<頑張れテレビ>NHKスペシャル「パラレル東京〜体感 首都直下地震ウィーク」

今週1週間、NHKが「体感 首都直下地震ウィーク」としてNHKスペシャルを中心として、レギュラー番組でも首都直下地震を体系的に取り上げた。

番組内容など細部で言えばツッコミどころもいろいろあるが、首都直下地震という非常に重大なテーマに真正面から取り組んだことは評価したい。

このスペシャルウィークの中核となるのが、首都直下地震が発生した時どんなことが起きるのかを政府の被害想定や最新の研究成果などをベースにドラマ化した「パラレル東京」だった。

ドラマを見ながら思い出していたのは、東日本大震災だった。

私はテレビ局の報道幹部として震災特番の指揮をとった。地震発生の直後に始まった特番は、日本のテレビ放送史上最長の100時間以上続き、その後も断続的に特番が続いた。

その間、想定もしていなかった事態が次々に発生した。

首都圏では大量の帰宅難民に加えて石油コンビナートが爆発、東北地方では沿岸部を大津波が襲う。被災地とは全く連絡が取れない。そうしている間に、福島第一原発の事故という誰も経験したことがなかった緊急事態が発生。取材態勢をどう組むのか、手探りの日々が続いた。計画停電という聞いたこともない事態も起きた。

さらに、通信網の遮断に加え、ヘリコプターが津波で流されたり、取材車や中継車の燃料が確保できず関西からタンクローリーで運ぶ算段をするなど、地震マニュアルでも全く想定されていなかった事態が次々に襲ってきた。

それに比べれば、ドラマで紹介される事態はどれも想定内のことだった。ドラマの舞台となっているテレビ局では、電話もインターネットも使え、ヘルメットも被らずに放送している。実際には激しい余震が続き、スタジオの照明器具がいつ落下してもおかしくないような状況の中で放送を続けなければならない。実際、被災地の放送局では電気も水道も止まり、電源の確保から手を打たなければ放送が出せない極限状況に置かれた。

首都直下地震の場合、それが全国放送を発信するキー局で起きるのだ。東京のキー局が被災して放送が出せない事態も当然想定すべきだろう。我々の局でも、東京から電波を出せなくなった時、大阪にキー局を移して放送を続ける訓練も行った。首都直下地震は、東日本大震災以上の難しいオペレーションになることは確実だ。

そんな経験をした私から言わせれば、ドラマに登場する報道マンたちはあまりにナイーブすぎる。こんな人たちには、とても報道という仕事は務まらないだろうと思った。所詮はドラマ。でも、むしろ一般の人の多くは、地震に対してこのくらいナイーブなのだということにも気づかせてくれた。

ドラマの中には、いくつか役に立つ情報もあった。

その一つは、首都圏で用意されている避難所は一軒家の住民が対象で、私のようにマンションで暮らす人間は震災後も自宅で過ごすと想定されているというのだ。

確かに首都圏にはあまりに人が多すぎて避難所が足りない。だから無理やり計画を立案するためにはマンション住民は自宅にとどまると想定せざるを得なかったんだろう。

しかし、実際には多くのマンション住民が避難所に押し寄せることは確実だ。避難所に行けば最低限の食料や水を得られると思っているからだ。でも、マンション住民たちも避難所に詰めかけたら食料や水も到底足りない。そもそも全員を受け入れるスペースもないはずだ。

どうせ自宅にとどまる想定になっているならば、自宅にもう少し水や食料を備蓄しておこうと思った。今も備蓄はしているが、ずっと自宅にとどまるとすると物資が流通するまでには想定以上の時間がかかりそうだ。最低1週間は食いつなげる備蓄が必要だろう。

ドラマの最後、「もし震災前に戻れるなら、あなたは何をしますか?」という問いが視聴者に投げかけられる。

地震列島である日本社会に暮らす私たちは、もっともっと非情な決断も平時から検討し共有しておくことが必要だと思った。

一つは、首都圏にとどまる必要がない人を被災していない地域になるべく多く「疎開」させる法整備や交通政策が必要だと考えた。

まずは高齢者。インフラが遮断されている被災地に高齢者を留め置くと、地震後の犠牲者を増やすことになるだけでなく、そうした高齢者のための食料や彼らを介護する人材も必要となる。老人ホームごと水や電気がある通常の生活ができるエリアに疎開することを計画すべきだと思う。

日本にはなぜか被災者は被災地の中で面倒を見るという変な「常識」がある。被災地を離れれば、水も電気もあり、コンビニには商品もあるのに、被災者は体育館で何ヶ月も生活することを求められる。もっと広域で被災者を支える体制を検討すべきだ。被災地の企業や学校も一定期間休みにして首都圏にとどまる必要がない人はなるべく「疎開」させ、どうしても残らざるを得ない人の支援に集中できる政策が必要だろう。

もう一つは、もっと非情な政策だ。日本社会全体として、高齢者よりも子供や若者たちの命を優先して救うという共通意識を醸成することが重要だと考える。

NHKの番組では、災害弱者と言われる高齢者をどのように避難させるかに重点が置かれていたが、私は冷たいようだが高齢者の命を救うために若者たちが必要以上の危険に晒されないような防災計画づくりが必要だと思った。一人で逃げられないお年寄りは、万一の時は仕方がないという「覚悟」を本人も社会も持たなければならない。足が不自由な高齢者を救うために若い人が火災に巻き込まれて命を落とすようなことは避けるべきだ。

基本的には、津波と同様、どんな地震でも「てんでんこ」の発想が重要で、各自の命は各自で守るしかない。私がもっと歳をとって一人で逃げられない体になった時には、誰かを巻き添えにすることがないよういざという時には「覚悟」を決めるつもりだ。

社会が最優先すべきは、大川小学校のような悲劇を絶対に防ぐこと。この国の未来のために、子供や若者の犠牲はなるべく少なくしたい。私を含めて、長く生きてきた高齢者は自分の命よりも若者たちの命を優先するという「覚悟」を持たなければならない。

もし巨大地震が首都圏を襲った場合、「みんなで助け合って生き延びましょう」などという甘い幻想は通用しない。一瞬一瞬様々な場所で、命の選別が行われることになるだろう。

それぞれが自分や家族の命を守ろうと必死になるだろうが、そうした中でも、いざとなれば自分を犠牲にする「覚悟」も日頃から持っていたいと思う。

首都直下地震は、超高齢化によって成長が止まっている日本経済に、計り知れないダメージを与えるだろう。

でも、関東大震災や敗戦の焼け野原から復興したように、勤勉な日本人はきっと再起するだろう。

その時に重要なのは、若い力だ。

私のように、もう60年以上生きた人間たち一人一人が、子供や若者を優先する「覚悟」を持てば、日本社会はどんな大災害からも復興し再生できると私は信じている。

コメントを残す