<吉祥寺残日録>定年後を考える😄 いのちは時間!「日野原重明 100歳の金言」でセルフチェックする #220507

昨夜、妻は久しぶりに長い時間寝ることができた。

前日に医師に処方された『半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)』という漢方薬が効いたのかもしれない。

妻の不眠症をきっかけに、人生についていろいろ学び考えた今年のゴールデンウィーク。

昨日図書館に行った時、こんな本が目に止まった。

『日野原重明 100歳の金言』

妻が時々、日野原先生の話を口にするのを聞いていたからだろう。

日野原さんは聖路加国際病院の医師として100歳まで医療に携わり、2017年に105歳で亡くなった。

その日野原さんが101歳の時に出版したのがこの本で、100年の長い人生経験を通して人に伝えたい50の言葉を書き残した。

独特の雰囲気を持ったおじいさんだったが、果たして100歳になった時、人間はどんなことを思うのか早速読んでみることにした。

いのちは時間

50の金言のまず最初は『いのちは時間』という言葉だった。

何気なく読み始めて、ちょっと大袈裟かもしれないが衝撃を受けた。

のちのち覚えておきたい言葉だったので、この文章を全文引用させてもらおうと思う。

「いのちはどこにありますか?」。全国の小学校を訪れ、10歳の子どもたちに、そんな質問を投げかけています。いのちの大切さを考えてもらうきっかけとして、「いのちの授業」を行なっているのです。

多くの子どもは、自分の心臓を指差しますが、私はこう言います。「心臓は、酸素や栄養を含んだ血液を、脳や手足、そして内臓に送り届けるポンプです。生きるために大切な臓器だけれども、いのちではありません」。では、いのちとは何でしょうか?

いのちとは、私たちが自由に使える時間なのです。いのちも時間も、目には見えないけれど、使うことができる。時間を使うことでいのちが形となります。この世に生まれてから死ぬまでの時間は、すべての人に平等に与えられています。肝心なのは、自分のいのちである自分の時間を有意義に使うこと。授業ではこう続けます。

「君たちが大人になったときに、日々どうやって大切ないのちの時間を使っているかをもう一度考えてください」

子どものうちは、誰しも勉強や遊びに自分の時間を費やします。でも大人になったら、いのちの時間をぜひ人のために、世界で困っている人のためにも使ってほしい。多くの人がそうすることで、いのちは輝き、戦争のない平和な世界が実現できるに違いありません。

「日野原重明 100歳の金言」より

実に簡潔で平易な文章だが、私はハッとした。

「いのち=時間」などと考えたことは一度もなかったからだ。

そもそも「いのちとはどこにあるか?」などということを考えたことがなかった。

日野原さんは熱心なキリスト教信者なので、こういうことを日頃から考えていたんだなあと感じる。

でも確かに、自由に使える時間こそが「いのち」だと考えれば、それを無駄にするのはとてもいけないこと、もったいないことのように感じられる。

私は「いのち=時間」を有意義に使っているだろうか?

日野原さんの50の金言をたどりながら、セルフチェックをしてみることにした。

自分の道を歩むために

50の金言は5つずつにテーマ分けされているが、最初の章のテーマは「自分の道を歩むために」。

先ほどの「いのちは時間」のほかに、4つの金言が収められている。

1. いのちは時間

与えられた時間を有意義に人のためにも使いなさいという教えだが、これからの人生はそのように生きていこうと努力しているので、セルフチェックとしては「△」。

2.幸福は心のなかに

幸福とは、どこか外にあるものではなく、もっと身近な、自分自身の心のなかにあるものです。世の中にあふれるたくさんのモノやお金、地位や名誉を手に入れることが幸福なのではありません。心のなかに抱く、感謝の気持ち。それが幸福の源なのです。

「日野原重明 100歳の金言」より

私も隠居生活に入ってから、心に幸福感があり、感謝の気持ちもあるのでこれは「○」としたい。

3.3つの「V」をもつ

(牧師だった)父が、常々口にしていた言葉があります。

「3つのVをもちなさい」

第一のVは、ビジョン。将来を見すえた、大きな展望を指します。第二のVは、ベンチャー(冒険心・開拓心)。未来を開く勇気ある行動がなければ、ビジョンは完成されないという意味です。そして第三のVは、ビクトリー(勝利)。ビジョンを描き、勇気をもって行動すれば、いつか夢を手につかむことができるということです。

「日野原重明 100歳の金言」より

「ビジョン」「ベンチャー」「ビクトリー」。

何だか自己啓発セミナーで使われそうなワードが日野原さんから語られたのは意外だったが、金儲けや権力欲を目標とするのではなく平和な世界を実現することに3つの「V」を使うのであれば、ぜひ心がけていきたい教えである。

とりあえずセルフチェックは「△」にしておく。

4. having より being

アメリカの精神分析学者であり、かつ社会心理学者である、ドイツ生まれのエーリッヒ・フロムは、こんな言葉を残しています。

「人間はしばしば、どうあるかというよりも、どうもつかということに心を奪われる」

でも、私たちはもともと何ももたずにこの世に生まれ、そしてまた、何ももたずにこの世を旅立ちます。だから重要なのは、もつことではなく、人としてどうあるかということ。having よりも、being に心を傾けるべきなのです。

「日野原重明 100歳の金言」より

これはまさに最近私も思っていることなので「○」。

日野原さんも哲学に関心があったのだと、その点も共感するものを感じた。

5. 大切なものは見えない

サン=テグジュペリの名著「星の王子さま」に登場する有名な言葉を引用しながら・・・

「大切なものは、目には見えないものだ」

確かに、いのちは、目には見えません。触ることもできません。サン=テグジュペリは、いのちに関して私と同じことを考えていたのかもしれません。

同様に、生きるために欠かせない酸素や、人と人をつなぐ絆や愛、そして幸福もまた、目ではっきりと見ることはできません。そしてまた、わたしたちを苦しめながらも、人間的に成長させてくれる困難も、目には見えません。もしかしたら、私たちの人生に欠かせない大切なものほど、目に見えないのかもしれません。

神さまに畏敬の念をもつように、手に触れられない、目には見えない大切なものに日々感謝しながら行動する。それが「生きる」ということなのです。

「日野原重明 100歳の金言」より

私は仕事として「星の王子さま」に関わったことがあり、それ以来この言葉はずっと私の中に残っているので「○」。

生きがいをもつために

6.習慣がつくる

「習慣がつくる、体も心も」。私の尊敬するアメリカ医学の開拓者、ウィリアム・オスラー先生の言葉です。習慣は、心のありようも変えるということです。私は、毎朝6時に起床しています。前日疲れていても、就寝時間がどんなに遅くとも、目覚めはいつもさわやかです。そうした習慣のおかげで、生きがいを感じながら、清々しい気持ちで1日を送ることができています。

「日野原重明 100歳の金言」より

私も毎日7時には起床して、それほど生活習慣が乱れているとは思わないが、あまり意識したこともなかったので「△」。

7. 達成感が生きがい

達成感は、健やかな人生を送るために欠かせないエッセンス。たとえ、どんな小さな達成感であっても、それは必ず人生にプラスに作用し、生きがいにつながっていきます。

「日野原重明 100歳の金言」より

日野原さんの場合、エスカレーターや動く歩道を使わず、歩いて若い人たちを追い抜いては「よし、5人抜いたぞ!」と達成感を得るのだという。

私はエスカレーターも動く歩道も必ず使うので「✖︎」。

8.コミットメントを果たす

未来の約束は、生きる原動力。大切な人との果たすべき約束は、生きがいになります。そのため私は、予定を「アポイントメント」とは呼ばず、「コミットメント」と呼ぶようにしています。アポイントメントは、変更可能な予定というイメージですが、コミットメントとは、神と交わす約束のような、達成すべき義務に近いもの。私にとっては、いわば人生の目標となる感覚です。

「日野原重明 100歳の金言」より

日野原さんは10年先の予定が書き込める手帳を愛用し、この時も110歳までのスケジュールを書き込んでいたという。

できるだけ予定を入れないようにしている私は、この点では完全に「✖︎」である。

9.いつでも人生の現役

「余生をどう送りますか?」とよく聞かれます。私は「余生はありません」と答えます。100歳でも、いつでも現役だからです。

国の労働力の中心は、生産年齢人口である65歳までの若い世代が担い、それより上の世代は、経済的な成果を得ることではなく、意味のある生活をすることで、社会を良い方向へもっていく。それが、これからの国家の強い大きな力になるのだと思います。

年老いても、老人ではない。病気をもっていても気を落とさず、いつでも精神的に人生の現役であれ。そう提案したいと思います。

「日野原重明 100歳の金言」より

日野原さんのように100歳になっても現場で働くのは嫌だなと思って読み始めたが、言わんとすることは「人生の現役」、「意味のある生活をすることで、社会を良い方向へもっていく」ことならば私も大いにその提案に賛成だ。

今の私はまだ「△」といったところだろう。

10.良きモデルを見つける

理想とする先輩、尊敬すべき偉人など、人生にはお手本になる良きモデルが必要です。

良きモデルは、生き方の指針や目指す目標を与えてくれます。あなたも憧れのモデルではなく、生き方のモデルを見つけてください。

「日野原重明 100歳の金言」より

これはとても良いアドバイスだと思う。

私の場合はどうだろうと考えてみたら、司馬遼太郎、立花隆、中村哲といった人たちの名前が浮かんでくる。

自分自身の心に忠実に行動し、自らの人生のスタイルを貫いた人たちだ。

良きモデルを見つけ、自らを磨くという意味ではまだまだ駆け出しということで「△」としたい。

人との絆をつくるために

11.受けた恩は別の人へ

日野原さんは「よど号」ハイジャック事件に巻き込まれ人質となった経験を持つ。

帰国し、羽田からたどり着いた自宅で迎えてくれたのは、たくさんのお見舞いの花でした。感謝の気持ちで胸を熱くし、心配してくれた方々への礼状には、私に続き、妻・静子が、こう綴りました。

「・・・いつの日か、いづこかの場所で、どなたかにこのうけました大きなお恵みの一部でもお返し出来ればと願っております」

「日野原重明 100歳の金言」より

とても素敵な言葉だと思った。

日野原さんの奥さんも熱心なキリスト教信者で、こうした言葉が自然と出たのだろうが、儀礼的な贈り物のやり取りではなく、いただいた恩を困っている別の人にリレーするというこの発想はぜひ見習いたいと思う。

この発想は全くなかったので「✖︎」。

12.会話は「ラ」音で

「こんにちは」と挨拶するとき、「いかがでしょうか?」と患者さんに話しかけるとき、私はいつも明るい声で、ドレミファソラシドの「ラ」の音を意識して話すようにしています。

「日野原重明 100歳の金言」より

「ラ」音はオーケストラが音合わせをする際に使う音で、普段の会話も低い「ド」の音ではなく、高い「ラ」の音を意識することで良好なコミュニケーションが生まれるという。

全く考えたこともなかったので「✖︎」。

13.笑顔は最高のお返し

人からお世話になったときに、いくらかのお金や、モノでお返しをすることができます。でも、一番いいお返しは“笑顔”であることを、私は末期がんで入院されたひとりの患者さんから学びました。

「日野原重明 100歳の金言」より

私の母はいつも笑顔を絶やさない女性で、そのためか90歳を目前にしてもまだまだ元気に一人暮らしを続けている。

老人はどうしても表情の豊かさを失いがちで、現役時代は「能天気」と言われた私も鏡をみれば仏頂面をしていることが多い気がするので気をつけなければという思いを込めて「✖︎」。

14.家族の輪を維持する

家族のあり方としてみた場合、日本のお年寄りはもっと自立するべきだと思っています。アメリカでは老人の自立心が強く、子どもには過度の期待をしません。老人ホームを自分で選び、進んで移り住みます。遺産を子に譲るという考えも、子の稼ぎに期待するという考えもほとんどなく、割り切った関係です。けれども、誕生日やクリスマス、感謝祭のような節目には家族で集い、絆を確かめ合う。そうすれば、平素はたとえ離れて暮らしていても、家族の輪がぷっつりと途切れることはないでしょう。

「日野原重明 100歳の金言」より

これはまさに私の考えと全く同じであり、すでに実践しているので「○」。

15.夫婦の強い絆

日野原さんの奥さんは教会の日曜学校の先生をしていた物静かな人で、長年家庭を守るとともに日野原さんの活動を支えてきたが、肺がんで右肺を切除した後は出歩くことが不自由になった。

出版時には認知症も進み介護を受けながら入院生活を送っている奥さんについて、他の項目の倍の分量を使って感謝の気持ちを書いている。

たくさんの患者さんに接してきましたが、妻に対しては、医師としてケアを施すというより、ただそばにいたい・・・。そういう気持ちで彼女の快復を待っています。

私たちはお互いに、空気のようになくてはならない存在なのです。夫婦とは、そういうものなのだと、つくづく感じています。

「日野原重明 100歳の金言」より

これもとてもよくわかるし、今はまさに我が家も夫婦2人きりの生活なので「◯」。

私とは全てにおいて異質な人格だが、せいぜい妻を大切にして生きていきたいと思っている。

病に屈しないために

16.病気は贈り物

誰もが病気になると、自分は不幸だと思います。でも、その体験は後で神さまの恩寵だとわかります。あなたがもし、病気を患ったら、嘆き悲しまず、そこから得るものがあることを思ってください。

「日野原重明 100歳の金言」より

この言葉は自分が重い病気にかかった時のために取っておこう。

今はまだ本当の意味で理解できていないと思うので「✖︎」。

17.音楽は癒やし

快い音楽によって、いっとき痛みや不安を忘れてしまうことがよくあります。音楽には、病を癒やす、未知なる力が存在しています。もし、あなた自身、または愛する家族や友人が、病で苦しむようなことがあったら、ぜひ音楽の力を活用してください。

「日野原重明 100歳の金言」より

妻の不眠症ではYouTubeから探した癒やしの音楽を妻に聴かせた。

一時的な効果はあったようだが、これは患者がそれを望むなどうかにかかっている。

私が病に倒れた時には試してみるとして、これは「△」としよう。

18.良き医師を選ぶ

特殊な病やケガには、専門医の力が必要です。でも平時は、気軽に相談でき、患者の体と精神を理解してアドバイスをくれる家庭医の存在が欠かせません。良き信頼関係の上で生活を見守ってくれる、かかりつけの医師を持つこと。それが長寿にもつながります。

忙しい時間を患者のために割き、診療に充てる。そういう医師を、ぜひ探してください。

「日野原重明 100歳の金言」より

還暦を過ぎてから、私も妻もさまざまな医者のお世話になることが増えてきた。

幸い吉祥寺にはさまざまな分野の医師がクリニックを開業していて、なるべく口コミなども参考にしながら相性の良い医師を探そうとしている。

私の場合には高血圧の治療を中心にかかりつけの医師はすでに見つかったので「○」としよう。

19.ストレスは鉛の棒

ストレスにはDISとEUの2種類があり、EUストレスは「寒稽古」のような良いストレスで、DISは前進を拒まれるような時に感じるストレスだという。

DISストレスを受けたときは、柔らかい鉛の棒をイメージしてください。ぐにゃりと曲がった棒は、時間がかかっても、いずれ元の棒に戻ります。ストレスも、無理に反発せずに、神さまの忠告と素直に受け入れ、時間をかけ原因を考えてみる。ときには家族や友人たちの力を借りることで、ストレスは癒え、やがて鉛の棒のように、心の傷も元通りに戻るのです。

「日野原重明 100歳の金言」より

私は正直、今はノーストレスなので「○」だが、将来のことはわからない。

必要な時が来れば使うとして今は妻にこの金言を贈りたいと思う。

20.幸せの種を育む

幸せは、目の前に、夢のように描かれているわけではありません。植物の種のように、目には見えないけれども、日常生活という地中のなかに身をひそめながら、でも静かに育まれているのです。

「日野原重明 100歳の金言」より

死期の近い60歳の女性に、日野原さんはチューリップの球根を渡し育てることを提案したそうだ。

日々球根に水をやり、花が咲く日まで生きたいと願うプロセスが人間を幸せにするということで、これも植物の好きな妻に贈りたい金言で「○」としたい。

苦難に見舞われたときに

21.重荷のまわりをめぐる

私たちは、自分の力では解決できない難問を抱えることがあります。そのときに思い出す言葉は、旧制高校で読んだ、ドイツの哲学者、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの「星のように急がず、休まず。人みなおのれの持ち場を回れ」です。

星というのは、静かに周期的に運行しています。急がず、休まず、星のめぐりのように生きたゲーテは、「・・・正直なところ、私の一生は努力と仕事以外の何物でもなかった・・・」と言っています。

薬で簡単に治療できないような病、手術で解決できないような病は、患者さんと家族を苦しめます。そういうときには、私もその悩みを共にし、自らの重荷ととらえ、一緒にまわりをめぐるようにするのです。

「日野原重明 100歳の金言」より

ここでも哲学が登場した。

「星のように急がず、休まず。人みなおのれの持ち場を回れ」、いい言葉だ。

どこまで実践できているか自信がないので、ここは「△」としたい。

22.耐えて待つ

辛い気持ちで耐える。それを「辛抱する」といいます。辛い心を自分で抱きしめながら、再起する日をじっと待つなかで、かならずどこかに救いの光があります。耐えて待つことは容易ではありませんが、そんなときには、竹の葉を連想してください。冬に雪が積もると、竹の葉っぱは雪の重みで垂れ、頭を下にしているけれど、日1日と温かくなり、春を迎える頃には雪が溶け、撓んだ竹の葉は元に戻ります。困難にあってもじっと耐えて待っていれば、人間の心も、竹の葉のように元通りになる日が、きっと来るのです。

「日野原重明 100歳の金言」より

いかにもキリスト教の教えのようだが、情景が目に浮かび勇気づけられる言葉だ。

きっといつか私にもこの言葉が必要な時が来るだろうが、今は平穏な日々なので「△」。

23.平静の心をもつ

人生には、災害や事件、アクシデントに見舞われることが多々あります。そのときに必要なのは、平静の心、不動の心をもつことです。

私の生き方を変えた「よど号」ハイジャック事件に遭遇したとき、私の頭には真っ先に、尊敬する医師ウィリアム・オスラー先生の講演集『平静の心』のなかの一節が浮かびました。

それは、要約すると「医師というものは、いかなるときも、心を平静にして、不動の態度がとれることが大切」と学生や開業医に語った言葉です。

「日野原重明 100歳の金言」より

私はジャーナリストとして生きてきて、心の平静を保つことにかけては自信があるので「○」。

24.分かち合う

苦しいときこそ、まわりの人と分かち合う。日本人はそうすることで、戦中戦後を何とか生き延びてきました。豊かになった現代でも、さまざまな困難は絶えません。それらに立ち向かうとき、分かち合う精神はきっと、大きな力になるはずです。

「日野原重明 100歳の金言」より

戦争を経験した世代がいないくなる中で、意図的に実践していかなければならないこと。

私の場合はまだまだなので「△」とする。

25.困難と闘い勝利する

幸福とは、恵まれた環境で満足のいく、素晴らしい状態が続くことではありません。スイスの法学者、カール・ヒルティは、著書『眠られぬ夜のために』でこう言っています。

「人生の幸福は、困難に出会うことが少ないとか、まったくないとかいうことにあるのではなく、むしろあらゆる困難と闘って、輝かしい勝利をおさめることにある」

「日野原重明 100歳の金言」より

日野原さんは、アウシュビッツに送られたが、虐殺の惨状を世に知らしめるという使命感から殺される覚悟で収容所の記録をメモに取り、のちに『夜と霧』を上梓したヴィクトール・フランクルの生き方も紹介しながら、幸福とは困難と闘い勝利することだと説いているのだ。

とてもよく理解できるし、私もぜひそうありたいと思っているが、実践はどうかと問われればせいぜい「△」といったところだ。

仕事で成長するために

26.努力と奉仕は人の2倍

仕事で新たなチャレンジが必要なとき、父はこう言いました。

「人の2倍努力し奉仕しなさい。きっと人間的に成長するから」

これは、新約聖書から得た信念だと思います。この言葉は人生のさまざまなシーンで、私を導いてくれました。

「日野原重明 100歳の金言」より

私は人並みの努力もしてこなかった人間で、息子たちにもこんな気の利いた言葉をかけたこともないので「✖︎」。

これからは少しでもこんな言葉の吐ける人間になりたいと思うが、人の2倍努力することはきっと生涯ないだろう。

27.今に全力投球

仕事には多くのトラブルがつきもの。大切なのは、自暴自棄になったり、くよくよ思い悩まずに、与えられたその日、その場に精一杯取り組むこと。聖書に「野のゆりを見よ」という言葉があります。ゆりの花が何も思い煩わず、ただ美しく咲いているように、私たちも明日のことを思い煩わず、今に全力投球するべきなのです。

「日野原重明 100歳の金言」より

サラリーマン時代から私は、自暴自棄になったりくよくよ思い悩んだりということがほとんどなかった。

今はますますマイペースなので、これは「○」でいいだろう。

28.プロフェッションの精神

プロフェッションという言葉には、「神さまに誓う(プロミス)、私の身を捧げます」と約束するような意味合いがこめられています。お金儲けのためだけでなくて、職業を通して神に仕え、人々のために尽くす。ときには自分の時間や体力を犠牲にしてまで、仕事をまっとうする。そうした姿勢が、プロフェッションです。

「日野原重明 100歳の金言」より

これは実にキリスト教徒らしい言葉だが、人のために生きるという「プロフェッション」の精神は、シニアとして生きる私にこそ必要となってくるのだろう。

そうありたいと思っていてもまだまだなので「△」。

29.後悔から人は学べる

人生に後悔はつきもの。けれどもかならず学ぶことがある。目を現実からそむけず、後悔と向き合い、生きていってください。

「日野原重明 100歳の金言」より

ここで日野原さんは、最初に担当した16歳の患者のエピソードを取り上げ、その時の自分の対応への後悔がホスピスを作るきっかけになったと書いている。

私もこれまで後悔はたくさんしたのだが、日野原さんと違いほとんどその中身を覚えていない。

それだけ人生に真摯に向き合う姿勢が欠けていたということで「✖︎」だろう。

30.大きな円の一部に

私には、中学1年生のときからずっと胸に留めてきた言葉があります。それは、牧師である父が、教会での説教で話したものです。

「小さな円を描いて満足するより、大きな円の一部になりなさい」

イギリスの詩人、ロバート・ブラウニングの詩から引用した言葉です。自分ひとりで円を完成させようと思わずに、その円の一部となって、壮大なビジョンをもち、大きな円を描くよう全力を尽くしなさい。その円が未完成でも、後を引き継ぐ人がかならず現れて、いつかひとつの円になる、ということです。

「日野原重明 100歳の金言」より

これはとてもいい言葉を教えてもらった。

プロデューサーとして多くの人をまとめる仕事をしてきたという意味では常に大きな円の一部を目指してきたので「○」、これからも同じように一人で小さくまとまらず大きな目標を掲げていきたいと思う。

健康で長生きするために

31.長寿の鍵“カロリー”

昔の日本人は、朝と昼の2食でした。それが、朝・昼・晩の3食になり、間食や夜食も加わって、今の食習慣となりました。でも、運動量の少ない成人男子なら、1日2000キロカロリーあれば十分。年齢を重ねた私なら、なおさらです。私の1日の摂取カロリーは約1300キロカロリーです。65歳で腹八分目の減食をし始め、現在は腹六分目を心がけた食生活を続けています。

「日野原重明 100歳の金言」より

私も会社を辞めてから減食を始め体重も減ったが、おやつは必ず食べる。

そもそも私は長生きをしたいと思っていないので、妻にやかましく注意されても間食をやめる気はないので「✖︎」。

32.30歳の体型を保つ

生活習慣病のリスクを減らし、健やかでいるために、私は30歳の頃の体重と腹囲を維持するよう努めています。身長は若いときの168センチより4センチほど低くなりましたが、体重は30歳のときと同じ60キロ、腹囲も85センチのままです。

30歳の体型をイメージしながら、食事の量を減らし、適度に運動をしましょう。また、入浴時か起床時に体重を測ることを、大切な日常行動としてください。

「日野原重明 100歳の金言」より

私は学生時代ほとんど食費を使っていなかったのでガリガリに痩せ、入社した頃には60キロほどだったが、サラリーマンになって収入が入るようになったうえすぐに結婚もしたので、入社後の1年間で体重が10キロも増え70キロを超えた。

今の体重はおよそ73キロなので、30歳の頃の体重に戻った計算だ。

50代の頃は大きく突き出していたお腹も、今は腹筋も見えるほどにお腹は引っ込んだ。

毎朝体重計に乗ることも続けていて、その意味ではパーフェクトなので「○」だ。

33.運動が若返りをかなえる

年齢が一番あらわれるのは、首です。後ろから誰かに呼びかけられたとき、あなたは首をまわして振り向くことができますか? 腰や肩から体をひねって振り向く人が多いことでしょう。歳を重ねるごとに首の関節が硬くなり、首だけをまわすことが困難になるからです。そのため私は、お風呂に入ったときに、首を左右にまわし、後ろを振り向く訓練をしています。おかげで関節がゆるみ、私の首は100歳とは思えない柔らかさです。

「日野原重明 100歳の金言」より

私も首が回らなくなったことに気づき、時々首を回すストレッチをしている。

気が向いたら運動もするし、岡山での農作業も結構な運動だ。

その意味では運動をしていないわけではないが、動かない日はほとんど体を動かしておらず、ルーティーンとしての運動は行っていない。

その意味では、これも「△」だろう。

34.若さの秘訣は「創める」

新しい何かを始め、自らの手で人生を創造する。つまり「創めること」は、生きがいをもち、元気に毎日を送るために必要です。

「創めることさえ忘れなければ、人はいつまでも若くいられる」

オーストリア出身の宗教哲学者、マルティン・ブーバーの言葉です。未知なる世界を学ぶこと、新たな趣味をもつことは、同時に、私たちの体内に眠る遺伝子を揺さぶり目覚めさせ、思わぬ才能を開花させるきっかけにもなります。

「日野原重明 100歳の金言」より

これは100%同意するし、すでに実践していると思っているので「○」。

「創めることさえ忘れなければ、人はいつまでも若くいられる」という言葉、覚えておきたいと思う。

35.健康感をもつ

病気が一切ない、完全無欠な人間はいません。では健康とはどういうことでしょうか?

それは自分の心でつくるものです。たとえ目に見えない病を抱えていても、あるいは闘病中の病気が実際にあったとしても、いつも心が爽快で、日々生きがいをもって、前向きに生きている。心に、健やかな健康感がある。そういう状態を、つまり健康と呼ぶのです。

「日野原重明 100歳の金言」より

私はかなり健康には無頓着な人間だが、訳もなく健康感は持っている気がするので「○」。

でも痛みには弱いので、この先「健康感」を維持できるよう頑張ろう。

毎日を新鮮に生きるために

36.幸せの敷居は低く

幸せの敷居が低いと、ちょっとしたことにも喜びが感じられます。人からのなにげない親切や思いやりに、心が満たされます。だから私は、日々、たくさんの幸せを享受することができ、不幸だと感じることはありません。

モノがあふれ、一見豊かに見える現代なのに、心の豊かな人は、そう多くはありません。心の豊かさを取り戻すためにも、幸せの敷居は低いほうがいい。私は常々そう思っています。

「日野原重明 100歳の金言」より

これも100%同意で、私も完全にそう思っているので「○」。

今の日本人はあまりにも無菌室的な暮らしに慣れすぎているから、汚いとか不便だとか文句が出るのだ。

私の場合、若い頃たくさんの発展途上国を旅した経験が、幸せの敷居を低くしてくれたと思っている。

37.災いはプラスに転ず

悲しみを共にする。それは、エンパシー(共感する)という言葉でいい表すことができます。シンパシー(同情する)は、単なる同情ですが、エンパシーは感情移入をして共感すること。辛い出来事を自己体験した人にしかできないものです。

人生の失敗も屈辱も悲しみも、すべての体験は、マイナスではありません。エンパシーの心のように、大切な何かを得ることができるからです。災いはいつかかならず、プラスに転じるのです。

「日野原重明 100歳の金言」より

私は人よりも鈍感力が強く、辛いこともすぐ忘れてしまうタチなので、どうもこのエンパシーの感情が足りていない気がするので「✖︎」。

今後、私はどん底に落ち込むような経験が待っているとしたら、その時に本当の意味を知るのだろう。

38.幸せは精神の豊かさ

一般的に、国の経済力を示す目安には、その国で生産された物やサービスの1年間の合計額である国内総生産(GDP)という数値が用いられています。けれども、ブータン王国では1972年、先代の国王により、幸福感をもっていることが一番大切だと、国民総幸福量(GNH)と呼ばれる数値が提唱されました。国民総幸福量とは、物質的豊かさよりも、心の幸福度、健康状態や家族生活などを総合的に数値化したものです。

目に見えない幸福を評価することは難しいことですが、私はブータン王国の志に、大いに賛同したいと思っています。

「日野原重明 100歳の金言」より

若い時には物質的な欲望が強く、国民総幸福量と言われても綺麗事だと感じていたが、今では私もGDPよりもGNHを大切だと感じるようになった。

みんなが幸福だと感じる社会こそ目指すべき状態であり、私の今の状態は「○」だと思う。

39.生活は質素に志は高く

Plain living and high thinking.(生活は質素に、志は高く)

イギリスの詩人、ウィリアム・ワーズワースの言葉です。住むところには、居間があり寝室があれば十分。物質的なことだけではなく、もっと高いところに志を向けて努力する。そんなものの考え方に基づいた暮らしこそ望ましいと、この言葉を思い出すたびに感じています。

こうした心の広さ、外国の人の良い点を、日本人はもっと学び、見習いたいところです。

「日野原重明 100歳の金言」より

日野原さんは自分の子供だけでなく、世界の困っている子供たちにも手を差し伸べているアメリカ人教授の話を例に挙げながら、視野の狭い日本人に呼びかけた言葉である。

私もそうありたいと思いつつ、まだ実践できていないので「△」。

40.生き方に温かさを

年長者というのは、ときとして若い人たちの意見を遮り、上から押しつけるような態度をとりがちです。これまで歩んだ道のり、数々の経験からの助言は、もちろん貴重なものですし、そのなかには若い人々の人生を良き方向へ導くような、珠玉の言葉が隠れていることでしょう。年長者の人たちには、勇気をもって若い人たちに提言を続けてほしいと思っています。

何歳になっても、異なる世代の人々と積極的にコミュニケーションを図りながら、大きな心であらゆる境遇の人を理解しようと努める。そして、やわらかに教え導く。そんな、温かさと深さのある生き方をしている年長者を目指したいものです。

「日野原重明 100歳の金言」より

これも100%同意できる教えである。

私は「昭和がよかった」などとノスタルジーに浸る高齢者の気持ちは全く理解できないし、機会があれば積極的に若い人たちとも交流し続けたいと思っている。

ただ現在はコロナ禍であり、家族以外の若者とはほとんど交流していないので「△」。

「ありがとう」と死ねるために

41.有終の美を飾る

いずれは、誰もが迎えることになる死。できることならば、絶望的ないのちの終わりではなく、生きてきたことに感謝し、家族や友人に「ありがとう」と言って、この世を去りたい。救いとなるような死に様で、静かに有終の美を飾りたいものです。

「日野原重明 100歳の金言」より

私はすでにいつでも「ありがとう」と言って旅立つ心の準備はできているつもりなので「○」。

42.死は生き方を表す

私たちの体にある骨髄でつくられた白血球は、寿命が約3週間しかありません。こうしている今も、たくさんの白血球が死に、同時に生まれているのです。寿命約3か月の赤血球も同じです。体のなかでは、細胞の生と死が繰り返され、その循環によって、私たちのいのちは支えられています。死は、とても身近な存在なのです。

「日野原重明 100歳の金言」より

お医者さんらしい例えなのでこの部分を引用したが、この後日野原さんは、お釈迦様の「生きる苦しみ」「老いの苦しみ」「病む苦しみ」「死の苦しみ」という人間が経験する4つの苦しみ、「どう良く生きるか、そして良く病むこと、良く死ぬことを、模索する必要がある」という言葉、さらにシェークスピアの「終わりよければすべてよし」という言葉に触れながら、『死は、生き方を表す』と説く。

死をどのように迎えるかを、元気なうちから考えてほしいということだが、私はここにきてかなり実践しているので「○」としたい。

43.ユーモアの力

奥さんが亡くなる2日前のことです。いよいよ痛みがひどくなってきて、ご主人の表情も次第に暗くこわばり始めたとき、奥さんが「私は若いから、天国に行ったら、そこで誰か素敵な人と結婚するわ」と冗談を言ったのです。本気であわてたご主人に「あなた、おバカさんね」と奥さんは朗らかに笑い、ご主人の緊張した顔も、すぐに笑顔に包まれました。

死生学の権威である上智大学名誉教授、アルフォンス・デーケン神父は、「ユーモアというものは、恐怖を払うほどの力がある」と言っています。まさにそれを実証するような出来事でした。

「日野原重明 100歳の金言」より

とても素敵なエピソードだが、果たして自分ができるかどうかは自信がないので「△」とする。

日頃からユーモアのある言葉を口にしないと、いざという時に出てこないだろうから、これにも訓練が必要な気がする。

44.いのちは長さより質

今思えば、いのちが時間であることを知らせてくれたのは、私の母だったように思います。母は、私が10歳で急性腎炎を患い、自宅で静養していたとき、書道の練習を勧めました。また、アメリカからきた宣教師夫人のピアニストのもとへ、ピアノのレッスンを受けにいかせてくれました。おかげで、暗く沈んでいた私の心は癒やされ、退屈な日々が一変しました。習字はクラスで一等をとるまでに上達し、ピアノは後に、音楽という生涯欠かせない趣味を得るきっかけになりました。

いのちとは、長さではなく質が問われるもの。それを心に留めていれば、きっと素晴らしい一生を送ることができるでしょう。

「日野原重明 100歳の金言」より

日野原さんの金言には、身の回りの人からもらったたくさんの教えが活かされている。

私は長生きは望んでいないので「いのちは長さより質」ということには100%同意するが、私には自分の人生に影響を与えた教えを覚えていないという欠点があるため、これも「△」という感じだろう。

45.人のために時間を使う

私はあの世に対しては、次のようなイメージをもっています。死んだら誰もが、閻魔さまの前に立たされると思ってください。閻魔さまの前には天秤棒があり、右の秤には趣味や仕事、お金儲けなど自分のために使った時間の錘が、左の秤には人のために使った時間の錘が載せられていて、左に傾けば文句なく極楽へ。せめて平衡か、右側の自分の時間のほうへ傾いても30度ぐらいが理想です。

100年生きてきた私ですが、傾きは右へ80度ぐらいでしょうか。人のために使った時間はまだまだ少ないに違いありません。天寿をまっとうし、天国への道を望むのならば、自分のためではなく、人のために時間を費やす人生を送りたいものです。

「日野原重明 100歳の金言」より

日野原さんが右に80度だとすると、私はおそらく右に88度ぐらい傾いているということだろう。

これを平衡に戻すためには、相当人のために時間を使わなければならない。

現状では「✖︎」と判定せざるを得ないだろう。

未来への道をつなぐために

46.いのちと死の教育

現代は、医学が発達したため、また大家族で暮らすことも減ったために、子どもたちが日常で死を体験することは少なくなりました。しかし、本来死とは、子どものときから自然と体験するべきもの。死を通して、いのちを与えられていることの素晴らしさを知ることができ、健やかな毎日に感謝することもできるからです。

「日野原重明 100歳の金言」より

確かに、最近では子どもが親族の葬式に参列することも少なくなった。

私にしても、大学で東京に出てからは、親戚の葬儀にもほとんど参列しないまま還暦を迎え、葬儀といえば仕事上の儀礼的なものがほとんどだった。

だから息子たちが人の死に立ち会ったといえば、せいぜい私の父が死んだ時ぐらいだろう。

孫たちもほとんど人間の死に接していないことを考えれば、我が家における「いのちと死の教育」は「✖︎」と言わざるをえまい。

47.平和をつくる

私の最大のミッションは、平和な未来をつくるために、私のいのちを最大限に活かすことです。

「いのちを大切にするための最大の政策は、平和を実現すること」

歴史的な哲学者のイマヌエル・カントも、『永遠平和のために』という著書のなかで、そう記しています。

未来を担う子どもたちに平和への道筋をつくり、しっかりと意志をつなげたい。そのためには、引き続き平和へのアクションを率先して行う必要があります。それが、私たち大人の使命です。

「日野原重明 100歳の金言」より

私がテレビ局を志望した動機も「世界平和に貢献するため」だった。

今も自分の残りの人生は平和のために貢献することに捧げたいと考えている。

だから「○」にしたいところだが、コロナ禍の影響で具体的なアクションがスタートできていないので「△」とする。

48.家庭は学びの場

「学校は教えるところ、家庭は学ぶところ」

慶應義塾の創設者であり、偉大な教育者・福澤諭吉も、『福澤文集』の「教育の事」でそう言っています。

ですから私たち大人は、子どもたちの良きモデルでなければなりません。また、子どもが誤った行動をしたときは、ただ怒るのでは逆効果です。怒る大人の顔は憎しみの表情であふれているからです。怒るのではなく、叱ること。叱るというのは、子どもに事の筋を話して、正しい行動をするように導く愛の言葉です。

「日野原重明 100歳の金言」より

子育てを妻に任せっきりだった私には耳の痛い話ではあるが、会社を辞めた今ならば、子どもや孫にいろいろ助言をしてあげられる余裕ができた。

でも実践はまだこれから、ということでこの項目は「✖︎」。

49.相手を恕す

中国には「寛恕」という言葉があります。広く寛大な心で、相手をとがめず恕す(ゆるす)という意味です。“恕”の字には、自分のことのように他者のことを考えて、自分をゆるすように相手をゆるすという意味が含まれます。私は子どもも大人も、この「恕すこと」が不可欠だと思っています。恕すことは、争いを避けるための唯一の方法であり、世界平和にもつながる道だからです。

「日野原重明 100歳の金言」より

「許す」ではなく「恕す」。

私は自分は比較的寛大な人間だと思っていて、恕すことができる人間だと思っているので「○」。

不寛容さが蔓延する世界で、どうすれば「寛恕」の心が広がるのか、とても難しい課題だと思う。

50.老人が未来をつなぐ

私も老人のひとりとなって思うことは、歳をとったら気持ちのしなやかさが必要だということです。よくお弁当に小さな醤油の袋が入っていますが、切り口がどこにあるのか見えず、無理やり歯で噛み切って開ける人がいます。でも私はそういうとき、すぐに隣の若い人に「開けてください」とお願いします。

あなたも老人になったならば、しなやかさをもって若い人と活発に交流をし、未来への道をつないでほしいと思います。

「日野原重明 100歳の金言」より

50の金言の最後は、若者たちにどのようにつないでいくかということ。

日野原さんは2000年に「新老人の会」を立ち上げた。

元気あふれる75歳以上をシニア会員、60〜74歳をジュニア会員、さらに20〜59歳の若年の人をサポート会員とし、三者間の交流を図りながら、さまざまなクラブ活動やボランティアを行なっているそうだ。

私も吉祥寺をベースにそのような活動をやってみたいと思っているので「△」としたい。

「日野原重明 100歳の金言」。

50の金言を使ってセルフチェックしてみると、「○」が19、「△」が18、「✖︎」が13。

どちらかといえばポジティブだが、ほとんど気づいていなかった指摘もあった。

この本が書かれたのは東日本大震災の直後だった。

日野原さんは、あとがきをこんな言葉で締めくくっている。

フランスの哲学者、アンリ・ベルクソンは「人間というものは、自分の運命は自分でつくっていけるものだということを、なかなか悟らないものである」と言っています。自分の運命は、自分でつくっていける。だから、どうか災害を受身の運命としないでほしいと思います。

私の言葉で言えば「人間はみな、運命をデザインできる」。それを原動力に、復興の道を力強く共に歩んでいきたいと思います。

あなたの人生はあなた自身がつくるものだということを、そして、その人生はいつでも幸せにできるということを、本書から少しでも感じとっていただければ幸いです。

「日野原重明 100歳の金言」より

妻の不眠症をきっかけに先人たちの言葉に興味を持つようになったが、キリスト教に裏打ちされた日野原さんの言葉には学ぶことが実に多かった気がする。

そんじょそこからのシニア本とは一線を画する定年後必読の書だと感じた。

ネコ日和

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