義父母が入院し、三男がコロナに感染したこの夏。
今度は茨城の実家に里帰りしていた三男の妻が入院してしまった。
彼女は妊娠中で、ようやく産休に入ったタイミングで実家に戻っていた。
だから連絡をもらった時、私も妻はびっくりしてとても心配した。
話によれば、どうやら実家で破水したらしい。
ただ量はさほど多くはなかったようで、自分で病院に連絡するとすぐに来てくださいと言われ、そのまま入院となったそうだ。
もしも早産となれば、施設の整った大きな病院に移らなければならない。
ここまで比較的順調に来ていて安心していたのだが、やっぱり赤ちゃんを産むということは簡単なことではない。
今日になって入った連絡では容体は落ち着いていて大丈夫そうだとのこと、まずは一安心だ。

コロナのせいでお見舞いに行くこともできず、とりあえず何もできないので待つしかないが、お嫁さんはとても頭が良く冷静な人なので、自分でいろいろ調べながらうまく対応してくれると信じている。
ちょうど実家に里帰りしている時だったというのもラッキーだったかもしれない。
もし東京にいる時だったら、すぐに入院できるかどうかさえわからない。
おまけに三男がコロナに感染し隔離状態なので誰も手助けできる人がいない状態なのだ。
向こうのご両親にすれば初孫であり、ものすごく心配なさっているとは思うが、とにかく自分の目で状況を確認できただけでも少しは心丈夫だっただろう。

今朝日本経済新聞のサイトを見ていて、こんな表が目に止まった。
『子育て世代「時間貧困」 子のケアや余暇、日本G7最少』という記事の中に出ていたもので、共稼ぎの日本の子育て世代は自由にできる時間があまりに少ないという実態を伝える数字のようだ。
日本人は労働時間の長さは一番長く、家事や休憩、余暇に費やす時間は一番短いのだという。
私の場合は妻が専業主婦で、私が働く間も自宅で子供たちの面倒を見てくれたのだが、それでも子育ては大変そうだった。
それが今では共稼ぎが当たり前、男性も育休が取りやすくなったとはいえ、働きながら子育てするのは本当に大変だろう。
もしも三男の家に赤ちゃんが生まれたら妻は子育てを手伝う気でいるが、もともと自分の体力に自信がないため、どこまでできるのか自信がないらしい。
子育て世代の「時間貧困」の最大の原因は、相変わらずの長時間労働である。
会社にいる時間の長さに応じて給与が支払われる賃金制度がいまだに幅を利かせている。
私は昔からその辺は合理主義者で、用事もないのに会社にダラダラいるのは大嫌いだったが、そういう働き方を認めてもらえるかどうかは上司次第、今もそれが変わらないのだろうか?
三男夫婦もバリバリの共稼ぎ家庭なので、子供ができたらどうやって保育所を見つけるか先日も頭を悩ましていた。
日経に出ていたG7諸国の時間の使い方の違いをちゃんと分析すれば、日本社会の抱える課題は一目瞭然だと思った。

一方、入院中にコロナに感染した義父は少し改善したようだ。
93歳と高齢なこともあってこちらも心配な状態だが、とりあえず山は越えそうだというので、妻の弟が退院後に入所する介護施設を準備している。
当初予定していた施設でコロナの集団感染が起きてしまい、いつ入居できるかわからなくなってしまったため、急遽新しい施設を自宅の近くに見つけたそうだ。
ちょっと高級な施設らしく入所にかかる費用は嵩むのだが、その分ちょうど2部屋空きがあるという。
自宅からも近いので、体調が許せば時々は自宅に戻ることも可能らしい。
一緒に入院した義母の方は、病院のケアのおかげか少し元気になったようだ。
電話は自由にかけることができるので、妻が三男夫婦のことなどを話すとしっかり理解して受け答えも家にいた時よりも改善したようだと感じたようである。
人間の持つ潜在能力はまだ解明されていないことも多く、結局は一人一人定められた寿命があるのだと考える以外ないのだろう。
90歳まで生きれば何があっても大往生。
2人とも無理に延命治療をしてもらう気もないので、自らの生命力に従って精一杯生きてもらうだけである。

私の父親が亡くなった時、入れ替わるように長男の家に男の子が生まれてきた。
昔から「生まれ変わり」という言葉があるが、まさにそういう不思議な縁を感じる。
そして妻の父親が衰弱してくると、今度は三男の家に男の子が生まれようとしている。
こうして人間は命を繋いできた。
誰もその掟からは逃れられない。
私たちができることは、人の生死を静かに見つめることだけである。
義父は100歳まで生きたいと言っていたから自分の力で生き返るかもしれない。
三男の家に生まれてくる赤ちゃんも、お母さんのお腹の中で今、生きるために戦っている。
私にできることは、静かに見守り、どんな事態が起きても受け止める準備をすることだけである。