4月の岡山での生活も1週間が経った。

高野山経由で岡山に入ったのは今月8日。
すでに桜はほとんど散っていた。

畑にある桃も、わずかに花を残すだけ。
プロの桃農家は開花のタイミングで人工授粉などをすると聞くが、花が散ってはもうどうすることもできない。
そんなちょっとタイミングを逸した岡山暮らしだが、花は何も桜や桃だけではない。

タマネギの畑を見に行くと、その周囲を覆うように「ヒメオドリコソウ」が満開である。
「オオイヌノフグリ」も小さな青い花を咲かせていて、そこらじゅうに初々しい生命が満ち溢れている。

そういえば、この春から始まったNHKの朝ドラ「らんまん」にはたくさんの野の草たちが登場する。
神木隆之介が演じる主人公は日本植物学の父と呼ばれる植物学者・牧野富太郎だ。
一度植物に興味を持つと、それまで何気なく見ていた風景がいきなり博物館のように感じられるようになる。
私もコロナ禍の間、井の頭公園で植物観察をした時から植物の面白さにハマっている。

今回私が最もときめいたのは、庭の隅にヒョロヒョロと生えていたこの植物。
植物識別アプリで確かめると「マツバウンラン」と表示された。
調べてみると、アメリカ原産の帰化植物らしく、とても繁殖力が強いという。

早速、何本か摘んできて花瓶に挿して楽しんでいる。
一見ひ弱そうだが、案外丈夫で1週間経ってもまだ枯れていない。
去年はこんな草が生えていることに気づきもしなかったのだから、岡山での暮らしにも慣れ、少し余裕ができたということだろう。

もう一つ、衝撃を受けたのがこちらの黄色い花。
とても馴染みがある植物だが、ほとんどの人は私同様、その花を見たことがないだろう。
この花の正体は・・・ブロッコリー。
収穫を終えてそのまま畑に放置していたところ、留守の間に見事な花園を作ってくれていた。

これは妻にも見せてやらねばと思い、どっさりと摘み取って家に持ち帰る。
家の片付けをしていて見つけたかつて漬物に浸かっていた陶器の瓶に水を入れ、ブロッコリーの花をその中に突っ込んで玄関に飾った。
それを見た妻は感激し、あれから1週間、今も元気に玄関を華やかに演出してくれている。
ブロッコリーの花はアブたちにも大人気で、いつも何匹かのアブが花に集まっている。

とはいえ、伯母から受け継いだ古民家にはまだ花が少ない。
今咲いているのは、収穫できなかったルッコラの花ぐらいだ。
妻はもともとガーデニングが趣味で、子育て中の一軒家でも小さな庭でせっせと植物の世話をしていた。
ただ、岡山の家は東京に比べて庭と畑がべらぼうに広い。
どこから手をつけていいのか戸惑うばかりで、とてもガーデニングを楽しむ余裕はこれまでなかったのだ。

しかし先月、叔母が亡くなったことで妻の心配事が一つ減り、ようやくガーデニングにも意識が向くようになったらしい。
暖かい春の陽気に誘われるように、ホームセンターに行った際、花の苗を買いたいと言い出した。
妻の目に止まったのは、蕾が開き始めたジャスミンの苗木。
少し高かったが購入して、入口の正面、かつて鶏小屋だった古い物置の壁に這いのぼらせるように植え付けた。

マーガレットに似た花も1株買ってきた。
サントリーが開発したハイブリッド品種で「マックスマム」という名前らしい。
二人とも白い花が好きなので、玄関を出てすぐの庭先の一番目立つところに植えた。
その近くには朝顔のタネ、隣の家との境や裏庭にも朝顔を這わせるようにタネを蒔いてみた。
そういえば、鶏小屋の前には夕顔のタネも蒔いたのだが、工事の人が出入りする際に何度も踏んだらしく靴底の跡がはっきりとついていた。
果たして発芽するかどうかはわからないが、それはそれで楽しみでもある。

古民家の庭には、「小庭」と呼ばれる和風の一画があるのだが、そこには妻の提案でギボウシの苗を植えることにした。
日陰でも育つギボウシは葉も花も美しく、私もすぐに賛成した。
ギボウシにもいろいろな種類があって、私たちが選んだのは「ホスタ」という英国風ガーデンでお馴染みの品種だった。
もう少ししてアジサイの苗が出回るようになれば、小庭に1株、お気に入りのアジサイを植えることでも妻と合意している。
こうして少しずつ、私たちの庭づくりをスタートしたのだ。

以前、60歳を過ぎてから庭づくりを始め、イギリスを代表する素晴らしい庭を作り上げた女性のお話をテレビで見たことがある。
私たちは東京と岡山の往復でそこまで庭づくりに生涯をかけることはできないが、なるべく楽をして、じっくり時間をかけ、季節ごとに違う表情を見せてくれる心休まる庭ができあがれば、それはそれで一つの目標となるだろう。
まずは1年間、この庭の変化をじっくりと観察することから始めよう。
そして少しずつ、タネを蒔いたり苗を植えたりしながら、私たちの庭を作る、そのプロセスこそが何よりの楽しみになりそうである。