東京での用事を全部片付けて、再び岡山に戻ってきた。
今回は妻は東京に残り、私一人での帰省である。
と言っても、前回岡山を離れたのは先月の29日のことなので、ほんの1週間ほど留守にしたに過ぎない。

先月、妻が猛烈な執念を燃やして草むしりをしたブドウ畑は、1週間の間に少しだけ草が生え始めていた。
植物たちにとって梅雨の時期は最も旺盛に成長する時期。
それは野菜や果実だけでなく、雑草と呼ばれる植物たちも同様である。
岡山は昼ごろから雨が降り始め、今日は畑の様子を見にいく時間もなかったが、今月の滞在中、草刈りが重要なミッションとなることは間違いない。

先月、ブドウのタネを無くすために行ったジベレリン処理だが、結局途中で時間切れとなり処理しないまま東京に戻ることになった房もある。
ジベレリン処理をしたピオーネの房は粒がひと回り大きくなっていた。
わずか1週間といえども、この時期の1週間は植物の成長にとってとても重要な1週間であり、ちょっと目を離すとびっくりするような変身を遂げる作物もあるのだ。

嬉しい変化もあった。
先月畑に直播したトウモロコシのタネが発芽せず、諦めてポットに新しいタネを蒔いてから東京に帰ったのだが、そのトウモロコシがポットの中で発芽していた。
ポットでの栽培は水やりが重要なのだが、幸いなことに留守中岡山でも雨の日が多かったようで、それがタネの発芽には好都合だったようだ。
予定よりは半月ほど遅くなってしまったが、近日中にこの発芽した苗を畑に植え替えることにしよう。

さて、このように岡山に戻るとさまざまな作物の変化が気になって仕方がないのだが、実は今日、想定外の事態が私を待っていたのだ。
羽田空港から母に電話してこれから帰るので昼ごろマンションに寄ると伝えると、母が珍しく助けを求めた。
朝から膝が痛くて立ち上がるのにも苦労しているという。
聞くと2週間ほど前から膝に違和感があったらしく、昨日街中に出かけた疲れが出て今朝から急に悪化したようだ。
症状から判断して診てもらうとすれば整形外科なのだが、母はこれまで整形外科のお世話になったことがなくどこに行けばいいかわからないというのだ。

私はネットで母のマンション近くにある整形外科医を探した。
いくつかある中から「たかとり整形外科」を選び、岡山空港に着いてすぐ電話をかけてみると、午前中の診察は12時半まで受け付けているという。
時計を見るともう11時半を回っている。
これから母をピックアップして12時半までに整形外科にたどり着けるだろうか?
半ば諦め気分で母に電話をかけ、とりあえず健康保険証とお薬手帳を用意するように伝える。
幸いなことに道は意外に空いていて、なんとか12時20分すぎに受付に滑り込んだ。

午前中の診察時間の最後だったことが幸いしたのか、あまり待つこともなく母の名前が呼ばれた。
レントゲンを撮り、医師の診察を受ける。
膝に水が溜まっているようだと、医師は母の膝に溜まっていた水を抜いてくれた。
母によれば濁りのないきれいな水だったという。
そして貼り薬と鎮痛剤を処方され1週間後に再び経過を診てもらうことになった。
すぐに痛みが消えたわけではなかったが、とりあえずお医者さんに診てもらえたことで母は安心したようで、表情が明るくなりいつもの母に戻っていた。
こういう時、一人暮らしはやはり心細いのだろう。

たかとり整形外科は偶然、私たちが行きつけの中華料理店のすぐ近くだったので、母を連れちょっと遅めのランチを食べる。
母はいつも通り「エビとレタスのチャーハン」を注文し、私は「麻婆豆腐定食」を注文した。
中国人夫婦が営む「大福園」という名のこの店は何を注文してもハズレがない。
母もすっかり元気になり、いつものようにチャーハンの半分を私が食べることになった。
マンションに戻る途中にあるドラッグストアに立ち寄り、母は念のためにおむつパッドを購入した。
少しずつ老いを意識しながらも、できるところまでは自分の力で今の暮らしを維持したいという母。
我が家の年寄りの中では一番元気だった母にもいよいよ身体的な問題が起きようとしている。
ちょうどタイミング良く私が帰省する日でよかった。
「そろそろベッドにしたら」
ここぞとばかりにベッドを買うことを提案する私に、今も布団を敷いて寝ている母は頑固に拒否の姿勢を貫いた。
母ももう90歳、いつまで今の一人暮らしが続けられるか・・・これまで以上に注意深く見守っていかねばならないと感じた一日であった。
<吉祥寺残日録>岡山二拠点生活🍇 来年90歳を迎える一人暮らしの母、元気なうちに訪問ケアサービスを始める #221119