はな子が死んだ

井の頭自然文化園のシンボル、ゾウのはな子が死んだ。推定69歳。国内最高齢のアジアゾウだった。

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朝いつも通りゾウ舎に行った飼育員が、通常は立っているはな子が倒れているのを発見。体重による内蔵圧迫を防ぐため、ロープを使って寝返りをさせようと試みたが動かず、午後3時すぎ死んだことを確認したという。

吉祥寺に引っ越して、私も二度はな子を見た。

最初は2月、一人で動物園を散策した時だ。はな子は屋外でゆっくりとルーティーンの動きを繰り返していた。皮膚の張りはなく、全身が白っぽかった。何となく物悲しい光景だった。

彼女の来日は1949年、ここ武蔵野には1954年にやってきた。それから60年あまり、この小さなゾウ舎でひとりで暮らしてきた。生涯独身ということになる。

このはな子の現状を哀れに思った外国人のブロガーの書き込みが海外で反響を呼び、はな子をタイに戻そうという運動が起きているという。気持ちはわかる。ただタイ人からは「日本にいる方が幸せ、タイにはもっと不幸なゾウがたくさんいる」という逆の反応も出ているらしい。バンコクで2年ほど暮らした経験を持つ私には、それも分かる気がする。

二度目にはな子を見たのは4月、妻と一緒に会いにいった。

はな子は体調を崩しているということで屋外に出てこなかった。屋内にいるはな子を見ようと行列が出来ていた。妻が見たいというので30分以上列に並んだ。建物の中に入ると、薄暗い檻の中で、はな子はじっと立っていた。ゾウは寝る時も立っているというが、今にも死んでしまいそうな弱々しさだった。妻は「かわいそう」と言った。そして、その後は「もう見たくない」と言って、誘ってもはな子に会いに行こうとしなかった。

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はな子が死んだという記事を読んでいて、「殺人象」と呼ばれた彼女の過去を初めて知った。

はな子は、過去に2人の人間を踏み殺した。

1人目は、井の頭自然文化園に移って2年目の、9歳の時。深夜、泥酔してゾウ舎に忍び込んだ男性を踏んで死亡させた。はな子は一時鎖に繋がれた。2人目は13歳の時、今度は飼育員の男性を踏み殺してしまった。はな子には「殺人象」のレッテルが貼られ、来園者から石を投げられることもあったという。はな子は2ヶ月以上鎖に繋がれ、ストレスからあばらが浮き出るほどやせた。歯も3本失った。

転機となったのは、飼育員・山川清蔵さんとの出会いだった。山川さんははな子の鎖をはずし、ごく普通にはな子に接した。それから定年までの30年、山川さんははな子の世話を続けた。山川さんとはな子の交流は書籍やドラマになり、海外にも紹介された。

4月末、孫4人がマンションに遊びに来たので文化園に連れて行った。この日もはな子は屋外に出ていなかった。孫たちはリスや猿、さらには遊園地で満足し、結局はな子に会わずに帰った。私は、はな子がもうすぐ死にそうな予感がして気になっていた。会社の同僚にもはな子の話をして、「取材しておいた方がいい」と伝えたりもした。しかし、わざわざ会いにいくことはしないまま時間が過ぎた。文化園の年間パスを手に入れたにもかかわらず。

生まれて間もなく日本に連れてこられ、60年以上ひとりぼっちで生きたはな子の生涯。最後の姿をもう少しじっくり見てあげれば良かった。・・・少し後悔が残っている。

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