数日前まで続いていた真夏の暑さがウソのように寒い朝になった。

車のフロントガラスは夜明けの寒さで結露していた。
今日の気温は10月を通り越して11月上旬並みなのだという。
東京から持ってきたフリースやウルトラライトダウンが家の中でも効果を発揮する。
Tシャツと短パンで過ごしていた日から、一気に初冬の装いにひとっ飛びだ。

しかし気温が下がることは悪いことばかりではない。
農作業をするにはこのくらいの天気がちょうど良く、大量のゴミ出しと朝食を済ませた後、妻と連れ添ってブドウ畑へと向かった。
今日の作業は、枝にぶら下がったまま腐りかけたブドウを切除することである。

ブドウをそのまま放置しておくと病気で木をダメにするから房を全部切除した方がいいと、近所のおじさんに教えてもらったので、早速その教えに従ってみることにしたのである。
これは根気はいるが体力はさほど必要としないため、夫婦で一緒にやるには良い仕事である。
「猫車」と呼んでいる一輪車に農業用のコンテナを2つ積んでブドウ畑まで運び、切除したブドウの房をそのコンテナに放り込むのだ。

コンテナの中はみるみる傷んだブドウでいっぱいになる。
本当ならば畑の外のどこかに捨てるのが良いらしいが、適当な場所もないのでブドウ畑の隅っこに集めて投棄することにした。
これもおじさんの教え通りで、投棄したブドウは微生物たちが分解してくれる。
私たちの周りには実にたくさんの生き物たちがいて、人間が生み出したゴミや廃物をちゃんと自然に返してくれるのだ。
都会ではなかなか気づきにくいが、こうして田舎に住んでみるとありがたいものだと感じたりする。

たちまち、廃棄ブドウの山が出来上がる。
これだけのブドウがちゃんと育ち、出荷できればいくらで売れるのだろう?
しかし商品になることもなく1年間放置されたまま腐ってしまったブドウ。
もったいないことではある。

ただ夫婦2人で汗水垂らして農作業に勤しんでいると、都会にいる時よりも田舎にいる時の方が夫婦関係が濃くなる気がする。
実際にやらなければならない仕事がたくさんあって、しかも夫婦でやるのに適した仕事が多いのだ。
妻はもともと土いじりが好きな人なので、マイペースでやる農作業は嫌いではないようだ。
力仕事は私が担当し、細かな作業は妻が担当する。
男女の特性を活かした形で協力して行う体験として農業は実に向いていると思う。

そういえば、女優の山口智子さんが書いた「with online」の記事がYahooニュースに転載されていて、読んでみると実に共感できる内容が書かれていた。
たとえば、こんな内容である。
2人の関係は、日々、2人で作っていくしかない。「相手にこうしてもらいたい」なんて求めるのは、100億年早いですよ。相手の喜ぶ顔を思って、自分がどう楽しく変えていくか。それしか人間関係を好転させる方法はないと思う。 ウチの夫婦は、趣味が全くかみ合いません。若い時は、同じ物を見て同じように感動できない寂しさで悶々とした時期もありますが、今は「互いに全然違ってよかった」って思うことばかり。
引用:山口智子「眠りにつく瞬間、彼が隣にいてくれる。毎晩泣きそうになるくらい、幸せ」
私たち夫婦も、お互い全く異なるタイプに人間である。
性格も趣味も食べ物の好みも、何から何まで違っている。
しかし、歳をとって夫婦2人の時間が増えるに従って、「違っていてよかった」と思うことが多くなったような気がする。
大雑把で楽観的すぎる私のような人間には、何事にも慎重で心配性だが几帳面で整理能力のある妻は大変ありがたい。
山口さんは学ぶことについても語っている。
学び続ける限り、歳をとることは本当に楽しい。若い世代に、ぜひこの楽しさを伝えたい! 今という時をしっかりと味わい、学び続けて、世界に溢れる感動を味わうことに邁進する。そして、遠い異国だけではなくて、自分のすぐ隣にある何気ない毎日の中にある感動を再発見していく。自分の人生の舵を取り切り開くのは、自分しかいないのですから。
引用:山口智子「眠りにつく瞬間、彼が隣にいてくれる。毎晩泣きそうになるくらい、幸せ」
山口智子さんは今年56歳。
私と似た考え方をする人だと、ちょっと意識するようになった。

さて、そんな月曜日。
暦の上では、七十二候の「蟋蟀在戸」となる。
我が家の歳時記カレンダーには「しっこつこにあり」とのルビがふられているが、一般的には「きりぎりすとにあり」と読むようだ。
その意味は、「コオロギが戸口あたりで鳴く頃」とされている。
「キリギリス」か「コオロギ」かはさておき、要するに寒さが進み虫も暖かさを求めて人家に近づくという意味のようだ。

「蟋蟀在戸」は紀元前に成立して以来、変わっていない七十二候のひとつで、そのベースになっているとされる詩が、中国最古の詩集とされる『詩経』(紀元前12〜6世紀)の中に出てくるという。
七月在野
八月在宇
九月在戸
十月蟋蟀
入我牀下
この古い詩について、「暦生活」というサイトにこんな解説が載っていた。
意味は「七月は野に在り、 八月は軒下に在り、 九月は戸口に在り、十月になると蟋蟀たちは我が床の中に入り込む」。冷え込みが増すにつれて、あたたかい場所を探して家の中にも入りこむコオロギの習性。寒さの中で声を聴き、コオロギを思いやる気持ちは数千年経っても変わっていないのだ、と思うと胸に迫るものがあります。その後、中国の詩聖、杜甫や白居易も、弱って家の戸口や寝床にやってくるコオロギのことを漢詩に詠み、それが日本へも伝えられました。
なんでもそうですが、物事は盛りのときよりも、終わりゆくときがもっとも趣深く、心を打ちます。月は満ちていくときよりも、欠けていくときの方が味わい深く、虫の音も盛んに鳴いているときではなく、弱っていくときにこそ、しみじみと胸に迫るものがあります。
日本人は四季の中でもっとも秋を愛し、その秋の中でも晩秋を最上のものとして感じてきました。ですので、秋の和歌も調べてみると、晩秋を詠んだものが圧倒的に多いのです。「もののあはれ」や「侘び」「寂び」の精神は、生々流転のいのちへの哀歌であると同時に賛歌であるともいえるでしょう。
引用:暦生活「蟋蟀在戸きりぎりすとにあり」
虫たちの鳴き声の距離によって季節の移ろいを感じる。
昔の人は、本当に風流なものだったのだろう。

しかし、我が家では虫は虫でも、別の厄介な虫の問題が突如浮上した。
伯母の住んでいた家は築100年の古民家なのだが、私たちが暮らすにはいろいろ不自由な点があり、今年知り合った水道屋さんに大小いろいろな問題について一度相談に乗って欲しいとお願いしていたところ、今日下見に来てくれたのだ。
私たちは次から次へと悩みを打ち明けた。
- 洗面台からお湯が出ない
- 外にある水道に水漏れがある
- トイレをもう1つ設置したい
このあたりまでは、水道屋さんの本業のお話である。
しかし人の良さそうなこの水道屋さんには様々なジャンルの専門家の仲間がいて、どんなトラブルでも知恵を貸してくれるのだ。
そこで・・・
- 側溝のコンクリート蓋を調達したい
- 車が盗まれないようにガレージを設置するか他の方法を
- サッシやふすまの動きが悪い
- 畳を新しくしたい
そして、最後に私がずっと気になっていたことを相談した。

部屋の隅に凹んだ場所があり、シロアリが心配だということだった。
水道屋さんは自分の足で問題の箇所を何度か踏んだ後、確信を持って「これは間違いなく食われてますね」と言った。
やっぱり、シロアリのようだ。
それもかなり進行していておそらく床の間の柱の下半分はスカスカだと思うと水道屋さんは断言した。

水道屋さんが畳の角を踏むと、敷居の下に空洞が見えた。
「これは、ヤバイ」
なるべく早く大工さんとシロアリ業者に見てもらいたいと伝え、他の補修工事を抑えてシロアリ対策が一気に最優先事項に踊り出した。
想定していなかった問題が次から次へと飛び出してくる。
「蟋蟀在戸」。
我が家の場合は、残念ながらキリギリスやコオロギではなくシロアリがずっと昔から住みついているようで、風情も何もあったもんじゃない。
畑の片付けが一段落したら、今度は家の改修工事である。

夜、西の空に燃えるような夕焼けが出ていた。
私たちの前途も赤信号。
それでも会社勤めの時のようなストレスはなく、妻と二人で難題に立ち向かっていくだけだと改めて覚悟を決めた「蟋蟀在戸」であった。
【トイレの歳時記2021】
- 七十二候の「芹乃栄(せりすなわちさかう)」に中国と香港について考える #210106
- 七十二候「水泉動(すいせんうごく)」に考えるステイホームの過ごし方 #210110
- 七十二候の「雉始雊(きじはじめてなく)」にキジを見に井の頭自然文化園に行ってみた #210115
- 七十二候「款冬華(ふきのはなさく)」に「大寒」の井の頭公園を歩く #210120
- 七十二候「水沢腹堅(さわみずこおりつめる)」と初場所・初縁日 #210125
- 七十二候「鶏始乳(にわとりはじめてとやにつく)」に紀ノ国屋で二番目に高い卵を買う #210130
- 七十二候「東風解凍(はるかぜこおりをとく)」に立春をさがす #210203
- 七十二候「黄鶯睍睆(うぐいすなく)」に考える「野生のインコ」と「生物季節観測」のお話 #210208
- 七十二候「魚上氷(うおこおりをいずる)」、日本にもワクチンが届いた #210213
- 七十二候「土脉潤起(つちのしょううるおいおこる)」、ワクチン接種も始まった #210218
- 七十二候「霞始靆(かすみはじめてたなびく)」、霞と霧と靄の違いを調べる #210223
- 七十二候「草木萌動(そうもくめばえいずる)」に草木の『萌え』を探す #210228
- 七十二候「蟄虫啓戸(すごもりむしとをひらく)」に早咲きの桜を愛でる #210305
- 七十二候「桃始笑(ももはじめてさく)」、梅と桜と桃の見分け方 #210310
- 七十二候「菜虫化蝶(なむしちょうとなる)」、公園の花見会場は封鎖されていた #210315
- 七十二候「雀始巣(すずめはじめてすくう)」、やっぱり「春はセンバツから!」 #210320
- 七十二候「桜始開(さくらはじめてひらく)」に見回る2021年お花見事情 #210325
- 七十二候「雷乃発声(かみなりすなわちこえをはっす)」、雨上がりの井の頭公園は極楽のようだった #210330
- 七十二候「玄鳥至(つばめきたる)」、伯母の家にもツバメと医者がやってきた #210404
- 七十二候「鴻雁北(こうがんきたへかえる)」、井の頭公園から渡り鳥が消えた #210409
- 七十二候「虹始見(にじはじめてあらわる)」に知る鴨長明の「ひとりを愉しむ極意」 #210414
- 七十二候「葭始生(あしはじめてしょうず)」、水草は生き物たちのパラダイス #210420
- 七十二候「霜止出苗(しもやんでなえいづる)」、岡山の伯母に「要支援1」が出た #210426
- 七十二候「牡丹華(ぼたんはなさく)」に「ツツジ」と「サツキ」と永井荷風を知る #210430
- 七十二候「蛙始鳴(かわずはじめてなく)」、カエルは鳴かずとも夏は来る #210505
- 七十二候「蚯蚓出(みみずいづる)」、三男の結婚式の行方 #210510
- 七十二候「竹笋生(たけのこしょうず)」、緊急事態宣言が出た岡山の竹藪を想う #210515
- 七十二候「蚕起食桑(かいこおきてくわをはむ)」に日本の伝統産業「養蚕」を学ぶ #210521
- 七十二候「紅花栄(べにばなさかう)」に観察するアジサイの花とスッポンの子ども #210526
- 七十二候「麦秋至(むぎのときいたる)」、カワウやカイツブリの子育てもそろそろ終盤 #210531
- 七十二候「螳螂生(かまきりしょうず)」に考える「共食い」という現象 #210605
- 七十二候「腐草為蛍(くされたるくさほたるとなる)」に三鷹「ほたるの里」で蛍狩り #210610
- 七十二候「梅子黄(うめのみきばむ)」、梅雨入りに梅ジャムを食す #210615
- 七十二候「乃東枯(なつかれくさかるる)」、夏至に家族写真を飾る #210621
- 七十二候「菖蒲華(あやめはなさく)」、アヤメとショウブとカキツバタ #210627
- 七十二候「半夏生(はんげしょうず)」、妻のワクチン予約をする #210702
- 七十二候「温風至(あつかぜいたる)」、東京五輪の”無観客”が決定 #210709
- 七十二候「蓮始開(はすはじめてひらく)」、伯母を病院に連れて行く #210712
- 七十二候「鷹乃学習(たかすなわちわざをなす)」、自殺した林真須美死刑囚の娘 #210717
- 七十二候「桐始結花(きりはじめてはなをむすぶ)」、感染拡大の中でオリンピックが始まった #210722
- 七十二候「土潤溽暑(つちうるおうてむしあつし)」、台風とともにコロナ感染者も過去最高2848人に #210728
- 七十二候「大雨時行(たいうときどきにふる)」、コロナと五輪の中で迎えた39回目の結婚記念日 #210801
- 七十二候「涼風至(すづかぜいたる)」、期待の“リレー侍”バトンミスの衝撃 #210807
- 七十二候「寒蝉鳴(ひぐらしなく)」、井の頭公園にもヒグラシが鳴く #210812
- 七十二候「蒙霧升降(ふかききりまとう)」に認知症の伯母が入院した #210817
- 七十二候「綿柎開(わたのはなしべひらく)」、残暑の中に感じる秋の気配 #210823
- 七十二候「天地始粛(てんちはじめてさむし)」、アフガンの混乱とニクソン・ショックから50年 #210828
- 七十二候「禾乃登(こくものすなわちみのる)」、霊園の当選通知が届いた日に妻がワクチンを射つ #210902
- 七十二候「草露白(くさのつゆしろし)」、7日連続の25度未満は113年ぶりの低温記録 #210907
- 七十二候「鶺鴒鳴(せきれいなく)」に鳥たちの空中戦を見る #210912
- 七十二候「玄鳥去(つばめさる)」に考える男の「老い」 #210917
- 七十二候「雷乃収声(かみなりすなわちこえをおさむ)」に妻が2度目のワクチン接種を終える #210923
- 七十二候「蟄虫坏戸(むしかくれてとをふさぐ)」、ウイルスはどこに隠れたのか? #210928
- 七十二候「水始涸(みずはじめてかる)」に気持ちの良い水辺を歩く #211003
- 七十二候「鴻雁来(こうがんきたる)」に感じる首都直下地震のリアル #211008
- 七十二候「菊花開(きくのはなひらく)」にセイタカアワダチソウの黄色い花が満開だ #211013
- 七十二候「蟋蟀在戸(きりぎりすとにあり)」に浮上したシロアリ問題 #211018
2件のコメント 追加