<吉祥寺残日録>岡山二拠点生活🍇 老衰のため急速に体力が弱った義父の面会に行った #221209

昨日から岡山に帰省している。

今月は妻も一緒だ。

私はいつものように月一農業が主目的であるが、妻の最大の目的は老人ホームに入所している義父が急速に弱ってきているとの情報を受け、ひょっとすると最後の別れとなるかもしれない父親との面会を行うことだった。

義父は先月ごろから食事がほとんど食べられなくなり、施設から総合病院に入院し治療を受けたこともあった。

いずれいせよ医師の診断は「老衰」なので、治るという性質のものではないらしい。

人一倍、強力な予知能力を持つ妻は、今年の夏頃から義父はもう長くないと言い続けているので、それなりに覚悟の方もできていて、食事が取れずに弱ってきたという報告を受けても特段動揺した様子がないのは救いだ。

義父母が入所している老人ホームもコロナ対策として面会は玄関先まで出て来られるお年寄りだけが認められ、部屋での面会は基本的に許されないのだが、最期が近づいた看取りの段階になるとごく近しい家族に限って特別に面会が認められる。

今回、事前に妻が面会の可否を問い合わせると、施設からOKが出たため、今日の午後妻と2人で義父母が入所する老人ホームを訪れた。

義母からリクエストのあったミルク飴や海苔の佃煮を差し入れ、義父には大好きなビターチョコレートとアイスクリームなどを持っていった。

入り口で体温チェックと抗原検査を受け、防護服とフェイスガードをつけて施設内に入る。

義父は思いのほか、元気そうだった。

ベッドに横たわったままでもう一人で立ち上がることはできないが、妻の顔を見ると、いろいろと話したいことがあるらしく、思い通りに動かなくなった口で一生懸命話をする。

頭の方はまだしっかりしていて、私たちの息子がどんな仕事をしているのかもちゃんと記憶していた。

そしてお土産にチョコレートを持ってきたというと、すぐに食べてみたいと言って、妻が手渡したかけらを自分で口に運んだ。

義母の話では、病院から帰ってきた頃には相当弱っていたようだが、ここ数日はちょっと元気になったらしい。

ひょっとすると年内かもしれないと妻は心配していたので、今日の面会できっと安心したことだろう。

一時はだいぶ弱って義父に介抱してもらっていた義母は今ではずいぶん回復し、その立場は完全に逆転したっていた。

義母は持っていった赤ん坊の写真を笑いながら眺めている。

食欲もあって補助車を押しながら一人で歩くこともほとんど苦にならない様子だ。

高齢者の状況は一進一退で個人差も大きく、つくづく人間の寿命というのはわからないものだと感じさせられる。

昨日は、別のグループホームに入所している伯母にも面会することができた。

こちらのグループホームは、義父母の施設以上に厳しく面会が禁止されているため、入所後一度も伯母には会えていなかったのだが、91歳の誕生日に合わせて小さなプレゼントを差し入れに行くと、責任者の女性が玄関まで伯母を連れてきてくださった。

久しぶりに面会した伯母は、最初エレベーターホールの椅子にちょこんと座らされていたが、私たちの顔を見ると立ち上がって玄関の方にトコトコとやってきたのだ。

「本当は近づいたらあかんのだけどなあ」とちょっと困った顔をしながら、スタッフの人は私たちが直接伯母にプレゼントを渡すのを許してくれた。

ちょうどお風呂に入った後だったようで、伯母は髪もきれいに切ってもらって、家にいた時よりもだいぶ身綺麗になっていた。

食事をちゃんと食べているせいか、顔色も良く元気そうだ。

認知症が改善することはないが、私たちに対して「ごめんな、迷惑をかけて。私ももう帰らんとおえんと思うとるんじゃ」といつものフレーズを繰り返した。

玄関まで出てきた伯母が、このまま私の車に乗って家に帰ると言い出すんではないかと心配したが、スタッフの人から「もうちょっとここにいてよ」と言われて、帰る私たちの車を駐車場から見送ってくれた。

病院や施設に入ることを頑なに拒否していた伯母のことを思い出す。

あの頃のことを考えると、新しい暮らしにもずいぶん慣れてくれたようだ。

伯母にとって長年暮らした家がかけがいのない場所であることは間違いないが、一人暮らしができなくなった以上、この施設で面倒を見てもらうのが伯母にとっても家族にとっても最善の選択だった、今では私もそう思っている。

今年の秋は暖かいので、岡山の山々もまだ紅葉が続いている。

それでも古い田舎の家は寒いので、年老いた身体には寒さがこたえるだろう。

義父母の部屋に入って感じたのは、施設内がどこも均一に暖かいことだ。

最初の頃、「こういう所は私に向いていない」と愚痴っていた義母も今日は「ここは暖かいいんじゃ」とすっかり言うことが変わっていた。

なるべく生活を変えたくないというお年寄りの気持ちはわかるが、老いとは避けて通れない「病だ」と考えれば、その症状に応じて生活の変化を受け入れやすくなるかもしれない。

今日、隣の家の91歳になるおじいさんも施設に入所したと聞いた。

家族の勧めにずっと抵抗しておじいさんだが、夜間救急車で運ばれたのをきっかけに観念したのだろう。

老いを受け入れることは簡単ではない。

せいぜい自分の順番が来たら、潔く生活の変化を自ら受け入れられる老人になりたいと思う。

<吉祥寺残日録>岡山二拠点生活🍇 七夕の日、93歳の義父が突如入院した #220707

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