<吉祥寺残日録>定年後を考える😄 会社を辞めて2年!私が見つけた「幸せな隠居生活」を築くための『10の習慣』 #220701

今日から7月。

記録的な猛暑が続いた6月がようやく終わり、私は再び岡山に向かっている。

認知症で入院している伯母をグループホームに引っ越しさせるというあまり気の進まないミッションが待ち受けているのだ。

しかし、心は以前ほどざわつかない。

年老いた親たちの最期は、プロの手を借りながら私たち夫婦が引き受けると覚悟が決まったからかもしれない。

38年間勤めたテレビ局を辞めてから、今日でちょうど丸2年となった。

50代の後半から少しずつ定年後の生活をイメージして準備してきたこともあって、特に戸惑ったり退屈することもなく、「幸せな隠居生活」に移行することができたと自分では満足している。

本屋や図書館を覗くと「定年後」や「シニアライフ」について書かれたハウツー本がたくさん置かれ、第二の人生をどのように歩めばいいのか迷っている方も多いに違いない。

私自身、会社を辞める前に想像していたことと実際に辞めた後の感じ方では多少の違いがあった。

そのため、この2年間私なりに試行錯誤してきて、良かったと感じている「習慣」について、今日はブログに書き留めておこうと思う。

70歳になった時、80歳になった時、歳をとるごとに私の考えも変わっていくかもしれないが、今現在64歳の私がこれから定年を迎える方々にアドバイスしたい『10の習慣』である。

習慣1:スケジュール表を真っ白にしてみる

サラリーマン時代は月の残業時間が100時間を超えることもザラで本当に忙しかったが、私自身はその忙しさを楽しんでいるようなところもあった。

スケジュール表が埋まっていないと妙に不安になり、自ら予定を作ってその空白を埋めたりしたものだ。

だから、会社を辞めても私は絶対何か新しいことを始め、家にじっとしていないだろうと勝手に想像していた。

しかし辞めた時期がちょうどコロナ禍の絶頂期で人と会うのさえためらわれる時期だったこともあり、会社を辞めた後の柱となるはずだった海外旅行にも行けず、意図したわけではないがスケジュール表が真っ白になったのだ。

今にして思えば、これが本当にラッキーだった。

もしコロナがなくそのまま第二の人生に飛び込んでいたら、私は迷うことなく海外旅行三昧の日々に突入していただろう。

でもそれって現役時代と変わらぬ延長線上の生き方であり、先々まで行きたい旅行の予定を詰め込んでしまって、新たな生き方を考えたり頭の切り替えをするチャンスを逃していたかもしれない。

これから会社を辞める人に贈りたいアドバイスの第一は、まずスケジュール表を一旦真っ白にしてみて、自分がそれに耐えられるか、その時何を感じるかを味わってもらいたいということである。

何のスケジュールもないことに耐えられない人もいるし、意外に平気だと感じる人もいるだろう。

実験の結果、私は明かに後者だということがわかった。

むしろ、サラリーマン時代には感じたことのない「解放感」、「本当の自由」のような感覚を味わった。

だから、新たな居場所を求めて無理に動き回ったり、わずかな収入のために仕事を探したりすることはやめようと決めたのだ。

スケジュール表が真っ白な状態が耐えられないと思った人は、仕事でもボランティアでも何か時間を潰す何かを探すなり、友人を誘って楽しい時間を創造するなり、足掻いてみればいい。

でも私は、第二の人生で大切なのは群れることではなく、真の自分と向き合うことだと思っている。

現役時代の価値観を完全に切り替えることができた人の方が、幸せな隠居生活を送れる可能性が高いというのが、今の私の感じていることだ。

習慣2:その日やりたいことを“ひとり”でやる

スケジュール表が真っ白になると、自分は何を考え、何をするのだろう?

これって現役時代にはなかなか予想がつかないことだ。

私もそうだった。

でも実際に会社を辞めて毎日自由に時間を使うことができるようになると、自然とやりたいことが見つかって退屈することなど一度もなかった。

誰もがそうかどうかはわからないが、これまでほとんど目を向けてこなかった身の回りの自然や世の中の仕組みがとても新鮮に感じられ、日々が楽しくなったのだ。

この感覚、昔どこかで味わったことがあるなと感じた。

そうだ、まるで学生時代に戻ったみたい、そう感じたのだ。

私の人生で最も楽しかった大学生の頃、授業にもほとんど出席しなかった私は、所属していた学園祭の仲間たちとつるんでその日その日を適当に、でもとても刺激的に過ごしていた。

高校時代までは親や学校の管理下で、常に出された課題に追われる毎日だったが、大学に入って一人暮らしを始めると何から何まで新鮮で世界が一気に輝き出した気がした。

コンサートのチケットを売り歩いたり、初めての海外旅行でインドに行ったり、さらには留年してラテンアメリカを放浪したり・・・。

ところが、サラリーマンになるとそうはいかない。

会社に決められた時間に出社し、興味のないことでも仕事なので一生懸命調べものをしたり、雨の中でさして関心もない取材対象者を長時間待たねばならないこともしばしばだった。

それでもテレビ局の仕事は普通の会社よりはずっと刺激的だったので、飽きっぽい私でも何とか続けることができたのだが、もうこれからは自分に興味のないことに時間を奪われる必要はなくなったのだ。

自分がやりたいと思ったことだけに時間を使うことができる贅沢。

「これって最高じゃん」と私は思うのだが、やりたいことが見つからないという人が世の中には結構いるらしい。

そんな人でも、まずはスケジュール表を真っ白にして、その日の朝にやりたいと思ったことをとにかくやってみよう。

近所の散歩でもいいし、電車に乗って知らない街をぶらぶらして素敵なカフェでコーヒーを飲みながら道ゆく人を眺めてもいい。

本を読んでもいいし、昔のアルバムを整理してもいいし、ネットフリックスで見たい映画を片っ端から見てもいい。

何をしてもいいのだ。

ただここで重要なのは、「ひとり」でできることから始めること、最近の流行り言葉で言えば「ソロ活」である。

暇になるとすぐに誰かに声をかける人もいるが、それでは真の自分に向き合うことができない。

会社を辞めてから少なくとも数ヶ月間は意図的に人と交わらず、真っ白なスケジュール表を眺めながら自分が何をしたいと思うようになるか、じっくり自分を観察してみるといい。

現役時代には「自分がやりたいことがわからない」と思っていた人でも、案外自然に興味の対象が見つかるかもしれない。

配偶者がいる人は、二人でできる「やりたいこと」が見つかればそれはそれで素晴らしいが、無理やり配偶者を巻き込んだり配偶者に依存したりするのは絶対にやめた方がいい。

しばらく試してそれでもやりたいことが見つからなければ、暇そうな友人に声をかけて遊んでもいいし、仕事を探して現役時代に近い生活に戻ってもいい。

どんな道を選ぶとしても、人それぞれ、その人の人生だ。

誰だって、自分がいちばん居心地がいいと思える道を歩めばいいのがシニアライフの醍醐味なのだ。

それでも「ひとり」でできるやりたいことが見つかれば、隠居暮らしがもっと豊かで幸せなものになることは間違いないと私は思っている。

習慣3:暮らしと身体をダウンサイジングする

会社を辞めると、サラリーマン時代に比べて当然収入は減る。

私の場合は年金制度の過渡期世代で、63歳から年金を一部受け取ることができたが、これからの人たちは65歳にならないと年金をもらうこともできない。

さらに年金だけで暮らしていくのもなかなか大変なので、「老後資金2000万円」という話題が世の中を騒がしたりするわけだ。

実際、幸せな隠居生活を考えるうえでお金の問題は避けては通れない。

そのためにまず取り組むべきは、現役時代の暮らしを見直して徹底的に「ダウンサイジング」することである。

これはリアイア関連本の多くで指摘されているので目新しくはないが、とても重要なので私もオススメしたい。

私も、妻に尻を叩かれながら我が家の「ダウンサイジング」に取り組んだ。

正確にいえば、会社を辞める5年ほど前、50代後半から少しずつ暮らしを小さくしていったのだが、その大きな転機となったのが、三鷹の一戸建てから吉祥寺のマンションに引っ越したことである。

バブル時代に購入した建売りの一戸建ては小さいながら部屋数があり小学校も近かったため3人の子供を育てるうえでは便利だったが、子供たちが全員家を離れ夫婦2人だけの暮らしとなれば街中のマンションの方が適していると考えた。

吉祥寺のマンションは、不動産不況だった2005年ごろに全額ローンで衝動買いした物件で、それから10年以上賃貸に出して家賃収入でローンを返済してきた。

妻とは冗談半分で「老後の住処」などと言っていたが、貸していた若夫婦が近隣と騒音トラブルを起こしたのをきっかけに私たちが吉祥寺に引っ越し、代わりに三鷹の家を人に貸すことになったのだ。

マンションは一戸建てに比べ収納が少ないので、引っ越しの段階でかなり思い切って不要物を整理した。

私にとって大きな決断だったのは、本やCD、そして自動車の処分。

食事や衣服などにはもともと執着はないが、愛着のある本やCD、マイカーの類を手放すのはかなりの葛藤があった。

それでも本は図書館で、CDは音楽配信で代用し、自動車は駅近の暮らしに慣れるに従って不要だと思えるようになった。

会社を辞めた後は固定電話も解約し、その代わりに携帯電話をワイモバイルのかけ放題プランに変えてみたが、シニアプランだと予想以上に料金が安く、我が家の通信料は格段に安くなった。

末っ子が就職した段階で生命保険も見直して、掛け捨ての一番安いものに変更した。

サラリーマン時代ずっと通っていたスポーツクラブもやめ、代わりに井の頭公園を走ったり無料のアスレチック施設で運動をするように変えたが、これも全く問題なかった。

仕事での会食や飲み会がなくなったおかげで体重はこの2年で10キロほど減り、暮らしだけでなく身体の方も「ダウンサイジング」することができた。

ついでに言えば、吉祥寺に引っ越した頃から人脈の「ダウンサイジング」も始めていた。

「誘われれば行くが自分からは誘わない」という方法で人づきあいを徐々に減らし、年賀状やお中元・お歳暮も思い切ってやめて、不義理にならない範囲で意図的に人脈を狭くしていったのだ。

これによって固定費だけでなく飲食費や衣料費などの支出も大幅に減り、スムーズに隠居生活に入ることができた気がしている。

スケジュール表が真っ白になって何もやることがないという人は、まずは暮らしや身体の「ダウンサイジング」から始めてみたらどうだろう。

習慣4:月末には夫婦で口座残高をチェックする

会社を辞めると、我が家の収入は年金と三鷹の家の家賃収入ということになった。

この収入でやりくりできるかどうか正直見当がつかなかったが、辞めたのがちょうどコロナ禍だったこともあり、当初考えていた旅行に行くことができなかったのは今から思えば幸いであった。

2020年はほとんど電車にも乗らず外食もせず、妻と二人で家に引きこもって暮らしていたため、何も特別なことをせずに普通に暮らした場合の支出が見えてきたのだ。

会社を辞めて数ヶ月後に始めたのは、毎月月末に、持っている銀行口座の通帳をすべて記帳して残高をチェックし表に記録することだった。

毎月1回、妻と一緒に我が家の家計をチェックするようになると、意外なことが発見できた。

現役時代に比べて収入が減ったにもかかわらず、残高が少しずつ増えていたのだ。

つまり、何も特別な支出がなく家でただ普通に暮らしているだけならば、年金と家賃収入だけで十分暮らしていけるということがわかったのである。

これは私たちにとって、とても大きな安心材料となった。

妻はもともとケチで無駄なお金を使わない人なので、ルーズな私が家に引きこもり、ひとりで何かをシコシコやっているだけであれば、新たな収入を得るために働いたり下手な投資に手を出す必要がないということが証明されたわけである。

2021年に入ると、岡山に住む親たちを見守るため毎月帰省するようになり現地で車を買ったり出費が増えたが、それでも会社を辞めた時の残高はまだ維持されている。

こうして隠居暮らしのベースとなる家計の状況が見える化できてくると、どのくらいの金額を旅行に使えるかというイメージが掴め、妻を説得するための材料としても使えるようになる。

だから、月末の口座残高を夫婦で毎月チェックして記録することを、これから隠居暮らしに入るみなさんにもぜひオススメしたいのである。

習慣5:若いころ好きだったことはシニアになっても楽しい

やりたいことがすぐに思い浮かばないという人は、子供の頃や学生時代、若い時に興味があったことを片っ端から思い出してみるのがいい。

昔のアルバムを引っ張り出して、眺めているといろいろヒントが見つかるものだ。

私の場合は、旅行、映画、祭り、世界平和といったキーワードがすぐに浮かんでくる。

だから、コロナが終息したら旅行をこれからの人生の柱に据える計画に変更はない。

ちょっと意外だったのは、若い頃から苦手だったことが逆にやりたいことに変わるということ。

私の場合で言えば、英語だ。

中学以来ずっと英語の成績は最低で、会社勤めをしても海外特派員を経験しても強い英語コンプレックスを抱いたまま生きてきた。

何度も思い立って英語の勉強を始めてみても、長く続くことはなく英語は今もって身につかなかった。

でも本当は英語が自由に話せて、外国の人たちともっと本音で語り合ってみたいという願望は強く持っている。

隠居生活に入り時間がいくらでもあるのだから、今度こそじっくり時間をかけて英語を勉強してみたい、そんな想いが自然と芽生えてきたのである。

また歳をとると、自分のためよりも他人のために何かをしたいという気持ちが強くなる。

親たちの見守りを始めたのもそうだが、そんな気持ちを持って街をぶらぶらしていると、実はそこらじゅうに助けを求めている人がいることに気づく。

本格的にボランティア活動に従事すると責任が生じたりシフトに組み込まれたりして自由が失われてしまうので、私は無理なく自分ができる範囲で人様のお役に立つことをお手伝いすることにしている。

人生の終わりが近づいた時、やり残したと後悔するのを少しでも減らすために、やりたかったけど苦手だったことや人助けにチャレンジしてみるというのも、第二の人生を豊かにする秘訣だと思う。

習慣6:自分のためにブログを書く

毎日ブログを書くことは今、私の隠居生活の中核を成している。

ブログを書き始めたのも吉祥寺に引っ越したことがきっかけで、もの忘れが激しい自分の記憶補助装置として軽い気持ちで始めたものだ。

会社を辞めてからは、日課として1日1つは記事を投稿することを自分に課している。

どんなにボーッと暮らしていても、頭の中では常に何かを考えていて、本を読んだりテレビを見たりしても「面白い」と思う情報や言葉に出会う機会は非常に多い。

しかしどんなに「面白い」と思っても、もう翌日にはすっかり忘れ去って別のことを考えていたりするのが人間だ。

だから記録する。

その日感じたり考えたことを書き残すことが習慣化すると、いつの間にか膨大なストックが溜まり、自分だけのデータベースができあがる。

昔ながらに紙の日記をつけてもいいのだろうが、ブログの最大の利点は検索機能があることなのだ。

キーワードを入れて検索すると、過去に自分が書いた関連の記事が瞬時に表示される。

そんな記事を書いたことすらとうに忘れているものがほとんどだが、改めて読んでみるとこれが案外面白い。

もともと自分が面白いと感じたことだけを書いているのだから、時間が経過してもそこに書かれた情報や言葉は自分にとって興味がある対象ばかりなのだ。

もう一つ便利なのは、「あれ、いつだったっけ?」「あの薬、何ていう名前だったかな?」と過去の記憶を呼び戻したい時、ちゃんとブログに書いてさえいれば検索機能ですぐに調べることができる。

「この店、前に来た時何を注文したっけ?」なんていう超プライベートな疑問にもすぐに答えが出る。

正直な話、脳がどんどん衰えていくシニアにとって、自分のためにブログを書くということは本当に有益だと思う。

ただし、ポイントは「自分のために書く」ということだ。

一般的にブログは人様に読んでもらってたくさん「いいね」をもらったり、副業としてお金を稼ぐことを目的に始める人が多いが、そんなことを考えると、自分が書きたいことではなく他人が興味ありそうなことを想像しながらマニュアルに沿って書かねばならなくなる。

これではまるでライターの仕事のようで、アクセスが増えなければ逆にストレスになってしまう。

そもそも人様を喜ばすには才能が必要で、そんなことであれこれ悩んで書くのはちっとも楽しくない。

もちろんブログではなく手軽にSNSにその日あったことを記録するだけでもいいのだが、情報量が少ないので後で読んだ時に物足りないと私は考える。

自分が面白いと感じた記事や番組があれば、その詳しい内容を自分の感想とともに書き残しておく。

そうすれば、元の記事がネット上から削除されても、自分にとって将来も使える情報源となるのだ。

会社を辞める日が近づいたら、何でもいいのでブログを書き始めることをオススメする。

会社を辞める前の気持ち、会社を辞めた直後の気持ち。

その時々の自分の気持ちや考えたことを書き残す習慣が身につくと、次第に頭と心が整理できて、穏やかに第二の人生に踏み出すことができる。

少なくとも、私はブログを書いていてよかったと感じている。

習慣7:多様なテーマを設定し楽しんで「学ぶ」

コロナ禍での2年間の経験から痛切に感じたのは、定年後の生活で柱となすべき大切なことは「学び」だということだ。

そして学ぶという点においても、ブログはとても役にたつ。

私はテレビの世界で生きてきた人間なので、ブログを書いていても自然と「シリーズ企画」や「コーナー企画」のようなものを設定するクセがある。

たとえば、この記事は『定年後を考える😄 』というシリーズの一環として書いている。

自分流に定年後の生き方を模索しながら感じたこと、人生を豊かに生きるために参考になりそうな先人の教えなどをその都度書き残しておこうという企画である。

ほかにも、吉祥寺の飲食店を食べ歩いた記録『吉祥寺グルメ』、印象に残ったテレビ番組を記録する『シニアのテレビ📺 』、このブログの柱にと考えていた旅行記『きちたび』など、折に触れて新たなシリーズ企画を勝手に増やしてきた。

こうした「コーナー企画」が少しずつできてくると、何も書きたい出来事やニュースのない日でも何かしら記事は書けるものなのだ。

アクセスしてくださる方にはまったく興味のない事柄であっても、私自身にとっては面白いと感じたり、心を動かされたことを記事にしているのである。

だからブログを公開しているとはいえ、誰にも読んでもらえなくても別に構わない。

そう割り切ってしまうと、書くことが楽しくなってくるから不思議だ。

そして、去年からは「年間テーマ」というものを立てることにした。

コロナ禍の2021年は、身近な井の頭公園をぶらぶら観察してみようと思い、『井の頭公園の植物』と『トイレの歳時記』という2つのシリーズを1年間通して定期的に書いてきた。

面白いもので、それまではただ通り過ぎるだけだった井の頭公園にこんなにも多様な植物が季節ごとに育っていることを知り、少しずつ植物の名前もわかるようになった。

また二十四節気や七十二候という日本人が昔から大切にしてきた季節感というものへの理解も多少ながら深まったように思う。

シニアは、次第に子供に戻るのが理想だという。

子供がじっと蟻を観察し落ち葉で遊ぶように、身の回りの自然をじっくり観察しその生態を知ることで、自分が自然の多様性の一部だということを都会に居ながらにして感じることができ、少し高尚な人間になった気分にもなれる。

こうした些細なことが実は「幸せな隠居生活」につながっているのだと、私は今感じている。

今年の年間テーマは「野菜づくり」と「料理」。

学ぶべきことは実に多く奥が深いが、妻がいるとどうしても家事を任せてしまうので、少しずつでも自立した人間にならねばと思っているうちにもう半年が過ぎてしまった。

でも、所詮は自分で立てた年間テーマ。

今年果たせなければ、来年もう一度チャレンジすればいいだけのことである。

習慣8:図書館を蔵書とし未知のジャンルの本に触れる

「学び」にとって本は欠かせない。

大学時代、ろくに授業にも出席せず本も読まず、社会人になってからも仕事に関係する目の前のこと以外ほとんど勉強しなかった私が、隠居生活に入って突然「学び」の楽しさに目覚めた。

これまでの人生でほとんど真面目に学んでこなかった分、私は知らないことだらけであり、何を読んでも何を聞いても目新しい。

吉祥寺に引っ越してからは、持っていた本を処分してから街中にある「吉祥寺図書館」に通うようになり、ジャンルに関係なく目についた本を手当たり次第10冊ずつ借りてくるのが習慣になった。

最初の頃よく借りたのは歴史に関する本だ。

日本がなぜ戦争に突き進んだのかを理解したいと昭和史の本を読み、日本という国を理解しようと天皇家やヤマト王権の成り立ちに関する古代史の本も読んでみた。

それはそれで面白く私の知識も多少豊かになったが、近頃とても新鮮で面白いと感じているのは、野菜づくりとか商売とか、これまで私が人生で一度も触れてこなかった分野の専門書だった。

今も手元に図書館で借りてきた『繁盛店は路地裏にあり!』という飲食店を開く人のためのハウツー本があったりする。

もちろん、私は自分で飲食店をやろうなどという気は毛頭ない。

しかし吉祥寺で様々な飲食店を食べ歩くようになり、こうした個人経営の飲食店は人通りの多い表通りではなく、路地裏にこそチャンスがあるんだという教えはちょっと新鮮で、「なるほど」と感心させられる記述も。

飲食店関係者なら当たり前のことなのかもしれないが、ただ客として飲食店を利用する人間としては全く違った読み方もでき、隠居生活を送るヒントがそこから得ることだってある。

たとえば、こんな教えだ。

「商売とは、自分が楽しんでやっていけるほど簡単なものじゃない!」という人が数多くいる。しかし、個人飲食店の場合は、「自分が楽しめる店にすること」を優先して開業した方が絶対に繁盛する。こんなことを書くと反感を覚える人もいそうだが、筆者がこれまでにプロデュースし、実際に繁盛している個人飲食店を見てみると、趣味の延長線で店主が楽しんでいる店が圧倒的に多い。

その一方で、「流行りそうだから・・・」といった安易な理由で好きでもないジャンルを選んで繁盛し続けた人はほとんど思い浮かばない。

引用:土屋光正著『繁盛店は路地裏にあり!』より

これって、まさに隠居生活の極意だと思った。

セカンドライフのハウツー本を買って、そこに書かれたことをただ真似するだけでは「幸せな隠居生活」は築けないのではないか。

自分は何がしたいのか、本当は何が好きなのか、そうした真の自分と正面から向き合ってこそ、穏やかで幸福を感じられるシニアライフが手に入れられると私はこの本から読み取ったのである。

これまでの人生で一度も手に取ったことのないジャンルの本の中に、意外なヒントが隠されているかもしれない。

習慣9:テレビを「シニアの学び」にする活用術

定年後、お金を払って大学に通い直す人がいる。

何か新しい趣味を見つけようと、お金を払って語学学校やカルチャースクールに通う人もいる。

「学び」の方法は人それぞれではあるが、隠居の身としてはなるべくお金をかけたくないというのが本音だ。

そこで私が退職後に実践しているのが、テレビを教材として活用するという方法である。

テレビを「オワコン」と呼びバカにする人も増えたが、私は自分が長年テレビの世界で生きてきたこともあって、今でもテレビで働く仲間たちを信頼している。

とはいえ、一日中ダラダラとテレビを見るのは時間の無駄だ。

同じような情報の繰り返し、いくら時間がたっぷりあるからといっても、そんな番組に付き合っていても「学び」には全くなりはしない。

私のテレビの見方は現役時代とは一変し、今では「学び」を目的とする次のような方法に変わった。

まずは録画機を用意する。

我が家の録画機はかなり昔のもので、今時のものに比べると録画時間が短い500ギガのハードディスクレコーダーだ。

次に番組表を開いて、1週間分のテレビ番組をチェックする。

最初にBSから、特にNHKのBSを中心に番組のタイトルを見て、面白そうだと思ったものを片っ端から録画していく。

BSが終わると次は地上波、こちらもNHKを中心にEテレも忘れずにチェックする。

どうしてNHKかといえば、民放の番組はドラマを除けば生視聴を前提に作られているし、視聴率が取れそうなテーマに絞り込まれているため「学び」という点では多様性や深みが足りないのだ。

私のお気に入りは『BS世界のドキュメンタリー』と『英雄たちの選択』、そして『シリーズ映像の世紀』。

通常の情報番組では扱わない多様な知識が得られ、特に「BS世界のドキュメンタリー」は日本のテレビからは得られない他国の情報や全く新しい視点を与えてくれる。

これらの番組は現役時代には全く見ていなかった番組ばかりで、若い頃に見ていれば、もっとエッジの効いた番組が作れたかもしれないと思わないでもない。

Eテレで放送されている『高校講座』にも役立つものがある。

演出はベタで素人っぽいものが多いが、理科や社会などは私たちが学校で習った内容とはものすごく変わっていて驚かされることも多い。

現在Eテレで放送されている『令和ネット論』という番組もシニアが苦手なデジタルについて教えてくれるし、『こころの時代』という宗教や人生を扱った番組もときどき見るようになった。

まったく知らない情報がマイナーな番組の中に結構眠っているもので、しかもテレビのプロたちが作っているので、本を読むよりもずっと理解しやすい。

番組さえきちんと選んでテレビを見れば、わざわざ大学に通って面白くもない授業を聞くよりもはるかに刺激的で有益なのではないかと感じている。

もちろんドラマやスポーツ、昔大好きだった映画など、「学び」以外の番組もいろいろ録画して楽しんでいる。

本を読んだらすぐに寝そうな時でも、テレビだと不思議に眠くならないので、ゴロンと横になって録画した番組を見るのはすっかり私の日課となった。

そして残しておきたいと思える番組は外付けのハードディスクにダビングして保存することにしている。

最近ではテラ単位のコンパクトで大容量のハードディスクが販売されていて、たくさんの番組を保存しても場所を取らない。

ある意味、蔵書を持つよりもずっと合理的だと私は思うのだが・・・。

習慣10:先人の教えに耳を傾け「隠居」を極める

私が退職後の人生を強く意識するようになったのは、ちょうどこのブログを書き始めた頃に、五木寛之さんの『林住期』という本を読んだのがきっかけだった。

50歳をはっきりひとつの区切りとして受けとめる必要がある、と私は思う。そして、そこから始まる25年、すなわち「林住期」をこそ、真の人生のクライマックスと考えたいのだ。

50歳から75歳までの25年。その季節のためにこそ、それまでの50年があったのだと考えよう。考えるだけではない。その「林住期」を、自分の人生の黄金期として開花させることを若いうちから計画し、夢み、実現することが大事なのだ。

引用:五木寛之著「林住期」より

若い頃が人生の黄金期だとなんとなく考えていた私にとって、この指摘はまさに目から鱗だった。

その時すでに「林住期」の最中にいた私は、75歳までの時間を人生の黄金期にしたいと本気で考えるようになった。

そのための秘訣を五木さんはこう書いている。

「林住期」の真の意味は、「必要」からでなく、「興味」によって何事かをする、ということにある。

これまでずっと自分がたずさわってきた仕事を続けるにしても、そこから180度コースを変えて転進するにしても、今後は「必要」からではなく、はっきりと「興味」本位でそれをやる、ということだ。

仕事には報酬がともなう。金を稼ぐために働く人もいる。いや、大半はビジネスとして、生活の必要から職業をもつ。そうでない人もいるかもしれない。自分の夢として仕事に打ちこむ人だ。しかし、その場合でも、やはり金銭は切り離すことができない。

私は「林住期」にすることは、すべて「必要」からではなく、報酬とビジネスを無視してやるべきだと考えているのだ。

なにをやってもいい。とにもかくにも、それで金を稼ごうなどとは思わないことである。

以前と同じ仕事をずっと続けていくにしても、そのことさえはっきりさせれば、世界はがらりと変わってくる。要するに「林住期」においては、金のためになにかをしない、と決めるべきなのだ。

要するに道楽である。道楽で金を稼ぐべきではない、というのが私の意見だ。

「家住期」と「林住期」の違いは、やることの内容ではない。分野の相違でもない。金を稼ぐための仕事と、報酬を求めない仕事の差である。

だから私たちは準備をしなければならない、と思うのだ。

なんのための準備か、それは「林住期」を真に自由に生きるための準備である。「家住期」とは、むしろそのための準備期間であると考えたほうがいい。

引用:五木寛之著「林住期」より

「必要」からでなく、「興味」によって何事かをする。

その意味が理解できたのは、会社を辞めてからのこの2年、自分なりの試行錯誤の成果だった。

若い時には理解できない先人の教えも、様々な人生経験を通り抜けてきた今ならわかることも増えた。

このところハマっている哲学もその一つ。

人生とは何か、幸福とは何か、古今東西の賢人たちが必死で考え人生の終盤でたどり着いた境地を知ることは、セカンドライフを送る上できっと役に立つだろう。

宗教も面白い。

キリスト教であれ、仏教であれ、数千年の時代を乗り越えていまだに多くの信者に影響力を及ぼすその教えには、耳を傾けてみるべき何かが含まれているはずだ。

そして私がこのブログでもよく使う「隠居」という言葉もしっかりと理解したい。

江戸時代、社会的にある程度成功した人は早々と家督を譲って「隠居」になった。

自分が本当にやりたいことをやるために「ご隠居さん」となり、偉大な業績を残した人々。

代表的なところでは、日本初の地図を作った伊能忠敬、「好色一代男」などで知られる井原西鶴、発明家など多彩な顔を持つ平賀源内、「東海道五十三次」などの浮世絵で知られる歌川広重、独特の画風で人気急上昇中の伊藤若冲、そして「奥の細道」の俳聖・松尾芭蕉。

江戸時代を代表するこうした文化人たちは皆、家督を譲り隠居になってから今に語り継がれる偉業を成した。

「徒然草」や「方丈記」など先人たちが書き残してくれた教えに耳を傾ければ、若い頃には感じ取れなかった本当の意味が理解できるような気がしてくる。

もしも道に迷ったならば、つまらぬハウツー本などは捨てて、古典の中に自分に合った教えを探してみればいい。

きっとあなたに適した「隠居暮らし」を極めるヒントが見つかることだろう。

<吉祥寺残日録>定年後を考える😄 アバタローで聴く世界三大幸福論① バートランド・ラッセル『幸福論』〜私心のない興味の大切さ〜 #220523

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