ロシア軍のウクライナ侵攻から1年2ヶ月が過ぎ、西側から最新兵器の供与を受けたウクライナ軍の反転攻勢が今月中にも始まると言われている。
侵攻当初、3日で首都キーウが陥落するだろうと言われた今回の戦争。
アメリカと並ぶ世界最大の軍事大国と恐れられたロシアの実力に大きな疑問符がつく事態が、ここに来て相次いでいる。

世界中を驚かせたのは、今月3日の未明、ロシアの権力の中枢クレムリンで起きたドローン攻撃。
軍事パレードの準備で厳戒態勢が敷かれた赤の広場に現れた正体不明のドローンがクレムリンのドームの上で爆発したのだ。
ロシア政府はウクライナがプーチン大統領の命を狙ったテロ攻撃だと断定しドローンを迎撃したと発表したが、その発表が事件発生後12時間も経ってからだったことがさまざまな憶測を呼び起こした。
日本でも各テレビ局がこのドローン攻撃を分析し、①ウクライナによる攻撃、②ロシアの自作自演、③ロシア国内の反体制派による犯行という3つの可能性について議論していた。
私は直感的にロシアによる自作自演だと感じた。
ドローンがあまりに簡単にクレムリンの屋根まで到達し、自爆したように見えたからだ。
もしもウクライナによる攻撃だったとすれば、これまでのクリミアに対する攻撃のように、もっと周到で破壊力を持った攻撃だったに違いない。
軍事作戦が計画通りに進まないことに苛立ったプーチンさんが、総動員を命じる口実とするためにドローン攻撃を自作自演したと思ったのだ。
しかし、事件後数日経ってもロシア政府から目立った動きが見られない。
今もってドローン攻撃の真相はわからないまま、西側の専門家の間でも、日を追うごとにロシアの自作自演説が急速に後退していった。

もうひとつ世界的に注目を集めたのが、人相の悪いこの男の言動である。
プーチンの料理番と呼ばれた民間軍事会社「ワグネル」の創設者、プリゴジン氏。
9日の戦勝記念日までにウクライナ東部の要衝バフムトを陥落させると豪語して、ワグネルの戦闘員を大量投入して市街戦を展開してきた。
ところが、このプリゴジン氏が戦死したワグネル隊員たちの死体をバックに、ロシア軍のトップであるショイグ国防相とゲラシモフ参謀総長を呼び捨てにして罵倒する動画をアップしたため、ロシア軍の指揮系統が混乱していると注目を集めた。
現状では、バフムト市街地の大半はロシア側が支配しているものの、ウクライナ軍もまだ完全撤退はしておらず、プリゴジン氏はロシア軍が必要な弾薬を渡さないためこれ以上の戦闘は続けられないと告発したのだ。
まさにSNS時代の戦争というほかないが、果たしてこれが額面通りにワグネルと正規軍の対立を示しているのか、それともロシアが得意な情報戦なのか私にはまだ判断ができない。
戦前の日本軍が謀略を多用したように、ロシア軍から出される情報も大抵は真実ではないと考えた方がいい。
ただワグネルというプーチン直轄の別働隊は、囚人などをかき集めた無法者の集まりのようなので、ひょっとすると正規軍が仕掛けるようなハイブリッド戦争ではなく、親分であるプーチン大統領にアピールするためだけに発信された極めて私的な動画という可能性も捨てきれない。
いずれにしても、こうした最近のニュースを額面通りに見ていくと、ロシア軍の“衰退”を大いに疑わざるを得ない状況なのだ。

そうした意味で、私は昨日5月9日にモスクワ赤の広場で行われた戦勝記念日の式典に注目した。
この場でプーチン大統領が何を発言するのか、ロシア国民に対してさらなる追加徴収を求めるのか、何か事態打開のための秘策が明らかになるのか・・・?
しかし、この日行われた式典は例年に比べて小規模で、プーチンさんの口からも目新しい話は何も出なかった。
去年は赤の広場をぎっしり埋め尽くしていた兵士たちの数が、今年は半分ほどしかいない。
北朝鮮と比べても見劣りする印象で、広場がスカスカした印象だった。
航空戦力も参加せず、戦車や大砲もほとんど登場せず、本来国威発揚の場であるはずの戦勝記念日の軍事パレードが、ロシアの窮地を示す場になってしまった。

プーチン大統領は、この式典に旧ソ連諸国の首脳を招待した。
ベラルーシのほか、この夏私が訪れるカザフスタン、キルギスタン、ウズベキスタンや、タジキスタン、トルクメニスタンの中央アジア5カ国、そしてアルメニアの首脳が招待に応じた。
本当であればこの晴れ舞台で大きな戦果を発表したかったところだろうが、プーチンさんには語るべき戦果がない。
去年と同様、西側諸国が戦争を仕掛けてきたと論理をすり替え、ナチスと戦った大祖国戦争に倣って国民の団結を呼びかけることしかできなかった。
果たしてロシア系のメディアは、どのように伝えているのだろうと思い、スプートニク日本語版をチェックしてみた。
⚡️「我々が目にしたいのは平和で自由で安定した未来だ」 #プーチン大統領 は戦勝パレードに際してこう語った。 pic.twitter.com/m4xRWo3hA0
— Sputnik 日本 (@sputnik_jp) May 9, 2023
スプートニクが切り取ったのは、プーチン演説のこの部分。
『我々が目にしたいのは平和で自由で安定した未来だ』
ちょっとびっくり・・・すごい部分を引用するものだ。
他にも、こんなフレーズを伝えていた。
「欧米諸国は、この先も自分たちのルールを独裁的に押し付けるために紛争やクーデターを扇動し、伝統的な価値を破壊している。要するに略奪と暴力のシステムだ」
「私たちは、いかなる優越のイデオロギーも忌まわしく、犯罪的で致命的だと考えている。だが、欧米のエリートたちは未だに自分たちの排他性を主張している」
「我々は(ウクライナにおける)特殊軍事作戦の参加者、最前線で戦っている全員を誇りに思う。私たちの国家と国民の未来は、あなた方にかかっている」
「ロシアにとっては、西側にも東側にも非友好的な民族は存在しない。私たちは平和な未来を望んでいる」
「20世紀のファシズムとの戦いにおける米英の軍隊、日本の軍隊に対して戦った中国に我々は敬意を表します」
果たして、ロシアの国民はこうした演説を聞いてどのように感じたのだろうか。

日本経済新聞に、さまざまな機関が発表したロシア軍の損害などの推計が出ていたので転載させていただこう。
ロシア軍の死者数はすでに1970年代のアフガニスタン侵攻時の犠牲者数を上回っているという。
ロシア国内の世論を意識して、前線には主に、極東シベリアの少数民族を徴兵して送り込んでいると聞くが、犠牲者がさらに増えてくれば少しずつ反戦ムードも漂い始めてくるだろう。
西側の経済制裁によるダメージは、原油高によって救われている面があるようだが、時間が経てば経つほどボディーブローが効いてくるはずだ。

しかし残念なニュースもある。
日本がロシアから購入する水産物の輸入量が去年過去最高の1兆9690億円に達したというのだ。
日本は欧米企業が撤退した「サハリン1」「サハリン2」のプロジェクトからも撤退せず、未だにロシア産原油と天然ガスを買い続けている。
ドイツの人たちが多大な犠牲を払ってロシア産エネルギーからの脱却を図っていることを考えると、日本政府および日本国民の意識の低さにはがっかりしてしまう。
時には経済的な利益よりも優先すべき価値観があるのではないか、私はそう思う。

ウクライナの反転攻勢が予想される南部のロシア軍支配地域では、地元住民の強制移住が始まっているという。
ヨーロッパ最大のザポリージャ原発の周辺でも住民の移動が始まったことをIAEAが確認したそうだ。
ロシア軍は支配地域の住民を強制的にロシア国内に移住させ、子供たちをロシア人の養子にして露骨なロシア化を進めていると報道されている。
第二次大戦後、欧米諸国が植民地の独立を受け入れたのに対し、ロシアや中国は武力によって併合した少数民族の独立を認めず、帝国主義的な同化政策を貫いてきた。
ウクライナにおいてロシアが行っていることはまさに帝国主義時代そのままの政策なのだ。
日本人は北方領土のことにしか関心がないようだが、なぜヨーロッパのロシアが日本の隣国になっているのか、ロシア帝国によるシベリア征服の歴史を知るとこの国の本質が見えてくる。
プーチンが目指しているのは世界最大の国土を築いた帝政ロシア時代の復活だ。
そんな時代錯誤の帝国主義国家から購入した石油や水産物など私は全く欲しくない。
少しずつ綻びが見えるプーチンのロシアが崩壊する日を願って、徹底したロシアへの経済制裁に日本も舵を切ってもらいたいものである。