ゴーン会見

レバノンに逃走したゴーン氏による注目の会見が行われた。

日本時間の午後10時から始まった会見には、世界中からメディアが集まり、ゴーン氏側で50社を選別した。

日本から選ばれたのは、朝日新聞、テレビ東京、そして週刊ポストの3社とされる。

面白かったのは、普段報道特番を行わないテレビ東京が番組編成を急遽変更して、この会見を生で伝えたことだ。いつもなら他のテレビ局が一斉に特番を行う中でテレ東だけが通常編成というのがお決まりの構図なので、おそらくテレビ史上初めての珍現象ではないだろうか?

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さて、肝心の会見の中身だが、正直がっかりな内容だった。

日本人には知っている話ばかりで、ハイテンションでまくし立てるゴーンさんのパフォーマンスだけが目立つ会見だった。

ただ、会見に臨んだ欧米のメディアがどのように受け止めたかは今後の展開を見なければなんとも言えないが、とりあえずの反応としては脱出方法など肝心な部分に触れなかったことで大きなインパクトはなかったようだ。

この日、安倍総理が会食の席で、「日産の中で解決して欲しかった」と漏らしたと報道された。本音だろう。

この逮捕劇は、もともと筋が悪い。

ゴーンさんのようなトップを担いでいると、下の人たちはやりにくいだろうということは容易に想像できる。私もゴーンさんの元で働きたいとは思わない。

でも、ビジネスの世界で生き残っていくためには、ある意味「凶器」を持ったカリスマ経営者が必要な場合も多い。ゴーンさんが主張した通り、逮捕後、日産の業績は下降線をたどっている。

今後の展開については予想がつかないが、このまま膠着状態となるのだろう。

ゴーン氏は今後、証拠を小出しにしながら自分に有利な環境を作っていこうとすると考えられるが、後日のために、この日の会見の内容を日経新聞から引用しておこうと思う。

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以下、日経新聞が伝えた記者会見詳報。

■逮捕で希望を失った

今日は私にとって極めて重要な日だ。残酷にも私が家族、友人、45万人の社員からなるルノーや日産自動車、三菱自動車などのコミュニティーを含めた外界から隔離されて400日以上、毎日この日を待ちわびていた。この深い、奪われた気持ちを表現することは不可能だろう。家族や友人らと再び会えたことに深く感謝したい。

私は無期限の拘束をされ、クリスマスや新年の休暇は(独房で)一人で過ごした。そして家族とは6週間以上会ったり話したりしていなかった。唯一の連絡手段は弁護士を通じた手紙でのやりとりだった。私がどんな罪で起訴されたのか、私の人権や尊厳に対するこの曲解した証拠をどう正当化するのか理解がない状態で(検察という)怪物に1日に8時間も尋問された。希望を失っていった。

記者会見するゴーン元会長=ロイター

記者会見するゴーン元会長=ロイター

■日本からの逃亡は語らず

私は今日どのように日本を抜け出したかを語るつもりはない。あなたがたがそこを知りたがっているのは理解しているが。代わりに、私がなぜ抜け出してきたのかを話すつもりだ。私は自分を擁護でき、自由に話し、質問に答えられる。これはとても簡単なことだ。残念なことに日本ではできない。私は事実やデータ、証拠について話すことができるので、願わくば事実をみつけてほしい。

私は(日本の)基本的な人権を侵害するシステムを明らかにするためにここにきた。私は雪辱を果たす。日本の裁判のシステムの異端さを示したい。そもそも私は逮捕されるべきではなかった。悪意のある人々によって私の名声や人格が影響された。日本の検察や日産の経営層などと組んだ無慈悲なメディアの標的になった。

■「政治的迫害から逃れた」

私は正義から逃れたのではない。政治的迫害から逃れた。他に手段もなかった。公平な裁判が受けられないので(逃亡の)リスクを取った。有罪を求めている人たちが考えているのは面目を守ることだけだ。生涯で最も難しい判断だった。有罪率が99.4%という制度で、外国人はもっと高いと思う。

私は日本政府で何が起きたかを話すことができ、名前を出すこともできる。だが、レバノン政府に迷惑をかけたくない。この場では沈黙を守る。

私は2018年11月19日に飛行機内で逮捕された。私は驚いた。まさか裏で日産が関与しているとは思わなかった。検察と日産が事前に準備していたのだった。西川(広人・前最高経営責任者=CEO)氏やハリ・ナダ(専務執行役員)氏など多くの日産幹部が私を追い出すのに関わっていたのだ。私は飛行機内で逮捕されると、そこから車に行き電話などを取られた。電話を使えない環境となり、自分が逮捕されたことがわかった。

私が日本を出たとき、初公判も迎えていなかった。1回目の公判を終えるまでは2回目はできない。私が弁護士に聞いたとき、彼は「あなたは日本に5年いるだろう」と答えた。判決が下るまで5年ということだ。迅速な裁判は人権の一部だ。日本で死ぬか立ち上がるかという決断に至るのは難しくない。

記者会見で汗を拭くゴーン元会長=ロイター

記者会見で汗を拭くゴーン元会長=ロイター

■容疑を否定

中東は日本車や韓国車が売れているが、日産は(中東での)利益が少なかった。そのため私は売上高だけでなく利益でも地域のボリュームを高めていこうと話した。トヨタがやっているように、地元ディーラーと組んでイノベーションを生んでいく必要がある。ディーラーにインセンティブを与え、頑張ってもらおうと考えた。

検察は私がサウジアラビアの男性と特別なつながりがあると主張しているが、実際は同じことをオマーン、ドバイ、レバノン、カタールなどとしてきた。支払ったインセンティブを比較すると完全に普通の水準だ。中東のポテンシャルはとても重要だ。私の銀行口座は(逮捕後)すべて移設された。だから疑わしい支払いがあれば公になるはずだ。

私への人格攻撃もあった。ベルサイユ宮殿でお祝い(結婚披露宴)をしたことだ。ベルサイユは最も多くの人が知るシンボルだ。フランスが世界に開かれたグローバリゼーションの証だ。だからベルサイユでやった。日産の幹部がいなかったのは外国のパートナー向けのパーティーだったからだ。

ベイルートの家は日産のものなのに秘密で使っているとも言われた。会社の書類には会社で働いている限り使えると書いてある。暫定的な監査報告書を出している。監査のルールに従っていないと言うが、外部の目も入っており厳しい手順に沿っておこなっている。

■日産の企業価値下がる

日産の市場価値は私が去ってから下がった。100億ドル以上だ。1日につき4000万ドル以上失っている。ルノーの価値も下がっている、企業価値を見いだすことが使命だ。CEOはそのためにいる。

17年ではルノーと日産はナンバー1の自動車グループだった。未来のはっきりしたビジョンも大胆な戦略もあった。フィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)も参加させる準備をしていて、私は交渉していた。現在はどうか。グループは機能していない。シナジーを起こし、人々に必要性を説かなければいけないが、戦略的な方向性も(現在は)なかなかない。

(三菱自を含めた)3社の連携もうまくいっていない。成長はなく利益も落ち込んでおり、戦略もみえない。イノベーションも出ていない。決定的なチャンスを逃した。フィアットをグループに入れるというチャンスを逃した。(仏グループの)PSAに行ってしまった。圧倒的なプレーヤーになれる機会だったのに信じられない。

記者会見で笑顔を見せるゴーン元会長=ロイター

記者会見で笑顔を見せるゴーン元会長=ロイター

■日本に愛着

日本に言いたい。私は冷酷で強欲だと中傷された。日本はゴーンを嫌っている。私は日本が好きだ。日産を愛していた。財務危機を一緒に乗り越えた。(東日本大震災の)津波のときに日本に戻った最初は私だった。原子力発電所事故が起きたが、サプライヤーに一緒に再建しようと訴えた。(自身の)子供も日本で教育を受けた。日産を大事にし日本を愛している。どうして私が会社に良いことをしたのに私を悪のようにいうのか。信じられない。

――国際的な逃亡者として余生を過ごすことをどう感じているか。

「私は多くのミッションインポッシブル(不可能な任務)を経験した。1999年、フランスから日本に来たとき日本語も話せず、何もできないと思われた。しかし私は多くのことをした。私は今日はここにいることを誇りに思う。なぜなら、私を尊敬する人々、友人に囲まれているからだ」

――フランスに行くつもりはあるか。

「日本政府から国際刑事警察機構(ICPO)を通じて国際逮捕手配書が送付されてきた。弁護士は国際逮捕手配書(の有効性の是非)と戦えると言っていた。私はレバノンにきてとても幸せだ。自身を囚人だと思わずに済むからだ。友人、家族、子供が私を訪ねることもできる。電話やインターネットも使える。レバノンに長期間住む準備をしているが、私は本来あるべきように従ったまでだ。私は捏造(ねつぞう)された物語や事実を受け入れることはできない」

プロジェクターを使って説明するゴーン元会長=ゲッティ共同

プロジェクターを使って説明するゴーン元会長=ゲッティ共同

――日産に対して(ルノーとの)合併を提案したことはあるのか。

「提案していない。私はホールディング・カンパニーを提案した。1つの会長席を置くアライアンスだ。日産は日本で、ルノーはフランスで運営している。本社に1つの取締役会を置く必要がある。異なる本社、ブランド、経営委員会に1つの席を置く。これが私の提案だ。合併ではない。日本(日産側)は自治を求め、フランス(ルノー側)は合併を求めた。そしてある日、両者の一方が『なぜ合併が必要なのか。彼(ゴーン氏)を排除しよう』と言った。これが実際に起こったことだ」

――日本のシステムには陰謀があるのは明らかだといっていたが、システムの陰謀に日本のどの程度の上層部が関わっていると思うか。

「個人的には私はトップレベルは関与してないと思う。安倍(晋三首相)さんは関わっていないと思う。私は日本とレバノンの摩擦は避けたいし、私の義務だと思う。弁護士は初公判で弁論し、最終的には最高裁にいく。最高裁までは5年かかると話した。何の保証もないまま5年もの時間がかかると言った。起訴されれば有罪になる確率は99.4%だという。なんと言うことだ。これは迫害だ。不運なことに外部から支援を受けて、私は(逃亡するという)リスクを負うことを決意した。理由は正義を欲していたからだ」

――なぜ(逃亡先に)レバノンを選んだのか。

「私がレバノン人だからだ。ブラジル人なのでブラジルも選べたが、検討した末、物流の観点でレバノンを選んだ」

逃亡先のベイルートで記者会見するゴーン被告(中央)=AP

逃亡先のベイルートで記者会見するゴーン被告(中央)=AP

――日本の検察は身柄の引き渡しを求めている。レバノン政府があなたの身の安全を保障しているのか。

「だれからも保障は与えられていない。だがレバノンの法律はきちんと運用されていると理解している」

――日本で尊敬されていたが法律違反した。日本人に自分の考えを伝えてほしい。

「私はいまでも一部の人たちからはビジネスマンとして尊敬されていると思っている。しかし容疑を晴らさないといけない。しかしどうすれば良かったのか。日本で法律違反をして逃れたことは問題かもしれないが、検察もリークしてはいけないという日本の法律があるのに違反している。私の法律違反が問題なのになぜ検察の法律違反は気にしないのか。間違った制度だ。17年過ごした日本がとても好きで、日本人を傷つけるつもりはない。しかしなぜ日本でテロリストのような扱いを受けるのか」

――ルノーと日産に裁判を起こすのか。

「私の権利を守ろうと思う。権利を主張していく。私は自分の権利を諦めようとはしていない。ルノーや日産への権利は裁判で戦う」

――フランスはこの事件に対して発言が少ないように思う。

「私の立場であれば気持ちがわかるはず。経験したらどう感じるのか。当局に見放されたと私はそう思っていない。私はフランス市民だ」

――大きなリスクを取って日本を出国した。出国できたときにどう感じたのか。

「18年11月19日に逮捕されたときに一回死んだような気持ちになった。残された人生は少ないと思った。理解できないシステムに入ってしまい麻痺している状態だった。出国できたとき、また生き始めた」

――いつあなたは逃げるタイミングだと感じたのか。

「私がすべて望みを失った時だ。(保釈申請を)試みたが、何度も延期された。これが1つ目だ。(もう1つは)私は妻に会いたかった」

――あなたはエマニュエル・マクロン仏大統領と仏政府に何を頼んだのか。

「私が何を頼んだか。何もない」

記者会見を終え退席するゴーン元会長(中央)=ロイター

記者会見を終え退席するゴーン元会長(中央)=ロイター

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1件のコメント 追加

  1. dalichoko より:

    よほどゴーンさんは検察の仕打ちに恨みがあるのでしょうね。
    (=^・^=)

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