<吉祥寺残日録>ブログのメンテナンスをしながら2021年を振り返る #211228

今日は朝からずっとパソコンの前に座って、ひたすらブログのメンテナンスを続けている。

今年5月に姉妹サイト「旅したい.com」を閉鎖し、その記事を「吉祥寺@ブログ」に統合したのだが、記事を転載する際に写真がうまく移行されていなかったことに気づいた。

すでに「旅したい.com」は消滅しているので、今更移行手続きをやり直すこともできず、仕方なくハードディスクに保管している昔の写真を引っ張り出して一つ一つ嵌め込んでいるのだが、これがなかなか骨の折れる作業なのだ。

たとえば2016年のカナダ旅行の記事。

たくさんの写真の中からどの写真を使っていたのか特定するのは簡単ではない。

おまけに、ハードディスクの中に保管してあるはずの大切な写真が一部消えていたりして、やはりハードディスクはあてにならないということに愕然としたりした。

<きちたび>カナダの旅 2016 バンクーバー編④〜多文化国家を実感!バンクーバーの夕日と虹色の横断歩道

それでも何とか、それらしい写真をはめて記事を再生した。

このブログに残しておけば、将来写真や記事を探し出すのが圧倒的に容易になる。

他にも、フィンランドやアイルランド、香港やタイなどの記事も復元した。

私の長男はプロのウェブデザイナーとしてもう20年ほど仕事しているのだが、こうしたサイトのメンテナンスの仕事というのは記事を書く以上に疲れることを知り、長男の健康が心配になった。

メンテナンス作業はまだ終わっていないが、単調な作業に嫌気がさし、今年の初めに書いた記事などをいくつか読み返してみた。

今年1月、2度目の緊急事態宣言が発出され、私は吉祥寺から一歩も出ることなく1ヶ月間を暮らしていた。

その頃書いた記事の一つに、【七十二候「水泉動(すいせんうごく)」に考えるステイホームの過ごし方】というのがあった。

<吉祥寺残日録>トイレの歳時記❄️七十二候「水泉動(すいせんうごく)」に考えるステイホームの過ごし方 #210110

女性ミュージシャンの「yama」とボーカロイドプロデューサーの「くじら」という見ず知らずの2人がコロナ禍で一度も会うこともなく作ったオリジナル楽曲「春を告げる」が、音楽配信サイト「Spotify」の「バイラルトップ50(日本)」で1位という話に触発され、私はこんなことを書いていた。

そうなのだ。

今は動けなくても、いつか必ず自由に動ける時は来る。

「水泉動=しみずあたたかをふくむ」。

凍っていた泉が解けだすように、今は将来のために静かに栄養を蓄える時なのだ。

焦らず、今できることをやればいいのだ。

良質なテレビ番組や映画をたくさん見て、本を読んで、あれこれ自分の頭で考えて、いつか自由に行動できるようになった時に何をしたいか、たくさんのアイデアを練るいい時期なのである。

引用:吉祥寺@ブログ

<吉祥寺残日録>吉祥寺に引っ越してから5年!これからの人生で大切にしたいこと #210214

そして2月、【吉祥寺に引っ越してから5年!これからの人生で大切にしたいこと】という記事では、伊能忠敬の「隠居」話に触発されていた。

江戸時代の「隠居」は、現役時代に金銭を稼いだ人だけがなれる、憧れのポジションだったと言うのだ。

『家産は、家督を譲る時に譲らなければならないが、その時に「隠居料」を取っていた。隠居料というのは権利で、その人が稼いだ額を基準に相談で決まった。現代と違って江戸時代は、スゴロクのあがりが「隠居」で、それぐらい隠居は憧れの的だった。隠居は年寄りでなくてもできて、30代で隠居する人もいた。』

伊能忠敬だけではなく、歌川広重も、松尾芭蕉も、井原西鶴も隠居となってから活躍し、江戸の文化を作ったのだという。

実に興味深い話である。

私もどうせなら、江戸時代の『隠居』を目指そう!

吉祥寺生活6年目、また新たな目標が生まれた。

引用:吉祥寺@ブログ

<吉祥寺残日録>365日連続で『残日録』を書いて、今日63歳の誕生日を迎えた #210302

そして3月、私の誕生日に書いた記事。

マラソンの日本新記録をマークしながらオリンピックには出場できない鈴木健吾選手の話に絡めて、63歳になった心境を書き残していた。

欲を言い出せば、キリがない。

運命を呪っても、仕方がない。

人の評価を気にするのではなく、自分自身が納得できる生き方を貫いていれば、心の中はいつも満たされているだろう。

そんな生き方を心がけていこうというのが、63歳になった私の目標である。

引用:吉祥寺@ブログ

<吉祥寺残日録>トイレの歳時記🌸七十二候「虹始見(にじはじめてあらわる)」に知る鴨長明の「ひとりを愉しむ極意」 #210414

4月に書いた【七十二候「虹始見(にじはじめてあらわる)」に知る鴨長明の「ひとりを愉しむ極意」】。

書いたことさえ忘れていたが、読み返してみてこれはぜひ覚えておきたいと思った極意だ。

下鴨神社の神事を司る禰宜の家に生まれた鴨長明は神職としての出世の道が絶たれ、出家して「おひとりさま」暮らしを始める。

鴨長明の生き方から学ぶ知恵の第一は「積極的に“ひとり”になれ!」ということ。

長明は鴨川のほとりに一人用の家を建てて住み始める。

和歌の世界を徹底追求し、昔の和歌を学んだり自ら歌を詠んだり・・・。

時には熊野や伊勢に一人で旅に出て、また好きな歌人・在原業平ゆかりの場所を巡ったりしながら、充実した「ソロ活」をして過ごした。

そうした生活が幸いして1201年、後鳥羽上皇が進めた「新古今和歌集」の編纂を始めると、鴨長明は和歌所の寄人に抜擢される。

しかし、充実した和歌所での生活は3年で終わり、長明は再び、世俗を離れ京都・日野の山中に庵を立てる。

これが『方丈庵』である。

広さはわずか5畳ほど。

その狭い小屋の中心に囲炉裏を置き、仏教修養の場と琵琶や和歌を楽しむスペースを別々に設けた。

長明はここで、「心休まる生き方への模索」を始め、あの『方丈記』を執筆する。

「方丈記」には、京都を襲った大火や地震、疫病など当時の天変地異が多く記述されていた。

長明が生きた時代は、公家の世から武家の世に移る激動期であり、多くの不条理が社会を覆っていたのだ。

引用:吉祥寺@ブログ

鴨長明に学ぶ第二の知恵は「不条理を受け入れてみることで見えてくるものがある」。

不条理な現実を受け入れるために書き、やがて長明は新しい人生の標べを見出していく。

ひとりを愉しむ方丈庵での暮らしが気づかせてくれたのは・・・

春は野の花を楽しみ・・・夏はホトトギスの鳴き声に耳を傾け・・・時には山小屋の10歳の子供と連れ立って山歩きを楽しんだ。

願わずわしらず ただ静かなるを望みとし 憂へ無きを楽しみとす出典:鴨長明「方丈記」より

混迷の中、長明が見出した新たな生き方とは、「心静かに生きる」ということだった。

番組の最後、結論となったナレーションはこんなものである。

「ソロ活」を謳歌した鴨長明、人生に降りかかる様々な不条理を前に、「腐らず怒らず、そして心静かに引き受ける」・・・ひとりの時間の中で探し当てた先人の境地です。Eテレ『先人たちの底力 知恵泉』より

鴨長明の生き方を知るうちに、「私と同じじゃないか」と思った。

しらずしらずのうちに、私は鴨長明的「おひとりさま生活」に突入しているのかもしれない。

引用:吉祥寺@ブログ

一年の終わりに、こうして昔のブログを読み直してみる。

所詮は自分の今の心境にぴったりと来る情報だけを受け入れているのかもしれないが、昔から隠居には隠居としての心得があるようで、先人たちの暮らしぶりを知れば知るほど今の生活でいいのだと自信を深めた一年だったような気がする。

夏には、伯母の認知症という事態に遭遇し、私たち夫婦の生活も大きく変わった一年だったが、それを冷静に受け止め自らの楽しみに変える隠居なりのしぶとさは身についてきたように感じる。

時には伊能忠敬のように、また時には鴨長明のように、自らの楽しみを核として来年も心の赴くままに生きていきたいとブログのメンテナンスをしながら考えた次第だ。

<吉祥寺残日録>雨の木曜日、姉妹サイト「旅したい.com」を閉鎖する準備を始める #210514

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