<吉祥寺残日録>岡山二拠点生活🍇 「国際女性デー」の翌日、ミモザの苗木を植える #220309

今日は、私と妻の両親を訪ねて今帰ってきたので、ちょっと短めに。

3月の岡山帰省2日目。

妻はこのところ不眠症に悩まされていて、昨日も新幹線に疲れたのか一日ダウンしていた。

昨夜も眠れなかったようだが、今日の午前中は私と一緒に畑に出て、お墓の周りの草刈りなどをして過ごした。

妻が東京から買ってきた小さなミモザの苗木を植えた。

昨日3月8日は「国際女性デー」であり、「ミモザの日」でもある。

確かイタリアではこの日に男性が女性に黄色いミモザの花を送る風習があるとかなんとか・・・。

早春に咲く黄色いミモザは桜とはまた違った趣があり、私も妻も大好きな木で、子供がまだ小さかった頃、三鷹の家の片隅に植えていたことがあった。

ただ、敷地があまりに狭いので、ミモザが成長すると家の土台とフェンスの間でぎゅうぎゅうになってしまい、やむなく切る羽目になってしまった。

そこで、今度は広々とした土地で、ミモザに再チャレンジしようということになったわけだ。

ただ、雑草たちが熾烈な生存競争を繰り広げる岡山の畑で果たして都会育ちのか弱いミモザが生き延びられるかどうか、それはそれは心もとない。

私はといえば、ミモザを植えるのを手伝った後は、じゃがいもを植えるための準備に取りかかった。

まずは酸度計を使って土壌の状態を調べる。

前回ホームセンターで買ってあった酸度計を取り出し、説明書に従って畑の酸度を計ってみることにした。

まずは畑に水を撒く。

泥団子ができるほどたっぷりと水を撒いてから、深さ10センチ程度まで酸度計を差し込む。

土と酸度計が密着していることが大切だという。

そしてスイッチを入れると、この畑の酸度がわかる。

30秒程度待って数値が落ち着いたところがこの畑のpH値である。

最初計るとpH7.0と出たが、次に別の場所で計るとpH6.5と表示された。

その後場所をずらしながら数回試してみたが、概ねpH6.5でよさそうだ。

野菜によって好きな酸度が異なるらしく、多くの野菜はアルカリ性の土壌を好むため苦土石灰などをまいて土壌をアルカリ性にしてやらねばならないらしい。。

しかし、じゃがいもは酸性を好む作物だという。

pH6.5では逆にアルカリ性が強すぎるぐらいだが、本やネットを調べた結果、そのまま種イモを植えつけでも大丈夫のようだ。

土壌を調べた後は、スコップを使って土を掘り起こしていく。

そのまま耕して植えつけてもいいのだが、去年までびっしりと雑草が茂っていた土地なので、地中にはまだ無数の草の根が張り巡らされている。

このままではきっと今年も雑草が生い茂るだろうと私は考えたのだ。

そこでスコップで土を掘り返し、それをフルイにかけていく。

細かい土はフルイの目から下に落ち、フルイの中には草の残骸や土の塊が残る。

私は丁寧に草の根を取り除き、土が固まったところは手で揉みほぐしていく。

とても手間がかかる作業で、ほんの10平方メートルほど土起こしをしただけで疲れてしまい、特にスコップを押す手のひらが痛くなってきた。

親たちの家を訪ねる時間になったため、今日の作業はここで終わりとなった。

続いはまた明日である。

今日の岡山は気温も16度ぐらいまで上がり、すっかり春の陽気。

お墓の周囲には梅の花が咲き、鳥たちのさえずりが耳を楽しませてくれる。

これで花粉症さえなければ、どんなに素敵な気分だっただろう。

ちょっと作業すると汗が出るほど暑く、上半身はアンダーウェア1枚になって畑と格闘していても、マスクをしていないと後が怖い。

午後3時ごろ、妻を妻の実家に降ろして、私は母のマンションに向かう。

母をピックアップしてスーパーに買い物に連れていく。

近頃これが帰省した時のルーティーンになっている。

近くにスーパーマーケットがなくなってしまい、89歳の母にとって生鮮食品の買い物が目下の課題になっているためだ。

「これパパがよく焼いて食べていた」

死んだ父が生前自分で買ってきて焼いて酢醤油で食べていたというのは、この季節限定の「いかなご」だった。

瀬戸内に春を告げると言われる「いかなご漁」。

乱獲防止のため今年は3月1日に解禁になったばかりで、この季節はとれたてのいかなごを釜揚げにしたものが出回る。

私が食べた記憶がないというと、「じゃあ食べてみる?」と母が言い、今日は急遽いかなごを焼くことになった。

売られている「釜揚げいかなご」を軽く炙って、酢醤油につけて食べる。

ただ、それだけ。

とてもシンプルな旬の味だ。

いかなごはとても柔らかく、佃煮とは全く別物である。

確かに美味しいし、今だけと言われるとなおさらありがたいもののようにも感じられる。

さて、ウクライナだが、アメリカのバイデン大統領がロシア産原油の禁輸を発表して、マーケットは今日も大きく乱高下した。

ウクライナ危機が始まって以来、低支持率に喘いでいたバイデンさんの支持率が上がったという。

アフガニスタンでは失態を演じたバイデンさんだが、ウクライナ問題ではいち早くロシア軍の動きに警鐘を鳴らし、まさにアメリカの予言通りにプーチン大統領が軍事侵攻を行った。

機密情報を積極的に同盟国に提供する政策がかつてない西側諸国の結束を生み出し、これまでのところバイデンさんの狙いは当たっている。

ロシアに対する経済制裁も、アメリカのエネルギー産業に特需をもたらしていて、今年秋に中間選挙を迎えるバイデンさんにとってウクライナ危機は追い風となっているのだ。

一方、気になるのはやはり中国の動きだ。

ロシア寄りの姿勢を守り続け、フランス・ドイツとの三者会談でも経済制裁に反対の意向を示したという。

それは想定内だとして、気になるのは今開かれている全人代での発言である。

習近平さんは全人代の軍と武装警察の分科会に出席し、「全軍が戦争準備をしっかり進め、各種の突発状況に適時かつ有効に対処し、国家の安全と安定を維持する必要がある」と述べた上で、「海外関連の軍事活動に関する法治作業の加速」を指示したというのだ。

これが直接的に何を意味しているのかはわからない。

しかし、ロシアに欧米の目が注がれている間にアジアでことを進める可能性はやはりありそうだと思わせる発言である。

ウクライナでは、北部の町スムイから「人道回廊」を利用した住民の避難が一部実現した。

しかし、これは極めて例外的な状況で他の都市では住民避難は全く進んでいない。

昔は戦争に負けると捕虜となった住民たちは奴隷のように扱われることが珍しくなかった。

荒地を開墾したり、土木工事の重労働を強いられたり・・・。

私がやっているような農作業よりもはるかに過酷な労働を、無理やり、しかも際限なくやらされたのだ。

農作業は自分の意志で行えば楽しい作業ではあるが、これが強制され、食事もろくに与えられず、怪我をしても休むことを許されず、未来永劫続けなければならないとしたら、それはどんなにか苦しかったことだろう。

戦争に負けるとはどういうことなのか、日本人は戦後のアメリカ軍による占領しか知らないが、世界にはもっとはるかに悲惨な「敗戦」を味わった人たちがたくさんいる。

ウクライナの人たちが、簡単に負けを認めないのは、ロシアの支配下で生きることの怖さを知っているからだと思う。

<吉祥寺残日録>台風一過の週末、来たる帰省に備え雑草と土壌の勉強を始める #211002

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