ジャーナリズム

昨年、トランプ氏が勝利した際、これは「メディアの敗北」だと指摘した。これはアメリカに限ったことではない。インターネット社会のメディアのあり方が世界的に問われている。

このところ、こうしたメディアやジャーナリズムに関する記事を目にすることが増えた。

14日の日経新聞にはこんな記事がのっていた。

『米ニューヨーク・タイムズのディーン・バケット編集主幹は「今後2年間が米国のジャーナリズムにとって歴史的な転換期となる」との見方を示した。首都ワシントンで「革命」を起こそうとしているトランプ大統領の登場と、紙媒体の衰退や広告収入の減少という経営課題が、新聞業界の大変革を後押しするという。』

ジャーナリズムの歴史的な転換点。それはトランプ大統領によってもたらされたのではなく、インターネットによってもたらされたものだと私は思う。

 

そんな中、週刊現代にこんな記事が載った。『朝日より安倍、NYTよりトランプが支持される「これだけの理由」 メディアはなぜ信用されないのか』と刺激的なタイトルが付けられている。

以下、その記事を引用させていただく。

『 「メキシコ国境に壁を作る」と言うトランプ大統領を「間違っている」とメディアは批判する。正しいのはメディアのほうだ。だが、正しいことを言っていれば信用される時代は、もう終わったのだ――。

2月7日、米エマーソン大学が発表した世論調査の結果は衝撃的だった。米国ではメディアよりもトランプのほうが支持されている実態が明らかになったのだ。

メディアを信用できる人――39%
トランプ政権を信用できる人――49%

トランプ米大統領は就任以前から事あるごとに主要メディアを批判し、支持者から喝采を集めてきた。就任後も、ニューヨーク・タイムズ紙やCNNテレビなど、トランプ政権に批判的な有力メディアを締め出しているが、それに対して国民の多くが非難の声を上げることもない。

トランプ大統領は2月16日の会見で、「テレビをつけ、新聞を開くと(政権が)大混乱しているとの記事を目にする。だが、実態は正反対だ。この政権はよく整備された機械のように動いている」と述べたが、トランプ大統領はいくら自分に都合の悪いニュースが報じられてもお構いなし。

それらはすべて「フェイク(偽)ニュース」と断じて、それが支持者たちからさらなる喝采を呼ぶ。

米コロンビア大学ジャーナリズム科講師で、3世代にわたるトランプ家の歴史を描いた『TheTrumps』(未邦訳)の著者であるグウェンダ・ブレア氏はこう指摘する。

「主流メディアは『事実は重要である』という考え方に慣れていますが、トランプ氏にとって重要なのは『人が聞きたいことを伝える。それは必ずしも事実ではない』ということです。

トランプ氏は選挙中から、伝統的なニュースや事実解明に力を入れるメディアの信頼性を傷つけることに注力してきました。トランプ氏は恒例のホワイトハウス記者会の夕食会を欠席しますが、それは当然です。自分を非難している主流メディアが多数出席するイベントに出る意味がないからです」

かくして、ツイッターやトランプ政権に好意的なメディアによって、トランプ大統領側の一方的な言い分が発信され、支持者たちはますますトランプ大統領を支持するというわけだ。

「トランプ氏の新しい武器がツイッターです。IT技術によってトランプ氏が自分の言いたいことを、フィルターをかけられずに直接伝えることができるようになったのです。

これはメディアを当惑させるものです。トランプ氏は、事実に対してこれっぽっちも関心がなく、矛盾などを省みることなく発信しています。

一方、メディア側はトランプ氏の140文字のツイッターの矛盾に反論するために、140文字以上を費やさなければいけない。メディアはトランプ氏のツイッターに即座に反応することができないのです」(ブレア氏)

もちろん、既存メディアにも問題がある。大手メディアはニューヨークやワシントンといった都市部を中心に記事を作成し、広大な地方の問題には目を配ってこなかった。ブレア氏が続ける。

「メディアは都会の現象ばかり報じて、『ラストベルト』(かつての工業地帯。ラストは錆のことで、使われなくなった工場や機械を表現している)で何が起きているのかをきちんと報道しませんでした。

外国や移民に仕事を奪われて不満を抱いているかつての工場労働者にトランプ氏の支持者が多いと言われていますが、これまで彼らの苦悩を見過ごしてきたことが、メディアが軽蔑される理由となっています。

主流メディアが報じる米国の姿と、実際に地方で起きている事実の間には大きな断絶があることがわかったのです。メディアは反省して、断絶がどういうものかを理解する努力をするべきです」

日本でもメディアと政権の信用度は逆転しつつある。新聞通信調査会による世論調査によると、新聞の信頼度は100点満点中68.6点で、民放テレビは59.1点だ。しかも年々、信頼度は低下傾向にある。

片や安倍政権の内閣支持率は66%と高水準が続く(読売新聞による世論調査・2月17~19日)。

安倍晋三総理はこうした状況を歓迎しているようだ。産経新聞(2月11日付)によると、安倍総理は昨年11月に行われたトランプ大統領との初会談でこう言ったという。

〈「実はあなたと私には共通点がある」

怪訝な顔をするトランプを横目に安倍は続けた。

「あなたはニューヨーク・タイムズ(NYT)に徹底的にたたかれた。私もNYTと提携している朝日新聞に徹底的にたたかれた。だが、私は勝った…」

これを聞いたトランプは右手の親指を突き立ててこう言った。

「俺も勝った!」〉

メディアよりも安倍政権が信用される理由は何か。地域金融の最前線で働いてきた城南信用金庫元理事長の吉原毅氏は、新聞記者の意識が一般大衆と著しく乖離してしまったことを挙げる。

「新聞記者の多くは一流大学を出たエリートであり、自分たちのことをエスタブリッシュメント(支配者層)と考えているのではないでしょうか。エスタブリッシュメントというのは常に今の地位を守ることしか考えないため、臆病で勇気がない。

しかも総じて彼らは高給取りです。今の生活を失いたくないという気持ちが強くなり、冒険ができなくなってしまう。その結果、読者が離れていっているのではないか」

(中略)

そんななか、メディアの取材を制限しようとする動きが経済産業省であった。経産省の庁舎内の執務室のドアに施錠し、取材を行うためには事前にアポイントを取らなければいけなくなったのだ。

加えて、記者による経産官僚取材の際には、取材内容を記録する別の担当者が同席する、取材内容をすべて広報室に報告する、自宅周辺での取材には応じない、といったルールが存在することも明らかになった。

「これは日米首脳会談に先立って、日本政府による米国への投資が事前報道されたことが背景にあります。経産省から漏れたことを問題視する首相官邸の意向に沿って、世耕弘成経産相が省内の取材規制に踏み切ったとの見方が、担当記者の間では有力です」(全国紙経産省担当記者)

この経産省の措置に、体制寄りのスタンスで知られる産経新聞や読売新聞、NHKも反対を表明し、紙面や番組でも反対の論陣を張った。経産省本館10階にある記者クラブ室では連日のように議論が交わされた末に、経済産業記者会を通じて撤回を申し入れた。

「民間企業では情報セキュリティのために施錠するなんていうのは当たり前のことなんですよね。記者が自由に部屋に入れなくなるからけしからん、というのはメディアの論理で、読者の共感を得られるかというと疑問があることも事実です。

とは言え、官僚が原則的に個別取材に応じないというルールは論外です。米国ではホワイトハウスから記者が締め出されています。日本でもいずれそうなるのではないかと懸念して、経産省に強く抗議しようということになりました」(前出・経産省担当記者)

今国会でメディアは政府を必死に批判している。たとえば、稲田朋美防衛相は、南スーダンに自衛隊が派遣されている国連平和維持活動(PKO)の日報で「戦闘」行為が報告されていたにもかかわらず、「憲法9条上の問題になる」から「武力衝突」と言い換えたことが問題視された。

金田勝年法相も共謀罪をめぐる答弁が二転三転し、厳しい追及を受けた。だが、安倍内閣の高い支持率は揺るがない。

「本来、権力を監視すべきメディアが、逆に政権の意向を忖度してしまっていることが問題です。新聞は比較的追及しているほうだと思いますが、NHKなどは政権の言い分を垂れ流す。稲田防衛相が居座り続けられるのも忖度報道の影響でしょう。

『法的な意味での戦闘行為はなかった』などと苦しい説明はしていますが、これをテレビが追及することはありません」(全国紙編集委員)

「金田法相は番記者に『悪名は無名に勝る』と言い切るなど、辞めるつもりなどサラサラないですよ。結局、メディアが批判を続けても、喉元過ぎれば熱さを忘れる。取材記者も無力感を覚えています。正しいのはこちらだと思っていても、それが読者に届かないのであれば、意味がない」(全国紙法務省担当記者)

自らの無力を嘆くメディアの記者たち。そして、読者はますます離れていく。行き着く先はどこか。

元マイクロソフト日本法人社長の成毛眞氏はこう予言する。

「平均的な日本人にとって、新聞はある種のお守りでした。取り立てて面白いわけではないが、読んでいないと馬鹿にされるから読んでいただけです。今の60代以上はその習慣が染み付いているから読んでいる。逆に言えば、彼らがこの世からいなくなれば、新聞もなくなるでしょう」

世の中が大きく変わっているのに、それに気づけない、または気づかないフリをしているメディアは、このまま消えていくだろう。』

 

ジャーナリズムの歴史的な転換点。新聞というメディアの形がなくなる時代は来るかもしれない。それ自体が問題ではない。しかし、権力を監視し、情報を掘り起こす信頼できるメディアがなくなると社会にとって極めて不幸な事態が起きるだろう。

権力者と対決する真のジャーナリズムは危険でしんどい仕事である。損得勘定では割りが合わない。必要なのは使命感だ。そうした仕事に身を投じる若者は減りつつある。

ジャーナリズムを軽んじる社会は、必ず手痛いしっぺ返しを受けることになるだろう。

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