<吉祥寺残日録>三好十郎「歩くこと」を聴く #200510

妻が、このところ毎日のように「あまり眠れなかった」と嘆く。

もう何ヶ月も右肩が痛くて、夜中に起きたり寝たりしていると言う。

「五十肩ならあと数ヶ月すれば楽になるだろう」と私は適当に応対しているのだが、「夜中に目が覚めたら、無理に寝ようとせず、癒しの音楽でも聴くとか、なんかすれば?」と提案してみた。その時ふと、脳裏にあるアイデアがよぎった。

「朗読を聞いたらどうだろう?」

著作権が切れた古い小説を無料で読める「青空文庫」という便利なものがあるのを思い出した。

さらに、ご丁寧にそれをどなたかが朗読してくださって、誰でも無料で聴ける「青空朗読」というサービスまである。

そこで、妻に「青空朗読というのがあるよ」と伝え、私のパソコンで青空朗読のページを呼び出し、試しに一つ聴いてみることにした。

私はもともと、若い時から文学に全く興味がなく、ほとんど小説を読んでこなかった男なので、どの作品が良いのかさっぱりわからない。

ずらりと並んだ作品の中で、「歩くこと」というタイトルに目が止まった。

妻の睡眠障害には効きそうだと思って、この作品を聴いてみることにした。

作者は、三好十郎という人だ。

三好十郎氏は、昭和初期から戦後の復興期にかけて活動した小説家・劇作家だそうだ。

既成の文学を批判し、無頼派と呼ばれた作家の一人であるという。

私は窓辺に立って、遠くを眺めながらその朗読を聴いた。

朗読は実にゆったりとしていて、当たり障りがなく、いかにも昔の作品という出だしであった。

「これを夜中に聞いていたら、間違いなく眠くなりそうだ」

それが、私の第一印象で、妻も同意した。

三好十郎作「歩くこと」の冒頭部分は、こんななんてことない感じで始まる。

 自分の頭が混乱したり、気持がよわくなったり、心が疲れたりしたときには、私はよく歩きに出かけます。
 それはたいがいのばあい、そういう自分の状態をなおそうとハッキリ思ってすることではなく、本能的にすることです。ほとんど無意識のうちに私は立ちあがり、かんたんな身支度をして家を出て、外を歩いています。それはまず、私が外気の中にいることが好きなこと、風景を見ることが好きなこと、知らない人びとの姿や顔を眺めることが好きなことなどのせいもあるらしいが、それだけではないようです。また、ふつうの言う意味の散歩ともすこしちがいます。
 まず、いちばん最初にくるのは、それまで自分をしばっていたいろいろのキズナからときはなれた感じです。かならずしも家または家族とのキズナだけでなく、自分の仕事や、その仕事の継続、私的なまた公的な人間関係、それからいっさいの社会的な関係のキズナからときはなれた感じ。それが切れてしまったとは思えないが、すっと長く伸ばされ、やわらかい、自由なものになったような気がするのです。

なんとのどかな文章であろう。

しかし、昔の人も歩くことで日常から解放される感覚を楽しんだのだ、と少し親近感を覚える。

妻も同じような感想を持ったようだ。

話は散歩から旅行へと移っていく。

 私は、敗戦後はじめて旅行したときのことを思いだします。旅行といってもホンの小旅行で、中央線の列車に半日乗っている程度のものです。じつは私は敗戦と同時に、何をどう考え、何をどうしたらよいか、まるでわからなくなってしまって、ウツウツとしてその夏から秋をすごしたのですが、思い疲れたすえにヒョイとどこかへ行ってみる気になったのでした。
 そのころの例にもれず、列車はおそろしく混んでいて、もちろんすわれはせず、窓のそばに押しつけられて身動きもできないので、息ぐるしく不快でした。しかし発車して一時間もすると、それはそれなりに、身辺が落ちつきなごんできて、小仏こぼとけのトンネルを越えたころからは窓の外を眺め入る余裕もできてきました。二時間ばかりたち、勝沼かつぬまから塩山えんざんあたりの山村が窓の外をユックリと走りすぎていきます。それまでに幾度も見てすぎたり、ところどころには列車をおりて滞在したところもあるし、別に目新しい景色でもありません。だのに私の目は、山や川や、ボツボツと光っている農家の白壁や、ことにそれらのあいだに、歩いたり働いたりしてユックリと動いている小さい人間の姿を、食いいるように見ていました。
 そのうちに、私のうちに自分でもびっくりしたくらいに出しぬけに、そして、はげしい一種の気持が突きあげてきました。それは観念ではないから、言葉にして説明はできません。感動とか啓示とかいうものかもしれません。それは、ひじょうに深く、澄みとおって、鳴りひゞくような調子を持ちながら静かな静かな音楽のようなものでした。私はほとんど呆然として、しばらく何も考えず、われを忘れていました。「ああ、日本はここにあった。日本はいぜんとしてここにいる。自分がこれがこんなに好きなのだ。これさえあれば自分はなんとかやっていける。」といったようなことを思ったのは、しばらくたって我れにかえってからでした。そして、それをキッカケにして、私の中の混乱が整理されはじめました。

そう、この作品は、敗戦後の混乱の中で生きた日本人の心の内を表現した作品だったのだ。

明治以来の日本がただひたすらに突き進んできた富国強兵の国家体制が崩壊し、先の見通しなど何もない時代。

それに比べれば、今のコロナ自粛なんて何ということはない、と聴きながら私は思った。

「ああ、日本はここにあった。日本はいぜんとしてここにいる。これさえあれば自分はなんとかやっていける」

まさに、国破れて山河あり、という心情だったのだろう。

しかし、変わらぬ自然を眺めていると、人間の心は落ち着き、再び頑張ることができるのだ。

そこから、旅行の話が発展する。

 歴史をふりかえってみても、西洋でも日本でも、えらい思想家や宗教家や芸術家や政治家や科学者などは、たいがい他の人たちよりも、ひじょうによく歩いている。あちこちと旅行しています。ことに、思想や宗教や芸術や政治や科学が勃興する直前のときと、また、それらがおとろえきったすえに復興される直前のときに、それらの担当者である人たちはセッセと歩いているのです。
 国のはじまりや文化や宗教のはじまりのころを思いえがいてみましょう。それらが衰えきって、こんどまた復興したときの、それらの復興者たちの姿を思いだしてみましょう。それは歩いている姿です。あちらへ行き、こちらへ行きしている姿です。キリストもシャカも老子ろうし孔子こうしも空海くうかいも日蓮にちれんも道元どうげんも親鸞しんらんもガンジイも歩いた。ダヴィンチも杜甫とほも芭蕉ばしょうも歩いた。科学者たちや医者たちも皆よく歩いています。えらい創始者や復興者たちを一人ひとり思い出してください。ほとんど全部がふつうの人よりよく歩いています。現代でもそうです。

歴史上の偉人たちの多くが、普通の人たちよりもよく歩いたと三好氏は指摘しているのである。

そう言われてみれば、確かにそうかもしれない。

人間の脳は、全くの無から何かを生み出すようにはできていないのだ。

よくアイデアマンとか、オリジナリティーに富んでいるとか言うが、そのように他人よりもいろんなことを思いつく人というのは、普通の人よりも多くの物や場所を見ていて、アイデアの元となる材料を多く持っているに過ぎない。

何かの課題解決にあたって、それまでにストックしていた引き出しをいくつか開けて、どこかで見た何かと、別の場所で見た何かを組み合わせることによって、ある新しいアイデアを生み出すのである。

じっと同じ場所にいて、同じ人とだけ交わっていては、発想は広がらない。

私も若い時から世界各地に旅をしたおかげで、多少人よりも柔軟に物事を考えることができたようで、その特技が私のテレビマン人生を支えてくれたと思っている。

ただし、同じ場所で同じものを見ても、人によって感じ取るものは違うだろう。

それがその人の限界である。

私も、その限界を度々感じた。

でも、旅行しないよりは、旅行した方が明らかに良かったのは間違いない。物事を常に複眼的に見る習性を、知らず知らずのうちに身につけていたように感じる。

課題へのアプローチが複数見えることによって、怒ったり苛立ったりすることも少なくなる。人と対立することも減って、人間関係も良好になるのだ。

それも、旅の効能の一つだろう。

 いま日本はひじょうに混乱し、衰弱しています。これは日本の歴史はじまって以来、いちばんひどいいちばん根ぶかい混乱と衰弱だろうと思われます。悪くすると、日本はこれまでの日本とは違ったものになってしまうかもわからないし、また考えようで、もしかすると、新しい日本が生まれるかもしれない。そういう時期にわれわれはいると思うのです。これをわれわれ自身の力だけで、よいほうへむけることができるとは思われません。しかし、多小でもその方へむかってつとめなければならぬだろうし、つとめたい。われわれは、いずれにせよ、理屈からではなく、われわれ自身とわれわれの国を自ら救いたいという欲望を捨てさるわけにはいかないのです。

人生で初めて経験する前例のない事態の真っ只中にいる私にとって、三好氏が敗戦後に感じた不安はリアリティーを持って受け止めることができる。

時代の大きなターニングポイントに差し掛かった時、人間はいつの時代も迷い途方にくれるだけだ。

しかし、こんな時に三好氏が提唱したのが「歩くこと」であった。

 それには、何はともあれ、まず歩くことです。国の中を、ここからかしこへ行ってみることです。かしこからここへ戻ってきてみることです。それがわれわれにとって、苦しくつらいだけだったら、つまり私どもにとってそうすることが不幸になることだけだったら、われわれ小さいよわい人間にはかならずしもやれないし、またそんなことはしない方がよいという考えもありうると思います。しかし歩くことは、それ自体としてたくさんの楽しさや喜びをともなうものです。苦しいことよりも、たのしいことのほうが、たぶん多いことです。われわれにも、たやすくできることなのです。
 そこで、歩くということは、どういうことだろう?
 まずそれは、現在自分がかかずらっていることやもののいっさいを捨てて、自分の身体ひとつでそこから抜けだしていくということです。
 そのときの自分は、歩いていくということに必要のない、ムダなものは一つも持たないが、必要な最小限のものだけはかならず持っているということです。つぎに、はきものその他の足ごしらえをしっかりするということです。それから、健康状態にある程度自信が持てるということだし、飲食物や気温や天候に気をくばって健康をたもつための注意を怠らぬということです。それから、しだいに歩み進むにしたがって、自分にとっての親しい者を失い、見知られぬ人として見知らぬ人びとのあいだに自分を投げだし、孤絶し、さびしくなっていくということです。そのさびしさの中で、いやでもあなたは見知らぬ人びとや見知らぬものや自然を見てすぎながら、その人たちやものや自然から、言葉や形や色でもって語りかけられるということだし、つぎに、あなたのほうでもそれらに語りかけないわけにはいかないということです。

ちょっと単純で、唐突に思える提案。

でも、所詮、人間はそうやって生きてきたのかもしれない。

敗戦という、とてつもない喪失感の中でも、人は歩くこと、とにかく一歩を踏み出すことで心の整理をつけ、前を向くことができる。

三好氏の作品は、そんなことを私たちに語りかけているように感じる。

机に座って悶々とするよりも、とにかく身軽に一歩を踏み出してみる。

そうすると、何かが見えてくる。

心が落ち着きを取り戻してゆく。

確かに、そうかもしれない、と私は聴きながら思った。

コロナがなければ、三男の結婚相手のご両親に、昨日初めてお会いする予定だった。しかし、外出自粛で会食もままならず、代わりに電話でのご挨拶となった。

政府によれば、これもある意味「新しい生活様式」ということになるのだろう。

でも、三男が結婚すれば、私たち夫婦は名実ともに子離れすることになる。

もうすぐ会社を完全にリタイアした後には、私は「旅行」を生活の柱にすると決めている。

それは、遠い国への旅でもあり、日常的な吉祥寺の散歩でもある。

三好氏の「歩くこと」は、そんな私の背中を押してくれているように感じた。

どんな時代でも人は悩み、進むべき道を探してきた。コロナの時代、こんな先人の言葉に出会えたことはある意味、何らかの運命だったのかもしれない。

青空朗読。

また、時々聴かせてもらおうと思って、パソコンのブックマークに追加しておいた。

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