昨日から私一人で、岡山に帰省している。

この数日、全国的にいいお天気に恵まれ、岡山に向かう機内からも雪化粧した富士山がよく見えた。
今日は岡山の最高気温が26度まで上がるそうで、11月の連続夏日という新たな記録が生まれそうだ。
地球温暖化が問題になってもう随分経つが、世界各所で異常気象が日常となり、人類の前途に待ち受ける危機がようやく身に染みて感じられるようになった。

それでも確実に季節は進んでいて、岡山の古民家に着くと、秋の風景が私を迎えてくれた。
ブドウ畑の片隅に植えられた富有柿の実も留守の間に黄色く色づいている。
柿は豊作の翌年はほとんど実が採れないと言われ、他の柿の木は今年はほぼ全滅なのだが、なぜかこの木だけはたくさんの実を今年も提供してくれている。
5日には父の十七回忌で家族がたくさん集まる予定なので、みんなに手伝ってもらって収穫するとしよう。

イノシシ除けをしたサツマイモもどうやら被害を免れて、そろそろ収穫できそうだ。
こちらも、孫たちが芋掘りを楽しめるかもしれない。
先月草刈りした枯れ草もたくさんあるので、焚き火をして焼き芋を作るのも楽しそうだ。

そういえば、昨日、お墓のまわりの草を刈って、溜まった枯れ草を燃やしていた時のことだ。
近くの畑をやっているお婆さんが声をかけてきた。
「火をよう見とかれえよ」
私は「大丈夫です」と答えた。
すると30分ほど経って、別の人からも声をかけられた。
最近、草を燃やしていてまわりに燃え広がる騒ぎが連続して起きたのだという。
そのうちの1件では、うちの畑も一部が焼けた。
そのため、地域の世話人が今野焼きにはピリピリしているので、火の始末はくれぐれも厳重にするようにとのことだった。
私もこうして野焼きをするのは3年目、だいぶ慣れてきた分だけ油断も生まれる。
初心に返って、火から目を離さないよう気をつけなければと思う。

夕暮れ、煙が出なくなり火種が完全に無くなるまでじっと見守る。
この夏に買ったキャンプ用の椅子が役に立った。
暑くもなく寒くもなく、虫もほとんど気にならなくなった。
いい季節だ。
でも秋の夕暮れはちょっと物悲しくもある。
法事のために、今月うちの家族と弟家族が岡山に集まる。
総勢20人。
楽しみのはずなのだが、お疲れ気味の妻にはこの法事が負担になっている様子で、妻の体調が心配だ。
日が沈み、周囲が薄暗くなってきた頃、灰の中に点々と残っていた赤い小さな光がようやく消えた。

家に帰って夕食の用意をしていると、東京に残っている妻から電話がかかってきた。
マンションの上の階で排水管のトラブルがあったようで、業者が来てものすごい音がしているという。
以前、上の階から汚水が大量に漏れる事故を経験している妻は、留守中にまた水漏れがあるんじゃないかと心配している。
「岡山に行けないかもしれない」
結局、騒音は深夜まで続いていたようで、かなり重大なトラブルのようだ。
オーナーは中国人だとも聞いているので、もしも大きな水漏れが起きた際には補償などの交渉がうまくいくのか不安がある。
心配性な妻にとっては、また一つ気になることが増えてしまった。
妻が元気でないと、こちらもやはり心が晴れない。
また、穏やかな日々が戻ってくることを願うばかりだ。