2人の元高級官僚

川崎の殺傷事件以来、「中高年ひきこもり」が注目を集めている。

川崎の事件の直後、今度は練馬で農水省の元事務次官・熊沢英明容疑者が44歳の息子を刺殺する事件が発生した。息子は無職でひきこもりがち、家庭内で暴力を振るっていた。

警察の調べに対して熊沢容疑者は、「川崎の事件を見ていて、自分の息子も周りに危害を加えるかもしれないと不安に思った」と犯行の動機を語った。

私がこの事件で特に気になるのは、連行される容疑者の表情だった。カメラに顔を隠すこともなく、何と言うのだろう「覚悟」を感じさせる達観した印象だった。

容疑者は、中学時代から母親に暴力を振るい、成長してからも定職につかない息子の将来を危惧したのだろう。

息子は10年余り一人暮らしをしていたと言う。その意味では、独り立ちを促していたのだろう。しかし、近隣とトラブルを起こし、先月末に自宅に戻ってきた。そして、以前のように親に暴力を振るったのだ。

エリートとして生きてきた容疑者にとって、子育ての失敗は人生の汚点、自らの責任を強く感じていたと思われる。世間体もあるかもしれないが、むしろこんな人間を社会に残したまま自分が死んでいくことは許されないと考えたのではないか?

確かに「どんな理由があっても人殺しはダメだ」と言う主張はもっともだ。しかし、何でも行政が対応すべきと言うのはやはり違うのではないかと思う。

容疑者は長年、行政機関で生きてきた。何でもかんでも行政に丸投げする政治家や世論に対し複雑な思いを抱いていたと私は想像する。自分でできることは自分で解決する、そうした精神が今の日本人には薄くなっているようにも思う。

昔から家庭内の問題は「身内の恥」と言う名の下、身内で解決するのが習わしだった。「勘当」して親子の縁を切ることもあった。座敷牢のような所に閉じ込めて社会との関係を断つこともあっただろう。それでも、「人様に迷惑をかけない」ことを優先した。勘当された子供は、どこかで野垂れ死することもあっただろう。

その時代がいいとは思わない。様々な問題から社会とうまく行かなくなることは誰にでも起き得る。解決できるものならその人に寄り添って解決するのがベストだ。もちろん行政に相談したり、NPOの力を借りることもできるかもしれない。

ただ、安易に他人に頼る気持ちは持つべきではないと思う。自分の家族の問題はどんなに困難であっても、まずは自分が責任を持って対応する。問題を抱えた家族との関係をどのように改善できるか最大限の努力をする責任があるのだ。

熊沢容疑者がそうした努力をどこまでしたかは報道を聞く限りではわからない。しかし、一人暮らしをさせ自立を促していた。決して単なる過保護でなかなったようだ。それでも息子は自立できなかった。家庭内暴力も止まなかった。ここで警察なり行政なりNPOに相談するのが普通だろうが、彼はそれをしなかった。エリートのプライドが邪魔したのかもしれない。

その代わりに彼が選んだ最終手段が、息子を自らの手で殺すことだ。問題の根本原因を断つ。仕事のできる男の人が考えそうなことだ。ある意味、私は非常に理解できる。自分で自分の「不始末」にケリをつけたかったのだと思う。

それは衝動的な行為ではなく、考え抜いた末の計画的な犯行だった。だから、彼はあれほど悟ったような表情をしていたのだと思う。

もし、私が彼の立場だったら・・・。

幸い我が家では子供たちも自立し、しっかり家庭を築いてくれた。しかし、それは私たちの育て方が良かったからではなく、運が良かったからだ。子育ては難しい。どんなに努力しても、必ずうまくいくとは限らない。ましてや容疑者は仕事に追われ、子育ては妻に任せっきりだったのだろう。そうした後悔や自責の念が彼を犯行に駆り立てたと私は想像し、人ごとではないと感じるのだ。

一方で、暴走事故で母子を殺したもう一人の元高級官僚には強い違和感を感じている。

元工業技術院長の飯塚幸三容疑者、87歳。正確には逮捕されていないので容疑者ではないが、ここでは容疑者と呼びたい。

通産官僚のOBだ。警察がその経歴に忖度したとして批判された。私もその点には違和感があるが、それ以上に不信感を感じているのは事故前後の対応だ。

彼は「ブレーキを踏んだが、利かなかった」と主張している。ケガをした人に対しては自分の責任を認める手紙を送っているようだが、どこまで自分で責任を取ろうと考えているのかよくわからない。

一番の問題は、何と言っても87歳になってなお車を運転して繁華街を走ったことだ。高齢者ドライバーによる事故はもっと重い責任を問うべきだろう。

飯塚容疑者は2人の命を奪った。川崎で事件を起こした岩崎容疑者が殺したのも2人。川崎の事件は今も連日トップニュース級で扱われ、現場に花を手向ける人が後を絶たない。それに比べて池袋の事故はすっかり続報が途絶えた。

家族を失った人の悲しみは、どちらも同じだ。妻と娘を同時に失った池袋の犠牲者家族の気持ちはいかばかりかと同情する。

昨日、福岡でまた80代男性が運転する車が暴走する痛ましい事故が起きた。

タクシーも公共交通機関もない農村部ならまだしも、都市部での高齢者の運転は法律で禁止すべきだ。これでは、犠牲者があまりに浮かばれない。

2人の元高級官僚の起こした事件。

私は圧倒的に熊沢元農水次官の「覚悟」に共感する。

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