ジャニー喜多川氏による性加害を事務所が認めた7日の会見から2週間が過ぎた。
しかしこの騒動は収まるどころか、「ジャニーズ狩り」とも言える状況が社会に広がっているのを日々感じ、正直私は恐怖を感じ始めている。

確かに長年にわたるジャニー氏の行為は厳しく糾弾されて然るべきだし、それを隠蔽してきたジャニーズ事務所の体質も社長交代によってチャラにはできない。
とはいえ、一流企業が相次いでジャニーズ事務所所属を理由にタレントのCM契約見直しを発表する状況は異常である。
絶大な人気を誇るジャニーズの現役タレントたちを争うように自社の宣伝に利用してきた企業が、7日の会見を受けて一斉に「リスク回避」に走る姿は見苦しくさえある。
慌てたジャニーズ事務所は「報酬は全額タレントに渡す」として今後1年間マネージメント報酬を受け取らないことを発表したが、浮き足立った企業を止めることはできなかった。
NHKによれば、ジャニーズのタレントを起用している上場企業65社のうち、今後起用しない方針を決めた企業がほぼ半分の32社に達したという。
もちろん企業からすれば、イメージアップのためにタレントを起用しているのであって、あえてジャニーズと運命を共にすることなど論外ということなのだろう。
しかし、雪崩を打ったような企業の動きの背景に、正義の名の下にジャニーズを敵視する世論、中でもいわゆる「ネット世論」があることを私は強く感じ危惧するのだ。
一部の過激なネット民たちは、ジャニーズと関係のある企業を片っ端から糾弾して攻撃しているのであろう。
スポンサー企業からすればとんだとばっちり、たまったものではない。
さっさと厄介ごとから逃げ出したくなるのも理解できる。
ただ、正義の仮面をかぶった「世論」ほど危険なものはないということは人類の歴史が証明している。
犯罪を犯したのはすでに亡くなっているジャニー喜多川氏であり、それを隠蔽したのは姉である故・メリー喜多川元社長を筆頭とするかつての事務所の幹部たちであって、現役のタレントたちではない。
「ジャニーズ」と名のつく者はすべて追放すべきだという主張は、特定の集団を排斥攻撃した過去の過ちを彷彿とさせる。

企業からすれば、英BBCから始まった今回の性加害問題が海外でも報道され、「国連も調査に乗り出した」という報道も急いで逃げるべきという判断につながったと想像される。
欧米では日本以上にハラスメントの問題は致命的で、こうした問題に無関心な企業は手痛いダメージを受けることになるからだ。
ただ、8月4日に会見を開いた国連人権理事会「ビジネスと人権」作業部会のメンバーたちは、わざわざジャニーズの問題を調査するために来日したわけではない。
もっと幅広く日本社会の人権問題全般を調査する目的で来日したことはしっかり把握しておかねばならないだろう。
彼らは、7月24日~8月4日の日程で来日し、日本政府や企業が人権をめぐる義務や責任にどう取り組んでいるかを調査する中で、ちょうど明るみに出たジャニーズの問題でも関係者から聞き取りを行ったということである。
だから、会見では次のように日本社会におけるさまざまな人権問題が指摘された。
- 「人権を保護する国家の義務」を政府が十分に果たしていない
- 先進的なグローバル企業と家族経営を含む中小企業との間で、指導原則の理解と履行に大きなギャップがある
- 事業活動の関連で生じる幅広い人権問題に対する裁判官の認識が低い
- 日本に専門の国家人権機関がないことを深く憂慮している
- 女性の正社員の所得が男性正社員の75.7%にすぎないことは、憂慮すべき事実だ
- 障害者雇用率の低さや、職場での差別、低賃金といった問題がある
- 福島原発の廃炉作業で強制労働や搾取的な下請け慣行、安全性を欠く労働条件
- 外国人技能実習制度について、劣悪な生活状況や、同じ仕事をしながら日本人労働者より賃金が低いケースなどがある
こうして日本社会に蔓延る人権問題を一つ一つ指摘する中で、ジャニーズの問題についても言及し、「タレント数百人が性的搾取と虐待に巻き込まれるという、深く憂慮すべき疑惑が明らかになった」と述べたのだ。
そのうえで、この問題に関しては次のように改善を促している。
「あらゆるメディア・エンターテインメント企業が救済へのアクセスに便宜を図り、正当かつ透明な苦情処理メカニズムを確保すべきだ」
「この業界の企業をはじめとして、日本の全企業に対し、積極的に人権デュー・ディリジェンスを実施し、虐待に対処するよう強く促す」
そうなのだ。
これはジャニーズ事務所だけに止まらないもっと広範な人権問題が日本社会に存在していると国連は指摘したのである。
しかしそうした全体像はほとんど報道されず、あたかもジャニーズの問題に国連が関心を持っているように伝えるメディアが存在した。
私は別にジャニーズを弁護するつもりはない。
ただ以前も指摘した通り、最近の報道や世論がジャニーズの問題だけに矮小化され、芸能界に昔から蔓延っていた根深いハラスメントの問題に目を向けようとしないことに強い違和感を感じるのだ。

こうした違和感を感じているのは、どうやら私だけではないようだ。
経団連の十倉雅和会長は19日の定例記者会見で次のように述べたという。
「日々研さんしているタレントの活躍の機会を奪うのは少し違うのではないか」
経団連に所属する上場企業が相次いてCMからジャニーズ事務所のタレントを排除する動きが広がっていることに違和感を表明したものだ。
さらに日本商工会議所の小林健会頭も20日の会見で、性加害の問題は「ジャニーズだけなのか」と指摘し、他の芸能事務所でも未成年に対するハラスメントがないかメディアが調査すべきとの考えを示した。
芸能界には昔から「枕営業」という言葉がある。
本を正せば、進駐軍やどさ回りの興行の世界から生まれたのが今の芸能界だ。
ジャニーズなどはまだ新しい方で、もっと古い体質の事務所は私が知るだけでもいくらもある。
今回の問題をきっかけに、日本社会におけるセクシャルハラスメントの問題を一掃するのであれば、ジャニーズを入り口として芸能界全体、さらに日本企業全体へと人権調査を拡大し法整備を進める必要があるだろう。
さらに、国連人権委員会が指摘する通り、政府は専門的な人権機関を設置し、裁判官にも人権教育を施し、性差別や外国人労働者問題にも積極的に取り組む必要がある。
そうした全体像が報道されず、あたかも国連がジャニーズ問題だけを調査したように伝えられるのはどう考えても誤った報道だと言わざるを得ない。

ジャニーズ事務所は来月2日に再び記者会見を開き、その場で社名の変更や創業家が独占している株式の扱いなどについても新たな発表があるかもしれないと伝えられている。
昨日は、東山新社長が被害者の1人と直接面会し謝罪したといい、ようやくではあるが被害者救済の動きも具体化しつつあるようだ。
大事なのは、被害を訴えている人たちが納得できる形で救済されることであり、スポンサー企業が保身のために逃げ出して事務所が破綻してしまっては、被害者救済に充てる原資も無くなってしまう。
犯罪を犯した当事者はすでに故人となり、隠蔽を指示した中心人物たちも表舞台からいなくなった中で、誰に対しどのように責任を追及していくのかは慎重に事実関係を調査しながら判断されなければならない。
怒りに任せてみんなで「ジャニーズ狩り」を行うことは、みんなが生きやすい社会を作ることには決してつながらないと私は思う。
日本を代表する上場企業にも、冷静に堂々とした行動をとってもらいたいと願うばかりだ。