英会話

週末に突然、英会話を習おうと思い立った。きっかけは特にない。ただ突然そう思ったのだ。

パソコンで「吉祥寺 英会話」を検索してみた。いろいろ出てくる。知っている大手の英会話学校はほぼすべて吉祥寺駅近くに教室を構えている。ただ、30万円から60万円ぐらいはかかるようだ。

そんな中、いくつか吉祥寺オリジナルの英会話教室もある。20年とか30年とかここ吉祥寺で営業してきた小規模な学校がいくつかあるようだ。

私にとって英語は屈辱の歴史だ。

中学校の時から英語は苦手だった。5教科の中で常に英語が足を引っ張った。なぜ英語が苦手だったのか今でも理由はわからないが、高校を卒業するまでに、英語に対する苦手意識は不動のものとなった。

大学に入ると、英語は必修だったが、学生の間で「チョンボ」と呼ばれる英語のクラスがあった。出席さえすれば必ず単位をくれるやさしい先生だった。私は迷わずその先生のクラスを選んだ。だから英語はほとんど勉強していない。

大学2年の時、先輩に誘われてインドに行った。生まれて初めての海外旅行。インドは曲がりなりにも英語が通じる国だ。インド人は英語で話しているのだが、さっぱり分からない。ただでさえ、英語が出来ないのに彼らの英語と来たら・・・。知っている単語でさえ聞き取ることができない。

大学4年の時、1年休学して中南米の貧乏旅行に出た。今度は一人旅。さすがに少し語学の勉強をしなければメシも食えないと思い、ロサンゼルスの学校に入ることにした。「アダルトスクール」というタダで英語を教えてくれる学校だ。

移民の国アメリカでは、世界中から集まってくる移民たちのために行政が費用を負担して英語を教えてくれる。どのようにしてその学校のことを知ったのか、どうやってその学校の入学手続きをしたのか、今となっては忘れてしまったが、私のような旅行者でもアダルトスクールは受け入れてくれたのだ。英語をしゃべる人間が増えることはアメリカの利益になると考えているのだろうか。

学校はダウンタウンのはずれにあった。二階建ての校舎が複数あったような記憶がある。生徒は、メキシコをはじめとした中南米からの移民が多かったが、ベトナム人(当時はボートピープルとして多くのベトナム難民が流入した)などアジアの人もかなりいた。数は多くなかったが日本人もいた。日本人は移民ではなく、私と同様、タダで英語を勉強しようという虫のいい連中だ。

この学校では、スペイン語も教えていた。私の目的は、これから旅行する中南米の言語であるスペイン語を習うことが主で、英語はついでに習う程度だった。

ロサンゼルスには3ヶ月半ほど滞在し、その間アダルトスクールでスペイン語と英語の勉強を続けた。これが我が人生で一番、英語に時間をさいた時期だったと思う。まだ若かったし少しは英語がしゃべれるようになった。

ひょっとするとこの時が私の英語のピークだったかもしれない。中南米ではずっとスペイン語だったので、英語はそのままフェードアウトしていった。大学6年目の時、アフリカ旅行に行ったが、すべてカタコトの英語でごまかした。乗り物に乗り、宿を確保し、メシを食う。それだけのことが伝われば旅行はできる。本当ならもっといろんな事を現地の人たちと話したかったが、いつも同じような会話だけでそれ以上深い話はできなかった。

会社に入ってすぐ、あるセールスマンにつかまり、英語の学習テープを買うはめになった。当時はカセットテープだった。カセットテープはテキストと一緒に立派な大型ケースに入っていた。こんなケースが20ほどで1セットになり、価格は50万円以上だったと思う。貧乏学生には目のくらむような金額だが、社会人になり気が大きくなっていたのだろう、私はその学習テープを買ってしまったのだ。

その学習テープは私の所有物の中で最高の金額を投じたものとして長い間私の部屋に君臨していた。しかし数本のテープを聴いただけで、私の語学力を高めるのにまったく効果を発揮しなかった。棚に飾ってあるだけでは、身につかないのは当たり前だ。

ただ、英語を身につけたい、英語で外国の人と意見交換したい、そんな気持ちを持っていたのは嘘ではない。そういう強い意欲があったからこそ、50万円もの大金を投じる判断をしたのだ。

会社の仕事で、バンコクやパリに赴任する時も、あえて英語圏でない国を希望した。英語圏の勤務では英語ができることが必須だが、それ以外の国では現地スタッフを通訳として使う人も多かったからだ。外国は好きだが英語が出来ない。そんなコンプレックスを巧みにごまかしながら、何とか会社の業務をこなしてこの年まで生きてきたのだ。

英語は私にとって若い頃から一番のコンプレックスだった。日本語だったら誰とでもどんな話でもできる。しかし、英語になった途端、言いたいことのほんの一部しか相手に伝えることができないのだ。しかも相手の話も何となくしかわからない。まったくわからない時もある。こんなんでは個人旅行は出来てもとてもじゃないが仕事では仕えない。

それならもっと頑張って勉強すればよかったのだが、何度もトライしその都度挫折してしまったのだ。やる気はあった。しかし語学の才能は本当にないのだ。

そんな私が、人生でやり残した課題として英語に取り組むのは悪くないのではないかと思った。吉祥寺の学校なら頑張れば続くにではないかと思ったのだ。語学の習得は継続が何より大事だという。わざわざ電車に乗って通うのではなく、家の近くで気楽に続ける。これはいけるかもしれないと心の声がささやいたのである。

いろんな教室を比較検討した結果、外国人とのマンツーマンレッスンが1回2000円ほどで受けられる「イングリッシュ・ビレッジ」という学校がいいのではないかと思った。吉祥寺駅の目の前の雑居ビルの2階にある。通いやすいロケーションだ。外国人とのマンツーマンと言うのが何よりよい。マンツーマンを売りにした学校はほかにもあるが、比較すると圧倒的に安い。これだ、と思った。

そして今日、会社から戻った後で「体験レッスン」というのを受けてみることにした。一旦家に戻って着替えてから、自転車で出かけた。日本人スタッフからこの学校のシステムの説明があり、いよいよ外国人教師とのマンツーマンだ。

私の相手をしてくれたのはイギリス人の男性だった。先生の質問に答える形で、自分のことを話していく。簡単な質問なので、気楽に話ができた。最近英語をまったく使っていないのでスラスラとはいかないが、言いたいことは伝わっている。時勢や文法は適当でも、難しい話でなければこちらが言おうとしていることは相手に通じる。世界80カ国を旅行し、この程度はできるのだ。ただ、これ以上の話が出来ないので、ちゃんと勉強してみようと思ったわけだ。

イギリス人教師は私の英語力を「中級」と判断してくれた。「話し方は流暢で発音もいいが、時勢や語彙、聞き取り能力に問題あり」との診断だった。

よしこの学校で基礎からビジネス英語を勉強しよう。留学に比べたらずっと安いので、無理せず続けられる。そんなことを思いながら家路についた。

帰宅して妻に話すと予想外の反応が返ってきた。費用が高いというのだ。

マンツーマンで1回のレッスン料が2100円というのはかなり安い。その代わり3万円あまりの入学金はかかる。そのため、この学校でレッスンを始めるためには最初に入学金+10回分のレッスン費、合わせて5万6160円を現金で払わなければならない。妻は5万円と聞いて、即座に「高い」と感じたのだ。

「どうせ続かない」「どうせしゃべれるようにならない」「お金をとられるだけ」妻はそう言った。私が過去何度も英語を勉強すると言い、その都度挫折したのを妻は見ている。まったく信用がないのだ。

私は時間をかけて他社と比較検討したので、この学校が安いと思っているのだが、妻から見れば他社は関係なく、どうせ挫折する英語の勉強に5万円以上払い、しかもレッスンを続ければどんどんお金を取られるのが無駄遣いと感じるのだ。

妻に真向から反論できるだけの覚悟が自分にあるのか。本当に英語がしゃべれるようになるのか。英語が出来るようになったとして、それを使って何をするのか。妻の意見を聞きながら、自問した。

妻はケチだ。だが、その金銭感覚は間違っていない。安易にお金を使おうとする私をいつも妻が止めてくれる。そうして我が家はバランスをとってきた。今回のもう少し考えて結論を出すとしよう。

英語は私にとって本当に鬼門である。

コメントを残す