<吉祥寺残日録>24時間テレビとベーシックインカム #200823

コロナ禍で迎えた今年の日本テレビ「24時間テレビ」。

オンラインを使った番組作りをするというので冒頭だけ見てみた。

日本武道館にお客さんを入れず、羽鳥さんの前振りから始まった番組は、やはりぎこちなかった。

今ではすっかり日本テレビの夏の定番となった「24時間テレビ」だが、スタートしたのは1978年。

私がまだ大学生の頃、テレビ業界に入る前のことである。

テレビの力を使って実際にお金を集め「社会的弱者」のために寄付をしようという非常に実験的な番組で、当時若かった私も興奮しながら夜中まで見たものだ。

番組が始まった頃は、今のようにマラソンもなければスペシャルドラマもなく、系列局をフル動員して中継をグルグル回すような素朴な番組だった気がする。

それでも、それまでのテレビの常識を完全に打ち破り、異常な熱気が画面からあふれていて、テレビ局に置かれた募金箱の前には長蛇の列ができた。

第1回の放送では、確か集まったお金は福祉車両の購入のために寄付されたはずだ。

「巡回お風呂バス」で寝たきりのおじいちゃんやおばあちゃんがお風呂に入れてあげよう、そんな素朴な善意がテレビ電波を通じて全国に発信され、一大ムーブメントを巻き起こした。

番組の最後には、24時間で集まったチャリティーの金額発表があった。

私の記憶では4億円ぐらいだった印象だったのだが、ウィキペディアを見てみると何と第1回放送の募金総額は11億円を越えていたと書いてあった。

おそらく、番組が終了した後もお金を寄付する人の列が続いていたので、それを集計すると金額が大きく膨れ上がったんだろうと思う。

でも、私は数年後にはもう24時間テレビは見なくなった。

当初の荒削りの熱気が消え、ある意味での予定調和、偽善的でありきたりな企画がダラダラ続く番組になってしまったように感じたからだ。

それだけ、私が擦れてしまったのかも知れない。

それでも24時間テレビは続き、今年で43回目。

移り気なテレビ業界としては画期的な長寿番組となった。

しかも、今も高い視聴率を撮り続けているというのは奇跡的なことである。

テレビマンというのは、どうしても新しいことをやりたがる習性があるのだが、日本テレビのすごいところは箱根駅伝にしろ24時間テレビにしろ、マンネリを貫く強い意志と組織力、統制力があることだ。

しかし、今年は違う。

コロナ禍の異常な状況の中では、さすがに例年通りのマンネリという訳にはいかない。

正直、今回もほとんど番組を見ていないので、内容について論評は一切できないが、明日発表される視聴率と集まった募金総額には注目している。

さて、そんな24時間テレビが放送されている8月の週末。

今日は久しぶりに朝から曇っていて、暑さも和らぎ開け放たれた窓からは時折心地よい風も吹いてきて、昼飯を食べた後知らぬ間に爆睡してしまった。

今日は、24時間テレビのテーマである「社会的弱者をみんなで支える」ということについて少し書いておこうと思う。

24時間テレビは年に一回人々の良心に訴える貴重な番組ではあるが、問題を根本的に解決しようというわけではない。

みんなができる小さなことをやろうというスタンスだ。

しかし今、私たちの前にはそうしたレベルでは解決できないような大きな何台が立ちはだかっている。

新型コロナウィルスは今でも世界中で拡散し続けていて、すでに死者数は80万人を突破した。

人々の行動が制約されることによって、経済に異変が生じ、これまで普通に生活していた人たちが突然、社会的弱者へと転落していく。

この非常事態に私たちはどう対応すればいいのか?

24時間テレビは、そんな大きな問いには答えてはくれない。

今朝起きてテレビをつけると、NHKで「目撃!にっぽん」という番組をやっていた。

新宿ゴールデン街に密着したドキュメンタリー番組だった。

特に驚くような話が出てくるわけではないが、この街で暮らす人々の切実さはひしひしと伝わってくる。

「密」を求めて人が集まる街が今、「密」を作らないことを求められている。

そして、この厳しい状況はすぐには解消されない。

今は何とか踏ん張っている人たちが果たしていつまで頑張れるのか?

この街の住民の中からも間違いなく「弱者」の仲間入りする人たちが生まれるだろう。

これはその人の責任ではない。

できることを精一杯頑張っても、どうにもならないことがある。

その後、TBSの「サンデーモーニング」を眺めていると、コメンテーターとしてオンライン出演していた法政大学の田中優子総長がある言葉を口にした。

ベーシックインカム。

政府がすべての国民に対して最低限の生活を送るのに必要とされている額の現金を定期的に支給するという政策。

日本でもそろそろ検討するべきではないかと言うのだ。

ちょっと気になって調べてみると、コロナ対策としてベーシックインカムを検討する国が増えていることを知った。

お隣の韓国でもベーシックインカムの議論が起きていて、ドイツでは実際に社会実験を始めると言う。

ドイツの例を取り上げた時事通信の記事を引用しておく。

【ベルリン時事】120人にほぼ無条件かつ非課税で3年間月1200ユーロ(約15万円)を給付し、労働状況や消費行動など生活全般に変化が起きるかを調べる社会実験が、ドイツで始まることになった。格差是正などのため現金を一律支給する「ベーシックインカム」(最低限所得保障制度)の有効性を調べるのが目的で、新型コロナウイルスによる失業が広がる中で大きな注目を集めている。

実験を主導するDIW経済研究所などが18日から、独在住で18歳以上という条件のみで参加者を募集。希望者が殺到し22日時点で120万人に達した。応募者から年収や家族構成などを考慮し、給付を受ける120人と、給付なしで比較対象として参加する1380人を選ぶ。給付は来春からで、参加者は半年に1回、オンラインで労働状況や時間の使い方などの質問に答える。1回の所要時間は25分ほどという。
 資金は寄付で賄う。DIW上級リサーチフェローのユルゲン・シュップ氏は実験サイトに寄せた動画で「世界でも、この分野で信頼に足る研究結果はまだない」と述べ、実験の成果に期待を示した。
 ベーシックインカムは所得や仕事の有無にかかわらず、最低限の生活を保障できる現金を一律支給する構想。貧困対策としての側面に加え、人工知能(AI)などに人間の仕事が奪われる可能性が議論される中、収入を気にせず充実感のある活動に専念する道を開くと、注目が高まっている。
 米電気自動車(EV)メーカー、テスラのマスク最高経営責任者(CEO)ら、先進的企業の経営者にも支持者が多い。ただ、財政負担や労働意欲喪失の懸念もあり、本格導入する国はまだない。スイスでは2016年の国民投票で、8割近くの反対で否決された。

出典:時事通信「120人に3年間、月15万円 独でベーシックインカム実験―新型コロナ」

実際にベーシックインカムを全国で導入することは容易ではない。

莫大な費用が必要なことに加え、働くことのモチベーションが失われることも危惧されるからだ。

しかし一方で、各国政府が大量のマネーを市場に放出しても、実需ではなく株や金のマーケットに資金が流れ、特に巨大IT企業に世界中のマネーが集中する現状では、「富の分配」の新たな仕組みを作らない限り、貧富の格差は間違いなく危険水準に達するだろう。

コロナに目を奪われている間に、貧困が世界に蔓延し、取り返しのつかない社会的な混乱が起きる可能性が高い。

歴史を振り返れば、そうした社会不安が極限まで高まると、必ず戦争や革命が起きてきた。

そうしたことを防ぐためには、マネーの流れを変えて、「弱者」にも最低限のお金が回る仕掛けが必要になるだろう。

誰も増税を望む人はいない。

ベーシックインカムの実施には、究極の「大きな政府」が必要で、富裕層の増税だけでなく、消費税の大幅な引き上げも必要になるだろう。

ただ真剣に戦争や暴動を防ごうと考えれば、「富の再配分」が不可欠なのだ。

しかし、平時にそれを全ての人に納得してもらうことはほぼ不可能だ。

それを実現するためには、「無私」の強いリーダーシップが必要だが、そんなリーダーなど果たして存在しうるのだろうか?

問題の所在は分かっていても、結局は利害の調整がつかないまま破滅へと向かっていく。

人類の歴史を知れば知るほど、悲観的な気分になってしまうのだ。

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