帰省先の岡山は今日も雨、山には霧がかかっていた。

お盆の日本列島に停滞した前線による大雨はもう何日降り続いているのだろう?
今日から暦の上では立秋の末候「蒙霧升降(ふかききりまとう)」となる。

「深い霧が立ちのぼり降る頃」と我が家の歳時記カレンダーには書いてあった。
「蒙霧(もうむ)」は、もうもうとたちこめる濃い霧のことだそうだが、さすがに今年の夏はちょっとおかしい気がする。
九州ではわずか1週間の間に年間降水量の半分が降ったところもあるという。
さらに全国的に猛威を振るうコロナウィルスが、おかしな夏を一層おかしくしている。
オリンピックに水を差すことを恐れて静観の構えだった政府も、増え続ける感染者と支持率の低下でお尻に火がつき、緊急事態宣言の延長とエリアの拡大を決めた。

これで緊急事態宣言が出されるのが13都府県、まん延防止措置が適用されるのが16道県となる。
全国に緊急事態宣言を発出すべきという意見もあるが、そもそも宣言の効果がもはや無くなっていることが問題であり、専門家たちで作る分科会は今更のように個人の行動制限を可能にするような法改正を提言した。
こんな話、去年の今頃しなくてはいけないことなのに、どうも政府は腰が重く、野党も「私権の制限」を問題視してロックダウンのような法整備には反対していた。
今更何だという気がするが、将来再び起きる感染症に備える意味では、パンデミックに限って私権の制限に踏み込んだ法律を作ることが望まれる。

しかし今の私にとっては、大雨やコロナよりもはるかに重要な問題があった。
それは認知症が進行した伯母の介護の問題である。
緊急事態宣言のため2ヶ月半岡山に帰省しない間に、伯母の認知症は一気に進んだ。
6月に帰省した時、伯母の家に入った瞬間、鼻が曲がるような異臭を感じた。
伯母の風態も浮浪者のようで、長い間風呂にも入っていないことは一目瞭然だった。
異臭の原因を探ると、肉を調理した後に洗わないまま放置されたフライパンといつのものだかわからない炊飯器の中のご飯だった。
冷蔵庫の中も調べると、ほとんどすべて賞味期限切れで、中には10年前の食品まである。
広い田舎家で暮らしていても、その生活はまさにホームレスといった有様だった。
近所の人たちに話を聞くと、6月の初め頃から急に人が変わったようになったという。
養子になった者としてこの状態を放置できないと、7月に妻を伴って伯母の家に泊まり込み、家の片付けをしながら伯母の行動観察を行った。
その結果、伯母は昼も夜も寝ている時間が多く、夜中でもお腹がすくと台所に行って食べられそうなものを探して食べる。
私たちは、伯母が好きなバナナやプリン、カルピスウォーターやヤクルトを買ってきては冷蔵庫に入れておくと、知らない間に少しずつ減っていた。
まるで野生動物の行動観察にようだ。

春からは在宅介護を始めて、月一回かかりつけ医の往診をお願いし、介護認定を受けてヘルパーさんやナースに週一回伯母の家を訪ねてもらうようにもした。
しかし、とにかく人に頼るのが嫌いな伯母は、ヘルパーさんたちを門前払いにして家に上げようとしない。
お医者さんから処方された薬もほとんど飲まないので認知は進む一方で、春ごろには気楽に往診してくれていたかかりつけのお医者さんも「一人暮らしは危険だから、施設への入居を考えられた方がいい」と私に告げた。
お医者さんから紹介状をもらい、岡山市内の認知症の専門病院で検査を受けたのが7月半ば、検査の結果はアルツハイマー型と血管性の混合型認知症で、程度は重度、もはや治る見込みはないということだった。
その段階で専門病院への入院が決まったが、コロナを恐れる病院からは2回のワクチン接種を終えて10日経過した後でなければ受け入れられないと条件をつけられ、結局お盆明けの今日、伯母は嫌がっていた入院をした。
入院に至る顛末はまた改めて詳しく書くとして、当面の私の悩みのタネであった伯母の介護問題は一つの大きな山を越えたことになる。
「蒙霧升降(ふかききりまとう)」。
まさに我が家を覆っていた濃い霧は、秋風に運ばれて少し視界が開けた気がする。

入院の手続きを全て終えて家に戻ると、伯母が毎日飲んでいた牛乳が一本だけ残っていた。
妻と半分に分けて、伯母の牛乳を飲む。
「絶対に入院なんかせん」と言っていた伯母は今頃、慣れない病院のベッドで緊張しながら不安な夜を迎えているに違いない。
伯母の心細い気持ちを想うと、涙がこぼれてくる。
しかしこれが遠距離介護の限界、伯母がヘルパーさんたちを拒み続ける以上、他に取りうる手段はないのだ。
少し肩の荷が降りた一方で、胸の奥に言いようのない罪悪感が残った。
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