<吉祥寺残日録>シニアのテレビ📺 NHKスペシャル「未解決事件 松本清張と帝銀事件 74年目の“真相”」 #230102

録画していた年末放送のNHKスペシャルを見た。

シリーズ「未解決事件」の9作目、「松本清張と帝銀事件」である。

第1部は大沢たかおが松本清張を演じるドラマ『松本清張と「小説 帝銀事件」』。

そして第2部が長期取材によるドキュメンタリー『74年目の“真相”』と、いつものように2部構成となっていた。

帝銀事件というと敗戦直後に起きた大量殺人事件、死刑囚だった平沢貞通氏が死の間際まで無実を訴え続けた謎多き事件というぐらいしか私も知識がない。

社会派の人気作家だった松本清張氏は、この事件の背後に満州で人体実験を行っていた旧陸軍の731部隊の存在とGHQによる報道規制があると疑い文藝春秋とともに取材を進める。

そうして記されたのが「小説 帝銀事件」、さらに続くノンフィクション作品「日本の黒い霧」である。

今なぜ、帝銀事件なのかという疑問もあったが、まずは歴史の闇に埋もれつつある旧日本軍の暗部にあえてスポットライトを当てようとした精神には拍手を送りたい。

民放ではまず通らない企画であり、NHKの存在意義だと言えるだろう。

731部隊を含む満州における日本軍の所業は知れば知るほど酷いものであるが、歴史に関心がある人以外はもう忘れ去られようとしていて、若い日本人は帝銀事件も731部隊も、下手をするとGHQも知らないかもしれない。

この手の番組で視聴率が取れるとは思えないが、少しでもこの時代の歴史に触れて自分でいろいろ調べる若者が増えてくれることを願いたい。

改めて帝銀事件をおさらいしておこう。

敗戦から3年後の1948年1月26日、東京豊島区の帝国銀行椎名町支店に東京都防疫班を名乗る男が現れ、「近くで集団赤痢が発生したので予防薬を飲んでほしい」とその場にいた全員に一斉に青酸化合物を飲ませた。

その結果、16人のうち12人が死亡、犯人は銀行にあった現金16万4410円と小切手を奪って逃走するという凄惨な事件だった。

警察は生存者の証言をもとに本格的なモンタージュ写真を作成し、のべ2万人の捜査員を動員して大がかりな捜査を展開する。

そして北海道で1人の男が逮捕された。

平沢貞通。

横山大観の弟子として活躍していた画家である。

かつて事件現場近くに住んでいて、事件後出所不明の大金を手にし、アリバイも立証できなかった。

さらに奪われた小切手を換金した際の筆跡やモンタージュ写真と顔が似ていたことも決め手とされた。

当初否認を続けていた平沢は1ヶ月後に犯行を自白、裁判では一貫して犯行を否認したが、当初の自白が重要な証拠となり死刑が確定する。

凶器は青酸カリ、動機は金目的とされた。

生存者の一人、竹内正子さんは、平沢が犯人ではないのではないかと証言していたが、当時の裁判では犯人の自白が重要視されていた。

しかし、松本清張はこの青酸カリ説に違和感を感じ、この事件を調べ始める。

青酸カリは即効性が特徴の毒物だが、帝銀事件で使われた薬物は飲んだ後数時間経ってから死にいたる遅効性が特徴だった。

捜査が進むにつれて浮上してきたのは薬物の扱いに慣れた旧日本陸軍との関係、警察の捜査も次第に旧陸軍の闇に迫っていく。

捜査の中心にいたのが警視庁捜査一課係長、甲斐文助。

番組では彼が書き残した2289ページに及ぶ膨大な捜査手記を独自に入手・分析し、捜査を始めて半年ぐらいで日本軍の秘密戦、化学戦、生物戦、謀略戦のほぼ全容をつかんでいることがわかった。

「捕虜を虐殺した」

「人を殺す研究をしていた」

「防疫給水部があり原住民を使いその後殺すため毒殺班があったらしい」

「薬品注射する青酸銀を使用、攪拌して呑んでやると即座に死亡する。かかる事を貿易給水班は研究していた」

「第一薬、第二薬、教官が兵を集めて自ら呑んで見せて呑ませる」

こうした捜査の末、警察がたどり着いたのがあの悪名高い731部隊だった。

捜査員たちは、部隊を率いていた石井四郎部隊長にも事情を聞いた。

石井はこう語ったという。

「俺の部下にいるような気がするが君らが行っても言わぬだろう。15年、20年、俺の力で軍の機密は厳格であるのでなかなか本当の事は言わぬだろう」

5回目の聴取で石井は青酸化合物を使った実験について語った。

「昭和10年か11年、ハルピン郊外基地で捕虜10名位、青酸で研究しフィルムに撮った。青酸カリで人物実験をしたのは4回位あり」

そしてある人物の名前を挙げた。

「憲兵の指揮官 軍曹Aが一番よく似ている」「目のまわりが似ている」「やりかねない人物」「人をだます脅迫する」

警察はこの憲兵Aを追って九州方面に捜査を広げた。

一方、毒物の捜査から捜査線上に浮かんできたのが731部隊とも関係があった「登戸研究所」。

細菌を使った風船爆弾や精巧なニセ札づくりなどに携わっていた謎の組織だ。

捜査員は組織の全容を知る古参幹部の伴繁雄に接触した。

伴は「青酸ニトリール」という未知の毒物の存在を明かした。

「毒物合成は個人謀略に用いる関係上、死後原因がつかめぬような毒物を理想として研究し、中には成功したものもあった。青酸ニトリール。服用後、胃の中に入ってから3分から7、8分経つと、青酸が分離して人を殺す」

「帝銀事件を思い起こして考えてみるに青酸カリとは思えない。青酸カリは時間的に経過さして殺すことは出来ぬ。私にもしさせれば、青酸ニトリールでやる」

さらに捜査を進める中で、敗戦後の混乱の中で厳重に管理されていた青酸ニトリールを持ち出した人物がいたことが明らかになった。

登戸研究所、北沢隆次所員の証言が残されている。

「陸軍省だったか、憲兵隊か参謀本部どっちか、とにかく2回出しました。それらを持っていった目的はマッカーサーが来る前ですから、連中が来たら僕らどうなるか分からないんだから自殺用にくださいと持っていった」

こうして帝銀事件に軍関係者の関与が濃厚となる中で、なぜ警察は平沢を逮捕したのか?

松本清張はその背後にGHQの存在があったのではないかとの仮説を打ち立てた。

残っていた肉声テープの中で松本清張はこのように語っていた。

「GHQは絶対権力であると。何をしようが白を黒にするようなチャチな工作をしても、それが通るような状態にあったと。占領時代ということはそのような意味にして解さないと本当の意味は分からない」

占領下の日本で、GHQは日本の警察やメディアをその傘下に置いていた。

ジャーナリストのウィリアム・トリプレットさんは事件を追ううちにアメリカの公文書館で、GHQ公安課が作成した帝銀事件の捜査記録と思われるものを発見した。

GHQと警視庁の会議を記録した文書には次のように書かれていた。

警視庁の公安部長が「軍の研究機関で毒物実験をした人物を調べている」と報告したのに対し、GHQは「軍の秘密部隊と帝銀事件との関連を警察が捜査しているということを少しでも触れるような記事の掲載は検閲官が一切差し止めるように協力を要請する」と釘を刺したという。

すなわち、「警察が捜査している秘密部隊に関わった者について報道するな。それはオフリミッツ、立ち入ってはならない」という意味だとトリプレットさんは見る。

731部隊を取材していた日本の新聞記者も、警視庁から公表しないよう求められたと回想している。

番組がインタビューした元GHQ諜報員のアロンゾ・シャタックさんは、旧日本軍との間で進められていた取引について次のように証言した。

「731部隊から全ての研究データを得ていました。全容を把握していたのです。トップシークレットの判が押されていました。ごく限られた人たちだけがそのデータを見ることができました。私は諜報活動に携わる者として何があったのか知る必要がありました。しかし、口外することは禁じられていました」

帝銀事件の8ヶ月前、マッカーサーの名義でアメリカに送られた文書にも取引について記されていた。

731部隊が残した人体実験のデータを独占する代わりに、石井四郎部隊長ら幹部の戦争犯罪を免責するよう提言していたのだ。

GHQの関係者は石井四郎のもとにも足繁く通っていたという。

終戦直後、日本に民主主義を植え付けようとしていたGHQは、東西冷戦が激化する中で、日本の戦争責任を追及することをやめ、むしろGHQに協力する旧軍人を取り込むことで日本を「反共の砦」とする道を選んだのだ。

帝銀事件はそうしたGHQと旧日本軍との取引が行われた時期に起き、真相が明らかにならないまま、平沢貞通は獄中でその生涯を終える。

警察が追っていた憲兵Aの行方は結局つかめず、番組が今回調べた元憲兵の名簿によると、Aは帝銀事件が起きた翌年の昭和49年に死亡したと記されていた。

NHKスペシャルは一貫して松本清張が立てた仮説を検証する形で番組を構成した。

これだけ見ると、いかにも731部隊とGHQが関与した犯罪のように見える。

これは平沢を支援してきた左翼系の支持者たちの主張そのものである。

松本清張も、日本で労働運動や学生運動が活発だった頃の左翼的な世論に支持されて階級闘争的なスタンスで多くの作品を残した。

今からは信じられないが、当時のインテリの間では、アメリカが悪でソ連や中国にシンパシーを感じる者が多かった。

旧陸軍の関与やGHQの隠蔽は実際にあったかもしれない。

しかし、この番組でもその謎を完璧に解明することは出来なかった。

むしろ私たちが心に刻むべきは、アメリカや日本が「善」でロシアや中国が「悪」という一方的な思い込みは危険だということだ。

今のロシアや中国を弁護する気は毛頭ないが、アメリカだって日本だって、軍部が強くなれば都合の悪い事実は今以上に闇に葬られるようになるということを肝に銘じておかなければならない。

時代が変われば、指導者が変われば、それぞれの国の性格も変わる。

日本で当たり前のこととして語られる常識を常に疑い、真実を見極めようとする姿勢を失ってはいけないということをこの番組を見ながら改めて感じた。

<吉祥寺残日録>船戸与一著「満州国演義」全9巻を読了した #200922

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