ユーチューバー、ガニム・ムスタファさんが出会い、語り合うシーンだ。

こんなやりとりが交わされる。

【フリーマン】美しい音が聞こえてきました。音楽だけでなく、祝福を呼びかける声です。こんなことは初めてです。今まで知っていたのは混乱に満ちた国土、忘れ去られた家族だけでした。それで私には君の声が聞こえなくなっていたのです。こっちにおいで。私は歓迎されるのだろうか。

【ムスタファ】誰もが歓迎されるんだ。だから呼んでいるんだよ。世界中を招いているんだ。

【フリーマン】覚えているよ。私たちはその呼び声が聞こえても別の見方をするんではなく、受け入れず自分のやり方にこだわっていた。そして今世界の分断は進み、互いの距離はさらに広がった。これほど多くの国々、言語、文化が一つになることなどあるのだろうか。一つの方法しか受け入れられないというのならば。

【ムスタファ】僕たちはこう教わってきた。この地球上のあちこちに国や民族が散らばっているのは、学び合い互いの違いの中にある美しさを学ぶため。

【フリーマン】わかった。ここでこの瞬間、わたしたちを一つにするものはわたしたちを分つものよりずっと大きな力があるということだな。今だけに留まらずこれからもそうであり続けるためにはどうすればいいだろう。

【ムスタファ】人を受け入れ敬う気持ちがあれば、僕たちは一軒の大きな家の中で一緒にいられるよ。ベトウィンのテントがあるところは、どこでも家になる。僕たちがみんなを呼び、家に招いて歓迎する。

【フリーマン】それでは私たちは大きな家族としてここに集い、地球はみんなが暮らすテントということか。

【ムスタファ】そうだよ。世界中の人たちが参加してくれるように、一緒に呼びかけよう。

【フリーマン】祝福の時。ヒーローたちを讃える時。言葉の違いを乗り越え、皆が心に抱くのは希望と喜び、そして尊敬の念。たとえその言葉を理解できなくても、心の奥底でその感情を受け止め、皆がその気持ちを共有するのです。

カタールワールドカップ開会式より

私は違和感なく受け入れられたメッセージだったが、カタール批判を続ける欧米ではまったく違う受け止めだったらしい。

中日スポーツは『開会式の顔を務めた俳優モーガン・フリーマンに「血に染まった金に手を付けた裏切り者」「カタールのスパイ」「結局、金かよ」と批判殺到』というタイトルで、海外メディアの反応を紹介している。

英紙デイリーメールは「『血に染まった金に手を付けた裏切り者』というレッテルを貼られた」とバッサリ。「ファンはSNSで『カタールのスパイ』『結局、金かよ』と記している」。英紙ミラーの公式ツイートが添付したフリーマンの動画にも「ガッカリ」「キモい」などのネガティブな返信が目立った。

また、アイルランドのスポーツサイト、ワンステップ4ワードは「一体なぜだ? 金なんて遣い切れないほどリッチだろう。何の利益がある。レガシーが傷つくだけだろう?」と報じた。

英紙インディペンデントは「フリーマンのパフォーマンスに視聴者が怒り、困惑」の見出しで「かつては神を演じた俳優が、見事な失墜。W杯の開会式で多くの人々の眉をひそめさせた」と報道。「恥ずべき人権侵害の歴史を持つカタールの開会式で『全員を歓迎する』と、皮肉なメッセージを発信した」と伝え、「カタールでは同性カップルが性的交渉を持つと、最長7年間の禁錮刑に処せられる。これが“全員を歓迎”か?」と皮肉った。

引用:中日スポーツ

人権を守るために世界が手を繋ぐことも大事だが、それによって世界が均一に染められていくのもやはり違うような気がする。

名優モーガン・フリーマンが批判を覚悟であえて開会式のオファーを受けたのは、多様性を認め合う世界の重要性を深く理解しているからだと思う。

異質なものを攻撃するだけでは世界の分断が広がる一方である。

お互いの文化を認め合い、その中で人権という世界共通の価値を焦らずに広めていく。

そうした耐えまぬ努力だけが人類をいい方向に変えていくのだと私は信じている。

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