<吉祥寺残日録>140年ぶりの「ほぼ皆既月食」を見た夜、変な夢を見た #211120

変な夢を見て目が覚めた。

これまであまり見たことのない変な夢だった。

きっと、昨日のいくつかの出来事が私の脳の中で化学反応したのかもしれない。

夢の内容は後で書くとして、まずは原因と思われる3つの出来事のことを書く。

その一つは、妻の両親の通院を手伝ったことだ。

岡山市内に暮らす妻の父親はまもなく93歳、母親は89歳で、二人とも要介護認定を受けて毎日ヘルパーさんに手伝ってもらいながら生活している。

少しずつ老化が進んでいて、日によって調子のいい日と悪い日があるようだ。

昨日は二人揃って皮膚科に行くというので、付き添う妻を送り届けがてら、私のレンタカーで連れていくことになった。

午後3時ごろ妻の実家に到着する。

私は外で待っていたのだが、なかなか出てこない。

どうやら玄関の鍵が見つからないらしい。

ようやく玄関が開き、中なら2人の老人が杖を持ってゆっくりと出てきた。

お二人揃っての外出を目撃するのはいつ以来だろう?

せっかくなので、妻と並んで3人の写真を撮った。

ゆっくりゆっくり歩いて、それでも自力で病院へと入っていった。

入院した伯母のように一人暮らしでヘルパーさんも拒否すると家に置いておくわけにもいかなくなるが、こうして夫婦2人でちゃんと介護サービスも利用すればギリギリまで自宅で過ごすことができる。

歩くのはおぼつかないが、義父はまだ頭がしっかりしていて、特に昔の話などは事細かく教えてくれる。

自分の老いについても冷静に客観的に受け入れているように見え、昔に比べて穏やかになった印象だ。

一方、義母の方はこのところ物忘れが激しくなった。

もともとしっかりした人で怒りっぽい夫の面倒は自分が見ると言っていたのに、このところ言動すべてがマイペースになって、どちらかといえば夫に面倒を見てもらっている。

それはそれで微笑ましく、二人とも自分のペースで支え合いながら暮らしているのだが、そろそろ限界が近づいている感じだ。

二人の付き添いを済ませて妻が戻ってきたのは夕方日が暮れてからだった。

妻の実家と今私たちがいる伯母の家の比較的近くを通る路線バスがあり、昨日妻は初めてそのバスに乗って帰ってきた。

バス停までは歩くと15分以上かかるので私が車で迎えにいく。

バス停を降りた妻をピックアップし家に戻る途中、暗い月が東の空に浮かんでいるのが見えた。

満月の98%ほどが欠ける「ほぼ皆既月食」だという。

家に戻った後、私は40倍ズームがついたコンパクトカメラを手にその月を撮影に出た。

家の庭からだと山が邪魔になって月が見えない。

仕方なく、少し歩いてお墓がある小さな丘の方へ行くと、山陰から「ほぼ皆既月食」が姿を現した。

わずかに右下の部分だけが明るく、それ以外の98%はぼんやりと赤い。

確かに、不思議な月である。

天気に恵まれて、この変な月は日本各地で撮影されたようだ。

ネットを見ると全国のカメラマンが思い思いの場所で工夫を凝らして撮影した「ほぼ皆既月食」の写真がアップされている。

月が暗いので手前の被写体ともどもきれいに捉えるのは、それなりの腕が必要なのだろう。

日本でこの「ほぼ皆既月食」が観測されるのは140年ぶり。

日本以外でも、北米全域と南米の一部地域のほか、ポリネシアやオーストラリア、北東アジアなど広い範囲で観測できたようで、月食の継続時間は3時間半に及び、過去600年で「最長」の月食だったそうだ。

妻を迎えにいかなかったら見逃したかもしれないこの月食。

この非日常の風景も、きっと変な夢につながったに違いない。

そして、3つ目の要素となったと思われるのが、こちらのドラマ。

TBSの金ドラ「最愛」だ。

演出・塚原あゆ子、プロデューサー・新井順子という今のテレビ界を代表するヒットメーカーが、脚本家・奥寺佐渡子と再び組んで制作したサスペンス、今クールで私が一番ハマっているドラマである。

主人公の弟には幼い頃から記憶が消える病を抱えていて、それが事件の展開に大きく関係してくる。

昨夜は殺人の容疑者として逮捕された弟の供述とは異なる新事実が判明し、犯人が別にいることを示唆するところでドラマは終わった。

そのドラマを見てすぐに寝たので、これが変な夢につながったことは間違いないだろう。

さて、その変な夢の話である。

夢の話なのでぼんやりとしていて、辻褄も合わないのだが、私はとある異国の迎賓館のようなところでなぜか性的な接待を受けるシチュエーションになる。

「これはまずいな」と思いながら、ついついルーズな性格が出てそれを受け入れてしまう。

といっても、その甘美な接待のシーンは全く記憶がなくて、夢の中心はその後の状況である。

私が違法な性的接待を受けた話はたちまち広まり、どこに行っても人々から白い眼で見られるのだ。

口の悪い友人たちに会うとその都度皮肉でからかわれいたたまれなくなる。

まさに信用を失い、晩節を汚し、こそこそ人目を憚って生きていくという悪夢だった。

思い返してみれば、私はもともと楽観的な性格で、誘惑に弱く、ついつい状況に流されてしまう面があった。

これまでの人生でもたくさんの過ちを犯した。

しかしそれでも、人から後ろ指を差されるようなこともなく社会人生活を終えられたのは、自分でも奇跡に近いと思える。

人生の終盤に入るこの時期に、まあまあ胸を張ってお天道様の下を歩けることがいかに幸せか・・・。

変な夢から醒めて、そんなことを感じた朝だった。

今日も岡山は快晴。

お昼頃には大阪に住む次男一家が遊びにくる予定になっている。

晩節を汚さず、静かに自分らしく余生を過ごす。

「ほぼ皆既月食」の夜に見た変な夢は、脇の甘い私に対するある種の啓示だったのかもしれない。

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