さらばマイカー

ついにマイカーを手放す日がやってきた。

最初に自分の車を持ったのは結婚した直後。もう35年前のことだ。結婚式のご祝儀で小さな車を買った。ホンダのシティー。白色のかわいい車だった。

当時妻が妊娠していた。子どもができたら車も必要だと思った。アパートのすぐ脇に駐車場を借りた。アパートは駅から離れていたため、妻の運転で駅まで送り迎えしてもらう生活が始まった。

長男が生まれると、ベビーバスを後の座席に固定して、その中に赤ん坊を寝かせながらいろんな所へドライブに行った。キャンプにも行った。今考えると無謀だったが、当時の私はまだ若く、休みの日にじっと何もせずに過ごすなどということは耐えられなかったのだ。

吉祥寺から多摩川、さらに荻窪に引っ越した。その間、2台のシティーに乗った。そしてバンコクに赴任。バンコクではトヨタのカローラを買った。今はどうか知らないが1980年代当時には、日本車は高かった。カローラが200万円、日本の倍ほどの値段だった。それでも2年後帰国するため売却したら200万円で売れた。為替の影響もあったのだと思う。

日本に帰国して三鷹に住むことになった。当時人気だったホンダのインテグラを買った。この頃、私は断然ホンダ派だった。「かっこインテグラ」というコピー、今では格好悪いが当時はとても満足していた。2人の息子を乗せて、あちこちに遊びにいった。冬にはスキー用のキャリアやチェーンをつけて雪国に行った。

そしてパリに赴任。パリでは仕事で車を使ったので、会社の車をプライベートでも使っていた。ホンダのアコードだった。これは前任者から引き継いだもので自分で選んだものではない。慣れない左ハンドルのため、引き継ぎ初日にサイドミラーをぶつけた。古いマンションの地下駐車場、入口がものすごく狭かった。

オフィスへも車で通勤した。支局で借りていた駐車場はコンコルド広場の地下にあった。フランス国内の取材は車に機材を積んで高速道路をぶっとばす。そんな日々だった。ベルギーのブリュッセルにあるEU本部での取材も車で行くこともあった。当時はまだ30代半ば、高速を走っていても今のように眠くはならなかった。

帰国して再び三鷹に暮らす。再びインテグラを買う。気に入っていたのだ。ところが三男をひとり連れて下田に泊まりに行き、妻と合流するため箱根に向かう途中、湯が島あたりの山道で事故を起こした。海水浴の疲れが出てカーブの多い山道で居眠りをしてしまったのだ。

ガガガガガガガ・・・・。

突然の激しい振動と衝突音で咄嗟にブレーキを踏んだ。無意識で踏んだブレーキ。もし一瞬でも遅かったら、私も三男も死んでいた。

事故を起こしたのは橋の上だった。ガードレールをなぎ倒し、深い峡谷にかかる橋の上で奇跡的に車は止まった。左の前輪が宙に浮いていた。気が動転する。

ベビーチェアに縛り付けられ眠っていた息子は泣いてはいない。まだ寝ぼけているようだ。

「怪我はないか」。息子の身体を一通り確認する。怪我はないようだ。触っても痛がる様子もない。慎重に息子を車から連れ出す。橋から下を見る。橋からはみ出した車の数十メートル下を川が流れていた。もう少し止まるのが遅かったら、車ごと川に転落していた。

歩行者がいなかったのも幸いだった。ガードレールの補修費は請求されたが、対人被害を出さなかったのは本当にラッキーだった。

事故の音を聞きつけて近所の人が声をかけてくれた。子ども連れなのを知り、家にあがって休むよう言ってくれる。ありがたい。電話もかりて妻に連絡をとり、保険屋にも電話する。レッカー車が迎えに来てくれるのでそのまま動かずに待てと指示される。沼津市内のビジネスホテルも保険屋さんが手配してくれると言う。ここで妻と合流することになった。一安心だ。

息子は事故の瞬間、完全に寝ていたようで怖がるそぶりもない。事故の記憶と言えば、休ませてもらった家でアイスクリームをもらったことと大きなレッカー車に乗ったこと、そしてレッカー車の運転手がくれた飴がすごく不味かったことだと言っていた。トラウマにならなくて良かった。

この事故でインテグラはお釈迦になり、別のインテグラに買い替えた。ところがこの車もすぐに廃車にしてしまう。今度は都内で追突事故を起こしてしまったのだ。立て続けに引き起こした2件の事故のため私の信用はすっかりなくなり、新車の購入を断念。今度は近くの中古車屋でオペルのステーションワゴンを中古で買った。初めての外車ではあるが、この車は最初から調子が悪かった。妻の不満が爆発した。

そして選んだのがカーリースだった。近くのトヨタがカーリースをやっていた。車を所有するのではなく、5年契約でトヨタから車を借りる。月々使用料を支払う仕組みだ。初期費用や税金がかからないため、3年で乗り換えるなら新車を買うより安い計算だ。2年間はしばりがあるが、それを過ぎると別の車に交換することもできる。必要なければ返却もできるのだ。

こうして2007年からおよそ10年間、我が家ではカーリースを続けて来た。車種はずっとマークXだった。妻もこの車が気に入った。若い頃トヨタの車はオヤジ臭いと思っていたが、実際に乗ってみると価格に比してクオリティーが高い。それに私もすでにオヤジになっていた。

年を取るに従って、長距離ドライブにもいかなくなった。年間の走行距離も目に見えて減ってきた。そして去年、吉祥寺に引っ越したのを契機にほとんど車に乗らなくなった。乗る必要がないのだ。ただ2年間の契約期間の間は車を返却することができない。そのため必要のない駐車場を借りて、ただ車を止めていた。あまりに走らないので車のバッテリーが上がってしまったこともあった。そのため、ただバッテリーをチャージするためだけに無意味にドライブするという訳の分からない事態が発生したのだ。

そんなバカバカしい状況もきょうで終わった。三鷹のトヨタまで車を持って行き、返却の手続きはスムーズに終わった。10年間私たちを担当してくれた営業マンともお別れだ。いい人だった。

今後レンタカーを借りることはあるだろうが、東京で車を持つことはもうないかもしれない。ひょっとすると岡山で車が必要になることがあるだろうか。

若い頃は車のない生活など考えられなかった。しかし、今日から車のない生活が始まる。車をなくしてみるとどんな生活が待っているのか、ちょっと楽しみでもある。

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