スポーツにはやはり予想外のドラマが待っているものだ。
ヤクルトの村上宗隆選手が昨夜のシーズン最終戦、最終打席で豪快なホームランをライトスタンドに叩き込んだ。
待望の56号ホームラン。
打った瞬間にホームランとわかる村上らしい豪快な一発で、ついにあの王貞治さんを超えたのだ。

村上が、王さんが持つ日本人選手最多ホームラン記録55本に並んだのは9月13日のこと。
それまでの量産ペースを考えると、バレンティンが持つプロ野球記録を更新することもほぼ確実だろうと見られていた。
ところがあれから半月以上、信じられないような打撃の不振が続いた。
おそらくは、常人には計り知れないようなプレッシャーに襲われたのだろう。
それが最終戦の7回、村上にとって今シーズン最後の打席で56号が飛び出したのだ。
実に61打席ぶりのホームランであった。

さらに、記録はホームランだけではない。
村上のすごいのは長打力に加え、確実性も備えているところである。
ホームラン王と打点王の二冠は早々に確実としていたが、打率は最後まで中日の大島選手と競り合った。
最終戦で4打数ノーヒットに終われば、打率で逆転される計算だった。
第2打席でヒットを打ち三冠王を事実上確定させたことが、最終打席のホームランにつながったのかもしれない。
日本のプロ野球で三冠王が誕生するのは、2004年ダイエーの松中選手以来18年ぶり。
弱冠22歳での三冠王獲得はプロ野球史上の最年少記録で、これまで最も若かったのは落合選手の28歳だったからいかに村上がぶっちぎりで若いかがわかる。

テレビでのプロ野球中継がめっきり少なくなったので、ライブで村上の試合を見ることは全くなかったが、スポーツニュースで紹介される彼のスイングは日本人離れしていて見ていて気持ちがいい。
あれだけスイングが早くて、しかも正確にボールをとらえる技術を持っているというのだから、村上の素質は松井選手を超えていると見るべきであり、きっとメジャーに行っても活躍できるだろう。
さらに村上の特徴の一つは、レフト方向へもホームランを打てる広角打法にあるという。
若き日の村上を紹介する番組で登場するのは中学校時代の恩師で、ライト方向に引っ張ると村上の打球は高いフェンスを超えて隣家の屋根を壊してしまうため意識的なレフト方向に打てと指示したと話す。
これが現在の広角打法に結びついたかはわからないが、中学時代に仕方なく身につけた打ち方が強みになっているとすれば実に面白い。

今年のプロ野球では、伝説になりそうなことがいくつも生まれている。
村上の5打席連続ホームランもその一つだが、パリーグでは最終戦で奇跡のような大どんでん返しが起こった。
首位のソフトバンクが圧倒的有利な中で迎えた最終戦。
ところが、この試合でソフトバンクが負け、2位のオリックスが勝ったため2チームが全くの同率で首位に並ぶ結果となった。
長いシーズンを戦って、上位2チームが勝ち数も負け数も同じ同率で首位に並んだのはプロ野球史上初めてだという。
こうした場合は直接対決の結果で決めるそうで、オリックスがソフトバンクとの直接対決で勝ち越していたため、同率ながら順位が逆転し、オリックスの2年連続リーグ優勝が決まったのだ。

オリックスを引っ張ったのは、エースの山本由伸。
2年連続でパリーグの投手5冠(最多勝、最優秀防御率、最多奪三振、最高勝率、最多完封)に輝いた絶対エースだが、彼もまだ24歳と若い。
彼に続いて他のピッチャーたちも抜群の安定感を見せ、オリックスは今や「投手王国」と呼ばれる。
ひと昔であれば、もっともっと彼らの活躍に日本中が熱狂したであろうが、やはりテレビで放送しなくなったことで国民の娯楽としてのプロ野球の地位は圧倒的に低下した。
もはや一部のファンだけが楽しむスポーツであり、王・長島の時代はもちろん、イチローや松井の時代と比べても彼らの活躍が正当に評価されることを阻んでいるように見える。
やがて、村上も山本もアメリカに渡ることになるだろう。
今やメジャーで活躍しなければ国民的なヒーローにはなれない時代になったのだ。

男の子たちが将来なりたい職業としてプロ野球選手を選んだ時代は遠い昔となった。
それでも、今年村上選手が成し遂げたことは正当に評価してあげたい。
彼の現役生活はまだまだ続く。
どれだけの記録と感動を私たちに与えてくれるか、楽しみに見守っていきたいと思う。