会社を辞めてからテレビドラマをよく見るようになった。
仕事に直接関係した番組を見る必要がなくなったというのも大きい理由だが、それだけ心に余裕ができたと言えるかもしれない。
特に今年の夏は各テレビ局が放送する連続ドラマを録画して、片っ端から見ていた。
面白くないと思った時点で録画するのをやめていったので徐々に見るドラマの本数は減っていったが、それでも最終回まで完走した夏ドラマが何本もあったということは結構面白い作品が揃っていたということか。
先週土曜日にその中の1本「最高の教師」が終了したので、この夏、私を楽しませてくれたテレビドラマについて書いておこうと思う。

まずは、TBSテレビの超話題作『日曜劇場「VIVANT」』。
あの「半沢直樹」を手がけた演出家・福澤克雄ディレクターが監督だけでなく自ら原作を担当し、日本のテレビドラマとしては破格の1本1億円の制作費を投入した作品だ。
主演の堺雅人をはじめ、阿部寛、役所広司、二階堂ふみ、松坂桃李、二宮和也という主役級をずらりと揃えた豪華なキャスティング、事前に一切内容を明らかにしない宣伝手法でも注目を集めた。
7月16日に初回が放送されると、モンゴルでの2ヶ月半に及ぶ長期ロケで撮影された壮大な映像と海外ドラマのようなスケール感のあるストーリーでたちまち話題を集め、先の読めない展開にネット上では毎週さまざまな視聴者の「考察」が飛び交った。
物語は、中央アジアの架空の国「バルカ」を舞台に国際テロを繰り返す「テント」という謎の組織を追う日本の情報機関員の活躍を描くアクションものだ。
阿部寛が演じるのは公安警察外事課の刑事、そして堺雅人演じる主人公は「別班」の秘密工作員である。
「別班」とは、陸上自衛隊の非公然秘密情報部隊のことで、選ばれたエリート自衛官が身分を偽装して国内外で非合法の治安維持活動を行なっているとされる。
今回のドラマで一気に日本国内で知られるようになった「別班」だが、とても今の日本にこのようなジャームズ・ボンドのような諜報員がいるとは俄には信じられない。
そこが、このドラマの上手いところで、知らない秘密が明かされる期待からついつい次週が気になってしまう。
個人的には、あまりに風呂敷を広げすぎて現実味が薄まり、「半沢直樹」のような身につまされるようなドキドキ感が薄かったように感じる。
それでも視聴率は週を追ってジワジワと上昇し、9月17日の最終回は19.6%と今どきのドラマとしては画期的な20%に迫って有終の美を飾った。

「VIVANT」に比べてほとんど話題にはならなかったが、同じく日本の闇組織を題材にしたテレビ朝日の『警部補ダイマジン』もなかなか面白かった。
漫画原作のこちらの作品では、日本の政界を裏から操る「44」と呼ばれる秘密組織を追う刑事たちが主人公だ。
生田斗真演じる直情型の主人公・台場陣は捜査一課のエース刑事だったが、突然「特命捜査対策班」に異動となる。
「特命捜査対策班」を率いる向井理演じる室長は、密かに「44」の捜査を進めており、殺人も厭わぬ秘密組織に対抗するため“暴力装置”として台場を引き抜いた。
演出は映画監督の三池崇史、残酷なシーンも多いが映像がスタイリッシュで小気味良く、私は好きだった。
ただ、「44」の闇に迫った最終回は中途半端なところで終わり、「続きはテレサで」と自社の動画サイトに誘導するお決まりのパターンでちょっと興醒めしてしまった。

ドラマの完成度としては前2作と比べ劣るものの、テーマの面白さに惹かれて最後まで見てしまったのが読売テレビ制作の『CODE 願いの代償』である。
人間の願いを叶えてくれるマッチングアプリ「CODE」をめぐって、人間の欲が交差し次々に悲劇が起きていく。
闇バイトに応募した見ず知らずの人間たちがアプリの指示に従って強盗事件を起こす現実と照らし合わせると、実に現実的で怖いドラマだと感じた。
原作は台湾の大ヒットドラマ「浮士德遊戲(CODE)」。
人間社会を混乱させるアプリのまん延は世界的な問題なのだろう。

ストーリーの面白さで言えば、夏ドラマで一番だと思ったのが日本テレビの『最高の教師 1年後、私は生徒に■された』。
卒業式の日に生徒の誰かに殺された女性教師が、1年前の始業式の日にタイムリープし、いじめが蔓延していたクラスを変えるために二度目の人生を生き直す物語だ。
主演の松岡茉優の暗い演技がいい。
松岡の口から出る言葉がいい。
さまざまな問題を抱える生徒たちと正面から向き合い、「30人の容疑者」1人1人の意識を変えていくシナリオには説得力がある。
2019年に放送された「3年A組」のプロデューサーと監督が手がけたオリジナル脚本作品、独特の緊張感が最後まで漂い続けたドラマだった。

独特の緊張感ということでは、テレビ朝日の『ハヤブサ消防団』も面白いドラマだった。
「半沢直樹」などで知られる池井戸潤さんの原作だけに、物語がしっかりしていて予想外のラストに向けてのどかな田舎に起きる怪事件に消防団が立ち向かう。
都会で行き詰まった主人公の作家を演じるのは中村倫也。
田舎に移住し虫や人間関係に戸惑いながら、推理作家の勘で事件の謎解きに挑んでいく。
人口が減る限界部落で土地を買い漁るソーラーパネル業者が事件の鍵を握ると睨んだ主人公だが、怪しい男の目的は太陽光発電ではなくカルト信者のためのユートピアを作ることだった。
ドラマの終盤、カルト教団の信者が村に押し寄せるシーンは現実の統一教会の問題も想起させ、ゾクゾクするような不気味さを感じさせた。
ただ全体的には田舎暮らしの「ゆるさ」も漂い、個性的な消防団の面々や編集者の山本耕史もいい味を見せる。
かつてオウム真理教が山梨や熊本の田舎で要塞のような拠点作りを進めたように、地方の人口減少が進む中、今後現実社会でも起こり得ることだと感じさせるリアリティーがあった。

ガラリと変わってコメディーでも面白い作品が目についた。
テレビ朝日の『シッコウ!!』は、織田裕二が初めて主役以外で出演したドラマとして注目されたが、裁判所の執行官というあまり知らなかった職業をコミカルに描いた良作だった。
執行官とは裁判の決定に従わない債務者のもとを訪れ、差押や立ち退きなどの強制執行を行う裁判所職員である。
しかし執行官の報酬は出来高払いの独立採算制、おじさん中心の執行官たちには哀愁が漂い、織田裕二もトレンディー俳優のイメージをかなぐり捨てて目一杯の情けなさを発揮する。
主役は伊藤沙莉。
執行官を助けるイヌ担当の補助役としておじさんたちの世界に巻き込まれていく普通の女性をチャーミングに演じる。
債務者たちと執行官の駆け引きを通して日本社会が抱えるさまざまな問題が浮き彫りになり、単なるコメディーではない「深さ」も感じる。
テレビ朝日のドラマなので、今後シリーズ化される可能性もあるのだろうか。

こうして多彩なドラマが放送された2023年の夏。
中でも一番私のお気に入りだったのは日本テレビの恋愛コメディー『こっち向いてよ向井くん』だった。
人気急上昇中の赤楚衛二が演じる主人公の向井くんは、実家暮らしの会社員。
見た目も悪くなく人一倍気遣いする向井くんは元カノとの別れを引きずったまま10年彼女のいない暮らしを続けてきた。
33歳を迎えて結婚を意識していろんな女性たちと付き合うのだが、どうも今ひとつしっくりこずモヤモヤした状態が続いていく。
漫画原作のドラマだが、相手のことを考えすぎて優柔不断な向井くん役は赤楚衛二に最高にピッタリのハマり役だと思う。
私たちの若い頃の青春ドラマといえば、意味なく砂浜を走ったり殴り合ったり強引にキスしたり今だったらハラスメントのてんこ盛りだったが、今どきの若者は相手のことを慮りすぎて自分の気持ちがわからなくなるというややこしい問題を抱えているようだ。
いつの時代も青春は面倒くさいものなのである。

他にも、今最も勢いのある目黒蓮と今田美桜が共演したバブル感満載の『トリリオンゲーム』や福原遥と深田恭子主演の『18/40 ふたりなら夢も恋も』、若村麻由美が主婦と大女優の二役をこなす『この素晴らしき世界』、野島伸司脚本のちょっと古いタッチのドラマ『何曜日に生まれたの』も初回から全話見てしまった。
こうやって書いてみると、この夏私はものすごい量のドラマを見たことがわかる。
それだけ暇だったということか、ドラマの内容が良かったということか。
そうした中で、フジテレビのドラマが不調だった気がする。

森七菜と間宮祥太朗主演の月9『真夏のシンデレラ』も頑張って途中までは見たのだが、流石にシナリオがつまらなすぎて最後まで完走することができなかった。
私は基本的にはラブストーリー好きで放送前には結構期待していただけに残念だ。
このドラマの視聴率が月9の歴代ワーストだったと聞いて、やっぱり私だけじゃなかったんだと思った。
テレビドラマは長い間、世帯視聴率が取れる刑事ものや医療ものばかりに傾いて王道であった恋愛ものや青春ものに力を入れてこなかった。
だからラブストーリーを盛り上げるノウハウが失われてしまったのだとすれば本当に残念である。
一世を風靡したフジテレビの青春ドラマの復活を期待したい。