<吉祥寺残日録>頑張れテレビ! Nスペ「謎の感染拡大〜新型ウイルスの起源を追う〜」に見るデジタル時代の調査報道の可能性 #201228

昨夜のNHKスペシャルは、報道に携わった経験を持つ人間から見てとても刺激的な番組だった。

NHKスペシャル「謎の感染拡大〜新型ウイルスの起源を追う〜」。

そのタイトル通り、未だの謎に包まれている新型コロナウィルスの発生源や発生した時期に関する調査報道である。

しかし、発生源と見られる中国は今年WHOの調査団を受け入れず、「発生源は中国以外」という意図的な情報発信を続けている。

私が現役だった頃の取材方法では、国の威信をかけて情報をコントロールしている中国から核心的な情報を入手することは極めて難しかった。

ところが、インターネット上で世界中の膨大な情報にアクセスできるデジタル時代になり、中国のような国であっても内部の様々な情報を知ることができるようになった。

「デジタルハンター」とか「オープンソースインベスティゲーション」と呼ばれる新しい時代の調査報道の手法を駆使して、新型コロナの起源に迫ろうというこの番組は、デジタル時代の調査報道のあり方を示した意欲作である。

番組ではまず、ウィルス感染が始まった時期について調べ始める。

公式には去年の12月31日、武漢市が「27例の肺炎」を公表し、それを受けて1月3日に中国政府はWHOに対して「原因不明の肺炎」発生を報告したとされる。

WHOが肺炎の原因が「新型コロナウィルス」であることを確認したのは1月14日。

その後、1月15日に日本、21日にアメリカ、22日シンガポール、24日フランス、25日オーストラリア、27日ドイツ、30日イタリアと世界各地で次々に初確認され、1月30日WHOは「緊急事態」を宣言した。

しかし、もっと早い時期にウィルスが広まり始めていたことが疑われる証拠がいくつも見つかっている。

イタリアの国立衛生研究所では、保管していた下水のサンプルをPCR検査することによって、去年の12月中旬にはかなりの量のコロナウィルスが検出され、その数週間前から感染が始まっていたことを突き止めた。

フランスでは去年12月半ばに肺炎で入院した患者の鼻から採取したサンプルをPCR検査したところ、新型ウィルスが含まれていることがわかった。

この患者は妻から感染したと考えられ、その妻は大型スーパーで働いていて、連日観光客を含む多くの人と接触していた。

一方中国では、どうか?

取材班は、インターネット上で入手できる中国政府や医療機関の情報、SNSの発信、スマホの位置情報などから感染拡大の実態に迫った。

まず調べたのは、中国版ツイッターの「ウェイボー」。

武漢のある湖北省で書き込まれた投稿を去年12月から2ヶ月遡って調べ、その中から「肺炎」や「咳」、「風邪」「インフルエンザ」といった言葉を抽出した。

そうしてピックアップした4万5000件の投稿を調べると、病院からあふれるほどのインフルエンザの流行があったことがわかった。

今度は武漢市の2つの病院のデータを分析すると、11月半ばからインフルエンザのような症状を示す患者が急増、12月末には前年の9倍にあたる4000人余りに増えていたことも確認できた。

さらに、中国共産党の医療専門機関紙のサイトにも、関連する記述が残っていた。

武漢大学の宇伝華教授が4万7000件の電子カルテを分析した結果、11月14日と21日にコロナが疑われる例があったという。

新型コロナの起源を調べているテキサス大学のローレン・マイヤーズ教授は、「武漢CDC(疾病予防センター)」の論文のデータをもとに、武漢における感染初期の状況を推定した。

その結果、11月中旬から感染が始まり、12月に入った時点で感染者数は72人、12月末には1500人が感染していたとの推計を導き出した。

インフルエンザの流行に隠れる形で、新型コロナが広まっていったと考えているのだ。

別のアプローチから、新型ウィルスが最初に人に感染した時期についても研究が進められている。

「ユニバーシティー・カレッジ・ロンドン」の遺伝学者ルーシー・ヴァン・ドープ教授らは、世界中の研究者が集めた数千もの新型コロナの遺伝情報を分析し、その変異の痕跡からすべてのウィルスの祖先が人に感染した時期を推定した。

その結果導き出された日付は、早くて去年の10月6日、可能性がより高いのは11月初めというものだった。

次のテーマは、人への感染が始まった場所、つまり発生源の特定である。

周知のように最初に発生源と疑われたのは「武漢華南海鮮卸売市場」だが、感染が始まったのが12月より以前だったと考えると、海鮮市場は初期のクラスターの一つにすぎないと考えるべきだという。

もう一つ注目されているのは、武漢で10月に開かれた「世界軍人競技大会」という国際スポーツ大会。

アメリカを含め世界中から9000人以上もの軍人が武漢に集まったといい、それを根拠に中国ではアメリカが持ち込んだという情報も流されたらしい。

この時、複数の軍人アスリートが感染症のために入院したと中国メディアが報じているが、医師の話ではこの感染症は「マラリア」だったと見られるという。

アメリカ政府は「中国ウィルス」という言葉とともに流したのが、「武漢ウイルス研究所」からウィルスが流出したとの説だった。

この研究所では2013年に雲南省で発見された「RaTG13」と呼ばれるコロナウィルスの研究を行なっていたが、それは新型ウィルスの遺伝情報と96.2%一致するウィルスだったため関連が疑われているが、中国政府はこれを強く否定している。

そうした中、WHOはついに年明けにも調査チームを中国に派遣すると発表した。

その調査チームがウィルスの発生源と睨んでいるのが、中国南部・広東省から雲南省にかけての山岳地帯だという。

これまでにも、人に感染する可能性のあるコロナウィルスが数多く見つかってきたホットスポットで、2002年に流行したSARSやセンザンコウコロナ、そして雲南省の「RaTG13」もこのエリアで発見された。

WHOの調査チームは、「RaTG13」の宿主である「キクガシラコウモリ」に注目していて、コウモリの洞窟に入って「RaTG13」よりもさらに新型コロナに近いウィルスを見つけ出し、それが1600キロも離れた大都市にどのようにしてたどり着いたのかを明らかにすることを狙っているという。

さらに番組は、中国政府が初期の段階で情報統制についても調査を進めた。

そのためにまず行ったのは、ネット上で削除された新型ウィルスに関する情報や画像の調査だった。

すると、ウィルスの遺伝情報が公式に報告される2週間前、12月26日にすでに遺伝情報を特定していたとする中国の匿名の研究者がいたことがわかった。

通信データが暗号化されているセキュリティーが極めて高いサイトを分析、ここには中国当局の監視の目が届きにくく、削除のおそれがある文書や記事が保存されている。

その中から、『新型コロナウイルスを最初に発見した経緯』という文書を発見した。

12月24日に重症の肺炎患者からサンプルを取得し、26日に遺伝情報を特定したと書かれていて、「この未知のウイルスはSARSのように恐ろしいかもしれない』と警告を発していた。

しかし、疾病予防センターが介入しそのデータがすぐに公開されることはなかったと記され、さらに・・・

『貴重なサンプルの背後に治療を待っている患者がいることを身にしみて感じている』という手書きの文字が添えられていた。

取材班は、この人物を特定するため世界中の研究者が新型コロナの遺伝情報を共有するデータベースを確認する。

するとサンプルを取得した12月24日の日付が入った遺伝情報が見つかり、その論文を見てみると著者が広州の遺伝子解析会社に勤めていることがわかったのだ。

会社のホームページに載せられていたのは、あの削除された文書とまったく同じ「貴重なサンプルの背後に」で始まる手書きの文字だった。

番組では広州の遺伝子解析会社に取材を申し込んだが拒否されたという。

一方で、ネット上には中国当局が研究者たちに統制をかけていたことをうかがわせる「上海市衛生健康委員会」の音声データも残されていた。

『研究結果は許可なく公開してはいけない。関連する論文とその結果は、委員会に提出し承認されなければならない』との内容である。

しかし、新型コロナウィルスの遺伝情報は中国当局の統制を無視する形で公表された。

シドニー大学のエドワード・ホームズ教授が、中国国内の研究者と共同で遺伝情報の解読に成功、「世界の非常時には科学的な情報共有を急ぐべきだ」と考え遺伝情報をネット上に公開したのだ。

ホームズ教授が遺伝情報を公開したのは1月11日、そして中国がWHOに対して初めて遺伝情報の報告したのは翌12日のことだった。

もしホームズ教授が公表しなかったならば、中国は報告していただろうか?

研究者とは別に、市民レベルでも情報統制が行われていた。

トロント大学のマサシ・ニシハタ研究員は、市民の情報統制の実態を探るため10億人が利用する中国版LINE 「ウィーチャット」などを解析した。

カナダのアカウントと中国のアカウントに同じ情報を同時に送信し、それが中国のアカウントで表示されなければ検閲されている可能性があると考えた。

それによれば、新型コロナに関する言葉が初めて削除されたと見られるのは12月31日、「SARS」という言葉など45件だった。

その前日、李文亮医師がSNSで「海鮮市場でSARSが7例発生している」と警鐘をならしたのがきっかけだったと見られる。

1月18日には、新たに「ヒトからヒトへの感染」という言葉が削除されるなど検閲に引っかかる言葉はどんどん増えていったという。

1月23日に武漢が封鎖されるまで、人々は自由に世界中を移動していた。

この間、感染拡大が疑われる中国の34都市から日本へは44万人が訪れていた計算だ。

日本に初めてウィルスが入ったのはいつか、日本各地の下水サンプルなどのPCR検査が進められている。

そして、年明けようやく実現する中国での現地調査。

ここでWHOのチームが何を解明できるのか、その結果がとても注目される。

コロナによって海外との往来が遮断されてしまった2020年。

それでもインターネットの発達によって、情報は簡単に国境を越える時代に突入している。

大規模な不正アクセス事件も起きる一方で、ジャーナリストたちは新たな武器を手に入れた。

21世紀のジャーナリストには、インターネットを自由自在に使いこなすデジタルの知識がより一層求められることになるのだろう。

私ももう少し若ければ、この分野にのめり込んだに違いない。

もはや好き嫌いの問題ではない。

誰もがデジタル社会に組み込まれているのだ。

それならせめて、社会を良くする方向でインターネットが活用されることを期待したい。

そんなことを感じさせてくれた番組だった。

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