ウクライナでの戦闘が連日伝えられる中、1本のドキュメンタリーを見た。

BS世界のドキュメンタリー「グレタ ひとりぼっちの挑戦」。
2020年、彼女の母国スウェーデンで制作された番組で、彼女が一人で国会議事堂前に座り込みを始めた時からずっと彼女に密着してきたドキュメンタリーだった。
グレタのことを私が知ったのは2019年3月、ニュージーランドでイスラム教徒に対する無差別テロが起きた日だった。
事件が起きた日は偶然、グレタが世界に呼びかけた「未来のための金曜日」であった。
すごい女の子がいるなと思ったが、その後彼女は「脱炭素」を訴える若者の代表として瞬く間に世界的な有名人となった。
日本でもメディアが彼女の言動を伝えるようになったが、私はそんなブームを冷ややかに見ていた。
彼女の実像を知らなかったからだ。

たまたまこのドキュメンタリーを見て、グレタ・トゥーンベリという少女に対する認識が変わった。
彼女はアスペルガー症候群で、周囲の子どもたちとうまく接することができず、学校に行けない時期が3年も続いたという。
その代わり、自分が興味を持ったことは飽きることなく貪欲に知識を吸収し、一度読んだ本を丸暗記してしまう天才的な側面を持つ。
そんな少女がある日、地球温暖化の問題を知り、地球の未来に大きな危機感を抱くようになる。
それまでは家族とバカンスに行ったりしていたグレタは、その日から家の電気を消して回るようになり、菜食主義となり、両親に対して飛行機に乗らないよう求めるようになった。
グレタの母は有名なオペラ歌手で、父親は俳優。
両親はグレタの変化に戸惑いながらも彼女を支え、特に父親は常に彼女に寄り添う良き同伴者になる。
2018年8月、グレタは地球環境を守るために行動しようとしない大人たちに抗議するため、「気候のための学校ストライキ」というプラカードを持って一人でスウェーデン議会の前に座り込む。
無言でただ座るだけ。
当初は、通りがかりの人が「学校を休むのは良くない」と彼女を諭した。
しかし、そんな一人の少女の行動がインターネットで拡散されるようになり、メディアが取材に訪れるようになる。
普段無口なグレタだが、インタビューに対してははっきりとしかも激しい言葉で政治家たちを批判した。
そうした積み重ねで彼女は怒れる若者の代表としてさまざまな場所に招かれるようになり、1年後には国連で開かれた「気候変動サミット」でのスピーチを依頼される。
飛行機に乗らないグレタは、父親と共にヨットに乗り込み荒れ狂う大西洋を越えてニューヨークに入った。

今や世界で最も有名な環境活動家となったグレタだが、密着取材が描く彼女の姿はとても痛々しかった。
時代の寵児としてどこに行っても人だかりとなり、世界中の有名人が彼女と写真を撮りたがったが、彼女が求めるような具体的な脱炭素対策は一向に進まない。
鉄道でヨーロッパ中を周り、どんなに訴え続けても、完璧主義である彼女が満足するような地球温暖化対策は、常に政治や経済の壁に阻まれる。
美辞麗句だけの大人たちに失望し傷つくグレタの姿は、まるでイエス・キリストを見ているかのようだ。
さらに彼女に有名になればなるほど、彼女に対する大人たちからの批判も大きくなっていった。
そんな大人たちの中に、アメリカのトランプ大統領やロシアのプーチン大統領もいた。
プーチンさんは、グレタの言動についてこう評した。
『彼女の発言に対する熱狂には共感しない。世界は複雑に変化いていると誰も教えていないようだ。アフリカやアジアにはスウェーデン並みの豊かさを望む国もある』

友達づきあいもうまくできない一人の少女が世界のオピニオンリーダーとなった。
行く先々で多くの人が集まるが、彼女は今も孤独なまま。
グレタは未来から来た少女のようだ。
一方で、同じく「孤立を深めている」と評されるプーチンは、グレタとは逆に、過去から来た人のように見える。
彼が求めているものは偉大なるロシア帝国の復活、彼は皇帝になりたいのだろう。
ロシア軍によるウクライナ侵攻を受けて、グレタも自身のInstagramに「STAND WITH UKRAINE」のボードを手に抗議の意思を発信した。
グレタが人類が誕生する前からの地球の歴史と未来を見ているのに対して、プーチンは中世から冷戦時までの東ヨーロッパの歴史にしがみついている。
「孤独」を抱える2人の人間のなんと対照的なことか。
グレタとプーチンが同じ時代を生きていること自体に、悲劇の原因が潜んでいるように感じる。

ウクライナへの軍事侵攻を続けるプーチン大統領は、ロシア国内での言論統制を一層強化するつもりらしい。
4日には、ロシア国内でのFacebookへの接続を完全に遮断したという。
Twitterへのアクセスも制限されていて、SNSを通じて反戦デモが呼びかけられるのを防ぐためだろう。
国営メディアでは、ウクライナでの市民への攻撃などは一切報じられておらず、インターネットや西側メディアに接しない市民の間ではプーチン大統領の支持率が上がっているという。

同じく4日、ロシア下院は、軍事行動に関して虚偽の情報を広げた場合に刑事罰を科す改正法案を採択した。
違反すると、3年間の自由はく奪刑か150万ルーブル(約150万円)の罰金が課され、深刻な影響を与える虚偽情報を拡散した場合には10年から15年の自由はく奪の刑を科すこともできるという。
この法案は上院を経てプーチン大統領の署名によって発効する予定で、対象となるのはロシア人だけでなく外国人にも適用される。

これを受けて、英BBCは、ロシアでの全ての記者の取材活動を一時的に停止したと明らかにした。
さらに、米CNNがロシア国内での放送を一時的に停止するほか、ブルームバーグ通信もロシア国内での取材活動を一時的にやめると報じられている。
文字通り、ロシア国内では戦前の日本のような言論統制が行われることになりそうだ。

世界中が震撼したロシア軍によるウクライナ南東部ザポリージャ原発に対する攻撃だが、その後ロシア軍は原発を占拠したという。
国際的な批判を受けてロシア側はウクライナの工作員の仕業だと弁明している。
ただこの原発攻撃に対しては中国も懸念のコメントを発表するなど、ロシアの孤立化をさらに深刻化させる要因になりそうだ。

アメリカの分析によれば、ウクライナ領内に入ったロシア軍は15万人を越えたという。
米国防総省高官は4日、記者団にウクライナ周辺に集結したロシア軍の92%がウクライナでの軍事作戦に参加したとの分析を明らかにした。米政権は2月中旬、集結したロシア軍は少なくとも16万9千人と推計しており、15万人以上がウクライナに入ったとみられる。
引用:日本経済新聞

さらにロシア軍は黒海沿岸での軍事作戦を加速している。
クリミア半島から東に侵攻した部隊は最後に残る主要都市マリウポリを包囲しているほか、西に進む部隊も軍港オデッサを目指して支配地域を拡大しているという。
黒海の港湾都市を奪われると、ウクライナ側の物資補給に重大な影響が及びそうで、市民生活はさらに厳しさを増すことになりそうだ。

こうしたウクライナでの紛争は世界に食糧危機をもたらそうとしている。
国連食糧農業機関(FAO)が4日発表した2月の世界の食料価格指数(2014~16年=100)は140.7と前月比5.3ポイント上昇し、11年ぶりに過去最高を記録した。植物油や小麦、乳製品など幅広い食料が値上がりしており、ロシアが侵攻したウクライナ情勢の緊迫化も食料高に拍車をかける。家計への打撃が一段と大きくなる。
引用:日本経済新聞

これまでの最高値は、パン高騰などに怒った民衆が独裁政権を打倒した中東の民主化運動「アラブの春」が起きていた11年2月の最高値(137.6)だった。
特に植物油は15.8ポイント高い201.7と値上がりが顕著だ。パーム油の世界最大の生産・輸出国インドネシアは、1月下旬から食用油の国内価格を安定させるため輸出制限に踏み切った。ロシアのウクライナ侵攻で黒海周辺からの輸出が滞るとの懸念から、ヒマワリ油の価格も急上昇している。
ウクライナ情勢は農産物相場にも波及している。穀物は144.8と4.2ポイント上昇した。ウクライナは小麦や大麦、トウモロコシの一大産地だが、戦闘の激化で供給が細る可能性が高い。穀物メジャーの米カーギルは同国での事業に支障が出ている。
一方、ロシアは世界最大の小麦輸出国で、ウクライナと合わせると輸出の3割を占める。欧米の制裁への報復措置として供給を絞れば、一段の価格上昇はさけられない。小麦の国内需要量の9割を輸入に頼る日本の食卓にも影響する可能性がある。
引用:日本経済新聞
「ポストコロナ」で世界的に消費が回復してくる中での食料価格の高騰は、発展途上国を直撃する可能性がある。
もしアフリカなどで旱魃が起きれば、飢餓による大量死が再び発生する可能性が懸念される。
戦争は常に、最も弱い者たちを最も痛めつけるのだ。

世界中の目がウクライナに注がれる中、北京では冬季パラリンピックが開幕した。
オリンピック同様、映画監督のチャン・イーモウが演出した美しいセレモニーだったが、私には全く楽しめなかった。
無言で行進するウクライナ選手団。
誰一人、笑顔の選手はいない。

そして大会前日になって、国際パラリンピック委員会(IPC)は、ロシアとベラルーシの選手団を参加させないとの決定を行った。
いったんは国名を外し中立的な立場での参加を認めると発表していたが、開会式直前に方針を一転させた。
両国が参加した場合、ほかの多くの国や選手から参加を拒否する考えを伝えられて大会開催が危ぶまれたためだという。
「申し訳ない。あなた方はあなたの政府の行動の犠牲者だ」
IPCのパーソンズ会長は、両国の選手たちに向けてこう述べた。

プーチン大統領の暴挙によって翻弄されるパラリンピック。
開会式に臨んだパーソンズ会長は悲壮な表情で異例のスピーチを始めた。
今夜は、まず平和のメッセージから始めたい、いえ、始めなければなりません。
共生を中核とし、多様性を祝い、違いを受け入れることを旨とする組織のリーダーとして、私は今世界で起きていることに強い衝撃を受けています。
21世紀は、対話と外交の時代のはずです。戦争と憎しみの時代ではありません。
オリンピック、パラリンピック期間中の休戦は、国連決議として193の国連加盟国の総意で、第76回国連総会で採択されました。
それは尊重し守るべきもので、違反があってはなりません。
IPCでは、より良い皆が共生できる世界、差別や憎しみ、無知とは無縁の紛争のない世界を目指しています。
ここ北京には、パラアスリートたちが46の国や地域から集まり、互いに競い合います。闘うのではありません。
スポーツを通して、彼らは人類の最高の姿を示し、平和や皆が共生する世界の基礎となる価値観を際立たせてくれるでしょう。
パラリンピアンたちは知っています。対戦相手は敵である必要がないこと。ともに歩めば、さらにより多くのことを達成できることを。
今夜、パラリンピックムーブメントは世界各国の当局者に呼びかけます。アスリートたち同様一つになり、平和、理解、共生を促してください。
世界はともに生きる場であるべきです。分断されてはなりません。
引用:ハフポスト
美辞麗句がお決まりの開会式での異例のスピーチ。
しかし、中国国営放送は途中で同時通訳を中断したという。
習近平氏の3選に向けて国威発揚の場と位置付けるパラリンピックにそぐわない発言は伝えない、中国の意向が反映された場面だった。

未来のために自らの命を削って世界をつなげようとしているグレタ・トゥーンベリ。
超大国の復活を夢見て世界を再び分断しようとしているウラジミール・プーチン。
私たちは、両極端を生きる2人と同じ時代を生きている。
どちらの生き方を選ぶのか、それとも両者をともに拒絶するのか?
世界中の人が今、その生き方を問われている。