<吉祥寺残日録>定年後を考える😄 爺さんに求められる「自立力」!それを養うためには妻と離れる時間も大切 #221120

1週間の岡山帰省を終えて、昨日吉祥寺に戻ってきた。

午後には、孫娘が泊まりにくる予定になっている。

井の頭公園もすっかり秋色に染まり、本格的な冬の訪れももう目の前である。

思うのだが、私の人生も季節に例えて言えば、ちょうど紅葉シーズン真っ只中なのだろう。

生命に溢れた夏をすぎ、静かで実り豊かな秋にはさまざまな楽しみが待っている。

春のようなウキウキした感じとは違って、落ち着いた時の流れをしみじみと味わいながら、それぞれが自分に合った色で人生の充実期を迎えるのだ。

そんな人生の秋を楽しむうえで、とても大切なのはお金や組織に頼らない「自立力」なんじゃないかと思う。

ずっと会社勤めを続けてきたサラリーマンにとって、安定した収入が途絶えるのは不安なものだ。

しかし、必ずしも悪いことばかりじゃない。

入りが減れば、自ずと出るを制さなければ生活が成り立たない。

惰性で膨らんできた家計を再点検するにはいいチャンスである。

その過程で、自分にとって本当に大切なものが何なのか初めて気づいたりするものだ。

私の場合、テレビマンとして多くのテレビ番組の制作に関わり、日本の視聴者に有益な情報を届けることを仕事として給料をもらってきたが、振り返ってみれば1分1秒に終われる長時間労働や長期出張によって得たものよりも、妻との間に設けた息子たちが成長してそれぞれの家庭を持ったことの方が遥かに大きな成果だった気がする。

生涯現役を誇りとして死ぬまで仕事に人生を捧げる人の人生を否定する気はないが、どんなに一代で大企業を育てても、政治家として日本の政策決定に影響力を及ぼしたとしても、長い人類の歴史からみればほんの些細なことでしかない。

それよりも、他の生物と同じように、子孫を残すということは本能的な核心であり、自分から派生した子孫たちが私の思惑とは関係なく、多彩な個性を持ってどんどん広がっていくというのはとても不思議な喜びを与えてくれるものだ。

子どもたちには無限の可能性が広がっている。

繊細な子もいれば、奔放な子どももいて、成長するにつれてその性格も変わっていく。

それぞれの子どもがさまざまな人と出会い、いろいろな経験をすることで、自分とは似ても似つかない人間ができあがってくる。

これほど面白いものはないのではないか・・・。

そんな子孫たちに自分は何を残せるのだろうと考える。

よく必死で財産を残そうとして相続対策に熱心に励む年寄りがいるが、個人的にはあまり関心しない。

自分が稼いだわけでもない大きな財産を相続することは必ずしも子孫のためにならないと考えるからだ。

お金というものは、自分で努力しいろいろ嫌な経験もしながら手にするから価値があると私は思う。

もっと欲しいと思うぐらいがちょうどいいのだ。

私が子孫に遺したいのは、自分の人生を自分でマネージメントする力、すなわち「自立する力」である。

仕事の多忙を理由に、子育てをほぼ妻に任せっきりだった私が言うのも憚られるが、我が家の子育てで私がこだわったとすればそれは自分の進路を自分で決めさせることと、高校を卒業したら家を出て一人暮らしをすることだ。

大学時代に親元を離れて東京に出てきたのが楽しくて世界が一気に広がった私自身の経験から息子たちにもそんな学生生活を送ってもらいたいと思ったからだ。

その代わりに、仕送りは家賃を含めて月10万円と決め、風呂なしのアパートから自分の人生をスタートさせることをルールとした。

その結果、うちの3人の息子たちは全員、想像以上に「自立力」が身につきいつの間にかパートナーを見つけて家庭を持った。

子どもがいつになっても結婚しない、孫の顔が見えないと嘆く今時のシニアの嘆きをよそに、我が家はもう私たち夫婦を筆頭にして親子3代14人のビッグファミリーに成長した。

しかし、どれだけ子孫が増えても、彼らに頼って生きたくはない。

ジジイになってもしっかりと自立して自分の頭で考え決断しながら生きていきたいのだ。

ただ妻との二人暮らしだと、ついつい甘えが出る。

気がつけば妻が料理をしていて待っていればご飯が出てくるし、掃除や洗濯もやってくれていることに気づく。

妻にとってはそれが当たり前で、自然に体が動くようだが、これまで家のことをしてこなかった私にとっては家事はまだまだ未知の領域である。

ジジイが「自立力」を身につけるためには、時々妻と離れる時間を持つことが重要だと最近思う。

今回の岡山帰省は私一人だったので、自分で家事をしなければ他にやってくれる人がいない。

こういうシチュエーションに身を置くと、不思議なもので料理も洗濯もさほど苦にならずできるものだ。

たとえば味噌汁。

これまでは自分一人の時にはインスタントの味噌汁を飲んだりしていたのだが、今回はちゃんと味噌を溶いて普通の味噌汁を作ってみた。

裏庭に蒔いていたラディッシュが大きくなりすぎて、中が少しスカスカになっていたので、生で食べるよりも味噌汁にでもしようと思ったのがきっかけだった。

岡山にいるとメニューありきではなく、その時にある野菜をどうすれば美味しく食べられるかまず食材ありきで料理を考えることになる。

それは案外私に合っているようで、我流で思いついた料理を作ってみることが面白くなった。

妻が一緒だと見かねてさっさと手を出してくれるのだが、自分一人だとどんな変な料理ができても食べるのは私だけである。

まるで理科の実験のように自由な発想で楽しむことができる。

やはり裏庭に蒔いたパクチーも大きく育っていて、これが今回の帰省では大活躍した。

バターライスに入れてみたり、味噌汁にも入れてみる。

うまくいった例でいうと、ソーセージや卵と一緒に大量のパクチーを入れたチャーハン。

これはなかなか美味くできた。

タイのお粥であるカオトムも作ってみた。

豚のひき肉を炒め、冷凍ごはんを入れ、少し煮立てたところに大量にパクチーを投入する。

レシピをネットで調べながら、後は適当にナンプラーとレモン汁で味を調整した。

これはいい。

やはりパクチーの本場であるタイ料理との相性は抜群である。

また以前このブログでも書いたが、白菜の外葉を食べてみようと思い、キムチ鍋にしたりスープにしたり漬物にしたりもしてみた。

こちらはあまり成功したとは言えないが、とりあえず、外葉はやはり硬いということが確認できた。

自家製の野菜ではないが、今回2回ほど挑戦したのが卵焼きだ。

子供の頃によく食べた甘い卵焼きを作ってみようと思い、YouTubeの動画なども参考にしながら見よう見まねで作ってみた。

伯母の台所に卵焼き器があったので、キッチンペーパーに油を染み込ませてフライパンに塗り、卵3個を溶いたものを3回に分けて流し込みながら巻いていった。

結果的にそれなりの形にはなったのだが、砂糖が溶けておらず甘くなく、仕方なく余っていた明太子を乗せて食べたりした。

学生時代には炒り卵やオムレツは作ったことがあったが、普通の卵焼きは人生で一度も作ったことがなかったので、ちょっと新鮮な経験だった。

自分で育てた野菜をどうすれば美味しく食べることができるか?

そんな発想で料理に取り組めば、きっと私流の料理術が身につくのではないかと思う。

妻は私に比べて体が弱いし、いつ何時自活することが求められるかもしれない。

ジジイにも「自立力」は絶対に必要なのだ。

そのためには時々、妻と離れる時間を持つことも大切である。

初めて親元を離れた時の不便さと解放感を思い出しながら、自分の中に眠っている潜在力を引き出すのだ。

そして歳を取っても自立して新しいことに挑戦し人生を楽しんでいるいる爺さんの姿を子孫に見せることが、子や孫に残せる最高の遺産になると私は信じている。

<吉祥寺残日録>定年後を考える😄 会社を辞めて2年!私が見つけた「幸せな隠居生活」を築くための『10の習慣』 #220701

【定年後を考える 】

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