それはほんの一瞬の出来事だった。
岡山に帰省した2日目、日の出前から草刈機を手にしてお墓と畑の草刈りを始めた。

猛暑日続きの岡山でも、まだ朝の5時ごろはそれほど暑くはない。
草刈りもすっかり手慣れて、おまけに今年は広い畑は人に任せ、小さな畑だけなので1〜2時間もあれば大方刈れてしまう。
やっぱり月一の草刈りは逆に効率がいい気がする。

畑の草刈りを済ませて快調にお墓のまわりの草を刈っていた時、思わず「あっ!」と声が出てしまう出来事が起きたのだ。
妻が大切に育てていたミモザの苗木を誤って切ってしまったのだ。
その場所にミモザがあることはわかっていて、その周辺をなぞるように草刈機を動かしていたつもりなのだが、私の想定よりも近い草むらの中にミモザの茎が潜んでいた。
何の感触もないままに少し大きくなっていたミモザが倒れた瞬間、妻の顔が脳裏をよぎった。

切ってしまったミモザをぶら下げて、家に戻る。
畑では感じなかったが家の玄関先に置いてみると、3月に植えた時よりもだいぶ大きくなっているのがわかる。
きっと、妻はがっかりするだろう。
どう言い訳しようかと考えるうち、このミモザを使って挿木で増やすことはできないだろうかと思いついた。
早速ネットでミモザの挿木について調べてみる。
どのサイトもミモザは発根率が低いので挿木は難しいと書いてあるが、そのうちの一つ「メダカの大工」さんのサイトで紹介された手順を真似てとにかくやってみることにした。

挿木の適期は6〜7月。
ミモザが一番成長する梅雨前の時期が最も適していて、今のように雨が一滴も降らない猛暑日はミモザでなくても挿木には向かないようだ。
とはいえ、このまま放置しておくと妻のミモザはただ枯れゆくのみ、ならばダメでもともと、野菜用に作ってあった土づくりをしてある畝を使ってとにかく挿木に挑戦するのだ。
まず最初に行うのは「水あげ」。
葉や枝に十分な水を吸収させることで、枝を切り落として水を張ったバケツにつけて2時間以上置いておく。
一晩つけるという説もあるが、このサイトでは2時間で十分と書いてあった。

ミモザを水に浸している間に、このサイトおすすめの発根促進剤「ルートン」を買いに行く。
これは植物ホルモン剤で、この粉を挿し穂の切り口につけることで発根作用が促進され、活着が良くなり、その後の成長も促されるという薬らしい。
農協の店に行って商品名を告げるとおじさんがすぐに見つけてくれた。
値段は700円以上したが、Amazonで見ると1個400円ほどだった。

そして家に戻り、夕方少し涼しくなったのを見計らって、ミモザの挿し穂づくりに挑戦する。
水あげしたミモザの枝の先端部分の葉を少し残してその下3分の2について葉を全部切り取っていく。
一番先端の葉は萎れやすいので切除すると書いてあるので、それも真似た。
ただ葉を2〜4枚残すと書いてあったのだが、もう少し残してみようと思い、8〜10枚程度残すことにした。
水の中で挿し穂の根元を斜めに切ってとりあえずこれで完成だ。

こうして作った挿し穂の切り口の部分に「ルートン」の白い粉を直接まぶしていく。
「ルートン」の公式サイトには、次のように使い方が書いてある。
『挿木、挿苗の基部を3cmぐらいの水に浸し、次にその部分にルートンガ薄い層になって付着する程度に粉のまままぶし、それをそのまま土中に挿して下さい。』
こんな説明を読むこともなく、切り口に適当に粉をまぶしただけなので、果たして「薄い層」ができたかどうか自信がない。

こうして12本の挿し穂を作り、さっそく畑に持っていく。
鉄の棒をマルチにブスッと突き刺し、挿し穂を突っ込む深めの穴を開ける。
そしてその穴にこれでもかとばかり水を流し込む。
挿し床にはあらかじめたっぷりと水を与えることと書いてあったからだ。
そして、12個の穴にそれぞれ挿し穂を突っ込み、園芸用の土で穴を塞いだ。

黒マルチの畝に小さなミモザが並んだ光景は、なかなか様になっていた。
挿木をするのも初めてだが、ちょっと希望が持てるのではないかと根拠なく思わせてくれるものがある。

ずらりと並んだミモザの赤ちゃんを慈しむように、再びたっぷりと水をかけた。
水滴がついたミモザの葉は、とても生き生きとして見える。
本当は毎日水をやらねばならないのだろうが、私は11日には東京に戻ることにしている。
もしも根が出なければ、来月帰省した時にはもう枯れているだろう。
枯れていたらミモザは諦めて、この畝には別の野菜を植えればいい。
もし仮に一つでも根を出して生き残ってくれたなら、そのミモザには一段上の愛着が湧くはずだ。
不注意によって刈り倒してしまった妻のミモザ。
挿木の顛末を妻に伝えると、「うまく行ったらミモザだらけになるね」と明るく受け止めてくれた。
妻のミモザが死滅するか、逆にその数を増やすのか、運命が決するのは1ヶ月後である。