<吉祥寺残日録>トイレの歳時記🌻七十二候「蓮始開(はすはじめてひらく)」、伯母を病院に連れて行く #210712

今日から東京は4度目の緊急事態宣言。

しかし、東京の人はもうもう言うことを聞かず、街の人出が減る様子はないという。

「罰則なしでもルールを守る日本人」と自画自賛していた時代はもはや遠い昔となった。

そして歳時記的にいえば、今日は小暑の次侯、七十二候の「蓮始開(はすはじめてひらく)」である。

「ハスの花が咲き始める頃」という意味だが、井の頭公園でも帰省先の岡山でも蓮の花にはお目にかからない。

「蓮は泥より出でて泥に染まらず」という言葉がある。

夏の日の朝、水上に咲くその大きな花は、清らかなもの、聖なるものの象徴として昔から大切にされてきた。

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そして仏教のイメージも強い。

日蓮宗のサイトに「蓮華」すなわち蓮の花の話が書かれていた。

インド人は蓮華が大好きです。

涼しさの象徴であると同時に、清浄さの象徴だからです。

とくに仏教徒は蓮華を大切にします。

お釈迦様は「ハスの生き方に、人としての生き方を学びなさい」と言いました。

ハスがどのような場所に咲いているかイメージして下さい。

決して気高く山の上でも、綺麗な花畑でもありません。泥の沼地です。

しかし、その場所が嫌だと言って逃げ出したりしません。

その沼地にしっかり根を張り、泥の中から養分を吸収し、立派に花を咲かせます。

その花も泥に染まる事なく、本来自分の持っている色「白や青、薄ピンクなど」を咲かせます。

それは、まさに人としての姿勢を示しています。

泥の沼地は、私たちが生活する現実世界です。楽しい事や嫌な事、悲しい事など様々なモノゴトが混ざった場所です。しかし、そこから目を逸らしてどこか楽しく楽な場所を探しても見つかりませんし、成長出来ません。

その沼地のような現実世界を見つめ、その地へ足を着けて養分を吸収する事で人は成長します。

そうする事で泥色に染まる事なく、本来自分の持っている色「自分の才能や価値」を咲かせる事が出来るのです。

引用:日蓮宗 いのちに合掌

やはり多くの人を惹きつける宗教には、心に響く言葉があるものだ。

今年の七十二候「蓮始開」は、そんな人の生き方や死に方について、いろいろ考えさせられた1日だった。

私たち夫婦にとって、今日はある意味、勝負の日でもあった。

認知症が進行した伯母を病院の検査に連れて行く予定日であり、事あるごとに拒絶する伯母をどうやって家から連れ出すか悩んで、妻は昨夜ほとんど眠れなかったという。

伯母の方もそれとなく気配を察していたようで、昨夜は7回もトイレに起きた。

病院で検査を受けないといけないという話は、ここ数日、何度も伯母にはして一時は同意するような雰囲気で夫婦で一安心したのだが、次の日には元どおり「絶対行かない」というスタンスに戻ってしまい、頑固な年寄りをどのように説得するか難しい問題に直面していた。

それでも私は妻ほどには心配していないとみえて、朝5時まで寝た。

とはいえ伯母を連れ出す秘策は一向に思いつかず、軽い緊張感を感じていたことは否定できない。

朝一番でゴミ出しをし、あえて病院の話は切り出さず、いつも通りに朝食を済ませる。

勝負の朝、伯母の家の庭に大きな白い花が咲いていた。

もちろん蓮のような聖なる花ではなく、どうやら「チョウセンアサガオ」という植物らしい。

それでも、何か良い兆候のような予感がした。

夫婦で当たり前のように外出の準備をし、伯母に「おばちゃんも行くよ」と声をかける。

仏壇に花を供え終えた伯母を促して、外に連れ出す。

伯母はキョトンとしながら私たちに従い、車に乗った。

数日前に、車で生まれ故郷に行ったいい思い出がまだ残っているので、それも役立ったのかもしれない。

朝の通勤ラッシュで道路は大変混雑していて、普通なら30分ほどで着く道のりが1時間以上かかった。

それでも伯母は珍しそうに車窓の眺めを楽しんでいるようだった。

検査の予約は9時半からだったが、河田病院にはその1時間前に到着した。

駐車場に車を止め、伯母を連れて病院に入る。

「そんなんとは知らなんだ」と病院に来るとは思っていなかったと少し不平を口にしたが、特段怒ったり、「帰る」と言って駄々をこねたりはしなかった。

妻が受付を済ませ質問表に記入する間、私は伯母に静かに検査の必要性を再び説明した。

伯母は納得はしなかったが、強い抵抗もせず、ロビーの椅子に座って静かに待った。

岡山駅の西にある「河田病院」は、昭和2年に創設された岡山県内では最も古い精神科の病院で、近頃では認知症の患者を多く扱っている。

完全予約制のためか、私たちが到着した時、ロビーで待つ患者さんは一人もいなかった。

看護師さんや相談に乗ってくれるソーシャルワーカーのスタッフはみなさんとても感じがよく、時間になると一人の看護師さんが伯母を迎えにきて検査に連れて行ってくれた。

伯母が検査を受けている間、私と妻はソーシャルワーカーの女性と別室に入り、家族の目から見た患者の様子について気がついたことを詳しく伝える。

伯母の検査は1時間ほどで終わり、しばらくロビーで待たされた後、家族同伴で医師による診察を受けた。

担当は優しそうな女医さんで、伯母にいくつかの質問をして反応を見ている。

次に伯母を部屋の外に出し、私たちに改めて伯母の状況を質問した。

妻が事細かく問題行動について報告すると、じっと聞いていた先生は、「そうした状況は検査の結果にもはっきり出ています」と私たちに告げた。

先生が下した診断は、私たちが予想していたよりも重いものであった。

「アルツハイマー型認知症および血管性認知症の混合型で、すでに重度です。治療方法はありません」

伯母には「ちゃんと調べて原因が分かれば、最近はいい薬がいろいろあって進行を遅らせられる」と伝えてきたのだが、すでに手遅れだという宣告だった。

特別驚くことはなかったが、一番頻繁に伯母に接触してきた私が「なるべく伯母が望むようにそっとしてあげたい」と見守ったことが、治療できない段階にまで放置する結果となったとも言える。

しかし今日の診断で、もはや伯母が望む自宅での生活は難しくなった。

河田病院では治療はできないが、療養のための入院は受け入れてくれるというので、まずは入院して食事や入浴など基本的な生活ができる環境を整えることがベストだろうと夫婦の意見が一致した。

ただしコロナのため、2回のワクチン接種を終えて10日以上経っていることが入院の条件だそうで、次のハードルはワクチンを打ってくれる医療機関を探すことであった。

伯母のかかりつけ医ではすでに予約枠が一杯になっていて、一度相談した断られた経緯がある。

仕方なく岡山市のワクチン接種の予約サイトにアクセスすると、日付ごとに接種できる医療機関を検索することができ、14日に岡山駅近くのクリニックでの予約を取ることができた。

念のため妻がそうした経緯をかかりつけ医に連絡すると、「明日ならちょうどキャンセルが出たので接種ができる」と言われる。

それはありがたい。

すぐに駅前のクリニックでの予約をキャンセルし、かかりつけ医で明日接種することに切り替えた。

少しずつ伯母の入院に向け、準備が動き出した。

2回目の接種は8月3日、その10日後には入院という運びである。

トントン拍子で話が進み、先の展望が一気に一気に開けてきた。

支払いを済ませて河田病院を出たのは午前11時すぎ。

いつの間にか激しい雷雨が降り始めていた。

病院からほど近い私の実母が住むマンションに立ち寄り、休憩がてら4人で昼食を食べる。

伯母はようやく緊張から解放されたのか、母が用意したお団子を2本ぺろりと平らげた。

私と妻も、今回の帰省の最大の目的を達成して少し安堵した気持ちだった。

重度の認知症と診断された高齢者を一人で放置するという選択肢はない。

伯母がいくら自宅にいることを望んだとしても、まずは入院してもらって、その後のことは時間をかけて家族で考えていくしかないのだ。

今年の「蓮始開(はすはじめてひらく)」は、伯母の介護に光が見えた、そんな記念すべき1日となった。

責任能力

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