<吉祥寺残日録>岡山に遊びに来た孫たちと初めてのバーベキュー #211121

この週末、大阪に住む次男一家が岡山に遊びに来て、3人の子供たちのあふれるエネルギーに圧倒された。

ゆっくりブログなど書いている暇もなかったので、今日は、この2日間何をして遊んだかだけを書くことにする。

土曜日の昼ごろやってきた孫たちは、簡単な昼食を終えるとすぐに庭に出て、スケボーのようなものを始めた。

小学校3年の長女は、狭いコンクリートの部分をスイスイ滑り、上手にクルリと回転する。

上手いもんだ。

「これって、何ていうの?」と聞くと、「リップスティック」という答えが返ってきた。

「リップスティック」とは、前後2枚のボードがパイプで繋がれ、それぞれに車輪が1つずつ付いている進化系のボードでアメリカで大流行した。

韓国で開発された「エスボード」を改良したもので、こうしたボードを総称して「ブレイブボード」と呼ぶらしい。

2ヶ月ほど前から練習を始めたというが、子供は飽きるまで毎日やるので上達も早く、正直呆気にとられて眺めるばかりだった。

続いては、庭でサッカー。

物干し台をゴールに見立て、今度は3歳の末っ子も加わってみんなでワイワイ、「じいじもやろう」と誘われて久しぶりにサッカーボールを蹴った。

しばし庭で遊んだ後は、お墓参り。

お墓の近くに咲いている花を各自摘んで、お墓に供えて小さな手を合わせる。

墓参りの後は、我が家が所有する畑を次男夫婦に見せて場所を覚えてもらう。

私に万一のことがあった時、誰もどこが我が家の農地なのかを知らないと困ると思い、グーグルマップに畑の位置をマーキングしたものを渡して次男夫婦に主要な畑を教えた。

一度見ておくと、何も知らないのとは全然違うだろう。

子供たちも一緒についてきてのだが、途中で歩けなくなってぐずったり、おんぶしてもらったり、やはり子育ては大変だと今更ながらに痛感させられた。

ぐるりと畑を巡った後は、家の前のブドウ畑に残っていた季節外れのブドウを全部収穫。

形ばかりのブドウ狩りを楽しんだ。

ブドウ狩りの後は、柿狩り。

先月、私が必死で収穫した柿の木にはまだたくさんの柿の実がなっていて、それを次男一家総出で摘み取ってくれた。

次男が脚立に登り、高い場所にある柿の枝を切り、それを孫の長女と次女が地上で受け取って、枝から柿の実を切り取っていく。

脚立でも手が届かない高い位置の柿は、高枝バサミで挑戦する。

次男が高枝バサミの先端を狙いの枝に噛ませると、孫の長女と次女が交互にグリップを握って枝を切る。

上手く切った枝がつかめればいいのだが、柿は重いので、かなりの確率でつかみ損ねて柿の実が落下する。

それをブルーシートを広げて受け止めるのが私と次男のお嫁さんの役目である。

それでも、みんなでやると作業が捗り、枝にぶら下がっていた大量の柿がみるみる少なくなっていく。

孫たちは初めてやる農作業に大興奮で、取った柿を黙々とカゴに入れたり、ノコギリを使って余分な小枝を切ったりと、新しい遊びを次々に見つけ楽しんでいた。

子供は本当に純粋で、好奇心旺盛。

こうした気持ちを大切に育ててあげたいと思う。

ひとしきり遊んだ後は、車に分乗して岡山市の中心部へ。

まず向かったのは妻の実家で、高齢のひいおじいちゃん、ひいおばあちゃんに会いに行く。

とはいえ、まだコロナのこともあるので、ごく短時間挨拶しただけ。

末っ子の男の子はとても恥ずかしがり屋で、ずっとお母さんのお尻の後ろに隠れたままで、そのおどおどした姿がまた愛らしい。

その日の夕食は、私の母が暮らすマンション近くの焼肉屋へ。

母も参加して個室での賑やかな会食となった。

ここでも子供たちのパワー全開で、うるさいうるさい。

孫の次女と末っ子がふざけて顔をくっつけて遊び始める。

いつも静かに一人暮らしをしている母には久々の大騒音だったようで、終始子供たちのパワーに圧倒されている様子だった。

こうして一瞬たりと休憩することもなく、初日が終わった。

そして2日目の今日、市内のホテルに宿泊した次男一家が来る前に私は庭で準備をしていた。

伯母が使っていた縁台を納屋から引っ張り出し、その周りに椅子を並べる。

食卓の準備である。

テントと小さな折り畳みの椅子は、先日亡くなった「片上の叔母ちゃん」の香典返しのカタログから選んだキャンプ用品だ。

このキャンプセットには、簡単なバーベニューコンロも付いていて、今日のランチはこれを使ってバーベキューを初体験することになったのだ。

高校時代山岳部だった私も、こんなバーベキューコンロを使うのは初めてで、朝からスマホを頼りに火の付け方や炭の処理方法などを勉強した。

炭は伯母が納屋に置いているのが見つかったが、果たしてどうやってこれに火をつけるのか?

私はホームセンターで、バーベキュー用のライターとジェル状の着火剤を購入した。

最初、いくつかの炭に着火剤を塗って、ライターで点火、これが種火となる。

そしてもう一つ、こんなブリキの容器も買ってきた。

これはバーベキューをした後に、燃えている炭を消化するための容器であり、同時に火起こしにも使えるという優れものだ。

種火となる着火剤をつけた炭数個に火をつけ、上からたくさんの炭が入った「火起こし器」をかぶせる。

これによって、種火の火が上に上がり、火起こし器の中の炭に火をつける。

炎や煙が収まり炭が白くなれば調理開始だ。

ソーセージやサツマイモ、とうもろこし、しいたけ、エリンギをコンロ上に並べる。

通常の台所と違い、どのくらい火を通せばいいのかよくわからない。

適当に焼いてお皿に取り、縁台を使った”食卓”へ運ぶ。

これはなかなか美味しそうだ。

妻が台所で調理した焼きそばも運ばれてきて、初めてにしては結構賑やかな食卓となった。

私がコンロの炭と格闘している間、孫たちは知り合いに柿を送るための箱作り。

伯母が納屋に置いていたブドウを出荷する際に使う段ボール箱を折る。

長女も次女も予想以上にこの作業を面白がり、特に長女の方は器用に幾つもの箱を作った。

そこに先ほど収穫してきた柿の実を詰めて、お嫁さんのお母さんやお姉さんの家に送るという。

その後は、謎のスペースがいっぱいある古民家をフルに使っての「かくれんぼ」。

私は地の利を活かして絶対に見つからない場所に隠れたため、鬼役の孫たちはなかなか私を見つけることができなかった。

タンスの影に隠れた末っ子はとてもドキドキしているのが手に取るようにわかり、私も幼い頃、かくれんぼですごくドキドキしたことを思い出す。

そうして様々な遊びを堪能した孫たちだったが、3歳の末っ子はすぐにゲーム小僧に変身し、一人テントの中にこもってゲームボーイに熱中していたりもする。

デジタルネイティブ、生まれながらのデジタル世代。

まだ幼稚園入園前の幼児がゲーム中毒になるなんて、今では至って普通のことなのだろう。

こうして怒涛の如き次男一家は、「また遊ぼうね」と大声で手を振りながら、午後3時過ぎに大阪の自宅に向けて帰っていった。

疲れたが楽しい2日間。

孫と遊ぶのが楽しくなるというのも、きっと老化の現れなのだろう。

でも、楽しければそれでいい。

できることならば、こうした時間の中から、孫たちが将来の糧となるような生活力を身につけてくれれば・・・そんなことを考えた「じいじ」であった。

5人目の孫

コメントを残す