タイムスリップ

岡山県立博物館に行くためにいつもは通らない「城下筋」という道をレンタカーで走った。

この道を選んだのは深い意味はなかった。しかし、その道で私はまるでタイムスリップしたような錯覚に襲われたのだ。

何十年も意識することもなく生きてきた遠い記憶が突然フラッシュバックする。思い出すこともなかった場所。しかし、夢には時々登場する場所だった。

それはバスターミナルだった。

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宇野バスという岡山県で一番古いバス会社の本社を兼ねたバスターミナル。中学時代しばらくの間、私はこのターミナルを利用していた。

父親の転勤に伴って、親子4人で東京から岡山に引っ越したのは私が6歳の時だった。父の実家で暮らすことになった。当時は西大寺市という地名だった。西大寺は裸祭り「会陽(えよう)」で知られ、岡山市の東隣に位置していた。今では岡山市に合併され、西大寺市は消滅した。

翌年、私は小学校にあがった。「西大寺市立古都小学校」。古都と書いて「こず」と読む。その由来は知らない。1学年1クラス、全校生徒200人ほどの小さな学校だった。農家の子どもがほとんどだったと思う。私は6年間この学校に通い、すっかり田舎の子どもになった。

そして、6年生の時、クラスの中で比較的成績がよかった4人の生徒が先生に連れられて岡山までテストを受けに行った。岡山大学付属中学校の入学試験だ。

私の小学校では、毎年成績上位の生徒たちが付属中学の試験を受けることになっていた。今考えると不思議だが、希望者を募るのではなく、機械的に上位から数人を選び先生が連れて行ったのだ。しかし、過去に合格した生徒はほとんどいなかった。

付属中学の合否は少し変わっていた。成績上位者から順番に合格する通常の試験ではなく、受験生を3つのグループに分け、上位から◯%、中位から◯%、下位から◯%と抽選で選ぶのだ。◯に当てはまる数字を私は知らない。上位グループの方が数字が大きく、下位になるほど数字は小さくなる。しかしゼロではないのだ。試験の成績が悪くてもくじ引きに当たると入学が認められる。

なぜかといえば、付属中学の目的が教師の養成にあるからだ。優秀な生徒ばかりだと、教師になって実際に学校に赴任した時に困るだろうということで、出来の悪い生徒も少し混ぜておこうという大学の親心なのだろう。

そして、私は入試に合格した。試験の成績がそれほど良かったとも思えないので、くじ引きで当たったのだ。古都小学校からは何十年ぶりかの快挙だったようだ。付属中学の先生は私を見るなり「お前が古都小学校の神童か」と言った。私は恥ずかしくて逃げ出したい気分だった。

そもそも私は、同級生たちを分かれて一人で街の学校に行くことに戸惑った。それを希望したこともなかったし、この先どうなるのかとても不安だった。だからなかなか学校にもなじめなかった。

付属中学にはバスで通わなければならない。家から2キロほど離れたところを国道2号線が走っており、そこにバスの停留所があった。バスには30分ほど乗っていたのだろうか。学校の一番近くのバス停で降りても、そこから学校まで歩いて20〜30分かかった。

最初はそうして歩いていたのだが、少し学校に慣れてくると別のルートがあることを知った。バスの終点まで行き、そこから市電に乗り換えて学校の近くまで行くルートだ。こっちの方が断然楽で、市電で通学している友達もたくさんいた。

そうして私はいつも学校の行き帰り、宇野バスのターミナルを使うようになった。

中学生の頃の記憶というのは異常に鮮明なものだ。今でもバスターミナルの構造が頭の中に浮かぶ。ターミナル内部の映像が妙に生々しく蘇ってくる。時々何の脈絡もなく、このバスターミナルが私の夢にも登場する。意味不明な夢の舞台。そこで誰かに追われていたり、そこで何かを探して見つからなかったりとか・・・。

しかし、中学2年の時、我が家は父の実家から出て、岡山市内の官舎に引っ越した。だから、宇野バスを使うこともなくなった。そして、東京の大学に出てからは一度もこのバスターミナルを見ることはなかった。

だから、今回偶然、城下筋を車で走り、バスターミナルの建物を見たのは実に40数年ぶりのことになる。

それにもかかわらず、そのバスターミナルの外観は、私の記憶のまんまだった。40数年の年月が過ぎ去ったとは思えないほど、私の夢に登場するバスターミナルがそのままの姿でそこに存在していたのだ。これは最近にない衝撃だった。

私以外の人にとって、どうでもいい話だということはよくわかっている。それでも、今回宇野バスのターミナルを偶然目にした瞬間、私はタイムスリップする自分を感じたのだ。

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上の写真を見てください。この終戦直後のような外観。まるで映画のセットのようだ。

コンクリート製の建物の周囲に翼のように屋根が張り出している。ここが乗降口になっている。奥にも確かこうした乗降口があったはずだ。そしてコーヒー色をした宇野バスの車体も昔のままだ。懐かしすぎる。

そんなことを思った瞬間、我が思い出の地に似つかわしくない真新しい市電の車両が目の前を通り過ぎていった。

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城下筋をもう少し博物館方向に進むと、もうひとつ懐かしい建物を見つけた。

かつての「中四国農政局」。岡山に戻った後、私の父が長年勤めた役所だ。今、農政局は新しくできた合同庁舎に移り、別の用途になっているようだが、建物は昔のままだ。

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めまぐるしく変化する東京では、こんな懐かしい光景にはなかなかお目にかかれないだろう。やはり地方都市はある意味で偉大だ。街の所々、完全に時間が止まっている場所がある。

多くの人にはただの古くて汚い建物でも、私にとっては、そこは遠い記憶に繋がる「時空の結節点」なのである。

 

 

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