<吉祥寺残日録>【参院選2022】沖縄「慰霊の日」に私は期日前投票で乙武さんと辻元さんに一票を投じた #220623

きょう6月23日は沖縄戦の終結から77年目となる「慰霊の日」である。

明治政府により一方的に日本に併合され、太平洋戦争では本土決戦に先立つ捨て石となった沖縄。

島民の4分の1が犠牲になったその歴史は、今も私に強い罪悪感とモヤモヤ感を感じさせる。

台湾有事となれば、再び沖縄は最前線として日本を守るための防波堤となってしまうのだろうか。

ロシアがウクライナに軍事侵攻したことで、にわかにきな臭くなってきた世界の中で、どうすれば平和が守れるのか?

人間の叡智が試される分岐点が目の前にまでやってきている。

度重なる戦争の歴史からどんな教訓を学び取るのか、それを世界のリーダーたちの口から聞きたいものである。

そんな6月23日、私は今日から始まった参議院選挙の期日前投票に行ってきた。

来月1日から岡山に帰省することが決まっているからだ。

紫陽花の色とりどりの花が咲く成蹊大学脇のケヤキ並木を自転車で走り抜け、武蔵野市役所に向かった。

ケヤキ並木に設けられたポスター掲示板には、東京選挙区から出馬する12人の候補者のポスターが貼られていた。

東京選挙区では6議席に対して34人が立候補している。

しかし、都内に1万4000か所もの掲示板があって、そのすべてにポスターを貼るという作業は大変な人手がかかり、主要政党に属さない候補者たちにとっては大変な作業だろう。

つまり、事実上この12人で6議席を争うという選挙なのだ。

午前9時すぎ、武蔵野市役所に到着した。

投票日の直前になれば、吉祥寺の市街地でも期日前投票の投票所が作られるのだが、その時期には私はもう岡山なのでわざわざ自転車で市役所までやってきたのだ。

期日前の投票所は奥にある西館1階の会議場に作られていた。

初日ということもあるのかもしれないが、思ったよりも多くの有権者が投票に来ている。

とはいえ、行列するほどではない。

入場整理券の裏に氏名や住所、投票日に投票できない理由などを書いて渡し、選挙区と比例をそれぞれ投票しあっという間に終わった。

激戦の東京選挙区では、無所属で出馬している乙武洋匡さんに投票した。

昨日も書いたが、既存政党のどこも共感できる政党がなく、昔一緒に仕事をしたことがある乙武さんに迷うことなく一票を投じた。

数の論理がものを言う永田町で無所属議員ができることは知れているとは思うが、乙武さんのようなユニークな視点を持った議員がいた方が多少議論の幅が広がるのではないかと思ったからだ。

乙武さんの選挙サイトを見ると、出馬した理由が巧みな文章で綴られている。

「私は、政治に希望を持っています。」と題されたその文章を引用させてもらおう。

私は、政治に希望を持っています。

政治には、私たちの暮らしを守り、未来をつくり出す力があります。

「法律をつくる」
「法律を変える」
「予算をつける」

特にこの3つだけは、どうしても政治家にならないとできないことなんです。オリンピックで金メダルを獲ったアスリートでも、ミリオンセラーのヒット曲を出したアーティストでも、会社を上場させたビジネスマンでもできないことなんです。

私は、『五体不満足』出版以来、24年にわたってメッセージを伝える活動を続けてきました。しかし、政治を通じてどうしても実現したい2つのことがあり、今回は立候補を決意しました。

1つ目は、世の中の「あきらめなければならない境遇にいる」あなたの力になりたい。

障害があるから仕事に就けない。
同性愛者だから結婚ができない。
お金がないから進学ができない。

これまで私は、多くのこうした人々に出会ってきました。そして、なぜ、こうした人々があきらめなければならないのか考えてきました。

努力を怠ったから?
何か悪いことをしたから?

違いますよね。生まれついた境遇や不慮のアクシデントによって、なぜか、あきらめなければならない立場にさせられてしまっているんです。

世の中には、金持ちの家に生まれた人もいる。誰もが羨むような容姿に生まれた人もいる。私のような身体に生まれた人もいれば、同性愛者に生まれた人もいる。そして、経済的に厳しい家庭に生まれた人もいる。

そんな自分では選ぶことができない境遇によって、著しく有利な人、著しく不利な人がいる。そんな現実を、私は受け入れることができません。すべての人に機会の平等を届けたい。あなたのために、選択肢を増やしたいんです。

障害者にも「働く」という選択肢を。
LGBTQの当事者にも「結婚する」という選択肢を。
経済的に厳しい家庭の子にも「進学する」という選択肢を。

そうして選択肢を増やしていくことで、私は誰もがあきらめない社会を実現していきたいのです。

2つ目は、「社会や政治に“保険”をかけておくこと」です。

ここまでお読みになって、「なんだ、乙武は少数派のための政治がやりたいのか。ならば私には関係ない」と感じる人がいるかもしれません。でも、そうではないんです。

例えば、多くの方は保険に加入しているかと思います。それは、自分の人生に「万が一のこと」が起こると想定しているからです。家が火事になるかもしれない。癌を宣告されて、しばらく入院することになるかもしれない。ある日、事故に遭って車椅子生活になるかもしれない。そうした万が一に備えて、多くの人は保険に入るわけです。

ならば、なぜ社会には保険をかけておかないのですか。なぜ政治には保険をかけておかないのですか。

明日から車椅子生活になっても、これまで通りに仕事が続けられる。
お子さんが不登校になっても、これまで通りに勉強を続けられる。
お子さんから「俺、ゲイなんだ」と伝えられても、「日本には同性婚があるから大丈夫だよ」と言ってあげられる。

そんな社会のほうが安心ではないですか。

いつ、誰が、どんなタイミングで少数派になるかなんてわからない。だからこそ、いつ、誰が少数派になっても生きやすい社会にしておきたいのです。誰もが選択肢を与えられ、誰もがチャレンジできる社会にしておくことは、決して少数派のためだけではありません。この社会に生きる、すべての人のためなのです。

いままで、こんなことを主張する政治家がほかにいたでしょうか。今回の参院選で、こうした理念を持ち、それを実現できるような候補者がほかにいるでしょうか。

ほかの誰でもない、私にしかできないことがあると思い、今回、立候補を決意しました。

これまで語られてこなかった論点を国会の場に提示し、与党にも、野党にも働きかけることで議論のテーブルについていただく。無所属だからこそ、そうした活動が可能になると考えています。

引用:乙武洋匡「私は、政治に希望を持っています。」より

とても素敵な文章だと思った。

彼は昔から自分の言葉で気持ちを上手に表現できる稀有な人だった。

彼がまだ大学生だった頃、乙武さんの目線でバリアフリーの問題を伝えたいと思い仕事を持ちかけたことがあった。

乙武さんは快諾してくれたが、取材を重ねるうちに自らが単に障害者の代表のように扱われることにはっきりと不満を表明した。

彼は当時から教育やスポーツに強い関心を持っていて、その後の人生も初心を忘れず自らの信じる道を突き進んでいる。

自らを飾らず卑下せず、一人の人間として、健常者以上に人生を精一杯切り開いてきた乙武さんの凄さには心から感服している。

テレビの世界で実に多くの人と出会ったが、その中でも最も尊敬に値する人物だと私は思っている。

そんな彼がついに政治の世界に飛び込もうと決意したのだ。

無所属での当選は厳しいとは思うが、私は心から応援したいと思い一票を投じた。

比例区は正直、投票したい政党がなくかなり迷った。

公約に共感できる政党は一つもない。

そんな中で目に止まったのは、立憲民主党の辻元清美さんだ。

昨年の総選挙で維新候補にまさかの惨敗を喫し、参院に鞍替えして全国比例での出馬に踏み切った。

辻元さんは立憲民主党の幹部だったが、議席を失い在野から新執行部の対応を歯がゆい思いで見つめていたらしい。

辻元さんの場合は、政策に共感するというよりも、与党の暴走をチェックするストッパーとして彼女のフランクな弁舌はやはり国会にいてもらいたい存在だと思った。

参院選は与党の大勝が予想されるため、その後の国会運営を考えると辻元さんには国会に戻ってもらいたいと思い、立憲民主党ではなく辻元清美の個人名を投票用紙に記入した。

立憲民主党は今度の選挙で議席数を減らすと予想されるが、辻元さんの個人名を記入することで少しでも当選の可能性を高めたいと考えたのだ。

しかし、市役所から家に帰る途中、街角に貼られたポスターに注意していると、「れいわ新選組」のポスターが目につく印象を受けた。

派手なピンク色が目立ったせいかもしれないが、「消費税廃止!」というメッセージに惹かれて支持する人も増えているのかもしれない。

でも消費税を廃止して、どうやって超高齢化社会を乗り切っていけるのか私にはさっぱり理解できない。

正直、私は山本太郎さんが苦手だ。

家に戻って今更ながらに乙武さんのツイッターをチェックすると、なんと今日の午後、吉祥寺で選挙運動を行うとのスケジュールが出ていた。

ランチを食べに外出した際、吉祥寺駅北口を覗いてみるとすでに乙武さんの選挙カーが止まっていた。

スタッフの人に話を聞くと、午後2時半ごろに乙武さん本人がここにやってくるという。

実は6年前にも、乙武さんは自民党公認で参院選に出馬するという話が進んでいた。

しかし、自身の不倫スキャンダルが週刊誌で報じられ自らそのチャンスを台無しにしてしまったのだ。

乙武さんには昔からヤンチャなところがあった。

私たちは「ブラック乙武」と呼んでいたが、処女作であるベストセラー「五体不満足」で出来上がってしまった自身の虚像に必死で争っているように見えた。

私は乙武さんに会いに行った。

ほぼ20年ぶりの再会だったが、乙武さんは喜んでくれた。

演説が始まると、乙武さんは6年前の自虐ネタを自ら話し、その後日本から逃げるように世界を放浪した時の経験を語った。

ヨーロッパでは自らが目指す多様性のある社会が実現されていた。

生きづらい日本を変えるよりも、自分が居心地の良い国に移住した方がずっと簡単ではないかと移住先を探したりしたという。

バルセロナ、イスタンブールも良かったが、一番住みやすかったのはオーストラリアのメルボルンだったそうだ。

この街に6週間ほど暮らし、誰の手も借りずトラムで市内どこにでも行ける生活を満喫したが、そのうち不思議と退屈さを感じ始める。

日本での暮らしがずっとスーパーハードだったため、メルボルンでのイージーな生活が物足りなく感じ、日本に帰って自分にしかできないことに再チャレンジしようと決意したのだと語った。

「五体不満足」以来、人々の意識改革に挑んできた乙武さんは帰国後、テクノロジーを活用した「義足プロジェクト」に取り組んだ。

人の意識を変える、技術で便利にする、そして最後の挑戦に選んだのが「世の中の仕組みを変える」というチャレンジだった。

これだけは政治家にならなければできない。

だからリスクを承知で無所属で出馬する道を選んだ。

乙武さんの目を通すと、コロナ禍も普通の人間とは違ったものが見えるようだ。

コロナによって普通の人たちが日常を奪われたが、障がい者やマイノリティの立場からすればコロナ前から社会はできないことにあふれていたという。

しかしコロナによって多数派の人々が日常を奪われた結果、突然リモートワークやオンライン授業、食事のデリバリーやライブのオンライン配信が一般化した。

自分がずっと求めていて実現していなかったサービスがコロナ禍によって実現したというのだ。

少数派がいくら訴えても実現できなかったことが、多数派が不都合を感じると政府も企業も猛烈な勢いで実現させたのだという主張にはハッとさせられた。

コロナ禍はある意味、障がい者にとって望ましいシステムを作ってくれたが、病が終息するに従ってすべてがコロナ前に戻ってしまうことを懸念するとも語った。

相変わらず非常に雄弁で、説得力があり、演説がうまい。

彼の主張にはほぼ100%共感できた。

もしも乙武さんが政治力を持てば、日本の社会は確実に変わるだろうと思った。

その主張は一言で言えば、「人生の選択肢を増やす」ということに尽きる。

多様な人たちが自分らしく幸せに生きられる社会、本当にそんな日本ができあがったらどんなに誇らしいことだろう。

消費税の減税や防衛費増強よりもはるかに私の心に響くものがある。

しかし、とても良い演説だと思ったが、立ち止まる人の数は決して多くはなかった。

演説を終え歩道に降りてきた乙武さんと写真を撮ろうという人たちは相当数いたが、果たしてどれだけ票に結びつくのか有権者の耳目を集めるのは容易なことではない。

議院内閣制を採る日本では、政治家個人よりも政党を選ぶのが本来の姿ではある。

しかし共感できる政党が存在しない以上、応援したい個人に投票するしか方法はない。

無所属での当選は非常に難しく、私の一票は最初から死票となる可能性も高いが、それでも私は乙武さんを国会に送り出したいと心から思っている。

<吉祥寺残日録>【参院選2022】公示の日に感じる「投票したい政党」のない不幸 #220622

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