稀勢の里

稀勢の里がついに優勝賜杯を手にした。

二人の横綱が休場した初場所。白鵬との一騎打ちだった。優勝の鍵を握るとみられた豪栄道まで休場、残る2人の大関も10敗という体たらくの場所だった。

14日目、白鵬が初顔合わせの平幕・貴の岩に負けて、稀勢の里の優勝が決まった。支度部屋で優勝を知らされた稀勢の里、素直に「うれしい」と語った。頬を一筋の涙が流れた。

長い間、日本人横綱に一番近い存在といわれながら、肝心なところでメンタルの弱さをさらした地味な大関らしい地味な初優勝だった。

優勝を受けて、稀勢の里の父親がスポニチに対して興味深いコメントを出した。

『まずは先代鳴戸親方に感謝しなければなりません。草葉の陰でさぞかし喜んでくれているのが目に浮かびます。厳しい教えと薫陶を受け、そのことをしっかり受けとめ精進してきました。本当にありがとうございました。

今までの相撲人生を振り返ると順調過ぎるほど順調に来ていたと思います。周りからは幕内に入ってから伸びは鈍化し、足踏みが多かったのではないかという声が聞かれますが、関取以上は幕下以下に比べれば密度は濃く、また、三役以上はさらに密度が濃く大関ならばなおさらです。

密度の度合いを幕下以下に置き換えれば幕内に入ってからの伸長率は決して鈍ったのではなく、一歩ずつではありますが順調に来たのではないかと思っています。

よく引き合いに出ますが「上に上がるときは一気に上り詰めるもの」。歴代横綱の多くはそうであったという声が多いが「とんとん拍子の出世」はまれな例であると思います。

また、現在本人を取り巻く環境は過去の環境とは比べようもないぐらい大変な時代ではないでしょうか。戦後復興のハングリーな日本と同じ環境のモンゴル勢と、相撲史上最強と思われる白鵬が君臨し、大いに盾になっています。そういう中で日本勢対外国勢という構図が出来上がり、日本代表として日本人ファンまた関係者の期待を一身に受け、中学を卒業して相撲しか知らない純粋培養の本人にすれば病気になるぐらいの重圧を感じていました。こういった環境の中で非常によくやったと思っています。私としては大関のままでケガなく病気にならない体づくりを第一に考え、好きな相撲を長くやってもらうのが念願でした。しかしそれではお世話になった人、世間が許してはくれません。

現在の閉塞(へいそく)した時代、日本人としての気概に乏しくなった時代に伝統文化、様式美を具現化した相撲は、相撲を通じて礼儀、作法、道徳等の日本の良さを見直し、知らしめるという義務使命があるのではないでしょうか。

また、上に上り詰めたときは自分もしくは家族のためということから手を離れて、国家のため日本の伝統文化に気概を持って伝承しなければなりません。

さて、これからが大変です。今まで以上に稽古をこなし、自分を律し、より勉強して名実ともに誰からも模範になるような立派な人間になるよう努力しなければなりません。

そういった意味で「おめでとう」と言うよりはこれからはなお一層頑張らなきゃいけないと思うと気の毒になったというのが本音です。』

角界の国際化により、確かに昔の力士に比べて今の日本人力士は大変だ。この後も稀勢の里に寄せられるプレッシャーは大変なものだろう。

今日の千秋楽、稀勢の里は白鵬の猛攻に土俵際に追いつめられたが、凌ぎきって逆転した。横綱相撲と言えなくもない勝利で、初優勝に花を添えた。来場所の横綱昇進はまず間違いないだろう。

日本人横綱が誕生すれば実に若乃花以来19年ぶりのことだ。

このところ稀勢の里は土俵上での表情が仏像に似てきた。メンタルの弱さを克服するため、心を無にしようとしているように感じている。

自らを「不器用」「神経質」と分析する稀勢の里がどんな横綱になるのか。楽しみにしたい。

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